弁護士 秋山亘のコラム

2017.11.06更新

立退交渉の代理と弁護士法第72条違反の問題

                              

<質問>

宅建業者が建物の所有者からの依頼を受けて、賃貸借契約の期間満了に伴う更新契約の締結を拒絶するとして、当該建物に住み続けたいと希望する賃借人に対し、立退交渉を行うことは弁護士法違反になるのでしょうか。

また、立退交渉の依頼を行政書士或いは司法書士に対し依頼することは可能でしょうか。

 

<回答>

1 宅建業者に依頼することの可否

弁護士法第72条は、弁護士資格のないものが報酬を得る目的で法律事件を取り扱う業務を行うことを禁止しております。これに違反した場合には「2年以下の懲役又は300万円以下の罰金」に処されます。

ところで、建物の立退交渉は、賃貸借契約に関する借地借家法第28条の更新拒絶の正当事由の有無や立退料の要否やその額をめぐる高度な法律的判断を要する事柄ですので、法律事件に該当します。また、上記のような立退交渉は、更新拒絶の正当事由があるとする賃貸人側の主張と正当事由がないとする借家人側の主張の対立を当然の前提にしたものですので、法律事件としての事件性の要件も満たすと考えられます。

しがたって、弁護士以外のものが報酬を得る目的で立ち退き交渉を行うことは、弁護士法第72条違反に該当しますので、宅建業者であっても報酬を得る約束の下で、建物所有者の依頼を受けて立退交渉を代理することは出来ません。

最近でも「スルガコーポレーション事件」として報道されましたように、弁護士資格を持たない者が報酬を得る目的で建物の立退交渉を行ったとして弁護士法72条違反の罪により逮捕され、有罪判決を受けているなど、弁護士法違反での取り締まりは厳しくなっていると考えられます(もっとも、上記のスルガコーポレーション事件では、立退交渉を行ったのが暴力団関係の会社であり、立退交渉の過程においてビルの電気水道等の設備をストップしたり、ビルでお経を唱えたりするなど賃借人に対する悪質な嫌がらせが頻繁に行われていたこと、また、スルガコーポレーションから立退報酬としてその会社に数十億円もの規模で金銭が流れたとされており、この辺の事情が警察による逮捕・起訴という厳しい取り締まりにまで発展した原因になっていると考えられます)。

これに対して、報酬を得る目的なくして、立退交渉を行うことは弁護士法違反の問題は生じません。

ただし、事前に専任媒介契約を結ぶなどして、立ち退き・建て替え後のアパートの賃貸借に関する仲介業務を独占的に行うことを約して、立ち退き交渉を行うといった場合には、報酬を得る目的があると見なされる可能性があるため、弁護士法違反の問題が生じる可能性が高いと思われます。

2 行政書士への依頼の可否

次に、立退交渉を行政書士に依頼することの可否ですが、これについても、弁護士法第72条に違反することから出来ません。

行政書士は、文書の作成の代理をすることは可能ですが、依頼者の代理人となって相手方と直接交渉したり、あるいは、相手方の回答書を受け取ったりすることはできません。

仮に、行政書士が本人の代理人としてこれらの行為を行うと弁護士法第72条違反の罪に該当します。

近時は、あたかも弁護士と同様、依頼者から立退交渉や立退料の額などに関する専門的な法律の相談を受け、依頼者の代理人として行動できるかのような宣伝を行っている行政書士もおりますが、そのような行為は弁護士法第72条違反に該当する違法な行為になります。

各地の弁護士会においても、これら弁護士法違反の行為を行う行政書士を告発する事例が増えております。

3 司法書士への依頼の可否

次に、司法書士に法律事件を依頼することの可否ですが、これについては、訴額140万円までの事件であれば、簡裁代理権を有する認定司法書士に対し、そのような事件の依頼をすることは可能です。

 しかし、立退交渉の事件は、賃借人が主張する立退料の額が140万円以上になるケースが殆どではないかと思われますので、殆どのケースでは上記の要件を満たさないのではないかと考えられます。

したがって、やはり立退交渉事件に関しては、代理人として司法書士に依頼することは弁護士法第72条違反の問題が生じる可能性が高いと思われます。

加えて、立退交渉の事件は、借地借家法第28条の正当事由の具備の判断、立退料の提供の要否、妥当な立退料の額の算定など、専門の弁護士でも判断をすることが困難な高度に専門的な法律的判断を伴う事件です。

家主としては、借地借家法の法解釈や判例に精通していない専門家に依頼したために、本来、立退料の提供の必要がない或いはごく低額の立退料の提供で立退請求が可能な事案で高額の立退料を支払ってしまうという場合、賃借人としても本来より多くの立退料の提供を求められるのに低額の立退料で立ち退きに応じてしまうといった場合もあると思われます。

この点からしても、司法書士への依頼は、立退請求事件などのように高度に法的な判断を要するような事件においては、事件処理能力や裁判例の十分な理解など法的な知識の観点からして、適切ではないように考えられます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.10.30更新

建物明け渡し請求訴訟と占有移転禁止の仮処分

 

<質問>

 私は、アパートの一室をA氏に月10万円で貸していたのですが、いつのころか、そのアパートにはA氏以外の外国人が住み込むようになり、現在は、A氏と氏名不詳の外国人数人で当該アパートに住んでいる状態です。

