弁護士 秋山亘のコラム

2019.04.22更新

高齢者の不動産取引上の注意点

 

(質問)

 この度、私は、ある高齢者が所有されている不動産取引の仲介をすることになったのですが、その不動産の所有者ご本人は、痴呆が相当すすんでおり周囲の状況が全く理解できない様子のようです。

 今回の不動産売買の件は、その方の次男の方が全てを取り仕切ってやっている様ですが、この方のご長男の方は本件不動産取引に反対していると聞いております。

 このように、高齢のため所有者ご本に判断能力が全くないと思われるケースで、不動産取引を進めることは問題ないのでしょうか。

(回答)

1 民法上、法律行為(不動産の売買契約を締結したりすること)をするには「意思能力」が必要とされています。「意思能力」とは、自己の意思に基づいて判断し、行動する能力のことです。そして、「意思能力」が欠ける法律行為は、無効になります。

 本件では、所有者ご本人には意思能力がない状況と思われますので、所有者ご本人には法律上も不動産の売買契約をすることができないものと思われます。 また、所有者ご本人に意思能力がない場合には、代理人となる者との間で委任契約を締結することもできませんので、本人に判断能力があったときに作成された委任状が存在する場合は別として(この場合でも委任契約の効力の継続性に疑義が生ずる場合があります)、そうでない場合には、仮に、所有者ご本人のご子息でも法律行為を代理することはできません。

 そうすると、このまま不動産取引を進めると、後日、将来相続が生じた際に反対されていたご長男様との関係で、上記不動産の売買契約等の有効性について紛争になるおそれがあります。

2 後見制度とは

 従いまして、本件では、家庭裁判所に所有者ご本人の後見人開始の審判の申立をし、後見人が選任された後、後見人を通じて上記のような不動産売買契約等を行うべきだと思われます。

 「後見開始」の審判は、「精神上の障害により、事理を弁識する能力を欠く常況にある者」に対してできます。また、本人の判断能力の低下の程度に応じて、後見開始の状況には至らなくても、「事理を弁識する能力が著しく低下している者」に対しては「保佐」の制度、「事理を弁識する能力が不十分な者」に対しては「補助」の制度が適用されます。

 なお、後見開始の審判をするには、本人の判断能力の低下を調査する為に医師の鑑定を経なければなりません。その鑑定料も、従来は30万円程度かかりましたが、近時は書式を定型化するなど工夫をすることで10万円程度に抑えられております。

 また、申立をしてから後見人選任までの期間ですが、事案によって異なるものの、約3ヶ月程度かかるケースが多いです。

 このようにして、後見開始がなされ後見人が選任されると、後見人は、裁判所及び後見監督人の監督の下、本人の利益の為に財産管理行為と身上看護行為をします。 

 財産管理行為とは、例えば、高額の預金を引き出して本人の生活費に使う、不動産を売却して本人の生活費に充てる、不動産を賃貸に出して利益を挙げるなどして、本人所有の財産を管理することです。

 身上看護行為とは、後見人自らは実際に本人を介護する義務を負うものではないので(後見人が実際に介護をしてもかまわないのですが)、通常は、介護サービス契約の締結や病院・老人ホームへの入院契約の締結をして、介護士や医師といったその道の専門家を通じて本人の身上看護をすることです。

 後見人には、通常は信頼のできる親族や弁護士、司法書士、税理士などが選任されます。今回の法改正で複数の後見人の選任も認められるようになりましたので、不動産取引等の財産管理は弁護士等に、身上看護はご子息等に、それぞれ後見人の任務を振り分けて後見人を選任してもらうことも可能になりました。

 また、申立人の方で後見人に適した人物を見つけることができない場合には、家庭裁判所の方で信頼のできる弁護士等の専門家を紹介してもらえる場合もあります。

 なお、後見が開始されると、本人が一人で行った法律行為は、原則として当然に取り消せますので、万一、本人が、判断能力の低下から騙されて本人に不利な契約をしてしまっても、後見人によってその契約を取り消すことができます。

 従いまして、既に後見開始をしていると疑われる高齢者の方と取引をする場合は、その方の後見開始の有無を成年後見登記簿によって確認する必要があります。

 当面は、成年後見登記を扱っている法務局は、全国で東京法務局一カ所となりますので、ここで成年後記の登記事項証明書を取ります。但し、第三者ではこれを取り寄せることができませんので、本人か本人の親族に取り寄せてもらう必要があります。

