弁護士 秋山亘のコラム

2020.01.27更新

隣地排水施設の利用問題について

 

 

<事例>

 Xの家は袋地となっているが、新たに公共下水道の処理区域内となった。

 下水を公共下水道に流入させるためには、Xの土地から隣人Yの設置した排水管に接続して排水しなければならない。

 しかし、Yは、その接続を拒否しており、同意しようとしない。

 このような場合、Xは、隣人Yの設置したY土地上の排水管にXの土地から接続して排水することができるか。

<回答>

1 下水道法の規程

(1) 下水道法10条1項では、「公共下水道の供用が開始された場合においては、当該公共下水道区内の土地の所有者、使用者又は占有者は、遅滞なく、その土地の下水を公共下水道に流入させるために必要な排水管その他の排水施設(以下「排水設備」という)を設置しなければならい。」と定められており、公共下水道の処理区域内となった場合には、公共下水道への排水が義務付けられております。

   また、下水道法11条1項では、「第10条・第1項の規程により排水設備を設置しなければならない者は、他人の土地又は排水施設を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に排水施設を設置し、又は他人の設置した排水施設を使用することができる。この場合においては、他人の土地又は排水設備にとって最も損害の少い場所又は箇所及び方法を選ばなければならない。」と定められております。

 また、民法上の相隣関係の規定では、下水に関しては、民法220条で高地の土地所有者は他人の低地を通じて下水道等に至るまで余水(雨水など)を通過させることができると規定しており(余水排池権)、民法221条では高地の土地所有者は低地の土地所有者が設置した排水管を使用し下水道等に至るまで排水することができると規定しております(流水用工作物の使用権)。

 これらの民法の規定は高地と低地との間の相隣関係の規定ですが、学説・判例等は、高知・低地間の相隣関係だけでなく、袋地の相隣関係への類推適用も肯定しております。

  また、上記下水道法11条の規定では、「流入させることが困難であるとき」と規定されておりますので、当該土地が袋地である場合だけではなく、隣地の排水設備を使用すれば設置費用は少額で止まるが、公共下水道までの排水管を全て自分で設置するとなると著しく過分の費用がかかる場合なども含まれます。 

  この点に関連する裁判例としては、東京高判平成9・9・30(判タ981号134頁)は、「付近の土地の排水設備の設置状況および本件土地の所在する場所の環境に鑑みると、本件土地につき排水設備等を設置することは、本件土地の利用に特別の便益を与えるというものではなく、むしろ、建物の所有を目的とする本件借地契約に基づく土地の通常の利用上相当なものというべきであるから、賃貸人である控訴人らにおいて、本件土地につき排水設備等を設置することにより回復し難い著しい損害を被るなど特段の事情がないかぎり、その設置に協力すべきものであると解するのが相当である。そうであれば、控訴人らは、被控訴人が本件土地につき排水工事および水洗化設備の新設工事をするにあたり、これを承諾し、かつ、右工事の施工を妨害してはならないものといわなければならい」旨判示しています。 

  もっとも、東京地判平成9・7・10(判タ966号223頁)は、水洗式の便所へ切り替えるため、下水の排水のために隣人の設置した既存の排水管の利用の承認を求めたという事案で、既設の排水管がたまたま建物の下を通っているという特殊事情を考慮し、新たに水洗式便所汚水が合流することにより、万一、管が詰まるなどして改修工事の必要が生じた場合には、建物を一部にせよ取り壊すなどして下水工事を施工しなければならなくなるおそれがあり、迂回路になるとはいえ、前記私道に排水管を新設するという方法も十分考え得ること等を理由に、請求を棄却しました。

このように、隣地の排水設備を使用することで隣地土地所有者に特段の損害を与える恐れがあり、費用はかかっても迂回路をとること排水することが可能な場合には、隣地の排水設備の使用が認められない場合があります。

(2) 隣地使用者の負担義務

    しかし、他方で、隣地の土地使用者は、排水のため他人の土地を使用することで損害を与えた場合、通常生ずべき損失を補償しなければなりません(下水道法11条4項)。

  これは、「損失を補償」と規定されているため、隣地の土地使用者の過失責任ではなく、無過失であると解されます。

  また、他人の排水設備を使用する者は、その利益を受ける場合に応じて、設置、改善、修理、維持に要する費用を負担しなければなりません(下水道法11条2項、民法第221条2項)。

  この費用負担の割合は、「その利益を受ける場合に応じて」分担すると規定されていることから、両地の排水量若しくは総床面積などを基準に算定することになると考えれます。

2 本設問の回答

 本件では、Xの土地が「公共下水道の排水区域内にある」ことから下水道法第11条が直接適用されます。

 そして、Xの土地は袋地でありますので、「他人の土地又は排水施設を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるとき」に該当しますので、隣人Yの設置した排水管に接続し利用することができます。