 そのこと自体も問題なのですが、A氏は、家賃を4ヶ月分も滞納しており、内容証明郵便で支払いを催告しても、一向に支払いがないため、契約を解除して、建物の明け渡しを求めたいと考えています。

 ただ、明け渡しの相手方として、A氏以外の外国人数名の名前が分からないため、訴訟の相手方(被告)を誰にすればよいのか困っています。

 また、仮に名前を聞きだすことが出来ても、裁判中に、別の名前の方が住み込んでしまった場合には、果たして建物明け渡しの強制執行が出来るのかも疑問です。

 このような場合、どのような手続きを取ったらよいのでしょうか。

<回答>

1 本件のような場合には、建物明け渡し請求の訴訟を提起する前に、占有移転禁止の仮処分の申立をする必要があります。

 民事訴訟を提起して、建物明け渡しの勝訴判決が下りても、訴訟の係属中に、当該建物の占有者が別の人に移転してしまうと、その判決の効力は新しい占有者には及びません。これは、民事訴訟の判決の効力は、当該訴えの相手方(被告となっている者)に対してしか効力がないためです。

そのため、訴訟の審理中に占有者が移転してしまうと新しい占有者に対する訴訟を一から提起し直さなければならなくなります。

2 そこで、民事保全法は、賃貸人が裁判所に対し建物明け渡し請求権の存在を疎明(本裁判で行う証明よりも簡易な証明程度で足ります)した場合には、当該建物の占有者を一定の時点で特定し、裁判が終わるまで、占有の移転を認めないという制度を認めています。これが占有移転禁止の仮処分です。

占有移転禁止の仮処分が裁判所から発令されると、執行官が建物の内部に立ち入り、その時点で占有者が当該仮処分の相手方であることが確認された場合、執行官は、当該建物の内部に占有の移転を禁止する旨の公示書を貼り付けます。

 これにより、それ以後は仮に占有者が他に移転しても占有の移転がなかったものとして扱われます。

このようにして当事者が確定すれば、その後提起される民事訴訟において勝訴判決が下され、それに基づいて明け渡しの強制執行が行われた場合に、仮に別の者が当該建物を占有していても、建物明け渡しの強制執行をすることができます。

占有を次々に移転することは通常は考えられないことですが、滞納を繰り返しているような賃借人は、このような裁判制度を熟知しており、明け渡し訴訟が提起されると他の人に又貸ししてしまうことで執行逃れをする人もいますので、状況によっては、建物明け渡し訴訟を提起する前に占有移転仮処分を経ておく必要があります。

3 占有移転禁止の仮処分は、建物内の占有者が誰であるのかを特定して申し立てるのが原則です。

しかし、調査を尽くしても、建物内の占有者が誰であるか特定できない場合には、近時の民事保全法の改正で、仮処分の相手方である債務者不特定のまま占有移転禁止の仮処分を申し立てることができるようになりました。

仮処分が下されると、執行官は、建物内部に立ち入り、建物内部にある公共料金の請求書など氏名の分かる書類、占有者本人などへの質問権の行使などによって、占有者を特定します。そして、執行官による占有者の特定が為されると、公示書を貼り、仮処分の執行は完了します。その後は、その特定された占有者を被告として本訴を提起することになります。

本件のような場合も、A氏と共に「不特定者」を相手方(仮処分の場合「債務者」といいます)として占有移転禁止の仮処分を申し立てることになります。

4 以上が占有移転禁止の仮処分制度の概要ですが、他に占有移転禁止の仮処分のメリットとしては、仮処分が発令されると、執行官が突然建物を訪れて、鍵を開けて建物の内部に入り、公示書を貼り付けますので、これに驚いた賃借人が早々に建物から退去してしまったため、その後の本裁判や強制執行をせずに解決してしまう場合もあります。

 占有移転禁止の仮処分は、書類を整えて裁判所に建物明け渡し請求権の存在を疎明しなければならなかったり、また、家賃の2ヶ月分ほどの保証金を法務局に供託しなければならなかったりと、それなりに手間がかかる手続きですので、全てのケースで仮処分の申立までをしなければならないというものではありませんが、事案によっては検討した方がよい場合があります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.10.25更新

不動産取引にまつわる詐欺事例

 

はじめに

 近時様々な手口の詐欺事件や詐欺的商法による被害が報告されています。このような事件では実際に被害にあってしまうと、加害者の所在不明や資力の欠如のため被害回復は困難な場合があります。

 そこで、今回は、詐欺的商法の被害に遭わないための予防策として、これら詐欺事件・詐欺的商法の事例をご紹介します。今回ご紹介するケースと少しでも似ているなと思われた場合には相当慎重な対応が必要がであると思われます。

1 極度額一杯まで保証責任が及ぶ根保証・根抵当~根保証・根抵当に対する無知を利用して、保証金額が知らないうちに拡大~

近時「根保証」(ねほしょう)制度の濫用による思いもかけない保証責任を強いられる事例が報告されています。

 例えば、A社が、金融機関から百万円を借り入れたとします。その時に保証人が必要になり、友人のB社長に連帯保証人を頼むとする。B社長は、A社長が「借りるのは100万円だけだから」と懇願するので、100万円ならばあげたものと思って保証人や物上保証人(不動産に抵当権を設定)になってもいいだろうと思い、判子を捺す。しかし、B社長の保証責任は100万円ではすまないこともあるのです。