 仮に、後見人が付いている場合は、後見人を相手に取引を進めなければなりません。

3 新しい成年後見制度について

 なお、近時新設された成年後見制度は、従来の禁治産制度を下記の点で改正し、より利用しやすい制度に改善されております。

 ①名称が「禁治産」から「成年後見」へ変更した。

 ②成年後見の開始の審判は、戸籍には表示されず、成年後見登記簿へ表   示されるようになった。

 ③成年後見人は1人ではなく、複数人を選任できるようになった。また、   配偶者でなくても後見人に選任できるようになった。

 ④本人が行う日常品の購入などについては、本人の自己決定権の尊重の   見地から、当然の取り消し権の対象にはしないことにした。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.04.15更新

借家の原状回復義務について 

 

1 問題点

 賃貸借契約が終了し借主が退去する際に、物件の汚れ・破損等を巡って、貸主または借主のどちらが修復費用を負担するか、言い換えると、「借主に原状回復義務があるのか」が問題となることが少なくないようです。具体的な修復箇所(費用)としては、カーペットの取り替え、壁紙(クロス)の張り替え・壁面の塗り替え、畳の表替え、柱や壁に空けた釘穴、室内の清掃(クリーニング)などが挙げられます。

2 基本的な考え方

(1)賃貸物件の経年変化によって生じた損耗・汚損(使用の有無にかかわらず生じるもの)や、通常の用法によって使用していた場合に生じる損耗・汚損は、借主の原状回復義務の対象外となります。借主には入居した時点と全く同一の状態に戻す義務はないのです。

 裁判所も、明け渡し時に①柱や壁に汚れがある②床に染みがある③クロスの一部が剥がれている④壁に釘穴がある⑤Pタイルに損傷箇所があるという事案で、

「これらの損耗・汚損はいずれも部分的なものであって、さほどの広範囲のものではなく、むしろ本件貸室を一年間程度使用すれば通常生じうるであろう軽微なものであるので、いずれも本件貸室の通常の使用によって生ずる程度を越える特別な損傷にあたらない」

として原状回復義務を否定しています(大阪高等裁判所平成6年12月13日=判例時報1540号)

 具体的なケースで個々の汚損につき借主に原状回復義務が課されるかは、汚損の程度をも考慮しなければなりませんが、一応の目安としては

①カーペットの取り替え 

  家具の重みによる凹み、お茶などによるシミ・・・含まれない

  たばこによる焦げ・・・含まれる

②壁紙の張り替え    

  日照などの自然現象による変色、電気焼け・・・含まれない

  子どもの落書き、結露の放置により広がったカビ・・・含まれる

③畳の表替え  

  お茶などによるシミ、擦り切れ・・・含まれない

  たばこによる焦げ・・・含まれる

④柱や壁に挙げた釘穴  含まれない

⑤室内のクリーニング  含まれない

ということになると思われます。

(2)それでは、賃貸借契約で、「カーペット・壁紙の張り替え、畳の表替え・・・に要する費用は、賃借人の負担とする」という様な特約を定められていた場合、賃借人はカーペットの張り替え等の原状回復をしなければならないのでしょうか。

 裁判所は、一定範囲の修繕を賃借人の負担で行うという特約について、(賃貸借関係が継続している間の)貸主の修繕義務を免除したものに過ぎず、積極的に借主に修繕義務を課したものではないと判断しました(最高裁判所昭和43年1月25日=判例時報513号)。

 右判決後も、借主の修繕特約や原状回復特約について、

①賃貸人の修繕義務を免除するに留まる

②賃借人の故意・過失、通常でない使用による損耗等に限定される

③特約自体が無効である

とする判決が数多く出されております。したがいまして、賃借人に負担を課す特約を定めたとしても、文言通り特約の効力が認められるとは限りません。

3 原状回復の範囲

 それでは、たとえば、賃借人に壁紙の張り替える義務がある場合、その範囲は、汚損された部分に限られるのでしょうか、それとも、それより広い範囲まで認められるのでしょうか。この点につきましては、基本的には、汚損された部分に限定され、具体的には補修工事が最低限可能な施工単位を基本とすることになると思われます。

4 その他

 賃借人に原状回復義務がある場合でも、当然に賃借人が修復費用全額を負担するとまでは言えません。物件の経年変化(減価償却)による損耗分があり、これらの修復費用まで賃借人に負担させることは妥当ではないでしょう。したがって、経年変化による損耗分を考慮に入れながら、修復費用の賃借人の負担割合を決めることになります。なお、当該修復部分が消耗品(たとえば畳・障子など)に近いものであれば減価償却になじまないので経過年数を考慮しないことになろうかと思います。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.04.08更新

