弁護士 秋山亘のコラム

2019.02.25更新

必要費・有益費償還請求権 

 

(質問)

1 私は賃貸マンション3階の一室を賃借しておりますが、ベランダの手すりが壊れていて危ないので大家さんに修理をお願いしました。ところが、大家さんの方では一向に直してくれる気配がないので、自分で10万円の費用をかけて手すりの補修工事を行いました。

  修理にかかった10万円は大家さんに請求できるでしょうか。また、請求しても大家さんが支払ってくれない場合、修理費10万円と家賃月額12万円のうち10万円分とを相殺することは可能でしょうか。

  なお、賃貸借契約書には「必要費及び有益費は借家人の負担とする」という条項が入ってありました。

2 一軒家を借りていたのですがこの度引っ越すことになりました。5年前にこの近辺の下水道の完備に伴いトイレを汲み取り式から水洗式に改造しましたが、その際に私が支出した改造費18万円を大家さんに請求できるのでしょうか。

 また、上記の事例で、賃貸借契約書に「必要費・有益費は賃借人の負担とする」という条項がある場合はどうでしょうか。

(回答)

1 必要費償還請求権

  賃貸借契約中に生じた必要費は賃貸人の負担であり、その費用を賃借人が 負担したときには、直ちに賃貸人に請求できます(民法608条1項)。

 必要費とは、建物の原状を維持保存し又は賃借人が約定の目的に従った使用収益をするために必要な費用のことで、ベランダ手すりの修理費などもこれにあたります。

 そして、賃借人が必要費を負担した場合は、直ちに賃貸人にこれを請求できます。

 また、賃貸人が必要費を支払わない場合には、賃借人は家賃支払義務と相殺することもできます。

 もっとも、本件では賃貸借契約上「必要費・有益費は賃借人の負担とする」との条項があるため、本件でもこの特約条項の適用があるかが問題となります。

 この点、従来から判例・通説は、修繕費をその規模・程度及び費用の面から大修繕と小修繕に分け、小修繕については特約により賃借人負担とすることを認めるが、大修繕については特約によっても賃借人負担とすることはできないとしてきました(なお、「消費者保護契約法」の適用のある賃貸借契約については小修繕についても賃借人負担とする特約は無効になる可能性があります・本稿第18回参照)。

 本件でも、ベランダは建物の主要な構造部分であり、その費用も家賃8万円のマンションに対して10万円もかかっておりますから、ベランダの修理費は小修繕の範囲を超えるもので大修繕にあたります。

 よって、本件のような特約がある場合にも賃借人は大家さんに修繕費10万円を請求できます。

2 有益費償還請求権

賃借人が建物価値を客観的に高めるための費用を支出した場合、賃借人は賃貸人に対し賃貸借契約終了時にその費用を請求できます(民法608条2項)。

有益費とは建物の価値を客観的に高めるために支出した費用ですので、賃借人の好みによって価値が高まるか否か異なるようなものは「客観的」に価値を高めるものではないので有益費とは認められません。

また、賃貸借契約終了時に発生するものですので、賃貸借契約継続中は賃貸人には請求できません。

なお、有益費と似た概念としては借地借家法の「造作」があります。双方とも建物に付帯して建物利用の価値を高める点では共通してますが、造作とは、畳・建具・水道設備・空調設備・調理台など建物から取り外すことができる独立した物として賃借人の所有物になるのに対し、有益費は、張り替えた外壁のタイル、張り替えた床板など建物に附合(民法242条)し独立した物とはならない点が異なります。

