弁護士 秋山亘のコラム

2017.03.13更新

マンションの申込証拠金は返ってこないのでしょうか

 

(質問)

 私は、あるマンションの展示販売会に行きました。気に入った部屋が見つかったのですが、販売業者から「このマンションは人気があるから、いまのうちに申し込みをしないと他の人に取られてしまいますよ。取りあえず10万円を申込証拠金としてお預け頂ければ、あなたの為に確保しておくことも可能ですが。」と言われたため、販売業者に即金で10万円を預けました。しかし、この時、申込証拠金とはどういう性格のものか、後になって返ってくるものか、何も説明を受けませんでした。

 後日になって、マンションを購入するには、いろいろと資金面で大変だということが分かり、マンションの購入は見送ることにしました。

 先の販売業者にそのことを告げて、申込証拠の返還を求めたところ、販売業者は、申込証拠金は手付け金と同じなので、マンションを購入しない以上返すことはできないと言われました。

 その半月後にも同じように問い合わせをしたのですが、答えは同じでした。なお、私が購入しようとした部屋は、この時には他の方と無事に契約成立ができていたようでした。

 申込証拠金は返ってこないのでしょうか。

(回答)

1 マンション、建売住宅、造成宅地の分譲等、購入申込の受付に際して、分譲業者が購入希望者から「申込証拠拠金」として、一定の金額を受領することが行われています。

売買契約が成立すれば、手付けの一部として又は売買代金の一部として充当されるため特に問題は生じないのですが、買い主がその後当該物件を購入しなかった場合には、この申込証拠金を返還するべきか問題となります。

2 申込証拠金の法的性質

 申込証拠金は、基本的には、その内容を決めるのは、当事者間の合意内容と言うことになります。

しかしながら、実際の授受の際には、いかなる内容のものとして申込証拠金が受領されるのか、返還義務があるのか等は曖昧なまま受領されております。

今回の販売業者は、「手付金」ということを主張しておりますが、手付金とは、売買契約の成立時に交付する金銭ですので、本件のように売買契約の成立以前に交付される金銭は、当事者間に特段の明確な合意がない限り、手付金とはいいません。

3 返還義務

では、申込証拠金の法的性格は手付金ではないとしても、申込証拠金を渡した後に、契約の申込意思を撤回した場合、申込証拠金の返還を求めることはできないのでしょうか。この点、学説上は、肯定説と否定説に別れております。

肯定説は、申込証拠金の授受の目的は、取引の順位確保、購入意思の真摯性の確保を目的にしているに過ぎず、契約交渉に入る前の金銭の交付であることから手付金とも性格が異なるとして、申込証拠金の返還義務に関して当事者間で「明確な取り決め」が為されていない限り、販売業者の返還義務を肯定すべきだとしています。

これに対し、否定説は、申込証拠金は、申込意思撤回の場合には違約金として販売業者がこれを受領する権限があるとして販売業者の返還義務は否定されるとする説などがあります。

この点、取引実務においては、上記の返還肯定説の見解に従い購入希望者が申込意思を喪失した場合は、申込証拠金を全額返還するという処理が多く為されているようです。

また、各都道府県の不動産指導部でも、契約不成立の場合には全額返還するよう指導しているようです(昭和48年2月26日付建設省不動産室長通達も同旨)。

4 本件ではどうか。

  本件では、申込証拠金について、少なくとも、販売業者は、契約不成立の場合には返還しないことを明確に説明しておりません。

  従って、本件では、手付金や違約金と同様に捉えて、申込証拠金の販売業者の返還義務を否定することは困難だと思いますので、肯定説に従って、返還義務が認められる可能性が高いと思われます。

また、本件では、購入意思撤回の告知後、約半月後には他の方と無事契約の成立に至っております。

従って、販売業者としては、あなたからの購入意思の撤回によっても、特段の損害は生じていないと考えられます。

そうすると、仮に、本件の申込証拠金の性質を前記の違約金として考え返還義務を否定する見解にたっても、消費者契約書第9条1項(事業者に生ずる平均的損害を越える侵害を違約金として定める契約条項の無効)若しくは消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)によって、販売業者は、申込証拠金の返還義務を免れないものと思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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