 したがって、上記のような法律の規定をYに説明し、それでもYがYの排水設備への接続を認めない場合には、Xは、Yに対し、「Yの排水設備への接続・利用の同意」を求める訴訟を提起することになるでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2020.01.21更新

(質問)

  平成15年の民法改正で、旧民法295条の短期賃貸借制度が廃止になったと聞いたのですが、改正の概要を説明してください。

(回答)

1 短期賃貸借制度とは

  抵当権設定登記後に締結された賃借権は、抵当権者に対抗出来ないのが原則です。

  従って、抵当権が実行された場合、賃借人は、競売手続きにより競落した買受人に対し、借地や借家を直ちに明け渡さなければなりません。 また、敷金も買受人に引き継がれませんから、返済資力がない旧所有者(賃貸人)にしか請求できません。

  しかし、このように賃借権が保護されない状態では、抵当権が設定されている建物や土地については、誰も安んじて借りることはできず、抵当権付不動産の有効利用が妨げられてしまいます。

  そこで、旧民法295条は、民法602条に定める期間(建物は3年、土地は5年)を超えない賃借権については、抵当権者に対抗できるものとし、短期の賃借権に限りこれを保護することにしました。

  これにより、短期賃貸借の期間満了までは買受人に対し賃借権を対抗出来ますし、また、敷金返還債務についても買受人に引き継がれることになります。

  これが短期賃貸借の制度です。

2 改正理由

  しかし、実際には、賃貸借の実体がないにも関わらず、多額の敷金を預け入れていたとしてその返還を求めるものや高額の立ち退き料を要求するものなど、短期賃貸借を濫用して抵当権者の執行を妨害するケースが生じてしまいました。とりわけ、近時の不良債権処理の迅速化の要請には反するとして、一気に短期賃貸借の制度廃止論に拍車がかかりました。

 そこで、平成15年8月1日、民法を改正し、短期賃貸借の制度を廃止することになりました。

 なお、施行日は平成16年4月1日となります。

3 短期賃貸借廃止に伴う新制度

 (1) 明け渡し期間の猶予

 短期賃貸借が廃止になると上記の原則に戻ります。

 従って、賃借人は、競売により買受人が決まると、直ちに借地や借家を明け渡さなればならないことになります。

 しかし、これでは、賃借人は、不測の明け渡しに応じなければならず、転居先が決まらないまま立ち退きを余儀なくされるなど賃借人には酷な結果になる場合もあります。

 そこで、改正民法395条1項は、競売手続きの開始前から使用収益をなしている賃借人に対しては、買受人の買受けの時から6ヶ月間は賃借物の明け渡しを猶予するものとしました。

 もっとも、この期間も賃借人は、買受人に対してその間の「使用を為したることへの対価」を支払わなければなりません。買受人の催告にも関わらず、この対価を1ヶ月分以上支払わなければ、上記の明け渡し猶予の規定は適用されません。

 なお、買受人は、賃貸借契約を引き継ぐわけではないので、「使用を為したることへの対価」とは「賃料」と同義ではありません。法律的には、不当利得返還請求権として買受人が賃借人に対し請求できる性質のものです。従って、「使用を為したることへの対価」は、必ずしも従前の賃料額と同額というわけではありません。

 (2) 全抵当権者の同意の登記

  抵当権設定後の賃借権でも、①賃借権設定登記をし、②抵当権者全員から当該賃借権の設定に対する同意を得、なおかつ、③この抵当権者全員の同意について登記をしていれば、登記された内容の賃借権を抵当権(買受人)に対抗できることになりました。

 抵当権者に対抗できる賃借権の内容は、登記事項に限定されますので、存続期間、賃料、敷金に関す事項、更新に関する事項、転貸の許諾に関する事項などをきちんと登記しておかなけばなりません。

 また、賃借人は、当然には、賃貸人に対する賃借権設定の登記請求権を有しませんから、賃貸人との賃貸借契約締結時には、賃借権設定の登記請求権についても定めておかなければなりません。

 抵当権者の同意登記の後に賃料の減額があった場合など、賃借人に有利な内容に賃貸借契約が変更された場合には、これについても改めて抵当権の同意を得て、賃借権の変更に関する附記登記をする必要があります。従前の賃借権の登記のままでは、賃借人に有利な変更内容での賃借権を抵当権者に対抗することはできません。

 なお、本制度は、一般的な居住用アパートのように、1個の建物に対して複数の賃貸借契約を設定するような場合には利用できません。というのは、各賃借権の設定登記は、それぞれ、1個の建物の全体に対して行わなければならないからです。

