弁護士 秋山亘のコラム

2018.06.27更新

借地権の譲渡に対する地主の対抗手段

 

(質問)

 この度、借地人Xから借地権を譲渡したいので承諾して欲しいとの申し入れを受けました。借地権の譲受人は、現在、借地上の建物をXから借りて住んでいるYです。

 しかし、借地人Xは、かねてから地代の滞納を繰り返していた人物なので信用できません。Yも近所の評判も芳しくなく、いわゆるフリーターで定職に就いていないと言う話ですので、地代をきちんと支払ってもらえるか心配です。

 そこで、私は、借地権の譲渡には承諾できないとXの申し入れをお断りしたのですが、Xは「裁判所に申し出れば、少々の承諾料を支払えば、借地権譲渡は許可される」と言って強気です。

 私としては、この借地権譲渡にはどうしても反対で、できることならば、この際、借地権をXから買い取り、現在の借地を私の完全な所有(更地)にした上で、売却したいと考えております。

 このような場合、地主側としては、どのような対抗手段があるのでしょうか。

(回答)

第1 借地権譲渡許可の申立

1 借地権は地主の承諾がないと譲渡できないのが原則です(民612条1項)。借地人による借地権の無断譲渡は、契約の解除事由になります。

 しかし、地主が承諾しない場合でも、借地権者が借地権の目的である土地の上の建物及びその土地の借地権を第三者に譲渡しようとする場合、その第三者が借地権を取得しても地主に不利となるおそれがない場合には、借地権者は裁判所に対し、地主の承諾に代わる許可の申立てをすることができます(借地借家法19条1項)。

2 「第三者が借地権を取得しても地主に不利となるおそれがない場合」とは、どのような場合かと言いますと、例えば、借地権の譲受人が暴力団員である場合、譲受人が産業廃棄物を扱う業者で借地上に産業廃棄物を搬入し埋め立ててしまうことが予想される場合など土地の使用状態が変更することにより地主に不利となる場合、地代の支払に不安が認められるような客観的な事由がある場合、などが挙げられます。

しかし、このような事情の立証は実際上は地主側が行わなければならず、その立証はかなり大変です。また、本件のように単にフリーターであると言うだけでは、地代の支払に不安が認められる「客観的な事由」があるとは必ずしも認められないでしょう。

3 第三者が借地権を取得しても地主に不利となるおそれがない場合には、譲渡承諾料の支払いと引き換えに、譲渡が認められてしまうことになります。

 この場合の譲渡承諾料は、借地権付建物の価格の10%程度です。建物が老朽化している場合には建物価格は0円に等しいと考えられますので、借地権価格(場所により異なるが更地価格の6割~7割)の10%程度と考えてよいでしょう。

第2 地主の介入権

 しかし、このように借地人から地主の承諾に代わる裁判所の許可の申立てがなされた場合は、地主は、建物及び借地権を優先的に自分が譲り受ける旨を裁判所に申し立てることができます(借地借家法19条3項)。これを介入権の行使と言います。

 この地主による介入権が行使されると、地主の譲受権が優先し、裁判所は、相当の対価を定めて地主に対する譲渡を命ずることになっています。

 そして、この相当の対価は、裁判所の選任した鑑定人で構成する鑑定委員会の意見に基づいて定められております。

 なお、介入権行使の対価は、借地権価格からその10%を差し引いた金額をもとに決められます。これは、借地権譲渡の承諾料は、前述のように借地権価格の約10%であり、第三者が借地権付建物を取得した場合、当然その承諾料は地主が取得できたはずであることから、借地権価格の10%を差し引いた金額とされています。

 以上のように、借地人による地主の承諾に代わる裁判所の許可の申立てがなされた場合には、地主が介入権を行使して借地権を自分で買い取ることができますので、本件でもXが裁判所に申し立てた場合、介入権の行使を対抗手段に取ることができます。

 なお、裁判所を介せず地主と借地人との交渉で、地主が借地人から建物を買い取る場合も、通常の借地権価格から借地権価格の10%を差し引いた金額を目安に買取金額を決めることになるでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.06.18更新

裁判員制度とは?