本件のようなトイレの汲み取り式から水洗式への改造は建物価値を客観的に高めるもので、かつ、建物に附合するものですので有益費に該当します。

そして、有益費に当たる場合、家主は当該有益費のうち現存価値について償還義務があります。

なお、現存価値の算定については、税務上の減価償却後の価値を参考に算定することになります。

よって、家主は、賃貸借契約終了時にトイレの改造費18万円のうち現存価値分について償還義務があります。

では、「賃貸借契約書に必要費・有益費は賃借人の負担とする」という条項がある場合はどうでしょうか。

この点、裁判例(東京地裁昭和46年12月23日・東京地裁昭和61年11月18日等)は、本件のように有益費償還請求権をあらかじめ放棄する特約も有効であるとの立場をとっています(もっとも、「消費者保護契約法」の適用のある賃貸借契約においては上記有益費放棄特約も全部又は一部が無効だとする裁判例が出る可能性があります・本稿第18回参照)。

有益費については、建物の客観的価値を増すものとはいえ、必要費のように建物の通常の使用に不可欠なものではないことから、上記のような特約を結んでも賃借人に酷とはいえないため、契約当事者の意思に委ねたものと考えられます。

よって、従来の裁判例によると、上記特約がある場合には賃借人は有益費償還請求権として改造費を賃貸人に請求できません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.02.18更新

暴力団組員が居住するマンション売買での説明義務

 

 

1 はじめに

 暴力団組員がその1部屋を賃借して住んでいる賃貸マンションを売却するに際して、宅建業者がこれを説明せずに売却しても法律上問題はないのでしょうか。買主との信頼関係が大切な取引は別として、できることなら少なからず売買価格や取引の成否に影響する事情は話したくないところでしょう。

 もっとも、これを知らずに買ってしまった買主からは、①民法上の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求、②重要事項説明義務違反に基づく損害賠償請求、③売買契約の錯誤無効、④売買契約の詐欺取消を主張される可能性はあります。

 そこで、今回はこのような買主の主張が通るものなのか検討していきたいと思います。                                2 暴力団組事務所として使用している場合

 暴力団員が組事務所として使用している場合、瑕疵担保責任、重要事項説明義務違反によって損害賠償できることは、第8回法律相談で東京地方裁判所平成7年8月29日判決をご説明した通りです。

 組事務所である以上、そこには通常多数の暴力団員が出入りしているでしょうし、組合間の抗争も予想できますから、そのような事務所が存在すること自体通常住居が有する住み心地の良さを欠く状態(瑕疵)に該当します。

 但し、民法上の瑕疵は「隠れたもの」(外観から見て認識できないようなもの)でなければならないので、組事務所であることが買主の実地見聞時に看板、外装、黒塗りの自動車等から明らかである場合は、買主は当然このことを認識すべきであるので、瑕疵担保責任は成立しません。但し、宅建業者にはこのようなケースでも重要事項説明義務が生じている点は注意して下さい。

3 暴力団組員が個人の住居として使用している場合

  住居として使用している場合でも、単に暴力団員が住んでいることのみをもって、瑕疵担保責任や重要事項説明義務違反を追求することは困難です。

 この点の裁判例として東京地判平成9年7月7日は、瑕疵担保責任による損害賠償請求を肯定したものですが、それは当該住居に暴力団組員を多数出入りしていること、夏には深夜にわたり大騒ぎすること、管理費用を長期間にわたって滞納すること等の事情が存在することを根拠に瑕疵に該当する判示しているのであって、これら不当な行為が存在しないのに、単に居住しているだけで瑕疵を認定しているわけではない点に注意が必要です。

 次に、東京地判平成9年10月20日は、表札等の外見からは組合員であることとは分らず、他に暴力団関係者や組事務所として使用している外観を表示するものを設置しておらず、組員が出入りしていることも窺えず、賃料の支払も大方順調であり、賃貸人や管理人、他の本件マンション住人と紛争を起こしたり、苦情を寄せられたことはなかった点をもって、暴力団員が住んでいることは宅建業者の重要事項説明義務違反はないとしております。

 上記の2判例はいずれも、外観上暴力団としての不当な行為があるかないかという点に注目して結論を異にしています。ですから、単に暴力団員が個人として住んでるというだけで、外観的に居住状況が一般人とさほど異ならない場合は、これを説明する必要はありません。