 従って、本制度が利用できるのは、一軒家をそのまま1人の賃借人に賃貸する場合や区分所有建物を賃貸に出す場合、また、1個の貸しビルを一社の不動産業者に一括して賃貸し、これを複数の転借人へ転貸するようなサブリースのケースに限られます。

 4 仲介業者としての説明義務

   以上のように短期賃貸借制度は廃止になりましたから、今後は、抵当権付きの不動産の賃貸借契約を仲介する場合には、抵当権が実行された場合には買受人に対し賃借権を対抗できないことを説明しておくべきでしょう。

   この点、宅地建物取引業法においても上記説明義務の規定を設けるべきかについては議論がありましたが、今回の改正では、この点の規定を盛り込むことについては見送られました。

   しかし、賃借人にとって賃借権を抵当権者に対抗できるかは非常に重要な事項ですし、近時、専門業者の説明義務の強化の流れもありますので、トラブルを避けるためにも、この点はきちんと説明をしておくべきでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2020.01.06更新

暴力団事務所と売買契約の瑕疵

 

 

1 暴力団事務所の問題

 暴力団事務所として賃貸物件が使用されている場合に賃貸借契約の解除が問題となることについては皆様もよくご存じのことと思います。

 では、売買の目的土地の近隣に暴力団事務所が存在する場合、土地の買主は売主に対し、売買契約の解除等何らかの責任を問えるのでしょうか。

2 判例

 東京地方裁判所(判例時報1560号 平成7年8月29日判決)は、暴力団事務所について売主に対し一定の責任を認めました。

(1)事案

 原告甲及び被告乙はいずれも不動産の売買等を業とする会社で、甲と乙は平成4年3月30日、ある土地を代金9100万円で乙から甲に対し売り渡すという内容の売買契約を締結しました。甲は、同日売買代金のうち910万円を支払い、同年4月30日に残金8190万円を支払い、乙から土地の引き渡しを受けました。甲はその土地に事務所兼賃貸マンションを建設するつもりでした。ところが、その後、土地と交差点を隔てた対角線の位置にある建物(直線距離にして9メートル)には暴力団事務所があり、以前から暴力団の組事務所として存在していたことが判明しました。

  そこで、甲は乙に対し、

① 売買契約の詐欺による取り消し(民法96条)を理由とした代金返還請求(9100万円)

② 売買契約の錯誤による無効(民法95条)を理由とした代金返還請求(9100万円)

③ 売買契約の瑕疵担保責任による解除(民法570条)を理由とした代金返還請求(9100万円)

④ 売買契約の瑕疵担保責任による損害賠償請求として代金(9100万円)の75%相当の損害賠償

という内容で裁判を起こしました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は、甲の請求のうち①から③については認めませんでしたが、④については、

・本件土地は小規模店舗、事業所等が点在する地域に所在するところ、交差点を隔てて対角線の位置に本件暴力団事務所が存在することは、本件土地の宅地としての用途に支障を来たし、その価値を低下させることは明らかである。本件土地は宅地として通常保有すべき品質・性能を欠いているものであり、本件暴力団事務所の存在は本件土地の瑕疵に当たる→ 「暴力団事務所の瑕疵該当性」

・本件暴力団事務所のある建物は、契約時において、暴力団事務所としての存在を示すような物を掲げることもなく、暴力団事務所であることを示す外観はなかった。通常人が本件土地を購入しようとして現場を検分しても、暴力団事務所の存在を容易に知り得なかったであろう→ 「本件暴力団事務所の『隠れた瑕疵』該当性」

とした上で、本件土地の暴力団事務所の存在による減価割合を20%と認定し、これを損害としました。

3 本判決の意義

 本判決は、暴力団事務所が「売買の目的物である土地の中に」あるのではなく、「売買の目的物の土地の近隣に」ある事案において、「瑕疵」に当たるとしました。暴力団事務所の実態、社会に及ぼす危険性等暴力団事務所の害悪を適正に評価したと言えるでしょう。しかし、本判決は、通常人には暴力団事務所を容易に発見することはできないので、暴力団事務所の存在という瑕疵は「隠れた瑕疵」に当たると判断していますので、外観上暴力団の「組事務所」を示す標識などがあった様な場合には、瑕疵担保責任は問えないことになります。

 なお、本判決は、原告の「契約の取消・契約無効・契約解除」という主張については認めませんでした。これは、原告は一般の購入者ではなく不動産業者であること、代金も完済し物件の引渡しも済んでいることから、可能な限り契約を維持するのが相当と考えたのだと思います。いわゆる暴力団対策法施行の影響で外観上暴力団事務所と分からない建物が増加しているようですので、本件の事案のような裁判は増えることが予想されますが、「契約の取消・無効、契約解除」まではなかなか認められないと思われますが、仲介をする際には注意をしていただきたいと思います。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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