弁護士 秋山亘のコラム

2017.06.19更新

競売による借地権付建物購入の注意点

 

<質問>

 私は、借地権付建物を競売により取得しました。

 落札後、地主のところに行き、改めて借地契約の締結をしたい旨を話しましたところ、地主は、承諾料として借地権価格の1割を支払わなければ借地権譲渡は認めないと言ってきました。

 しかし、この競売物件の物件明細書には、借地人が借地上に建物を建てた際に地主が金融機関に提出したものと思われる借地上の建物に対する抵当権設定の承諾書が添付されており、その承諾書には「将来第三者が所有権を取得したときは、借主に対するものと同一の条件で、その者に引続き貸与します」と記載されており、地主の署名捺印が押されていました。

 この同意書によると、地主は、借地権の譲渡について、事前に承諾しておりますので、改めて借地権の承諾料を支払わなくてもいいのではないかと思います。

 このまま地主の同意を得ないでいても、地主に対し、借地権を主張することは出来るのでしょうか。

<回答>

1 まず、上記のような承諾書がない一般的な場合についてご説明致します。

競売により借地上の建物を取得した者は、建物の所有権と共に借地権も取得しますが、この借地権は地主の承諾を得て取得したものではないため、落札後に地主の承諾を得ないと、借地権の無断譲渡によって借地契約を解除されてしまいます。

  そこで、借地借家法第20条は、競売によって借地権付建物を取得した借地人を保護するため、地主の承諾に代わる裁判所の許可の審判を申立てることができるとされております。

  この許可の審判の申立てがあると、裁判所は、地主から介入権の行使があった場合や借地人が借地を暴力団事務所に使うなどの特段の事情がない限り、許可の審判を下します。ただし、自己の意思に関わりなく、借地権譲渡を認めなければならない地主の利益に配慮して、借地権価格の1割に相当する金員を借地権者が地主に支払うことが条件とされます。

 2 ところで、上記の借地借家法20条の審判申立は、借地人が競売代金を納付した日から2ヶ月以内に申立てなければならないとされており、これは、当事者間の合意によって伸長することができない不変期間だとされております(東京地方裁判所平成10年10月19日判決・判例タイムズ1010号267頁)。

この2ヶ月の不変期間を設けた趣旨は、自らの意思に関わりなく借地権譲渡への承諾か介入権行使かを迫られる地主側の不安定な状態を速やかに確定するためとされております。

  したがって、この期間を経過してしまうと、結局、競売によって借地権を取得した借地人は、地主に対し、借地権を対抗できなくなってしまい、地主の土地明け渡し請求に応じなければならなくなってしまいます(前記東京地方裁判所平成10年10月19日、東京高等裁判所平成17年4月27日判決)。

  このような結論は、借地人に対しあまりにも酷なように思え、上記裁判例に対して批判の声もありましょうが、借地借家法20条の申立期間を経過した借地権者に対する裁判例の態度は厳しい傾向にあるようです。

  なお、地主の土地明け渡し請求に対して、借地権を対抗できなかった借地人は、借地権を喪失することになりますが、裁判所は、そのような不利益も、借地借家法第14条に基づく建物買取請求権によって調整が図れるとしております。建物買取請求権を行使した場合に、地主が支払うべき建物代金には借地の場所的利益を金銭に換価したものも含まれますが、借地権価格と比べれば格段にその金額は低くなります。前記の東京地方裁判所平成10年10月19日判決は、場所的利益の金額を更地価格の1割として認定しておりますが、借地権価格が更地価格の7割前後であることに照らせば、借地借家法20条の申立期間を経過してしまったために、借地権付建物を競落した借地人が被った損失は極めて大きな額になります。

 3 さて、以上を踏まえて今回のご質問ですが、確かに地主の承諾書を読めば、地主は借地権譲渡を事前に承諾しているように思えます。

  しかし、東京高等裁判所平成17年6月29日判決(判例タイムズ1203号182頁)は、当該承諾書が提出されたのは競売物件の買受申出時から10年前であり、抵当権者に対して提出された書類に過ぎないことから、競売手続当時に承諾書の拘束力を有することを認めることが困難であるという理由で、借地権譲渡に対する地主の承諾を否定しました。