-その2(裁判員の負担と有給休暇制度)

 

<質問>

1 裁判員になるとどのような負担が生じるのですか。また、日当や旅費は支払われるのですか。

2  就業規則において、裁判員用の特別の有給休暇制度の規定を設けました。その中で、(1)裁判員として受領した日当は全額使用者に納付する、(2)日当を受領した時はその金額について給与から減額するなどと定めることは問題ないでしょうか。

 

<回答>

1 裁判員としての負担

 裁判員事件の審理時間は、事件にもよりますが、約7割の事件が3日以内、2割の事件が5日以内、1割の事件が5日超と言われております。また、一日あたりの審理時間は、通常一日5時間程度ですが、中には丸一日かかる事件もあります。

 もっとも、裁判員になった者や裁判員候補者として裁判所に呼び出された者には、日当や旅費が支給されます。

 日当の具体的な額は、選任手続や審理・評議などの時間に応じて、呼び出された裁判員候補者については1日当たり8000円以内、裁判員・補充裁判員については1日当たり1万円以内で、決められます(裁判員の参加する刑事裁判に関する規則7条)。

 裁判員候補者については、選任手続が午前中だけで終わり、裁判員に選任されなかった場合は、そのまま帰宅することになりますので、最高額の半額程度(4000円程度)が支払われるものと思われます。 なお、日当は裁判員の職務に対する報酬ではありませんので、裁判員が有給休暇を取って裁判に参加した場合でも、就業規則に特別の規定がある場合を除き、給与と日当の両方を受領することは問題はありません。

 また、旅費としては、鉄道(JR、私鉄、地下鉄、モノレール、路面電車、新交通システム等)運賃、船舶運賃、航空運賃の実費が支払われます。もっとも、旅費の額は、原則として、最も経済的な(安価な)経路・交通手段で計算されますので、実際にかかった交通費と一致しないこともあります。

 また、鉄道・船・飛行機以外(例えば、バス、自家用車、徒歩等)の区間は、距離に応じて1km当たり37円で計算した金額が支払われます(裁判員の参加する刑事裁判に関する規則6条)。

 次に、裁判員の仕事に必要な休暇をとることは法律で認められており(労働基準法7条)、裁判員の仕事のために休んだ労働者を解雇することやその他の不利益な取り扱いをすることは、裁判員法第100条で禁止されております。

 しかし、裁判員の仕事に従事するための「特別の有給休暇制度」を設けることは義務付けられておりませんので、各企業の判断に委ねられることになります。

 現在、裁判員としての休暇を取った場合でも有給休暇として扱われるよう、裁判所から各企業や団体に理解と協力を求めているところですが、今後は法改正も含めた検討が必要と思われます。

2 裁判員の日当と有給休暇制度

 就業規則で裁判員用の特別の有給休暇制度を設けた場合に、例えば、「裁判員用の特別の有給休暇を取得した場合には、1日分に相当する給与額(例えば1万5000円)と日当相当額(例えば1万円)との差額(例えば5000円)を支給する。」というように、給与額と日当相当額との差額を支給するような特別の有給休暇制度にすることは何も問題はありません。

 しかし、質問の(1)のように、裁判員として受領した日当を全額使用者に納付するという規定を置いた場合、その規定により実質的に労働者が不利益を被るような場合は、裁判員法100条が禁止している「不利益取扱い」に該当する可能性があります。例えば、受領した日当が1万円であり、特別の有給休暇に支払われる給与額が6000円である場合には、日当を納付することで4000円の不利益を被ることになるからです(最高裁判所HP)

 また、質問の(2)のように、特別の有給休暇としているにもかかわらず、給与額から裁判員の日当を差し引くことは一般的に認められません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.06.11更新

裁判員制度とは?

-その1(裁判員の選任手続と辞退事由)

 

平成21年度4月から裁判員制度がスタートしました。裁判員制度は、衆議院選挙の有権者であれば、誰でも選ばれる可能性のある制度です。

そこで、今回と次回では、裁判員制度についてよくあるご質問の中からご回答したいと思います。

 

<質問>

1 裁判員にはどのような人が選ばれるのですか。

2 裁判員に選ばれた場合、辞退することは出来ないのですか。

 

<回答>

1 裁判員の選任手続

 裁判員は、衆議院議員選挙の有権者の中から選ばれます。裁判員裁判の対象となる事件は、一定の重大な犯罪で、例えば、殺人罪、強盗致死傷罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪、危険運転致死罪などの事件ですが、このような重大事件の裁判に備えて、あらかじめ向こう1年間の裁判員候補者を無作為に選び、「裁判員候補者名簿」を作成することになっております。そして、事件の審理が始まる前に、その名簿の中から、さらに無作為抽出により、その事件の裁判員候補者が選ばれます。