 但し、上記判例が問題としたような不当な行為が、当該マンションにおいて見られるときは重要事項説明義務の対象となりますし、瑕疵にも該当しますので、この点の事実確認は必要かと思われます。

 もっとも、事実確認といっても、居住者のプライバシー権の関係上、近隣住民からのクレームが頻発しているか、帳簿上家賃を滞納してないか等をマンションの所有者や管理会社に確認すればで十分であり、改めて積極的な調査をする必要はありません。

4 錯誤無効の検討

 まず民法95条の錯誤無効について簡単に説明しますと、例えば買主がA物件を買おうと思っていたが勘違いしていてB物件を買ってしまった場合や代金100万円だと思って契約書にサインしたがそれは勘違いで契約書100万ドルとなっていた場合等、契約条項は正しいのだけれども自分が勘違いしていたためその物件やその代金で買うつもりはなかった場合に、その勘違いに重大な過失がない場合には、契約を無効に出来るというものです。

 では同じマンションにに暴力団員が住んでいるとは思わなかった、暴力団員が住んでいるだけで嫌なのでそのような物件は買う意思などなかったという場合はどうでしょうか。これは勘違いですし、単に物件を訪れただけでは暴力団員が住んでるか分らないのでその勘違いに重大な過失は認められないでしょう。

 しかし、このよう勘違いは「動機の錯誤」といって、そのことを契約時に売主に表明していないと錯誤主張できないというのが確立した判例です。A物件を買うつもりがB物件を買うというのと、A物件を買うつもりだったことはそのとおりだけどその購入動機として同じマンションに暴力団員が住んでいないことというのは別物です。勘違いに重過失がなければ何でも無効というのでは安全な取引などできません。そこで、判例は勘違いが単に付随的な購入動機(例;眺望がよいからこのマンションを買う)についての場合はそのことを契約時に表明していないと無効主張は出来きないこととしたのです。

 ですから、通常は暴力団員が同じマンションに住んでいないことなどとは表明していませんので錯誤主張はできません。

5 詐欺取消し

 民法96条の詐欺取消しとは、①嘘をつくことで②相手方を錯誤に陥らせ物件を買わせることです。この詐欺取消しでの錯誤には上記購入動機などの動機の錯誤も含みます。ですから、暴力団員が住んでいない点での動機の錯誤があっても良いことになります。

 しかし、詐欺は嘘をつくことが要件です。本件では何も説明していないだけですから積極的に嘘をついたわけではありません。もっても、説明義務があるのに説明しなかったというのであれば暴力団組員が住んでいることを隠したとして嘘をついたとみなされる可能性もあります。しかしながら、前記のように暴力団組員が単に住居として住んでいるだけの場合にはそもそも説明義務を負わないので嘘をついたとはいえません。

 従って、詐欺取消しもできません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.02.12更新

物件内で自殺・殺人事件、病死があった不動産売買での注意事項

 

 

1 はじめに

 近年不況に伴い自殺者数が急増しております。また、老化社会に伴い一人住まいのお年寄りの自然死も増えています。このような社会的事情のもと、自殺やお年寄りの自然死があった不動産の仲介にあたるケースはますます増えてくるものかと思われます。

 そこで、今回は、①このような物件であることが後に買主に判明した場合に、買主は売買契約を解除し又は損害賠償請求をできるのか、②また、このような不動産の仲介に際して、宅建業者には重要事項説明義務として当該物件内で自殺や病死のあった事実を報告する義務があるのかについて、ご説明したいと思います。