  そして、当該事案では、既に借地借家法20条の申立期間を経過してしまった事案であり、また、地主側も競売の物件明細書や競売後の事前の交渉段階から借地権譲渡に対し承諾せず、介入権を行使する予定である旨を明言していたこと、借地権者側も不動産業者であり前記申立期間を徒過した場合に自らが被るリスクを認識し得たことなどの事情も考慮して、借地権を地主に対抗できないとの判断を示しました。その結果、結局、借地権者は、借地権が消滅したことを前提に建物買取請求権を行使しておりますが、借地権価格が億単位であったため、この事案の借地権者側の損失はまさに億単位のものになりました。

  この裁判例の結論に対しても、学者の判例評者でも疑問が呈されておりますが、借地借家法20条の申立期間を経過した借地権者に厳しい態度を取っている点では、従前の裁判例の流れをつぐものと言えます。

 4 本件でも、地主と交渉してみるにしても、代金納付日から2ヶ月以内に借地借家法20条の審判申立をしなければ借地権そのものが消滅してしまう可能性が高いことに留意する必要があります。うっかり地主と交渉している間に上記の期間を経過してしまうと取り返しがつきませんので、地主の承諾が得られなそうな時や承諾料の金額で争いがある場合には、速やかに、借地借家法20条の審判申立をすべきでしょう。

本件では、まずは上記の申立をした後に、借地非訟手続きの中で、前記の金融機関への承諾書をもって、承諾料の支払いなく許可をすべきである、或いは、承諾料の減額をすべきであると主張をすればよいと考えられます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.06.12更新

賃貸人の破産と賃借人の相殺権

 

(質問)

  Xはその所有ビルを家賃1ヶ月10万円、敷金50万円でAに賃貸していたが、賃貸人Xは破産をし、破産管財人が選任された。

このような事例で、Aは、預け入れ敷金と今後の賃料の支払い義務とを相殺することができるか。

(回答)

 この度、破産法と民事再生法が大きく改正され、その結果、賃貸人や賃借人が破産・民事再生した場合における、賃貸借契約法上の法律関係も大きく変わりました。そこで、今回は、賃貸人が破産した場合における賃借人の相殺権、そして、敷金返還請求権の保護の制度について、ご説明します。なお、賃貸人が民事再生した場合の相殺権、敷金返還請求権の保護制度については、破産をした場合とは異なる手続きが設けられておりますので、別の機会にご説明致します。

破産法上、債権者は、破産開始の時において、破産者に対して債務を負担している場合には、破産者に対し有している債権との相殺をすることができます(新破産法67条1項)。破産者に対し有する相殺可能な債権は、弁済期が未到来の期限付きの債権などの場合でもよいとされておりますが、停止条件付きの債権(未確定の一定の条件の成就をもって初めて発生する債権)の場合には、破産開始時までに条件の成就がなされていない限り相殺することができないとされています(新法67条2項)。

そこで、賃借人が賃貸人に対して有する将来の敷金返還請求権がここに言う相殺をなし得る債権に当たるかが問題になります。

しかし、最高裁判例(昭和48年2月2日)は、敷金債権の法的性格は、停止条件付き債権であると判示しており、賃借人の破産者(賃貸人)に対する相殺権を否定しております。この点は、改正破産法においても変更はないところです。

したがって、賃借人は、破産管財人の賃料の支払い請求に対して、破産開始後も、将来の敷金返還請求権と今後の賃料の支払い義務とを相殺することはできません。

もっとも、このような取扱に対しては、賃借人は一方的に賃料の支払いを請求され支払わなければならないのに敷金返還の保証がないのは不合理だとする批判がありました。

そこで、改正産法は、将来賃借人が明け渡しを完了したときに発生する敷金返還請求権を確保するために、破産管財人に対する賃借人の賃料の寄託請求の制度を設けました。

これは、賃借人が賃料を支払うときに、破産管財人に対し、預け入れ敷金額の限度内で弁済した賃料を破産管財人が預かるよう寄託を請求した場合には、破産手続きが終了して最後配当が為されるまでの期間までに、賃借人が賃貸借契約を解約するなどして建物明け渡しを完了させた場合には、破産管財人は、寄託を受けた金額の範囲内で返還義務のある敷金を賃借人に返還しなければならないと言う制度です。これにより、賃借人の敷金返還請求権が保護されるよう配慮されました。なお、破産手続開始後から最後配当が為されるまでの期間については、破産事件の規模や複雑生にもよりますので一概にはいえませんが、早ければ半年程度、長い場合には2年以上かかる複雑な事件もあります。

