忘恩行為による贈与取消権
<質問>
私の父Xは、ある商店を経営しておりましたが、兄Yにその商店を引き継がせるため、その商店の土地建物を全て兄Yに贈与してしまいました。
しかし、その後、兄Yは、もう父Xの面倒を見たくないと言って、父Xを私の家に預けてしまい、現在は、商店を勝手に閉めた上、土地建物を売りに出している状態です。
父Xとしては、こんなことなら生前贈与などしなければよかったと後悔しておりますが、既に兄Yへの所有権移転登記も済んでしまっています。
何とか贈与を取り消すことは出来ないでしょうか。
また、上記のような紛争が生じないように、贈与をするにあたって注意すべき点はどのような点でしょうか。
<回答>
1 書面によらない贈与は、「贈与の履行が終わるまでの間」は、当事者は何時でも取り消すことができますが(民法550条)、本件のように所有権移転登記も済んでいる場合には、贈与の履行が終わったと解釈されますので、通常であれば贈与の取り消しは出来ません。
しかし、受贈者が贈与者から受けた恩に背くような著しい背信行為を行い、かつ、贈与の効力を維持することが贈与者にとって著しく酷と言える場合には、判例上(東京地裁昭和50年12月25日、大阪地裁平成元年4月20日など)、例外的に、贈与の取り消しが認められる場合があります。これを「忘恩行為」による贈与の取り消しといいます。
本件の場合も、兄Yが商店を引き継ぐことを前提に贈与が行われたこと、贈与の恩に報いるため兄Yが父Xの面倒を見ることは当然兄Yに期待されるべき行為であること、贈与の効力を維持すると他に資産がない父Xとしては著しく酷な状況に陥ることなどの事情に鑑みれば、忘恩行為による贈与の取り消しが認められる可能性が高いと思われます。
そこで、本件では、贈与された土地建物が第三者に売られてしまうのを避ける為、父Xが兄Yに対し、処分禁止の仮処分の申立をした後、当該土地建物の贈与の取り消しに基づく所有権移転登記請求の訴訟を提起することになるでしょう。
2 忘恩行為による贈与の取り消しは、民法の明文の規定にはなく、あくまでも判例において例外的に認められる法理ですので、そう簡単には裁判所も贈与の取り消しは認めてくれません。
そこで、贈与をするに際しては、単純に無条件で贈与をするのではなく、弁護士等と相談した上で、①贈与を受ける代わりに相手方が履行すべき義務(具体的な扶養義務や家業継承の義務など)を明示し、②当該義務を贈与者の死亡時までに履行して初めて贈与が行われ、③万一、不履行があった場合には催告の上贈与契約を解除できるという内容の「負担付死因贈与契約」にしておく方が望ましいでしょう。
負担付死因贈与契約とは、受贈者が契約で明示されている義務をきちんと履行すること及び贈与者が死亡することを条件に贈与が行われるという契約です。
このような契約にしておけば、万一、相手方が契約で定めた義務を履行しない場合にも、贈与者は義務の履行を催告した上で、それでも受贈者が贈与者に対する背信行為を改めない場合には贈与契約を解除できるからです。