借家の原状回復義務について
1 問題点
賃貸借契約が終了し借主が退去する際に、物件の汚れ・破損等を巡って、貸主または借主のどちらが修復費用を負担するか、言い換えると、「借主に原状回復義務があるのか」が問題となることが少なくないようです。具体的な修復箇所(費用)としては、カーペットの取り替え、壁紙(クロス)の張り替え・壁面の塗り替え、畳の表替え、柱や壁に空けた釘穴、室内の清掃(クリーニング)などが挙げられます。
2 基本的な考え方
(1)賃貸物件の経年変化によって生じた損耗・汚損(使用の有無にかかわらず生じるもの)や、通常の用法によって使用していた場合に生じる損耗・汚損は、借主の原状回復義務の対象外となります。借主には入居した時点と全く同一の状態に戻す義務はないのです。
裁判所も、明け渡し時に①柱や壁に汚れがある②床に染みがある③クロスの一部が剥がれている④壁に釘穴がある⑤Pタイルに損傷箇所があるという事案で、
「これらの損耗・汚損はいずれも部分的なものであって、さほどの広範囲のものではなく、むしろ本件貸室を一年間程度使用すれば通常生じうるであろう軽微なものであるので、いずれも本件貸室の通常の使用によって生ずる程度を越える特別な損傷にあたらない」
として原状回復義務を否定しています(大阪高等裁判所平成6年12月13日=判例時報1540号)
具体的なケースで個々の汚損につき借主に原状回復義務が課されるかは、汚損の程度をも考慮しなければなりませんが、一応の目安としては
①カーペットの取り替え
家具の重みによる凹み、お茶などによるシミ・・・含まれない
たばこによる焦げ・・・含まれる
②壁紙の張り替え
日照などの自然現象による変色、電気焼け・・・含まれない
子どもの落書き、結露の放置により広がったカビ・・・含まれる
③畳の表替え
お茶などによるシミ、擦り切れ・・・含まれない
たばこによる焦げ・・・含まれる
④柱や壁に挙げた釘穴 含まれない
⑤室内のクリーニング 含まれない
ということになると思われます。
(2)それでは、賃貸借契約で、「カーペット・壁紙の張り替え、畳の表替え・・・に要する費用は、賃借人の負担とする」という様な特約を定められていた場合、賃借人はカーペットの張り替え等の原状回復をしなければならないのでしょうか。
裁判所は、一定範囲の修繕を賃借人の負担で行うという特約について、(賃貸借関係が継続している間の)貸主の修繕義務を免除したものに過ぎず、積極的に借主に修繕義務を課したものではないと判断しました(最高裁判所昭和43年1月25日=判例時報513号)。
右判決後も、借主の修繕特約や原状回復特約について、
①賃貸人の修繕義務を免除するに留まる
②賃借人の故意・過失、通常でない使用による損耗等に限定される
③特約自体が無効である
とする判決が数多く出されております。したがいまして、賃借人に負担を課す特約を定めたとしても、文言通り特約の効力が認められるとは限りません。
3 原状回復の範囲
それでは、たとえば、賃借人に壁紙の張り替える義務がある場合、その範囲は、汚損された部分に限られるのでしょうか、それとも、それより広い範囲まで認められるのでしょうか。この点につきましては、基本的には、汚損された部分に限定され、具体的には補修工事が最低限可能な施工単位を基本とすることになると思われます。
4 その他
賃借人に原状回復義務がある場合でも、当然に賃借人が修復費用全額を負担するとまでは言えません。物件の経年変化(減価償却)による損耗分があり、これらの修復費用まで賃借人に負担させることは妥当ではないでしょう。したがって、経年変化による損耗分を考慮に入れながら、修復費用の賃借人の負担割合を決めることになります。なお、当該修復部分が消耗品(たとえば畳・障子など)に近いものであれば減価償却になじまないので経過年数を考慮しないことになろうかと思います。