なお、賃貸人が破産をしても、当該不動産が抵当権者の競売手続きによらずに破産管財人によって任意売却されたときには(破産事件のうち大多数は抵当権者による競売手続きよりも任意売却により不動産の処分がなされます)、新賃貸人に敷金返還請求義務が承継されます。もっとも、敷金や保証金名目で賃料の何十ヶ月分も預けている場合には、預け入れている金銭の全額が承継されるのではなく、実質的な敷金相当部分に限定されて承継されます(実務的には事業用の賃貸借のケースでは家賃の2年分相当額が敷金相当部分として承継が認められる部分の上限かと思われます)。

また、抵当権者の競売手続きによった場合でも、抵当権設定前に契約した賃借人など賃借権を抵当権者に対抗できる場合には、競落人に対し、敷金返還請求権を主張できます。

したがって、破産管財人への寄託請求の制度の実益があるのは、賃貸人破産のケースでは、ある程度限られた場面になるでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.06.05更新

交通事故と慰謝料に関する法律相談

 

<質問>

 私は、ある追突事故にあい、鞭打ち症になりました。通院を6カ月続けた結果症状が治まり、治癒となりました。

 保険会社からは損害賠償金の案内が来ています。保険会社は、実通院日数の3倍を通院期間として慰謝料を算定しているようです。保険会社の算定した慰謝料は相当な金額なのでしょうか。なお、私は、一週間に1日の割合で通院しておりました。

 また、休業損害について、保険会社からは「会社を休んだことによる減給がなければ出ない」と言われています。私の場合、事故直後1週間は自宅で安静にしており会社を休んだのと通院のための何日か早退をしていますが、全て有給休暇を使っているため、給与額は以前と変わりません。このような場合には休業損害として認められないのでしょうか。

<回答>

1 通院慰謝料について

保険会社の申し出る慰謝料の基準とは、保険会社の自社基準に過ぎず、裁判所が裁判実務で用いる損害賠償基準とは異なります。

裁判所が裁判で用いる損害賠償基準は、「民事交通事故訴訟 損害賠償基準」(通称「赤い本」)に記載されており、通院何カ月で幾らというように通院期間を基準に慰謝料が算定されます。

 例えば、鞭打ちうち症のように他覚的症状がない(本人の主訴以外の客観的所見に乏しい)傷害の場合には、赤い本の「別表2」という基準が適用され、通院3カ月で53万円、通院6カ月で89万円の慰謝料が標準的な金額とされております。

 この基準においても「通院期間が長期にわたり、かつ、不規則な通院」である場合には、実治療日数の3.5倍の日数を通院期間とした上で慰謝料が算定されますので、実際の通院期間よりも短く評価されます。

しかし、実治療日数の3.5とされるのは、①通院期間が長期であること(受傷内容にもよりますが通院期間1年前後が目安になると思われます)、②不規則であることの双方の要件が満たされる場合ですので、いずれか一方しか該当しない場合には、上記基準は適用されず、実際の通院期間がそのまま適用されます。

 このように裁判所の基準と保険会社の自社基準は異なりますので、保険会社の自社基準で算定すると裁判所の基準で算定した慰謝料額の2分の1以下の金額になってしまうことはしばしばあります。

 そして、保険会社は、被害者本人が示談交渉をしても自社基準での慰謝料の算定しかしてくれず、弁護士を立てて示談交渉をしないと裁判所基準での慰謝料の算定に応じないことが多くあります。

2 有給休暇と休業損害について

 次に、有給休暇を使用した欠勤ないし早退についてですが、これも休業損害として請求すれば認められます。

有給休暇を使用した欠勤については通常の欠勤の場合と同様に計算して一日分の休業損害が、早退については仮に有給休暇を使用せず早退した場合の減給額について会社に算定してもらい、それをもとに休業損害を算定します。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.05.31更新

期間の定めのない使用貸借の終了時期

 

<質問>

 私の父は、ある親戚の人に特に返還時期を定めることなく、無償で土地を貸して、建物を建てることを承諾しておりました。

 その後、その土地を私が相続して私の所有になったのですが、いつになったら土地を返してくれと言えるのでしょうか。

<回答>

第1 問題の所在

 期間を特に定めることなく、無償で、土地などが貸借されている、いわゆる「期間の定めのない使用貸借」は、

① 使用貸借契約に定めた目的にしたがった使用収益が終わったとき

(民法597条2項本文)、

または、

② それ以前でも、使用収益をするのに足りる期間が経過し、かつ、貸

主が返還を請求したとき(同項但書)

のいずれかの時点で終了します。このように、法文上の終了時期は明らかなのですが、実際に終了時期を判断するのはなかなか難しいのが裁判実務のようです。使用貸借は、親子間、兄弟間のような特別な人間関係にある者の間に、「暗黙のうち」に成立したと見るべき場合が多く、経緯、原因等貸借の実態を把握するのが困難という事例が少なくないからです。