2 買主による契約解除、損害賠償請求の可否

(1)瑕疵担保責任について

 買主が当該物件の売買について解除、損害賠償請求する場合の法的根拠としては、瑕疵担保責任(民法570条)が考えられます。

 瑕疵担保責任とは、

 ①「瑕疵」(目的物が通常有している性能を欠く状態)が契約成立前から存し、かつ②その「瑕疵」が「隠れたる」(契約時に通常の注意義務を尽くしてもその瑕疵を発見できない場合)ものであるときに、生ずる責任です。例えば、売買目的の建売住宅が欠陥住宅で、かつ売買時にも外見上はその欠陥が分らなかった場合が典型例です。

 責任の内容としては、その瑕疵による目的物の価値の減少分については、損害賠償請求でき、また、瑕疵によって契約の目的を達成できない場合には契約を解除することもできます。

(2)「瑕疵」にあたるか

 本件で問題となるのは、まず、上記欠陥住宅例のような物理的欠陥は誰の目から見ても瑕疵にあたることは明らかですが、本件のような自殺・病死の例については、これを気にしない人もいれば気にする人もいます。そこで、このように人の感じ方によって瑕疵となるか瑕疵とならないかが違ってくるようなケース(「心理的瑕疵」といいます。)でも、瑕疵担保責任の「瑕疵」に該当するのかという点です(なお、ここにいう心理的瑕疵のケースでは、建物での死体の発見が遅れたので建物から死臭が取れない等の物理的瑕疵がない場合をいいます。このようなケースでは、物理的瑕疵がありますので当然「瑕疵」にあたります。)。

 この点、判例は、自殺・殺人事件があったという心理的瑕疵も「瑕疵」にあたり得ると判示しています(ケースバイケースですのでもちろん「瑕疵」にあたらないと判断された場合もあります。)。他方、単なる自然死、病死については一般に瑕疵にあたらないとしています。

 判例は、「瑕疵」にあたるかの判断基準について、心理的瑕疵の場合は、買主の個人的感情といった主観的事情ではなく、客観的に建物が通常有する「住み心地の良さ」を欠いている状態にあたるかで判断すべきだとしています。そして、建物が通常有する「住み心地の良さ」を欠くか状態か否かは、以下の事情を総合評価して、「人の死亡にまつわる忌わしさが当該物件から相当程度薄らいでいるか」で判断されるものとしています。

(ア)死体の数、死体の状況

  死体の数が多いほど、また死体の発見状況が、首吊り自殺、割腹自殺又は一家惨殺殺人事件であったり、死体発見が相当程度遅れていた場合等、死体発見の状態が忌わしいほど瑕疵該当性は肯定され易くなります。

 逆に、自殺が睡眠薬の服用であったり、自殺後直ぐに病院へ運ばれた場合等の場合は肯定され難くなります。

 前記病死や自然死が一般に否定されるのもその忌わしさが低いからです。

(イ)死体の存在した場所

  死体の存在した場所が、寝室やリビング等の人の日常生活空間であれば肯定され易くなります。

 逆に、複数人が出入りするマンションの階段・廊下については通常否定されるでしょう。離れの物置等についても居室等よりは否定され易くなります。

(ウ)死体発見時からの期間の経過

 年数が経過すればするほど過去の事実となってその忌わしさも軽減されます。事案にもよりますが判例は6・7年経過した物件について忌わしさを軽減する一事情としています。

  また、いったん他の人に貸してその間大過なく過ごして引っ越したのならば、これも忌わしさを軽減する要素になります。逆に、当該自殺等の事情にまつわる嫌悪感から引っ越したのであれば忌わしさを肯定する事情になってしまいます。

(エ)建物の物理的状況

 建物内に血痕や髪の毛等死体の痕跡が残っていると、忌わしさを肯定する重大な要素になってしまいます。逆に、当該建物を一度更地にし建て直した等の事情があれば忌わしさを軽減する重要な事情になります。