 それが、根保証・根抵抵当契約の場合です。根保証・根抵当とは極度額(きょくどがく)に至るまでA社長が借り入れた債務や利息・遅延損害金の一切を保証するという契約です。契約書が根保証契約・根抵抵当契約となっていて、空白になっていたり、1000万円となっている極度額を確認しないで判子を捺すと、後で、B社長が知らないうちにA社長が900万円を借りて支払い不能になった場合でも、B社長は1000万円の保証義務を免れることは基本的にできないのです。

 また、本物の詐欺の事件としては、A社長と貸手の自称金融機関Xが集団詐欺師である事例もあります。これは、A社長が最初は300万円の保証人になってくれれば、お礼として20万円をお渡しする、直ぐに返済できる当てがあるので絶対に迷惑をかけないと言うのでB社長が保証人になる、300万円はA社長の言うとおり返済されるが、次は、500万円の保証人になって欲しい、お礼は30万円出しますと言われ、前回の300万円の返済で信用してしまったB社長は500万円の保証人となる、その後500万円の返済が為された後、A社長は、最後の詐欺に取りかかるのである。A社長は、実際に借りるのは500万円だけだが、書面上だけ2000万円の根保証人をお願いしたい、お礼は50万円をお支払いしますと言われ、2000万円の根保証人になる。その後、A社長は夜逃げし、A社長に2000万円を融資したという自称金融機関Xから2000万円の根保証責任を追及されるのである。金融機関Xが本物の金融機関でちゃんとお金を貸している場合もあるし、実際にはお金を貸しておらずA社長と共犯の場合もあるでしょう。いずれにしても、根保証契約書やA社長にお金を貸した形跡のある領収書・預金通帳などをそろえられれば、B社長が根保証人の責任を免れるのは難しいと思われます。B社長は100万円の小金を得たものの結局は2000万円の根保証責任を果たすため、持ち家を売却せざるを得なくなったのです。

 A社長に「100万円しか絶対に迷惑をかけないから」などと言われてそれを信じたとしてもそのような主張はお金を貸した第三者には通用しません。このような契約の場合は、特に契約上の文章をよく読み、少しでも疑問点があれば質問をする、専門家の意見を聞くことが大切でしょう。根保証をするのであれば、極度額一杯の保証をするつもりでないと(多くのケースでは根保証人に通知が行くときには既に極度額一杯まで融資されている)根保証はすべきではないでしょう。

 なお、平成17年4月1日から改正民法が施行され、極度額の定めのない包括的根保証が無効となるなどの改正がなされました(本稿第41回参照)。

2 地面師

 不動産取引にかかわる詐欺の典型ともいえるのが地面師です。

 地面師とは、不動産登記簿を偽造するなどして、他人名義の不動産をその人になりすました上で勝手に所有名義を書き換えては、その不動産を担保に多額の融資を受けたり、第三者に売却するなどしてお金を持ち逃げする輩のことです。

 地面師による手口としては、登記所に赴き登記簿原本を閲覧している時に偽造した偽の登記簿と該当ページごとすり替えてしまったり、本人の委任状を偽造するなどして住民票を無断で移転し、移転先の住所で登記所から本人確認のために送られてきた書類を受領し、不動産の名義変更を完了させてしてしまうなどの手口がよく使われます。

 地面師対策ですが、これは当たり前のことではありますが、必ず現地を見て、誰がどのようにして住んでいる土地なのか、どのように使われている土地なのかを確認することです。

 現に住んでいる人に話を聞くだけで、登記簿が偽造されていたことが発覚するケースは多いです。また、不動産登記簿謄本を見た場合、短期間のうちに何人もの人が間に入って売買を繰り返されていたり、前所有者の住所表示が売買の直前に移転している場合には要注意が必要です。

3 結びに

 甘い話には乗ってはいけないと十分認識していたはずでも、「この人ならば間違いないだろう」と思ってしまい、お金を渡してしまう詐欺の被害は後を絶たないのが現状です。

詐欺師は、人を騙すため、というより見せかけの信用を作るためには労力やお金を惜しみません。例えば、打ち合わせの最中に、あたかも財務省の高級官僚から携帯電話があったかのようにして電話に出てみたり、大企業の社長から偶々もらった名刺をさも懇意にしているかのように見せてみたり、一度しかあったことがない弁護士の名刺を見せては相談に乗ってもらうならこの人を紹介するなどと言ってみたり、さりげなく自分が信用のある人間だと言うことを見せかけます。

「詐欺師は紳士の顔でやってくる」と言われますが、まさにその通りで、物腰の柔らかな接し方、法律や金融に関する詳しい知識、そして、紳士的な雰囲気など、その人が装っている雰囲気や知性にまずダマされてしまうのです。

また、詐欺師は、より大きいお金を引き出すため人を信用させるためならば、少々の費用は惜しみません。前記の通り、一等地に事務所を設けたり、お金のかかったホームページを作成したり、会社のロゴマーク入りの名刺を作ったり、時には、高級ホテルのスウィートルームを面談場所に指定したりもします。このようなお金のかかった演出にはダマされるなと言う方が無理なのかもしれません。