第2 学説・判例の傾向

1 民法597条2項の「契約にさだめた目的」というものを、土地使用貸

借における「建物所有の目的」、または、建物使用貸借における「居住の目的」というような一般的抽象的なもので足りるとすると、返還時期の定めがない場合、借り主がその目的にしたがい使用収益を継続している限り、貸主はいつまでも返還請求できないことになります。しかし、これでは、無償の契約である使用貸借の借主が、有償の契約である賃貸借の借主よりも手厚く保護されることになり、非常に不公平な結果となります。

  そこで、学説には、「建物所有の目的」や「居住の目的」という様な一

般的抽象的なものではなく、「使用貸借契約成立当時における当事者の意思」から推測される個別具体的な目的として制限的に解釈しようとするものもあるようです。

2 この点に関する、最高裁判所の幾つかの判例を見てみましょう。

最高裁昭和34年8月18日判決

(Yが所有家屋の焼失により住居に窮し、Xから建物を「他に適当な家屋に移るまでの暫くの間」住居として使用するため、無償で借り受けた事案で)

「本件使用貸借については、返還の時期の定めはないけれども、使用、収益の目的が定められていると解すべきである。そして、その目的は、当事者の意思解釈上、適当な家屋を見つけるまでの一時的住居として使用収益するということであると認められる」

と判断しました。

最高裁昭和42年11月24日判決

「父母を貸主とし、子を借主として、成立した返還時期の定めのない土地の使用貸借であって、使用の目的は、建物を所有して経営をなし、併せて、右経営から生ずる利益により老父母を扶養する等の内容の物である場合において、借主は、さしたる理由もなく老父母に対する扶養をやめ、兄弟とも往来を断ち、使用貸借当事者間における信頼関係は地を払うに至った等の事実関係があるときは、民法第597条2項但書を類推適用して、貸主は借主に対し使用貸借を解約できる」

と判断しました。

最高裁昭和59年11月22日判決

(建物の使用貸借について返還の時期は定められていないが、目的について、借主及びその家族の長期間の居住としていたという事案で)

「借主が建物の使用を始めてから約32年4か月を経過したときは、特段の事情がない限り、右目的に従った使用収益をなすに足るべき期間は経過したものと認めるべきである」

と判断しました。

最高裁平成11年2月25日判決

最近の判例ですので、事案を少し詳しく説明しますと

① 昭和33年12月頃、X(法人)の代表取締役はAであり、A

の長男B及び次男Yは取締役であった

② 昭和33年12月頃、Aは本件土地上に本件建物を建築して、

Yに取得させ、本件土地を本件建物の敷地として無償で使用させ、XとYとの間で本件建物の所有を目的とする使用貸借契約が黙示に締結された。その後、A夫婦も本件建物でYと同居していた。しかし、Aは昭和47年に死亡した。

③ Aの死後、Xの経営をめぐり、BとYとの間で争いとなったが、

Xの営業実務はBが担当し、平成4年以降、Yは取締役の地位を失った

④ 本件建物は朽廃に至っていない

⑤ Bは、X所有地のうち本件土地に隣接する部分に自宅及びマン

ションを建築しているが、Yには本件建物以外に居住すべきところがない

⑥ Xには、本件土地の使用を必要とする特別の事情がない

という事例でした。

一審及び二審は、④から⑥の事情を理由に、「本件使用貸借は、いま

だ民法代597条2項但書の使用収益するのに足りるべき期間を経過したものとはいえない」と判断しました。

これに対し、最高裁は、

「土地の使用貸借において、民法第597条2項但し書の使用収益をするのに足りるべき期間が経過したかどうかは、経過した年月、土地が無償で貸借されるに至った特殊な事情、その後の当事者間の人的なつながり、土地使用の目的、方法、程度、貸主の土地使用を必要とする緊要度など双方の諸事情を比較考慮して判断すべきである」

として、これらの事情につき、二審の裁判所に、再度審理するように事件を差し戻しました。

 以上の一連の判例から言えるのは、裁判所は、使用貸借契約の成立の前後をとわず、使用貸借契約にかかわるあらゆる事情を考慮して判断するということです。契約成立後経過した期間の長短や、借主側に他に居住すべきところがないというような比較的はっきりとした事情だけではなく、諸々の事情が考慮されますので、使用貸借契約が保護されるのかどうか、判断するのは、非常に難しいと思われます。