(オ)購入目的

 購入目的が居住目的ではなく営業目的、事務所目的、倉庫目的であれば瑕疵該当製は否定され易くなります。

(カ)売買価格

  売買価格が低く抑えられており、自殺等の事情がきちんと価格に反映されていれば瑕疵該当性は否定され易くなります。

(キ)地域

  当該地域が人の出入りが多い都市であれば、自殺等の噂も比較的早くなくなるでしょう。逆に、出入りがほとんどない田舎であったりするとその噂もなかなかなくなるものではありません。このような理由で、判例は当該地域の人の出入りの多さや地域社会の密接度等も考慮しています。

(3)忌わしさ軽減の為に売主として為すべきこと

 上記判断要素に照らして、以下のことをすることで忌わしさを軽減でき、瑕疵該当性を否定できるか、否定はできなくても損害賠償請求時の損害額軽減につながるものと思われます。

(ア)内装を一変する、建物自体を建て替えること(いったん取り壊して駐車場等にすれば大抵の事案では瑕疵該当性は否定できるでしょう)

 最低限血痕や死臭を残さないこと(これが残っていれば瑕疵を肯定されても仕方がありません)

(イ)自殺等について気にしないという人や営業目的の利用者にある程度の期間事情を話して安く貸すこと

(ウ)お払い等もしておくこと

(4)「隠れた」瑕疵にあたるか

 買主が予め自殺等があった事実を知って入居した場合は、「隠れた」瑕疵といえないので、売主は瑕疵担保責任を負いません。

 また、買主に自殺等の事実があったことを知らなかった点に過失があるといえる場合にも「隠れた」瑕疵には該当しません。ただし、物件を内見しただけでは既にリフォーム済みであったりして、買主はこのような事情を知り得ないのが通常ですので、当該物件が自殺・殺人事件として地元メディアで報道されており、かつ買主が地元の不動産業者であった場合のような特別の事情がない限り、知らなかったことの過失を理由に「隠れた」瑕疵の該当性を否定することは難しいでしょう。

(5)瑕疵該当性が肯定された場合の損害額

 裁判例では、事例にもよるが、殺人事件等のひどい事案でも購入価格から建物価格の30パーセント前後の損害額しか認めていない事例が多いです。

 また、殺人事件で床下に遺体を埋めた等の事案では建物の損害に加えて土地に対する損害賠償の請求もできるとしています(但し、損害額は建物より低いです。)。

3 自殺、病死の説明義務

 宅建業法35条1項には重要事項説明義務についての重要事項について列挙されていますが、この説明義務は列挙事項に限定されるものではありません。これまで説明してきたような心理的瑕疵が存する場合にも説明義務の対象になります。

 但し、説明義務があるというためには、前提として自殺・殺人事件の有無についての調査義務が認められなければなりません。そこで、自殺・殺人といったプライバシーに関する問題についても売主から根掘り葉掘り聞く義務があるかといえば、確定的な裁判例はないですが、売主のプライバシーの侵害を理由に消極に解すべきだとの見解が多いです。

 従って、説明義務が課されるのは、宅建業者が、ニュース報道や近隣の不動産情報として知っている場合か容易に知り得る場合に限られる場合が多いものと思われます。かかる説明義務が認められるのにこれを怠れば、宅建業者は説明義務違反を理由に損害賠償請求をされます。

 病死・自然死については、前記のとおりそもそも瑕疵にあたらないので、通常、説明義務の対象にはなりません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.02.04更新

下水道の設置について

 

隣地所有者の排水設備の利用

 私の家は袋地ですが、この度、公共下水道の処理区域内となりました。下水を公共下水道に流入させるため、囲繞地に排水管を設置することは可能ですか。また、隣人の設置した排水管を一部利用させていただくと、とても費用が安くすみますがそのようなことは可能なのでしょうか。