 このように詐欺師による人を信用させる為の工作は極めて巧妙です。

したがって、詐欺の被害に遭わない方法としては、第一に、詐欺師の外見や雰囲気だけにとらわれて判断しないこと、第二に、実際の取引内容を冷静に分析し・見極め、あまりにうますぎる話であれば必ず裏があると思った方がよいこと、第三に、これは逆説的でありますが、その相手方自身からもたらされたものではない情報や第三者の評価を重視することです。例えば、自分の足でその会社の本社に赴いて調べてみたり、親会社だという有名企業の総務部に問い合わせて見たり、時には興信所を使って第三者の評判を聞いてみたりすることです。

商売を成功させる為には、ある程度のリスクは覚悟して、千載一遇のチャンス掴まなければならない場合もあるでしょう。しかし、そのチャンスとは決しておいしい話、うますぎる話ばかりではないのではないでしょうか。

本稿を読んでいただくことで、詐欺師とはどのような人達なのか、詐欺にはどのような手口があるのかを実際に認識していただき、少しでも、詐欺の被害に遭わない為の予備知識として頂ければ幸いです。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.10.16更新

普通借家契約から定期借家契約への切り替えの可否

 

<質問>

私は、賃貸用マンションのオーナーをしておりますが、この度、将来の立ち退き請求がスムーズに進むように、現在借家人と結んでいる普通借家契約を「定期借家契約」に切り替えることを検討しております。このような事は可能なのでしょうか。

 

<回答>

 (1) 平成12年3月1日以前に締結された居住用建物の普通借家を定期借家へ切り替えることは現在のところ不可

 居住用の建物について、平成12年3月1日以前から賃貸借契約を締結している場合、「当分の間」は定期借家契約に切り替えることはできません(改正法附則3条)。

 この「当分の間」の解除時期については、附則では明記されておりませんが、居住用建物の定期借家への切り替えの可否については改正法施行後4年の平成18年を目処に見直すことにされておりました。しかし、現在のところ見直しはされておりません。

 この点に関しては、全国宅地建物取引業協議会は、定期借家法の見直しの年として予定されていた平成18年6月に居住用建物の定期借家への切り替えの解除に向けた要望書を国に提出しておりますが未だ実現に至っておりません。

 したがって、現在のところ、平成12年3月1日以前に締結された居住用建物の普通借家を定期借家へ切り替えることは出来ません。

 なお、平成12年3月1日以降に締結された普通借家を定期借家に切り替えることは可能です。

(2) 居住用を除く事業用建物の定期借家に関しては普通借家から定期借家への 切り替えは可能

居住用以外の建物(事業用)に関しては、従来の借家契約を一旦合意解除して、新たに定期借家契約を締結することは可能です。

なお、この再度の契約もやはり定期借家契約ですので、新規の定期借家契約を締結する際の手続きと同じ手続きが必要となります。具体的には、公正証書等の書面による契約の締結と更新がなく期間満了により契約が終了する旨の口頭及び書面による説明が必要となります。

                            

                       

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.10.10更新

マンション申込証拠金の法律問題

 

<質問>

私は、あるマンションの一室を購入する方向で検討しており、分譲業者の指示に従いって購入受付の際に「申込証拠拠金」として金10万円を支払いました。

しかし、その後そのマンションの建築工法に関する悪い評判を聞いたため、購入契約は締結せず、別の物件を購入することになりました。

この場合、前記の申込証拠金は返してもらえるのでしょうか。

<回答>

本件のように、マンションを購入するとして申込証拠金を支払ったが、結局、契約不成立には至らなかったという場合、申込証拠金の返還を請求できるのでしょうか。

この問題は、申込証拠金の法的性質をどのように捉えるかによって結論が分かれます。例えば、申込証拠金の法的性質を手付金の一種と捉える場合には、手付金を放棄しないと契約の解約は出来ないということになりますので、申込証拠金の返還はできません。

しかし、実務上は、申込証拠金は、特約のない限り、手付けと言うよりは、申込みを一時担保し優先順位を確保するための金銭であり、契約締結に至らないときは売主である宅建業者は返還する必要があるという見解が多数説(明石三郎ほか『詳解宅地建物取引業法』316頁、山岸ほか『ケース取引』4頁)となっております。また、各都道府県の不動産指導部でも、契約不成立の場合には全額返還するよう指導しているようです(昭和48年2月26日付建設省不動産室長通達も同旨)。正式な売買契約等を締結するには至っていない以上は手付金とは解せないこと、申込証拠金の法的性質について曖昧なまま金銭の授受が行われているという現状に照らせば、上記見解が妥当と思われます。

ただし、申込証拠金の受領証などに、例えば「契約が成立しない場合には申込証拠金は返還しない」旨の特約を設けていた場合には、そのような特約に従った処理をすべきことになりますので、原則として返還請求は出来ないことになります。

もっとも、消費者契約法からすれば、こうした条項も無効とされる可能性もあります。特に、申込証拠金の金額が通例に比して高額である場合には「全額返還しない」旨の条項は、無効とされる可能性も十分にありますので、購入業者との交渉次第では一部返金される可能性もあると思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.10.02更新

短期賃貸借制度の廃止の影響

 

(質問)

