弁護士 秋山亘のコラム

2019.10.15更新

申込証拠金の法的性質と返還義務

 

 

1  はじめに

 マンション、建売住宅、造成宅地の分譲等、購入申込の受付に際して、分譲業者が購入希望者から「申込証拠拠金」として、一定の金額を受領することが行われている。

売買契約が成立すれば、手付けの一部として又は売買代金の一部として充当されるため特に問題は生じないが、買い主がその後当該物件を購入しなかった場合には、この申込証拠金を返還するべきか問題となる。

2 申込証拠金の法的性質

(1)申込証拠金は、実定法上の概念ではなく、取引慣行として行われているもに過ぎない。

従って、基本的には、その内容を決めるのは、本来当事者間の合意内容と言うことになる。

しかしながら、実際の授受の際には、いかなる内容のものとして申込証拠金が受領されるのか、返還義務があるのか等は曖昧なまま受領されている。

(2)ただし、取引慣行に従えば、申込証拠金に共通するものとして、以下に述べる特徴がある。

 ① 授受の目的は、申込順位の確保と購入意思の真摯性の証明にあると言われる。

  ② 授受の時期は、具体的な売買契約の交渉が始まる直前に授受されることが多い。従って、申込証拠金の授受の段階では、契約成立に至っていないことが通例である。

③ 授受の金額は、3万円から30万円程度の幅があり一律ではないが、10万円程度の金額が多い。

④ 授受の名目は、申込証拠金のほかに申込金、予約金、売止金等と呼ばれている。

(3)なお、申込証拠金は、個々の取引事例における授受の目的、金額、時期によっては、手付けと解される余地は皆無ではないが、通常、売買契約の締結前に授受されるものであるから、いわゆる手付金とは異なる。

(4)法的性質に関する見解

このように申込証拠金については、実際の取り決め内容が曖昧であり実定法上の概念でもないため、その法的性質に関しても以下のように見解が分かれている。

① 申込証拠金は、解約手付けあるいは違約手付けとすることはできないが、その効力は、解約手付けに関する民法557条の規定を類推して、買主は差し入れた証拠金を放棄して自由に申込み意思を撤回できるとする見解(今西上祥郎監修『実例による不動産トラブル解決法』86頁)

② 申込証拠金は、予約契約の手付けと呼ばれる見解(幾代・山本『不動産相談』132頁)

③ 申込証拠金は、違約手付と見るべきとする見解(北川善太郎・及川昭伍『消費者保護法の基礎』256頁)

④ 申込証拠金は、特約のない限り、手付けと言うよりは、申込みを一時担保し優先順位を確保するための金銭であり、契約締結に至らないときは売主である宅建業者は返還する必要があるというもの(明石三郎ほか『詳解宅地建物取引業法』316頁、山岸ほか『ケース取引』4頁)

このうち、①から③の見解は返還義務を否定し、④は返還義務を肯定するものと解される。

3 返還義務

では、申込証拠金を授受し、契約不成立に至った場合、返還しなければならないのだろうか。

この点、取引実務においては、上記④の見解に従い購入希望者が申込意思を喪失した場合は、申込証拠金を全額返還するという処理が多く為されている。

また、各都道府県の不動産指導部でも、契約不成立の場合には全額返還するよう指導しているようである(昭和48年2月26日付建設省不動産室長通達も同旨)。

このような取引実務及び申込証拠金の授受の目的(順位確保、購入意思の真摯性)からすれば、申込証拠金の返還義務について特段の合意が為されていない場合は、上記④説のような全額返還説に従った処理が妥当だと思われる。

なお、以上に対して、申込証拠金の受領証などに、例えば「契約が成立しない場合には申込証拠金は返還しない」旨の特約を設けていた場合には、返還しないという処理ができる。

ただし、近年施行された消費者保護法からすれば、こうした条項も無効とされる可能性はある。特に、申込証拠金の金額が、通例に比して高額である場合には「全額返還しない」旨の条項は、無効とされる可能性は十分にあることに留意する必要がある。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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