相続の発生と自己株式の取得
<質問>
私は,不動産業を営む株式会社を経営しており,自社の株式も多数保有しています。私にもしものことがあった場合には,息子に後を継いでもらうつもりですが,会社は多数の不動産を保有しているため株式の時価も相当高額になると思われますので、相続税が高額になってしまうことから,果たして息子が相続税を支払えるか心配です。ところで,最近,商法の改正で会社の自己株式の取得が可能になったということを聞きました。
そこで,息子が相続した株式の一部を会社が買い取り,その売却代金で相続税を支払うということができないかと考えているのですが,どうでしょうか。
<回答>
1 自己株式の取得
会社が自社の発行した株式を取得することを,「自己株式の取得」といいます。自己株式の取得は,平成13年6月改正までは原則として禁止されていましたが,同改正により手続・方法・財源の規制のもとで認められ,会社法もこれを引き継ぎ,規制を合理化しています。
会社が自己株式を取得できる場合としては,いくつかありますが,本件のような場合に考えられるのは,「株主総会の特別決議による取得」であると思われます。
2 株主総会決議に基づく取得
この場合の取得手続規制としては,以下のものがあります。
(1)株主総会の特別決議
会社が特定の株主から自己株式を買い取る場合,株主総会の特別決議(当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し,出席した株主の議決権の3分の2以上にわたる多数をもって行う決議)が必要になります(会社法156条1項,160条1項,309条2項)。
この株主総会では,原則として,会社から株式を買い取ってもらう株主は議決権を行使できません(同法160条4項)。
そこで,他の株主の賛成が得られないと,会社に買い取ってもらうことは困難です。
(2)売主追加請求権
売主以外の他の株主は,会社に対し,自分も売主に加えることを請求することができます(同法160条2項,3項)。会社は,株式を買い取ろうとした相手の株主以外の株主からも株式を買い取らなくてはならなくなるので,前記の規定は,会社が特定の株主からのみ株式を買い取ろうとする場合,大きな障害になる可能性があります。
しかし,株式会社が株主の相続人から相続により取得した当該株式を取得する場合には,前記の売主追加請求権の規定は適用されません(同法162条)。もっとも、①株式会社が公開会社である場合、②当該相続人が株主総会等で当該株式を株式会社が自己取得することに関して議決権を行使している場合には,原則どおり,前記の規定の適用があります。
なお,公開会社とは,その発行する全部又は一部の株式の内容として譲渡による当該株式の取得について株式会社の承認を要する旨の定款の定めを設けていない会社をいいます。すなわち,譲渡制限株式(譲渡による当該株式の取得について株式会社の承認を要する株式)を発行している会社は,公開会社ではありませんから,他の株主の売主追加請求は認められず,会社はその相続人からのみ株式を買い取ることができます。
なお,株式会社は,会社法160条2項,3項の適用(他の株主の売主追加請求権)を,定款をもって排除することも可能です(同法164条1項)。もっとも,会社成立後に当該定款変更を行う場合には,株主全員の同意を要することになり(同法164条2項),会社が成立した後でこのような定款に改めることは困難な場合もあります。
3 財源規制
会社が自己株式を有償取得する場合には,会社から金銭が流出することになり,会社の債権者が害されるおそれがあります。そこで,取得の際に株主に交付する金銭等は,分配可能額を超えることはできません(同法461条,157条1項,176条1項)。すなわち,自己株式を取得するためには,会社が取得のため資金を有している必要があります。
最近では,このように会社が後継者(相続人)の相続した株式を一部買い取り,相続人の相続税納税資金準備を行うための生命保険も現れています。すなわち,社長を被保険者とし,会社を契約者かつ死亡保険金受取人として,生命保険契約を締結しておき,社長が死亡した場合には,会社に生命保険金が下り,会社はその保険金で相続人から自己株式を取得することができ,相続人は,その売却代金で相続税を支払うというわけです。また,役員を被保険者とする積み立て式の厚生保険は保険料を一部損金として計上することができる場合もあるため,節税対策の一つとして,このような保険に加入するのも検討に値するのではないかと思われます。