期間の定めのない使用貸借の終了時期
<質問>
私の父は、ある親戚の人に特に返還時期を定めることなく、無償で土地を貸して、建物を建てることを承諾しておりました。
その後、その土地を私が相続して私の所有になったのですが、いつになったら土地を返してくれと言えるのでしょうか。
<回答>
第1 問題の所在
期間を特に定めることなく、無償で、土地などが貸借されている、いわゆる「期間の定めのない使用貸借」は、
① 使用貸借契約に定めた目的にしたがった使用収益が終わったとき
(民法597条2項本文)、
または、
② それ以前でも、使用収益をするのに足りる期間が経過し、かつ、貸
主が返還を請求したとき(同項但書)
のいずれかの時点で終了します。このように、法文上の終了時期は明らかなのですが、実際に終了時期を判断するのはなかなか難しいのが裁判実務のようです。使用貸借は、親子間、兄弟間のような特別な人間関係にある者の間に、「暗黙のうち」に成立したと見るべき場合が多く、経緯、原因等貸借の実態を把握するのが困難という事例が少なくないからです。
第2 学説・判例の傾向
1 民法597条2項の「契約にさだめた目的」というものを、土地使用貸
借における「建物所有の目的」、または、建物使用貸借における「居住の目的」というような一般的抽象的なもので足りるとすると、返還時期の定めがない場合、借り主がその目的にしたがい使用収益を継続している限り、貸主はいつまでも返還請求できないことになります。しかし、これでは、無償の契約である使用貸借の借主が、有償の契約である賃貸借の借主よりも手厚く保護されることになり、非常に不公平な結果となります。
そこで、学説には、「建物所有の目的」や「居住の目的」という様な一
般的抽象的なものではなく、「使用貸借契約成立当時における当事者の意思」から推測される個別具体的な目的として制限的に解釈しようとするものもあるようです。
2 この点に関する、最高裁判所の幾つかの判例を見てみましょう。
最高裁昭和34年8月18日判決
(Yが所有家屋の焼失により住居に窮し、Xから建物を「他に適当な家屋に移るまでの暫くの間」住居として使用するため、無償で借り受けた事案で)
「本件使用貸借については、返還の時期の定めはないけれども、使用、収益の目的が定められていると解すべきである。そして、その目的は、当事者の意思解釈上、適当な家屋を見つけるまでの一時的住居として使用収益するということであると認められる」
と判断しました。
最高裁昭和42年11月24日判決
「父母を貸主とし、子を借主として、成立した返還時期の定めのない土地の使用貸借であって、使用の目的は、建物を所有して経営をなし、併せて、右経営から生ずる利益により老父母を扶養する等の内容の物である場合において、借主は、さしたる理由もなく老父母に対する扶養をやめ、兄弟とも往来を断ち、使用貸借当事者間における信頼関係は地を払うに至った等の事実関係があるときは、民法第597条2項但書を類推適用して、貸主は借主に対し使用貸借を解約できる」
と判断しました。
最高裁昭和59年11月22日判決
(建物の使用貸借について返還の時期は定められていないが、目的について、借主及びその家族の長期間の居住としていたという事案で)
「借主が建物の使用を始めてから約32年4か月を経過したときは、特段の事情がない限り、右目的に従った使用収益をなすに足るべき期間は経過したものと認めるべきである」
と判断しました。
最高裁平成11年2月25日判決
最近の判例ですので、事案を少し詳しく説明しますと
① 昭和33年12月頃、X(法人)の代表取締役はAであり、A
の長男B及び次男Yは取締役であった
② 昭和33年12月頃、Aは本件土地上に本件建物を建築して、
Yに取得させ、本件土地を本件建物の敷地として無償で使用させ、XとYとの間で本件建物の所有を目的とする使用貸借契約が黙示に締結された。その後、A夫婦も本件建物でYと同居していた。しかし、Aは昭和47年に死亡した。
③ Aの死後、Xの経営をめぐり、BとYとの間で争いとなったが、
Xの営業実務はBが担当し、平成4年以降、Yは取締役の地位を失った
④ 本件建物は朽廃に至っていない
⑤ Bは、X所有地のうち本件土地に隣接する部分に自宅及びマン
ションを建築しているが、Yには本件建物以外に居住すべきところがない
⑥ Xには、本件土地の使用を必要とする特別の事情がない
という事例でした。
一審及び二審は、④から⑥の事情を理由に、「本件使用貸借は、いま
だ民法代597条2項但書の使用収益するのに足りるべき期間を経過したものとはいえない」と判断しました。
これに対し、最高裁は、
「土地の使用貸借において、民法第597条2項但し書の使用収益をするのに足りるべき期間が経過したかどうかは、経過した年月、土地が無償で貸借されるに至った特殊な事情、その後の当事者間の人的なつながり、土地使用の目的、方法、程度、貸主の土地使用を必要とする緊要度など双方の諸事情を比較考慮して判断すべきである」
として、これらの事情につき、二審の裁判所に、再度審理するように事件を差し戻しました。
以上の一連の判例から言えるのは、裁判所は、使用貸借契約の成立の前後をとわず、使用貸借契約にかかわるあらゆる事情を考慮して判断するということです。契約成立後経過した期間の長短や、借主側に他に居住すべきところがないというような比較的はっきりとした事情だけではなく、諸々の事情が考慮されますので、使用貸借契約が保護されるのかどうか、判断するのは、非常に難しいと思われます。
契約書できちんと期限を定めておくことが必要でしょう。