  平成15年の民法改正で、旧民法295条の短期賃貸借制度が廃止になったと聞いたのですが、改正の概要を説明してください。

(回答)

1 短期賃貸借制度とは

  抵当権設定登記後に締結された賃借権は、抵当権者に対抗出来ないのが原則です。

  従って、抵当権が実行された場合、賃借人は、競売手続きにより競落した買受人に対し、借地や借家を直ちに明け渡さなければなりません。また、敷金も買受人に引き継がれませんから、返済資力がない旧所有者(賃貸人)にしか請求できません。

  しかし、このように賃借権が保護されない状態では、抵当権が設定されている建物や土地については、誰も安んじて借りることはできず、抵当権付不動産の有効利用が妨げられてしまいます。

  そこで、旧民法295条は、民法602条に定める期間(建物は3年、土地は5年)を超えない賃借権については、抵当権者に対抗できるものとし、短期の賃借権に限りこれを保護することにしました。

  これにより、短期賃貸借の期間満了までは買受人に対し賃借権を対抗出来ますし、また、敷金返還債務についても買受人に引き継がれることになります。

これが短期賃貸借の制度です。

2 改正理由

  しかし、実際には、賃貸借の実体がないにも関わらず、多額の敷金を預け入れていたとしてその返還を求めるものや高額の立ち退き料を要求するものなど、短期賃貸借を濫用して抵当権者の執行を妨害するケースが生じてしまいました。とりわけ、近時の不良債権処理の迅速化の要請には反するとして、一気に短期賃貸借の制度廃止論に拍車がかかりました。

 そこで、平成15年8月1日、民法を改正し、短期賃貸借の制度を廃止することになりました。なお、施行日は平成16年4月1日となります。

3 短期賃貸借廃止に伴う新制度

 (1) 明け渡し期間の猶予

賃借人は、競売により買受人が決まると、直ちに借地や借家を明け渡さなればならないことになります(なお、「競売」ではなく「任意売却」で所有者が変更になった場合には、上記と異なり、賃借人は賃借権を新しい所有者に対抗できます)。

 しかし、これでは、賃借人は、不測の明け渡しに応じなければならず、転居先が決まらないまま立ち退きを余儀なくされるなど賃借人には酷な結果になる場合もあります。

 そこで、改正民法395条1項は、競売手続きの開始前から使用収益をなしている賃借人に対しては、買受人の買受けの時から6ヶ月間は賃借物の明け渡しを猶予するものとしました。もっとも、この期間も賃借人は、買受人に対してその間の「使用を為したることへの対価」を支払わなければなりません。買受人の催告にも関わらず、この対価を1ヶ月分以上支払わなければ、上記の明け渡し猶予の規定は適用されません。

 (2) 全抵当権者の同意の登記

  抵当権設定後の賃借権でも、①賃借権設定登記をし、②抵当権者全員から当該賃借権の設定に対する同意を得、なおかつ、③この抵当権者全員の同意について登記をしていれば、登記された内容の賃借権を抵当権(買受人)に対抗できることになりました。抵当権者に対抗できる賃借権の内容は、登記事項に限定されますので、存続期間、賃料、敷金に関す事項、更新に関する事項、転貸の許諾に関する事項などをきちんと登記しておかなけばなりません。また、賃借人は、当然には、賃貸人に対する賃借権設定の登記請求権を有しませんから、賃貸人との賃貸借契約締結時には、賃借権設定の登記請求権についても定めておく必要があります。

 抵当権者の同意登記の後に賃料の減額があった場合など、賃借人に有利な内容に賃貸借契約が変更された場合には、これについても改めて抵当権の同意を得て、賃借権の変更に関する附記登記をする必要があります。

なお、本制度は、一般的な居住用アパートのように、1個の建物に対して複数の賃貸借契約を設定するような場合には利用できません。というのは、各賃借権の設定登記は、それぞれ、1個の建物の全体に対して行わなければならないからです。従って、本制度が利用できるのは、一軒家をそのまま1人の賃借人に賃貸する場合や区分所有建物を賃貸に出す場合、また、1個の貸しビルを一社の不動産業者に一括して賃貸し、これを複数の転借人へ転貸するようなサブリースの場合に限られます。           

まとめ

以上のように、抵当権が設定されている建物に入居することは賃借人に取ってリスクの高いものとなります。特に、入居に際して多額の敷金や保証金を差し入れたり、また、多額の内装費をかけている場合には、将来、競売によって所有者が変更しその所有者に対して賃借権を主張できず、投資した資金が回収できなくなる危険性があることを十分認識すべきです。

建物の所有者において競売の虞がないような、よほどしっかりした事業者でない限り、そのような物件への入居は慎重に考えるべきでしょう。

(4) なお、当該建物において抵当権の設定が為されており、将来、競売になった場合に新所有者には賃借権を対抗できなくなる虞があることは宅建業者としても十分説明する義務がございます。万一、宅建業者がこれらの説明義務を怠っていた場合には宅建業者に対し損害賠償請求が出来る場合もあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.09.25更新

借地権の存続期間

 

<質問>

 旧「借地法」と現「借地借家法」では借地権の存続期間に関してどのような違いがあるのでしょうか。

<回答>

1 旧借地法、現借地借家法は、借地人の保護と建物の保護のために、建物所有を目的で借りた土地賃借権の存続期間に関して、特別の定めをおいております。

  この存続期間に関する定めは、借地人の保護のための規定ですので、契約で法の定めより長い存続期間を設けることは可能ですが、契約でこれよりも短い存続期間を設けることはできません。