 裁判員候補者は、裁判所から呼出状を受け取り、指定された日時に裁判所に出頭します。呼出状には、質問票が同封されています。裁判員候補者は、質問票に回答を記入し、事前に返送します。

 選任手続においては、質問票への回答や、裁判所での質問への回答をもとに、裁判員になることのできない一定の事由(欠格事由・就職禁止事由・不適格事由)がないか、裁判官が判断します。裁判員の欠格事由とは、国家公務員になる資格のない人、義務教育を終了していない人、禁錮以上の刑に処せられた人、心身の故障のため裁判員の職務の遂行に著しい支障のある人などです。就職禁止事由とは、国会議員、国務大臣、国の行政機関の幹部職員、司法関係者(裁判官、検察官、弁護士)、大学の法律学の教授、准教授、自衛官などです。不適格事由とは、当該事件の被告人の親族、被害者やその親族、当該事件の証人予定者などです。

 また、後に詳しく述べますが、裁判員候補者も、一定の事由があれば裁判員の辞退を申し出ることができます。この場合には、その旨裁判官に申告し、裁判官が事情を聴いて、辞退を認めるかどうかを判断します。

 また、検察官と被告人は、一定の人数の候補者について理由を示さずに選任しないよう請求することができます。

 こうして、呼び出された裁判員候補者の中から、その事件を担当する裁判員が決定されます。裁判員に選任されると、そのまま午後から審理に立ち会うことになります。午前中に行われる裁判員選任手続で裁判員に選任されなかった裁判員候補者は、そのまま帰宅することになりますので、正午頃までには帰宅できます。

なお、裁判員候補者として、裁判所から呼び出しがあったにも関わらず、正当な理由もなく裁判所に来られない場合には、10万円以下の過料に処せられることがあります。

 また、次回に詳しく説明しますが、裁判員や呼び出しを受けた裁判員候補者には、旅費や日当が支給されます。また、裁判員の仕事をするために休暇を取得したことなどを理由に、使用者が不利益な取扱をすることは禁止されています。

2 裁判員の辞退事由

 裁判員を辞退することは原則として認められません。 しかし、裁判員法が定める事由に該当する方は、例外的に辞退を申し出ることができます。具体的には、年齢が70歳以上の方、会期中の地方公共団体議会の議員、学生、生徒などは、辞退を申し出ることができます。

 同居している親族の介護や養護を行う必要があるために、裁判員の職務を行うことが困難な場合にも、辞退の申出が可能です。

 また、仕事が忙しいというだけの理由では、辞退はできないことになっています。仕事を理由とする辞退が認められるかどうかは、具体的な事情を聞いた上で、事件を実際に担当する裁判所が判断することになりますが、次のような観点から、総合的に判断されることになっています。

(1) 裁判員として職務に従事する期間

(2) 事業所の規模

(3) 担当職務についての代替性

(4) 予定される仕事の日時を変更できる可能性

(5) 裁判員として参加することによる事業への影響

 辞退が認められるか否かは、とくに、自分以外の人ではその仕事の遂行が出来ず(つまり、代替性がないこと)、また、それによる事業への支障が重大であるかどうかが重要なポイントになるでしょう。

 なお、質問票に虚偽の記載をしたり、裁判員等選任手続における質問に対して嘘を言った場合には、30万円以下の過料(行政処分としての制裁)に処せられることがあります。また、質問票に虚偽の記載をして裁判所に提出したり、質問に対して嘘を言った場合には、50万円以下の罰金(刑事罰)に処せられることもあります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.06.04更新

隣地の排水管の利用問題

 

<事例>

 Xの家は袋地となっているが、新たに公共下水道の処理区域内となった。

 下水を公共下水道に流入させるためには、Xの土地から隣人Yの設置した排水管に接続して排水しなければならない。

 しかし、Yは、その接続を拒否しており、同意しようとしない。

 このような場合、Xは、隣人Yの設置したY土地上の排水管にXの土地から接続して排水することができるか。

<回答>

1 下水道法の規程

(1)下水道法10条1項では、「公共下水道の供用が開始された場合においては、当該公共下水道区内の土地の所有者、使用者又は占有者は、遅滞なく、その土地の下水を公共下水道に流入させるために必要な排水管その他の排水施設(以下「排水設備」という)を設置しなければならい。」と定められており、公共下水道の処理区域内となった場合には、公共下水道への排水が義務付けられております。