1下水道法の規程
 下水道法10条1項は、「公共下水道の供用が開始された場合においては、当該公共下水道区内の土地の所有者、使用者又は占有者は、遅滞なく、その土地の下水を公共下水道に流入させるために必要な排水管、排水渠その他の排水施設(以下「排水設備」という)を設置しなければならい。」と定めています。
 わが国の下水道の普及率は非常い低く、浄化槽等を利用して排水を処理しているところが非常に多いというのが現状です。多額の費用をかけて新たに公共下水道の供用を開始した場合には、皆に利用してもらわなければ意味がありません。
 しかし、今まで特段の問題もなく浄化槽等により排水を処理していた者が、公共下水道を利用するために、自己の土地から本官までに新に排水設備の工事をしなければならず、新に出費が必要とされるので、この規程により、下水道の利用を法律上義務化したのです。
 また、下水道法11条1項では「(第10条)第1項の規程により排水設備を設置しなければならい者は、他人の土地又は排水施設を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に排水施設を設置し、又は他人の設置した排水施設を使用することができ。この場合においては、他人の土地又は排水設備にとって最も損害の少い場所又は箇所及び方法を選ばなければならない。」と定められています。
 また、他人の土地に排水設備を設置した者は、その排水設備の改善、修理、維持のために、その他人の土地を使用することができます(下水道法11条3項)。
 しかし、これらの規定により、他人の土地を使用することで、損害を与えた場合、損失を補償しなければなりません(下水道法11条4項)。また、他人の排水設備を使用する者は、その利益を受ける場合に応じて、設置、改善、修理、維持に要する費用を負担しなければなりません(下水道法11条2項)。この費用負担の割合は、両地の排水量を基準とするとされています。
 また、民法上の相隣関係の規定中、下水に関しては、民法220条の余水排池権と民法221条の流水用工作物の使用権があります。

2 近時の裁判例
 東京地判平成9・7・10【判タ966号223頁】は、水洗式の便所へ切り替えるため、下水の排水のために隣人の設置した既存の排水管の利用の承認を求めた訴えにつき、既設の排水管がたまたま建物の下を通っているという特殊事情を考慮し、新たに水洗式便所汚水が合流することにより、万一、管が詰まるなどして改修工事の必要が生じた場合には、建物を一部にせよ取り壊すなどして下水工事を施工しな
ければならなくなるおそれがあり、迂回路になるとはいえ、前記私道に排水管を新設するという方法も十分考え得ること等を理由に、請求を棄却しました。
 また、東京高判平成9・9・30【判タ981号134頁】は、付近の土地の排水設備の設置状況および本件土地の所在する場所の環境にかんがみると、本件土地につき排水設備等を設置することは、本件土地の利用に特別の便益を与えるというものではなく、むしろ、建物の所有を目的とする本件借地契約に基づく土地の通常の利用上相当なものというべきであるから、賃貸人である控訴入らにおいて、本件土地につき排水設備等を設置することにより回復し難い著しい損害を被るなど特段の事情がないかぎり、その設置に協力すべきものであると解するのが相当である。 そうであれば、控訴人らは、被控訴人が本件土地につき排水工事および水洗化設備の新設工事をするにあたり、これを承諾し、かつ、右工事の施工を妨害してはならないものといわなければならい旨判示しています。

3 設問の場合
本件では、まずこちらの土地が「公共下水道の排水区域内である」こと、そして「他人の土地を使用しないと下水の公共下水道への流入が困難である」ことがポイントとなります。
本件は、袋地であって、囲緯地通行権を有しているような案件であれば、下水道法=条1項の規定により、隣地に排水設備を設置し、または隣人の設置した排水設備を使用することができることになります。その際の設置場所については、「他人の土地又は排水設備にとって最も損害の少い場所又は箇所及び方法を選ばなければならない」と規定されているので、原則として、囲続地通行権による通路の下ということになるでしょう。
ただ、それがあまりに下水道に排水するにあたって迂遠であり、多額の費用を要するような場合には、別の部分を利用することも可能でしょう。
また、隣人の設置した排水管を一部利用させていただくことも、先出の東京地裁判例のように特殊な事情のないかぎり可能です。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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