共有状態を解消する方法

 

1 はじめに 

  共有状態のマンションを売却処分したい場合や共有状態の土地を分割・分筆した上で売却処分したい場合には、共有物分割手続きを知っておく必要があります。

そこで、今回は土地や建物の共有者が共有状態を解消したい場合、どのような方法があるのかご説明したいと思います。

2 共有物分割協議

共有物分割の協議(共有者全員の合意)が成立すれば、共有関係をいつでも解消できます。この場合に共有関係を解消する方法としては、以下の3つの方法が考えられます。

①現物分割

 例えば土地を3筆の土地に分割するように、共有物そのものを分割するやり方です。

 しかし、建物の現物分割は事実上不可能ですし、土地上に建物が目一杯建っているという場合にも土地の現物分割は困難でしょう。

②代金分割(換価分割)

 これは、土地やマンションを売却し、その売却代金を持分に従って分割するものです。現物分割が困難な場合にはこれによることが多いです。

③価格賠償

 価格賠償とは、例えば、共有物を一人の共有者の単独所有にする代わりに、他の共有者には共有持分相当分の金銭を支払って、共有物を分割する方法です(これを「全面的価格賠償」といいます)。

 また、この方法によれば、ABCと共有者がいる場合に、共有者Aのみを廃除したい場合には、Aのみに価格賠償をして、BCは共有状態のままにしておくこともできます。

 また、現物分割をした場合には、土地の現物分割ですと、土地面積を3等分したとしても土地をどのように分割するかで必ずしも平等な分割ができない場合があります(例えば、ある土地をA地B地C地に三等分した場合にも、A地のみが角地で道路に面しており好立地の場合は、B地C地を配分されるものは面積が同じでも納得できない場合もあるでしょう)。

 このような場合、各土地の実際上の価値を調整する為に、前記のA地を配分されたものが、B地C地を配分されたものに調整金を支払うという方法が取られます(これを「部分的価格賠償」といいます)。

3 共有物分割の裁判

では、共有者間に合意が成立しない場合にはどうすればよいのでしょうか。

この場合、共有物分割の裁判を請求できます(民法288条1項)。

共有物分割協議の場合、前記①から③の方法のいずれを採用するのも自由ですが、共有物分割請求の裁判の場合には、現物分割が原則です。

代金分割は、現物分割だと目的物が毀損したり、その価値が著しく減少したりする場合にのみ認められます(例;マンション1室の共有)。この場合は、裁判所の競売手続によって目的物を現金に換価した上、代金分割をします。(民法288条2項)

なお、共有物分割請求の裁判の場合に、代金分割ではなく価格賠償と言う方法が認められるかについては、民法には明確な規定がないのですが、判例上一定の要件のもと認められています(最判H8,10,31は、全面的価格賠償については、①共有物の性質等の事情を総合考慮し全面的価格賠償の方法が不公平とならないこと、②持分価格が適正に評価されていること、③取得者(賠償者)に支払い能力があることを条件に認めています)。

4 共有物不分割特約がある場合

共有者は、5年以内の期間で共有物を分割しないという共有物不分割特約をすることができます(民256条)。この特約がある場合は、共有物分割請求の裁判もできません。

共有状態を確保しておきたい場合には、この特約を結ぶ必要がありますが、5年を越える特約をしても、その超える部分は無効になります。但し、共有者は、5年ごとに不分割特約の更新をすることができます。

5 共有持分に抵当権設定登記がある場合

  共有持分に抵当権が設定されている共有者(抵当債務者)が共有物を現物分割する場合には、抵当権の移転登記をするなどその共有者(抵当債務者)が取得する物件に抵当権を集中させなければなりません。

  この場合、抵当権者の利益を保護するため、原則として抵当権者の同意を得なければならないというのが裁判実務です。

  もっとも、このような実務慣行に対しては、抵当権の集中を認めたとしても必ずしも抵当権者の利益を害することにはならないとの批判もあり、例外を認めた裁判例(大阪地裁H4,4,24)もあります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.04.01更新

共有者の一部による共有物の変更と原状回復請求

 

 