2 借地借家法は、平成4年8月1日に施行された法律で、同日以降に締結された借地契約に適用があります。

それより前に借地法下で設定された借地権(いわゆる既存借地権)の効力は、借地借家法の施行によって妨げられないとされています(附則4条)ので、存続期間に関する借地借家法3条は、既存の借地権には適用されません。

また、借地法の下で借地契約が成立した後、更新を重ねた借地契約も、存続期間との関係では借地法が適用となり、借地借家法の適用はありません(附則6条)。

したがって、原借地契約の成立時が平成4年8月1日以前か以後かで借地法と借地借家法のどちらの適用になるかが決まります。

3 借地法の存続期間

(1) 原借地契約の存続期間

借地法では、借地権の存続期間について、借地契約で期限の定めのない場合には、石造・土造・煉瓦造などの堅固の建物の所有を目的とするときは60年、その他の建物(いわゆる非堅固の建物)の所有を目的とするときには30年とされています(2条1項本文)。

これは建物の効用を全うするために設けられた規定ですので、その期間中に建物が「朽廃」すれば、借地権は目的を達成して消滅します(同項但書)。

なお、借地権設定契約で建物の種類・構造を定めなかったときは、非堅固の建物の所有を目的とするものとみなされます(3条)。

これに対し、借地契約で堅固の建物に関して30年以上、非堅固の建物について20年以上の存続期間を定めたときは、この合意が優先され、借地権はその期間の満了によって消滅します(2条2項)。この存続期間は合意の効果ですから、期間中に建物が朽廃しても借地権は消滅しません。

なお、借地契約で上記の期間よりも短い存続期間を定めた場合、そのような存続期間に関する合意は無効となりますので、結局、「期限の定めがない借地契約」になり、存続期間は堅固・非堅固の別により60年ないしは30年となります(最大判昭44・11・26民集23・11・2221)。

契約更新の場合の存続期間

(ア) 合意更新の場合

借地法では、借地契約の存続期間満了に際し、借地契約を合意によって更新する場合(但し、更新の合意だけで更新後の期間の定めの取り決めは特に行われない場合)の存続期間は、堅固の建物は更新時から30年、非堅固の建物は20年となります(5条1項)。

ただし、この期間中に建物が朽廃した時は借地権は消滅します(5条1項、2条1項但し書き)

当事者が上記より長い期間を定めて合意更新をしたときは、その合意に従います(5条2項)。この場合には朽廃の規定の適用はありません。

(イ) 法定更新の場合

期間経過後も借地上に建物が存在し、借地人が借地の使用を継続しており、地主が「正当事由」を具備して遅滞なく異議を申し出ないと、借地契約は更新したものを見なされます(6条、法定更新)。いわゆる法定更新の場合には、上記と同様、堅固の建物は更新時から30年、非堅固の建物は20年となります。

第2回目以降の法定更新の場合も、前記と同様です。

4 借地借家法の存続期間

(1) 原借地契約の存続期間

借地借家法では、借地契約で存続期間の定めをしていない場合、借地権の存続期間を30年と定めております。契約でそれより長い期間を合意したときはその期間となります(新法3条)。

借地借家法では、堅固建物・非堅建物の区別による存続期間の定めが廃止され、存続期間は上記のとおり30年に一本化されました。

また、借地借家法では、旧借地法下での建物朽廃による借地権の消滅の制度も廃止されました。

なお、契約で法の定める30年より短い存続期間を定めた場合には、そのような存続期間に関する合意は無効となりますので、結局、期限の定めがない借地契約ということになり、存続期間は30年になります。

(2) 契約更新の場合の存続期間

 (ア) 合意更新の場合

次に、借地契約を合意によって更新するときの存続期間は、第一回目の更新の場合には更新日から20年、第2回目以降の更新の場合には更新日からそれぞれ10年となります。当事者がこれより長い期間を定めたときもその期間によります(新法4条)。

 (イ) 法定更新の場合

また、期間経過後も借地上に建物が存在し、借地人が借地の使用を継続しており、地主が「正当事由」を具備して遅滞なく異議を申し出ないと、借地契約は更新したものを見なされますが(法定更新)、この法定更新の場合も、上記と同様、第一回目の更新の場合には更新日から20年、第2回目以降の更新の場合には更新日からそれぞれ10年となります(新法5条)。

5 借地法と借地借家法の違い

以上をまとめると、借地借家法は、借地法に対し、
建物の種類・構造による存続期間の相違がなく存続期間は30年、
建物の朽廃による借地権の消滅がない、
更新後の存続期間は、第1回目は20年であるが、2回目以降は10年(借地法は2回目以降も堅固・非堅固の相違により30年若しくは20年と続く)、

などの点で異なっております。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.09.19更新

忘恩行為による贈与取消権

 

