弁護士 秋山亘のコラム

2017.10.30更新

建物明け渡し請求訴訟と占有移転禁止の仮処分

 

<質問>

 私は、アパートの一室をA氏に月10万円で貸していたのですが、いつのころか、そのアパートにはA氏以外の外国人が住み込むようになり、現在は、A氏と氏名不詳の外国人数人で当該アパートに住んでいる状態です。

 そのこと自体も問題なのですが、A氏は、家賃を4ヶ月分も滞納しており、内容証明郵便で支払いを催告しても、一向に支払いがないため、契約を解除して、建物の明け渡しを求めたいと考えています。

 ただ、明け渡しの相手方として、A氏以外の外国人数名の名前が分からないため、訴訟の相手方(被告)を誰にすればよいのか困っています。

 また、仮に名前を聞きだすことが出来ても、裁判中に、別の名前の方が住み込んでしまった場合には、果たして建物明け渡しの強制執行が出来るのかも疑問です。

 このような場合、どのような手続きを取ったらよいのでしょうか。

<回答>

1 本件のような場合には、建物明け渡し請求の訴訟を提起する前に、占有移転禁止の仮処分の申立をする必要があります。

 民事訴訟を提起して、建物明け渡しの勝訴判決が下りても、訴訟の係属中に、当該建物の占有者が別の人に移転してしまうと、その判決の効力は新しい占有者には及びません。これは、民事訴訟の判決の効力は、当該訴えの相手方(被告となっている者)に対してしか効力がないためです。

そのため、訴訟の審理中に占有者が移転してしまうと新しい占有者に対する訴訟を一から提起し直さなければならなくなります。

2 そこで、民事保全法は、賃貸人が裁判所に対し建物明け渡し請求権の存在を疎明(本裁判で行う証明よりも簡易な証明程度で足ります)した場合には、当該建物の占有者を一定の時点で特定し、裁判が終わるまで、占有の移転を認めないという制度を認めています。これが占有移転禁止の仮処分です。

占有移転禁止の仮処分が裁判所から発令されると、執行官が建物の内部に立ち入り、その時点で占有者が当該仮処分の相手方であることが確認された場合、執行官は、当該建物の内部に占有の移転を禁止する旨の公示書を貼り付けます。

 これにより、それ以後は仮に占有者が他に移転しても占有の移転がなかったものとして扱われます。

このようにして当事者が確定すれば、その後提起される民事訴訟において勝訴判決が下され、それに基づいて明け渡しの強制執行が行われた場合に、仮に別の者が当該建物を占有していても、建物明け渡しの強制執行をすることができます。

占有を次々に移転することは通常は考えられないことですが、滞納を繰り返しているような賃借人は、このような裁判制度を熟知しており、明け渡し訴訟が提起されると他の人に又貸ししてしまうことで執行逃れをする人もいますので、状況によっては、建物明け渡し訴訟を提起する前に占有移転仮処分を経ておく必要があります。

3 占有移転禁止の仮処分は、建物内の占有者が誰であるのかを特定して申し立てるのが原則です。

しかし、調査を尽くしても、建物内の占有者が誰であるか特定できない場合には、近時の民事保全法の改正で、仮処分の相手方である債務者不特定のまま占有移転禁止の仮処分を申し立てることができるようになりました。

仮処分が下されると、執行官は、建物内部に立ち入り、建物内部にある公共料金の請求書など氏名の分かる書類、占有者本人などへの質問権の行使などによって、占有者を特定します。そして、執行官による占有者の特定が為されると、公示書を貼り、仮処分の執行は完了します。その後は、その特定された占有者を被告として本訴を提起することになります。

本件のような場合も、A氏と共に「不特定者」を相手方(仮処分の場合「債務者」といいます)として占有移転禁止の仮処分を申し立てることになります。

4 以上が占有移転禁止の仮処分制度の概要ですが、他に占有移転禁止の仮処分のメリットとしては、仮処分が発令されると、執行官が突然建物を訪れて、鍵を開けて建物の内部に入り、公示書を貼り付けますので、これに驚いた賃借人が早々に建物から退去してしまったため、その後の本裁判や強制執行をせずに解決してしまう場合もあります。

 占有移転禁止の仮処分は、書類を整えて裁判所に建物明け渡し請求権の存在を疎明しなければならなかったり、また、家賃の2ヶ月分ほどの保証金を法務局に供託しなければならなかったりと、それなりに手間がかかる手続きですので、全てのケースで仮処分の申立までをしなければならないというものではありませんが、事案によっては検討した方がよい場合があります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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