短期賃貸借制度の廃止の影響
(質問)
平成15年の民法改正で、旧民法295条の短期賃貸借制度が廃止になったと聞いたのですが、改正の概要を説明してください。
(回答)
1 短期賃貸借制度とは
抵当権設定登記後に締結された賃借権は、抵当権者に対抗出来ないのが原則です。
従って、抵当権が実行された場合、賃借人は、競売手続きにより競落した買受人に対し、借地や借家を直ちに明け渡さなければなりません。また、敷金も買受人に引き継がれませんから、返済資力がない旧所有者(賃貸人)にしか請求できません。
しかし、このように賃借権が保護されない状態では、抵当権が設定されている建物や土地については、誰も安んじて借りることはできず、抵当権付不動産の有効利用が妨げられてしまいます。
そこで、旧民法295条は、民法602条に定める期間(建物は3年、土地は5年)を超えない賃借権については、抵当権者に対抗できるものとし、短期の賃借権に限りこれを保護することにしました。
これにより、短期賃貸借の期間満了までは買受人に対し賃借権を対抗出来ますし、また、敷金返還債務についても買受人に引き継がれることになります。
これが短期賃貸借の制度です。
2 改正理由
しかし、実際には、賃貸借の実体がないにも関わらず、多額の敷金を預け入れていたとしてその返還を求めるものや高額の立ち退き料を要求するものなど、短期賃貸借を濫用して抵当権者の執行を妨害するケースが生じてしまいました。とりわけ、近時の不良債権処理の迅速化の要請には反するとして、一気に短期賃貸借の制度廃止論に拍車がかかりました。
そこで、平成15年8月1日、民法を改正し、短期賃貸借の制度を廃止することになりました。なお、施行日は平成16年4月1日となります。
3 短期賃貸借廃止に伴う新制度
(1) 明け渡し期間の猶予
賃借人は、競売により買受人が決まると、直ちに借地や借家を明け渡さなればならないことになります(なお、「競売」ではなく「任意売却」で所有者が変更になった場合には、上記と異なり、賃借人は賃借権を新しい所有者に対抗できます)。
しかし、これでは、賃借人は、不測の明け渡しに応じなければならず、転居先が決まらないまま立ち退きを余儀なくされるなど賃借人には酷な結果になる場合もあります。
そこで、改正民法395条1項は、競売手続きの開始前から使用収益をなしている賃借人に対しては、買受人の買受けの時から6ヶ月間は賃借物の明け渡しを猶予するものとしました。もっとも、この期間も賃借人は、買受人に対してその間の「使用を為したることへの対価」を支払わなければなりません。買受人の催告にも関わらず、この対価を1ヶ月分以上支払わなければ、上記の明け渡し猶予の規定は適用されません。
(2) 全抵当権者の同意の登記
抵当権設定後の賃借権でも、①賃借権設定登記をし、②抵当権者全員から当該賃借権の設定に対する同意を得、なおかつ、③この抵当権者全員の同意について登記をしていれば、登記された内容の賃借権を抵当権(買受人)に対抗できることになりました。抵当権者に対抗できる賃借権の内容は、登記事項に限定されますので、存続期間、賃料、敷金に関す事項、更新に関する事項、転貸の許諾に関する事項などをきちんと登記しておかなけばなりません。また、賃借人は、当然には、賃貸人に対する賃借権設定の登記請求権を有しませんから、賃貸人との賃貸借契約締結時には、賃借権設定の登記請求権についても定めておく必要があります。
抵当権者の同意登記の後に賃料の減額があった場合など、賃借人に有利な内容に賃貸借契約が変更された場合には、これについても改めて抵当権の同意を得て、賃借権の変更に関する附記登記をする必要があります。
なお、本制度は、一般的な居住用アパートのように、1個の建物に対して複数の賃貸借契約を設定するような場合には利用できません。というのは、各賃借権の設定登記は、それぞれ、1個の建物の全体に対して行わなければならないからです。従って、本制度が利用できるのは、一軒家をそのまま1人の賃借人に賃貸する場合や区分所有建物を賃貸に出す場合、また、1個の貸しビルを一社の不動産業者に一括して賃貸し、これを複数の転借人へ転貸するようなサブリースの場合に限られます。
まとめ
以上のように、抵当権が設定されている建物に入居することは賃借人に取ってリスクの高いものとなります。特に、入居に際して多額の敷金や保証金を差し入れたり、また、多額の内装費をかけている場合には、将来、競売によって所有者が変更しその所有者に対して賃借権を主張できず、投資した資金が回収できなくなる危険性があることを十分認識すべきです。
建物の所有者において競売の虞がないような、よほどしっかりした事業者でない限り、そのような物件への入居は慎重に考えるべきでしょう。
(4) なお、当該建物において抵当権の設定が為されており、将来、競売になった場合に新所有者には賃借権を対抗できなくなる虞があることは宅建業者としても十分説明する義務がございます。万一、宅建業者がこれらの説明義務を怠っていた場合には宅建業者に対し損害賠償請求が出来る場合もあります。