相続が開始したら相続財産・負債の調査を
Aさんは平成二年一二月、夫のBさんと別居した。長男の一郎さんはその後もBさんと暮らしたが、平成三年四月、Bさんから「家を売るから出て行け」と言われ、他に移り住んだ。Bさんは家を売り、家族との音信は途絶えた。平成八年二月、突然警察から一郎さんへ、Bさんが亡くなったとの連絡があった。Aさんらは、警察に駆けつけたところ、Bさんは既に火葬にされ、遺骨と所持金二万円だけ受け取った。Bさんにはその他財産は全くなかった。Bさんが亡くなって二年半たった頃、ある信用保証協会が、Bさんに一〇〇万円の求償権があるので、相続人のAさんに支払えとの裁判を起こした。驚いたAさんは弁護士に相談した。弁護士の話は次のようなものであった。
①相続が開始されると、相続人は「自分のために相続の開始があったことを知ったとき」から三か月以内に単純承認・限定承認・相続放棄のいずれかを選択しなくてはならない。しかし、裁判上「相続の開始があったことを知ったとき」とは「被相続人の死亡を知ったとき」ではなく「相続財産の一部か負債の存在を知ったとき」と制限的に解釈される。
②Bさんは長い間音信不通で、AさんらはBさんの財産や負債など全く知らなかった。信用保証協会の提訴により初めて負債を知ったのだから相続放棄もまだ間に合う
というものであった。説明を補足すると、単純承認は、被相続人の財産も負債も全て引き継ぐことで、限定承認や相続放棄の手続をしなければ単純承認したものと扱われる。限定承認は、財産が負債より大きいときは残った財産を引き継ぐが、負債が大きい場合は財産を支払に充てればそれ以上責任は負わない。相続人にとって最も有利であるが、相続人全員が一致して、財産目録を作成の上、相続開始後(前記のように制限的に解されている)三か月以内に家庭裁判所に申し立てる必要がある。相続放棄は、財産も負債も引き継がない。これも三か月以内に家庭裁判所に申し立てる必要がある。因みに、Aさんはすぐに相続放棄をし、幸いにも支払を免れた。被相続人の死亡後何もしないでいると裁判に巻き込まれる危険性は高い。相続が始まったら、相続財産と負債につき慎重に調査することが必要である。