<質問>

 私の父Xは、ある商店を経営しておりましたが、兄Yにその商店を引き継がせるため、その商店の土地建物を全て兄Yに贈与してしました。

 しかし、その後、兄Yは、もう父Xの面倒を見たくないと言って、父Xを私の家に預けてしまい、現在は、商店を勝手に閉めた上、土地建物を売りに出している状態です。

父Xとしては、こんなことなら生前贈与などしなければよかったと後悔しておりますが、既に兄Yへの所有権移転登記も済んでしまっています。

何とか贈与を取り消すことは出来ないでしょうか。

また、上記のような紛争が生じないように、贈与をするにあたって注意すべき点はどのような点でしょうか。

<回答>

1 書面によらない贈与は、「贈与の履行が終わるまでの間」は、当事者は何時でも取り消すことができますが(民法550条)、本件のように所有権移転登記も済んでいる場合には、贈与の履行が終わったと解釈されますので、通常であれば贈与の取り消しは出来ません。

 しかし、受贈者が贈与者から受けた恩に背くような著しい背信行為を行い、かつ、贈与の効力を維持することが贈与者にとって著しく酷と言える場合には、判例上(東京地裁昭和50年12月25日、大阪地裁平成元年4月20日など)、例外的に、贈与の取り消しが認められる場合があります。これを「忘恩行為」による贈与の取り消しといいます。

 本件の場合も、兄Yが商店を引き継ぐことを前提に贈与が行われたこと、贈与の恩に報いるため兄Yが父Xの面倒を見ることは当然兄Yに期待されるべき行為であること、贈与の効力を維持すると他に資産がない父Xとしては著しく酷な状況に陥ることなどの事情に鑑みれば、忘恩行為による贈与の取り消しが認められる可能性が高いと思われます。

 そこで、本件では、贈与された土地建物が第三者に売られてしまうのを避ける為、父Xが兄Yに対し、処分禁止の仮処分の申立をした後、当該土地建物の贈与の取り消しに基づく所有権移転登記請求の訴訟を提起することになるでしょう。

2 忘恩行為による贈与の取り消しは、民法の明文の規定にはなく、あくまでも判例において例外的に認められる法理ですので、そう簡単には裁判所も贈与の取り消しは認めてくれません。

 そこで、贈与をするに際しては、単純に無条件で贈与をするのではなく、弁護士等と相談した上で、①贈与を受ける代わりに相手方が履行すべき義務(具体的な扶養義務や家業継承の義務など)を明示し、②当該義務を贈与者の死亡時までに履行して初めて贈与が行われ、③万一、不履行があった場合には催告の上贈与契約を解除できるという内容の「負担付死因贈与契約」にしておく方が望ましいでしょう。

負担付死因贈与契約とは、受贈者が契約で明示されている義務をきちんと履行すること及び贈与者が死亡することを条件に贈与が行われるという契約です。

 このような契約にしておけば、万一、相手方が契約で定めた義務を履行しない場合にも、贈与者は義務の履行を催告した上で、それでも受贈者が贈与者に対する背信行為を改めない場合には贈与契約を解除できるからです。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.09.11更新

賃貸借契約における公正証書・即決和解制度の利用法

 

(質問)

1 私はアパートを経営しているものです。

建物賃貸借契約を公正証書で行う場合のメリットを教えてください。

 

2 ある物件の建物賃貸借契約における賃料不払いによる契約解除に関し、賃貸人・賃借人の間でもめていたのですが、この度、両者の協議によって、滞納賃料の分割払いを条件に建物の明渡し時期を1年間猶予することで話し合いが纏まりました。

賃借人が明渡し期限に建物を明渡さない場合や滞納賃料の分割払いを履行しない場合に備えて、法的にはどのような手続きをとっておいた方がいいのでしょうか。

 

(回答) 

1 賃貸借契約を公正証書で行うメリット(質問1のご回答)

 公正証書(こうせいしょうしょ)とは、契約当事者双方が公証人役場に出向いた上(代理人でも可)、契約内容を公証人の面前で確認し、公証人がその確認された契約内容を書面化したものです。

 公正証書による場合、一定額の公証人手数料の支払いを要しますが、公証人手数料は、月額10万円で2年間の賃貸借契約の場合で1万1千円ですので、それ程費用がかかるものではありません。

 公正証書によって契約をすることで、一般的には、①偽造、変造がない、②万一公正証書をなくしても公証人役場に原本が保管されている、③公証人のチェックにより確実な契約が出来る、④裁判の場合、公正証書が証拠として提出されると、裁判所は原則として当事者間では書かれた内容の合意はなされたものとして取り扱う(「そんな文書に印鑑を押したことがない」「そんな条項が入っていたとは知らなかった」と主張しても、まず通らない)、⑤金銭債務の支払義務に関し裁判を経ることなく債務名義(さいむめいぎ)となる、などの利点があります。

 この中で、賃貸借契約上の賃料が万一滞納された場合における滞納賃料の簡易・迅速な回収と言う観点では、⑤債務名義となる点が最も大きなメリットでしょう。

 債務名義とは強制執行をするために必要な公的な文書のことです。この債務名義が存在して初めて、給与、銀行預金、不動産等の財産を差し押さたり、建物の明渡しの強制執行をすることができます。