   また、下水道法11条1項では、「第10条・第1項の規程により排水設備を設置しなければならない者は、他人の土地又は排水施設を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に排水施設を設置し、又は他人の設置した排水施設を使用することができる。この場合においては、他人の土地又は排水設備にとって最も損害の少い場所又は箇所及び方法を選ばなければならない。」と定められております。

また、民法上の相隣関係の規定では、下水に関しては、民法220条で高地の土地所有者は他人の低地を通じて下水道等に至るまで余水(雨水など)を通過させることができると規定しており(余水排池権)、民法221条では高地の土地所有者は低地の土地所有者が設置した排水管を使用し下水道等に至るまで排水することができると規定しております(流水用工作物の使用権)。

これらの民法の規定は高地と低地との間の相隣関係の規定ですが、学説・判例等は、高知・低地間の相隣関係だけでなく、袋地の相隣関係への類推適用も肯定しております。

また、上記下水道法11条の規定では、「流入させることが困難であるとき」と規定されておりますので、当該土地が袋地である場合だけではなく、隣地の排水設備を使用すれば設置費用は少額で止まるが、公共下水道までの排水管を全て自分で設置するとなると著しく過分の費用がかかる場合なども含まれます。

 この点に関連する裁判例としては、東京高判平成9・9・30(判タ981号134頁)は、「付近の土地の排水設備の設置状況および本件土地の所在する場所の環境に鑑みると、本件土地につき排水設備等を設置することは、本件土地の利用に特別の便益を与えるというものではなく、むしろ、建物の所有を目的とする本件借地契約に基づく土地の通常の利用上相当なものというべきであるから、賃貸人である控訴人らにおいて、本件土地につき排水設備等を設置することにより回復し難い著しい損害を被るなど特段の事情がないかぎり、その設置に協力すべきものであると解するのが相当である。そうであれば、控訴人らは、被控訴人が本件土地につき排水工事および水洗化設備の新設工事をするにあたり、これを承諾し、かつ、右工事の施工を妨害してはならないものといわなければならい」旨判示しています。 

 もっとも、東京地判平成9・7・10(判タ966号223頁)は、水洗式の便所へ切り替えるため、下水の排水のために隣人の設置した既存の排水管の利用の承認を求めたという事案で、既設の排水管がたまたま建物の下を通っているという特殊事情を考慮し、新たに水洗式便所汚水が合流することにより、万一、管が詰まるなどして改修工事の必要が生じた場合には、建物を一部にせよ取り壊すなどして下水工事を施工しなければならなくなるおそれがあり、迂回路になるとはいえ、前記私道に排水管を新設するという方法も十分考え得ること等を理由に、請求を棄却しました。

このように、隣地の排水設備を使用することで隣地土地所有者に特段の損害を与える恐れがあり、費用はかかっても迂回路をとること排水することが可能な場合には、隣地の排水設備の使用が認められない場合があります。

(2)隣地使用者の負担義務

  しかし、他方で、隣地の土地使用者は、排水のため他人の土地を使用することで損害を与えた場合、通常生ずべき損失を補償しなければなりません(下水道法11条4項)。

 これは、「損失を補償」と規定されているため、隣地の土地使用者の過失責任ではなく、無過失であると解されます。

 また、他人の排水設備を使用する者は、その利益を受ける場合に応じて、設置、改善、修理、維持に要する費用を負担しなければなりません(下水道法11条2項、民法第221条2項)。

 この費用負担の割合は、「その利益を受ける場合に応じて」分担すると規定されていることから、両地の排水量若しくは総床面積などを基準に算定することになると考えられます。

2 本設問の回答

 本件では、Xの土地が「公共下水道の排水区域内にある」ことから下水道法第11条が直接適用されます。

 そして、Xの土地は袋地でありますので、「他人の土地又は排水施設を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるとき」に該当しますので、隣人Yの設置した排水管に接続し利用することができます。

 したがって、上記のような法律の規定をYに説明し、それでもYがYの排水設備への接続を認めない場合には、Xは、Yに対し、「Yの排水設備への接続・利用の同意」を求める訴訟を提起することになるでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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