高齢者の不動産取引上の注意点
(質問)
この度、私は、ある高齢者が所有されている不動産取引の仲介をすることになったのですが、その不動産の所有者ご本人は、痴呆が相当すすんでおり周囲の状況が全く理解できない様子のようです。
今回の不動産売買の件は、その方の次男の方が全てを取り仕切ってやっている様ですが、この方のご長男の方は本件不動産取引に反対していると聞いております。
このように、高齢のため所有者ご本に判断能力が全くないと思われるケースで、不動産取引を進めることは問題ないのでしょうか。
(回答)
1 民法上、法律行為(不動産の売買契約を締結したりすること)をするには「意思能力」が必要とされています。「意思能力」とは、自己の意思に基づいて判断し、行動する能力のことです。そして、「意思能力」が欠ける法律行為は、無効になります。
本件では、所有者ご本人には意思能力がない状況と思われますので、所有者ご本人には法律上も不動産の売買契約をすることができないものと思われます。 また、所有者ご本人に意思能力がない場合には、代理人となる者との間で委任契約を締結することもできませんので、本人に判断能力があったときに作成された委任状が存在する場合は別として(この場合でも委任契約の効力の継続性に疑義が生ずる場合があります)、そうでない場合には、仮に、所有者ご本人のご子息でも法律行為を代理することはできません。
そうすると、このまま不動産取引を進めると、後日、将来相続が生じた際に反対されていたご長男様との関係で、上記不動産の売買契約等の有効性について紛争になるおそれがあります。
2 後見制度とは
従いまして、本件では、家庭裁判所に所有者ご本人の後見人開始の審判の申立をし、後見人が選任された後、後見人を通じて上記のような不動産売買契約等を行うべきだと思われます。
「後見開始」の審判は、「精神上の障害により、事理を弁識する能力を欠く常況にある者」に対してできます。また、本人の判断能力の低下の程度に応じて、後見開始の状況には至らなくても、「事理を弁識する能力が著しく低下している者」に対しては「保佐」の制度、「事理を弁識する能力が不十分な者」に対しては「補助」の制度が適用されます。
なお、後見開始の審判をするには、本人の判断能力の低下を調査する為に医師の鑑定を経なければなりません。その鑑定料も、従来は30万円程度かかりましたが、近時は書式を定型化するなど工夫をすることで10万円程度に抑えられております。
また、申立をしてから後見人選任までの期間ですが、事案によって異なるものの、約3ヶ月程度かかるケースが多いです。
このようにして、後見開始がなされ後見人が選任されると、後見人は、裁判所及び後見監督人の監督の下、本人の利益の為に財産管理行為と身上看護行為をします。
財産管理行為とは、例えば、高額の預金を引き出して本人の生活費に使う、不動産を売却して本人の生活費に充てる、不動産を賃貸に出して利益を挙げるなどして、本人所有の財産を管理することです。
身上看護行為とは、後見人自らは実際に本人を介護する義務を負うものではないので(後見人が実際に介護をしてもかまわないのですが)、通常は、介護サービス契約の締結や病院・老人ホームへの入院契約の締結をして、介護士や医師といったその道の専門家を通じて本人の身上看護をすることです。
後見人には、通常は信頼のできる親族や弁護士、司法書士、税理士などが選任されます。今回の法改正で複数の後見人の選任も認められるようになりましたので、不動産取引等の財産管理は弁護士等に、身上看護はご子息等に、それぞれ後見人の任務を振り分けて後見人を選任してもらうことも可能になりました。
また、申立人の方で後見人に適した人物を見つけることができない場合には、家庭裁判所の方で信頼のできる弁護士等の専門家を紹介してもらえる場合もあります。
なお、後見が開始されると、本人が一人で行った法律行為は、原則として当然に取り消せますので、万一、本人が、判断能力の低下から騙されて本人に不利な契約をしてしまっても、後見人によってその契約を取り消すことができます。
従いまして、既に後見開始をしていると疑われる高齢者の方と取引をする場合は、その方の後見開始の有無を成年後見登記簿によって確認する必要があります。
当面は、成年後見登記を扱っている法務局は、全国で東京法務局一カ所となりますので、ここで成年後記の登記事項証明書を取ります。但し、第三者ではこれを取り寄せることができませんので、本人か本人の親族に取り寄せてもらう必要があります。
仮に、後見人が付いている場合は、後見人を相手に取引を進めなければなりません。
3 新しい成年後見制度について
なお、近時新設された成年後見制度は、従来の禁治産制度を下記の点で改正し、より利用しやすい制度に改善されております。
①名称が「禁治産」から「成年後見」へ変更した。
②成年後見の開始の審判は、戸籍には表示されず、成年後見登記簿へ表 示されるようになった。
③成年後見人は1人ではなく、複数人を選任できるようになった。また、 配偶者でなくても後見人に選任できるようになった。
④本人が行う日常品の購入などについては、本人の自己決定権の尊重の 見地から、当然の取り消し権の対象にはしないことにした。