1 問題事例

 A所有の農地であった土地(以下「本件土地」といいます)を、Aの死亡後、共同相続人(妻と四人の子)の一人である長男Yが、本件土地に家屋を建築する目的で、他の共同相続人に無断で宅地造成工事を施して非農地化した。三男Xは、共有持分権にもとづく妨害排除請求としてYに対し原状回復を求めた。

2 問題の所在

 共同相続人による遺産の共同所有の性質については、判例では「共有」と考えています(なお、学説では、遺産の共同所有は通常の共有と若干異なる性質があり、「合有」とする説が有力です)。共有物の全部について、各共有者はその持分に応じて「使用収益」することが出来ます。しかし、「共有物」を「変更」するには、共有者全員の同意が必要となります。

 各共有者は、第三者や他の共有者が、

①無断で共有物を変更しようとする

②無断で共有物を処分しようとする

ような場合には、単独で、「共有持分権に対する妨害排除請求」という形で、当該侵害の禁止や除去、或いは損害賠償などを求めることが出来ます。

 もっとも、他の共有者が共有者間の協議によることなく「共有物を独占して使用している」ような場合には、その独占している共有者にも持分に応じた「使用収益権原」があるため、その者の使用を全面的に排除することは出来ないとされています。各共有者は独占者に対し、「共有物全部の引き渡し」や「共有物の明け渡し」を求めることは出来ません。各共有者は独占者に対し、「(自己の持分の価格の限度において)共有物を使用収益することを妨害してはならない」という裁判(「不作為請求」の裁判といいます)を起こすことが出来るに止まるのです。

 このように各共有者には「共有持分権に対する妨害排除請求」が認められています。しかし、(共有持分権を侵害している当の)共有者にも「使用収益権原」が認められている関係上、他の共有者は「妨害排除請求」を理由に100%満足できる結果はなかなか期待出来ないのです。

3 裁判例

 独占している共有者の「使用収益権原」との関係で、各共有者の「妨害排除請求」にも限界があることは以上のとおりです。では、上記のような極端な事例において、侵害されている共有者は、「不作為請求」しか出来ないのでしょうか。

 最高裁判所平成10年3月24日判決

 最高裁判所は、前記の事例について

① 共有者の一部が他の共有者の同意を得ることなく、共有物を物理的に損傷するとか、共有物を改変するなどの「共有物に変更を加える行為」をしている場合、他の共有者は各自の共有持分権にもとづいて、「共有物に変更を加える行為」の全部の禁止を求めることが出来る

② 更に、原状回復が不能であるなどの特段の事情がある場合を除き、当該侵害共有者に対し共有物の原状回復を求めることが出来る

と判断しました(ちなみに、本最高裁の一、二審は、いずれも、Yにも共有者として本件土地を使用する権原があることを理由に、Xの共有持分権にもとづく妨害排除請求は認めませんでした)。

 本最高裁は、

① 共有持分権にもとづく妨害排除請求がどの程度まで認められるかは、相手方共有者の侵害行為の程度によって異なる。侵害行為が「共有物の使用収益の方法」に止まるのか、これを越えて「共有物の変更」にあたるかで異なる

② 共有物に加えられた変更について原状回復を求めることは、必ずしも相手方共有者の占有使用の全面的な排除を求めるものではない

ことを理由として、Xの妨害排除請求権にもとづく原状回復請求を認めたのでした。本最高裁判決により、共有者の一人が目的物の独占的利用を越えて、原状を変えようとしている、或いは、変えてしまったような場合には、他の共有者は、裁判によりこれを禁止し、或いは、原状回復を求めることが出来るとした点で意味があると思われます。

 しかし、同時に、本最高裁は、

③ 共有物に変更を加える行為の具体的態様及び程度、妨害排除により相手方共有者の受ける社会的経済的損失の程度、共有関係の発生原因、共有物の従前の利用状況と変更後の状況、共有物の変更に同意している共有者の数及び持分の割合、共有物の将来における分割、帰属、利用の可能性その他諸般の事情に照らして、妨害排除請求が「権利の濫用」にあたる場合がある

としていますので、今後具体的な事案を検討するにあたり、③(権利濫用)で示された事情が重要な意味を持つことは言うまでもありません。

4 終わりに

  遺産相続の場合は遺産分割をするまで「共有」となることは避けられませんが、財産を共有した場合、共有者間でその管理や利用を巡ってトラブルが生じることがあり、その解決に苦労することがありますので、このような観点からは、財産はなるべく共有にせず、単独所有にした方がよいと言えます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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