不動産業者に騙され自宅に根抵当権を設定されてしまいました
<質問>
私の父は、2年前にある不動産業者から自宅を購入し、現在はその自宅で一人暮らしをしています。父は、ほんの僅かな預金を残している以外には財産はなく、自宅は父にとっては唯一自慢の財産です。
今年で83歳と高齢になりますが、ここ数年の間で少しづ痴呆が進行していました。
先日、たまたま父の家に寄ったところ、見知らぬ不動産業者からの書類があったので、その書類に目を通したところ、それは、不動産業者Xを債務者、貸金業者Yを担保権者とする極度額5000万円の根抵当権を父の自宅に設定するという契約書で、父の署名捺印が為されておりました。
父に問い質したところ、不動産業者Xは2年前に現在の自宅を購入した際の不動産業者で、どうしても経営が苦しいから200万円の連帯保証人になって欲しいと懇願された、自宅購入の時に200万円をまけてもらうなどお世話になった不動産業者だったので200万円ならしょうがないと思い仕方なくXの用意した書類に署名捺印したとのことでした。自宅への極度額5000万円の根抵当権の設定の話など一切聞いておらず、そのことを父に話すと大変な事をしてしまったと嘆いておりました。
そこで、不動産業者Xに問い合わせたところ、現在、Yから4000万円を借り入れているが、まだ返済の目処がついていないとのことでした。高齢者の自宅にこのような根抵当権の設定登記をするなんて酷すぎると言って抗議したところ、Xは、「こっちはきちんと契約書を結んでるんだ!」と声を荒げて電話を切ってしまいました。
どうしようかと困り果てていると、その約1ヶ月後に、裁判所から「競売開始決定」という通知が届きました。
契約書に署名捺印をしてしまった以上、もうどうにもならないのでしょうか。
<回答>
1 これは、典型的な詐欺の一種だと思われます。しかも、契約書に署名捺印をしている上、根抵当権設定の登記までしているため、その無効を主張するのは容易なことではありません。
しかし、だからといって、裁判所の救済が受けられないというものではありません。
2 本件では、民法第95条の錯誤無効の主張が考えられます。
錯誤無効とは、例えば、契約書に署名捺印することで根抵当権の設定の意思表示をしたが、何らかの原因で、①本人が思い違いをしており、根抵当権設定の意思が欠いており、また、②その思い違いをしたことに重大な過失があったとは言えない場合に、根抵当権設定の意思表示を無効にできるという制度です。
3 お父様は極度額5000万円の根抵当権設定について一切説明を受けていないと話しているところ、確かに、通常の事案では、契約書の中身を理解せずに署名捺印などするはずがないとの推定が働きますので錯誤無効の主張は難しいところですが、本件では、お父様が唯一の財産である自宅に対し2年前に自宅を購入しただけの付き合いしかないXの為に5000万円もの根抵当権を設定する合理的理由は考えられないこと、お父様がかなり高齢でなおかつ痴呆も進んでいるということからして契約書の内容を理解しないで署名捺印をしてしまうという事態は十分考え得る事態であることからして、裁判所において錯誤無効が認められる可能性は十分あると考えられます。
具体的には、まずは、競売手続が進行し、落札者が決定される前に、競売中止の仮処分を申請した上で(但し、裁判所が決定した金額の担保を供託しなければなりません)、裁判所に対し、根抵当権設定登記無効確認の訴えを提起することになります。
なお、上記の錯誤無効の法律構成のほかに、消費者契約法4条の虚偽の不実告知による取り消し、民法96条の詐欺取り消しなどの主張が考えられます。ただし、消費者契約法は、契約を取り消すことが可能な時から6ヶ月で取り消し権が時効になります。詐欺については、不動産業者による「虚偽告知の事実」だけでなく「騙す意思の存在」などの立証まで必要になりますので、立証の面での難しさを否定出来ません。本件のような事案では、被害者側の「内心的効果意思の欠如」の立証で足りる錯誤無効の法律構成が一番相当なように思われます。
いずれにしても早急に信頼の出来る法律事務所に相談に行くべきでしょう。