共有者の一部による共有物の変更と原状回復請求
1 問題事例
A所有の農地であった土地(以下「本件土地」といいます)を、Aの死亡後、共同相続人(妻と四人の子)の一人である長男Yが、本件土地に家屋を建築する目的で、他の共同相続人に無断で宅地造成工事を施して非農地化した。三男Xは、共有持分権にもとづく妨害排除請求としてYに対し原状回復を求めた。
2 問題の所在
共同相続人による遺産の共同所有の性質については、判例では「共有」と考えています(なお、学説では、遺産の共同所有は通常の共有と若干異なる性質があり、「合有」とする説が有力です)。共有物の全部について、各共有者はその持分に応じて「使用収益」することが出来ます。しかし、「共有物」を「変更」するには、共有者全員の同意が必要となります。
各共有者は、第三者や他の共有者が、
①無断で共有物を変更しようとする
②無断で共有物を処分しようとする
ような場合には、単独で、「共有持分権に対する妨害排除請求」という形で、当該侵害の禁止や除去、或いは損害賠償などを求めることが出来ます。
もっとも、他の共有者が共有者間の協議によることなく「共有物を独占して使用している」ような場合には、その独占している共有者にも持分に応じた「使用収益権原」があるため、その者の使用を全面的に排除することは出来ないとされています。各共有者は独占者に対し、「共有物全部の引き渡し」や「共有物の明け渡し」を求めることは出来ません。各共有者は独占者に対し、「(自己の持分の価格の限度において)共有物を使用収益することを妨害してはならない」という裁判(「不作為請求」の裁判といいます)を起こすことが出来るに止まるのです。
このように各共有者には「共有持分権に対する妨害排除請求」が認められています。しかし、(共有持分権を侵害している当の)共有者にも「使用収益権原」が認められている関係上、他の共有者は「妨害排除請求」を理由に100%満足できる結果はなかなか期待出来ないのです。
3 裁判例
独占している共有者の「使用収益権原」との関係で、各共有者の「妨害排除請求」にも限界があることは以上のとおりです。では、上記のような極端な事例において、侵害されている共有者は、「不作為請求」しか出来ないのでしょうか。
最高裁判所平成10年3月24日判決
最高裁判所は、前記の事例について
① 共有者の一部が他の共有者の同意を得ることなく、共有物を物理的に損傷するとか、共有物を改変するなどの「共有物に変更を加える行為」をしている場合、他の共有者は各自の共有持分権にもとづいて、「共有物に変更を加える行為」の全部の禁止を求めることが出来る
② 更に、原状回復が不能であるなどの特段の事情がある場合を除き、当該侵害共有者に対し共有物の原状回復を求めることが出来る
と判断しました(ちなみに、本最高裁の一、二審は、いずれも、Yにも共有者として本件土地を使用する権原があることを理由に、Xの共有持分権にもとづく妨害排除請求は認めませんでした)。
本最高裁は、
① 共有持分権にもとづく妨害排除請求がどの程度まで認められるかは、相手方共有者の侵害行為の程度によって異なる。侵害行為が「共有物の使用収益の方法」に止まるのか、これを越えて「共有物の変更」にあたるかで異なる
② 共有物に加えられた変更について原状回復を求めることは、必ずしも相手方共有者の占有使用の全面的な排除を求めるものではない
ことを理由として、Xの妨害排除請求権にもとづく原状回復請求を認めたのでした。本最高裁判決により、共有者の一人が目的物の独占的利用を越えて、原状を変えようとしている、或いは、変えてしまったような場合には、他の共有者は、裁判によりこれを禁止し、或いは、原状回復を求めることが出来るとした点で意味があると思われます。
しかし、同時に、本最高裁は、
③ 共有物に変更を加える行為の具体的態様及び程度、妨害排除により相手方共有者の受ける社会的経済的損失の程度、共有関係の発生原因、共有物の従前の利用状況と変更後の状況、共有物の変更に同意している共有者の数及び持分の割合、共有物の将来における分割、帰属、利用の可能性その他諸般の事情に照らして、妨害排除請求が「権利の濫用」にあたる場合がある
としていますので、今後具体的な事案を検討するにあたり、③(権利濫用)で示された事情が重要な意味を持つことは言うまでもありません。
4 終わりに
遺産相続の場合は遺産分割をするまで「共有」となることは避けられませんが、財産を共有した場合、共有者間でその管理や利用を巡ってトラブルが生じることがあり、その解決に苦労することがありますので、このような観点からは、財産はなるべく共有にせず、単独所有にした方がよいと言えます。