 債務名義の典型例としては、判決、支払命令、裁判上の和解調書、調停調書などのことです。

 一般に債務名義というと、裁判手続きの中で裁判所の関与によって得ることができるというイメージをもたれるかもしれませんが、賃料の支払義務や売買代金など金銭の支払義務の場合には、「強制執行認諾文言付公正証書」であれば、裁判を経ることなく公正証書が直ちに債務名義となります(強制執行認諾文言付公正証書とは、「公正証書上の債務を履行しない場合には、直ちに強制執行をされることにも同意します」という債務者の同意が付された公正証書のことです)。

 従いまして、万一、賃料が滞納されたという場合に賃借人や連帯保証人の給与や預貯金債権を差し押さえることによって、賃料を簡易・迅速に回収したいという場合には、賃貸借契約書を公正証書にすることのメリットは大きいものと思われます。

 

2 明渡しの強制執行に備えて(質問2のご回答)

本件のようなケースでは、万一、賃借人が明渡しに任意に応じない場合にも、裁判を経ることなく、直ちに、執行官による明渡しの強制執行をすることができるよう、手続きをきちんととっておくことが有効だと思われます。

このような手続きとっておくことで、執行官による建物明け渡しの強制執行をより迅速に実行できるだけでなく、賃借人にもその旨の認識を得させることによって、居直りの防止や任意の退去をより確実なものにすることができるからです。

 もっとも、上記に説明しました公正証書が債務名義となるという点は、「金銭の支払義務」の場合に限られますので、公正証書では建物明渡しの強制執行の債務名義にはなりません。

 このようなケースでは、簡易裁判所で行う「即決和解」(訴え提起前の和解)が有効です。

 即決和解とは、当事者間で話し合った合意内容(和解内容)を予め簡易裁判所に申立てた上、裁判所から指定された期日に当事者双方が出席し、裁判官の面前でその合意内容を確認することで、合意内容が裁判上の和解調書として文書化される手続きです。合意内容が和解調書となるわけですから、当然、債務名義になりますし、公正証書のように金銭債務に限定されません。

 本件での合意内容(和解内容)としては、①賃貸借契約の解除の有効性に関する確認条項、②明渡期限における建物明渡しの履行に関する条項、③明渡し期限までの賃料相当損害金の支払い及び滞納賃料の分割金の支払いに関する条項、④万一③の不履行があった場合には直ちに建物を明渡すことに関する条項等を要点にした和解をするが考えられます。

 ただし、個々の和解条項の書きかたには、権利の確認条項(「毎月末日金○○円の支払い義務を認める。」「○月○日までに本件建物の明渡し義務がある。」)では強制執行ができず、必ず給付条項(「毎月末日までに金○○円を支払う。」「○月○日までに本件建物を明渡す。」)にしなければならないなど細かい決まりもありますので、和解条項の書きかたについては、事前に専門家にご相談されることをお勧めします。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.09.04更新

任意売却のメリット

 

(質問)

いわゆる任意売却は、競売と比べ、債権者・債務者・不動産購入者にとって、それぞれどのようなメリットがあるのでしょうか。

(回答)

  任意売却とは、抵当権が設定されている不動産の所有者(=債務者)が、当該債務を弁済するために、競売ではなく、任意に当該不動産を売却することです。

1 債権者(抵当権者)にとってのメリット

① 競売より高く売れることが多いため債権回収額が多くなること

競売の場合、時価の7割程度の金額が最低売却価格となりますが、通常は、最低売却価格+αという時価よりも低い水準でしか落札されません。

これに対し、任意競売の場合は、建物の居住者である所有者が不動産の売買成立後は当該物件の引き渡しにも協力すること、不動産仲介業者が当該不動産の買主を広く広告・募集してくれるため、高い買受申出額の購入者を選定できること、などから競売になった場合よりも高く不動産を処分することができます。

② 短期間で売却し債権回収ができること

任意売却の場合、関係者の合意が得られれば、その時点で売却代金による債権の回収ができます。

しかし、競売の場合には、手続き終了まで1年程度かかることがあります。

 2 債務者(所有者)にとってのメリット

   上記のように、債権者にとっては、競売に比べて、回収額が多くなることから、債務者に対して、残債務のカットや場合によっては債務者に対し若干の引っ越し費用を支払っても、任意売却によって債権回収を図った方が合理的な場合があります。

   そのため、債務者としても、任意売却に同意することによって、債権者との交渉次第では、残債務のカットや引っ越し費用の支いに応じてもらえる場合があります。

3 不動産購入者にとってのメリット

① 希望物件を確実に取得できること

競売の場合、第三者に落札される危険もあります。また、不動産執行法の改正により、不動産の現況を調査する執行官は建物の中身を見ることも可能になりましたが、購入希望者側としては、落札が確定するまでは自由に建物の中を見ることはできないため、建物の傷み具合などは正確に分からないまま落札しなければなりません。

② ローンが組みやすいこと

競売の場合、金融機関によってはローンが組めない場合があります。

任意売却の場合は、この点でも安心です。

③ 建物から債務者が任意に退去することを期待できること

競売の場合、債務者が建物から任意に退去しない場合があります。

このような場合、手続きが長期化することはもちろん、競落後、購入

者は、決して安くない費用をかけて債務者を強制的に退去させる手続きをしなくてはなりません。

任意売却の場合、債務者(所有者)も不動産の売却に納得済みですか

ら、任意に退去することが期待できます。また。これを条件に売買契約を結ぶことも可能です。                                                     

 

投稿者: 弁護士 秋山亘

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