契約書できちんと期限を定めておくことが必要でしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.05.22更新

賃料の不払いと転借人への催告

 

<質問>

 私は、家主Aさんの承諾を得て、建物の原賃借人Bさんから建物を転借しているものです。

 家主Aさんから、原賃借人Bさんの賃料不払を理由に原賃貸借契約を解除したので、建物を明け渡すよう通知が来ました。

 私は、転借料をBさんに毎月きちんと支払っていましたし、もしBさんの不払いがあれば私が賃料を代払いしてもよいと思っていました。いきなりの解除通知に納得いきません。どうしたらいいでしょうか。

<回答>

1 家主(賃貸人)が原賃借人の賃料不払いを理由に賃貸借契約を解除する場合には、原則として、賃借人に対し、賃料を一定期間内に支払うよう催告をし、催告期間内に賃料が支払われなかった場合に解除する旨の通知をすることが必要です。

 転借人は、家主と原賃借人の原賃貸借契約が有効であることを前提に建物を賃借できる立場ですので、家主が原賃借人に対し、上記催告手続きを行った上で契約解除をされた場合、転借権を家主に対抗できないのが原則です。

 では、転借人に催告さえしてもらえれば、転借人が原賃借人の賃料を代払いできたという場合、家主が転借人に催告せずに契約を解除した場合、家主は契約解除を転借人に対抗できるのでしょうか。

 この点に関し、判例は、転借人に対する催告は原則として不要との立場をとっております(大審院昭和6年3月18日)。ただし、最判昭和37年2月1日は、原賃借人と賃貸人が「通謀」してわざと賃料を滞納するなどして債務不履行解除の原因を意図的に作り出したような場合には、解除をもって転借人に対抗できないと判断しております。

 このように判例は、原則として転貸人への通知不要説に立っておりますが、この点については、学説上は、家主が転貸借契約を一旦承諾している以上転借人にも通知すべきだという通知必要説から強い批判があるところです。そのため、将来、この点の判例が変更される可能性がないわけではありません。

2 このような事前の催告通知のない解除に備えて、転借人は、どのような対策を取っておくべきでしょうか。

 まずは、家主と転借人との間で、原賃借人による賃料不払の場合には転借人にも賃料の支払いを催告する旨の合意書を結んでおくことです。転借貸借契約を結ぶ場合には、原賃借人が家主に転貸の同意料を支払うことで同意書をもらうことが多いようですが、その際に上記のような合意書も取り付けてもらうとよいでしょう。

今からでは上記のような合意書が取れないという場合には、次善の対策として、転借人が家主に対し原賃借人に賃料の不払いがあった場合には代払をするので催告されたい旨の申出を書面で送っておくことが考えられます。

この点、東京地判昭和33年2月21日も事前の代払いの申し出がある事案において、大家の転借人に対する催告のない解除を対抗できないと判断しております。ただし、この裁判例は、原賃借人と転借人の不和が背景となって原賃借人が賃料の不払いを始めたという事案であり、前記の家主と原賃借人の通謀事例に類似した事案です。

そのため、転借人が家主に代払いの申し出を通知すれば必ず転借人への催告が必要になることが判例として明確に判断されたものではありませんので、注意が必要です。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.05.17更新

借家契約と賃貸人に有利な条項

 

<質問>

 借家契約では契約書で家主に有利な規定を設けても無効になる場合があると聞きます。どのような条項が無効になるのでしょうか。

<回答>

1 借地借家法では、一定の事項については仮に契約書等で賃貸人に有利な条項を定めても無効になる旨を定めております。これを強行規定といいます。

 借地契約については借地借家法9条が、借家契約については借地借家法30条がこれに当たります。

 具体的には借家契約の場合で、借地借家法28条(賃貸人は正当な事由がなければ更新を拒絶しまたは解約の申し入れをすることができない)、同法26条1項(期間満了前1年~6カ月の間に更新拒絶の通知をしないと契約は自動的に更新されたものと見なされる)、同法26条2項(期間満了前の26条1項の通知をした場合であっても、賃借人が期間満了後も建物の使用を継続している場合には賃貸人が遅滞なく異議を述べないと自動的に更新されたものと見なされる)、同法29条(1年未満の契約をした場合には期間の定めがない契約と見なされる)などの規定が強行規定にあたります。

 したがって、これらの規定に反する条項で賃貸人に有利な条項は無効とされています(借地借家法30条)。

2 具体的に問題となった例としては以下のような条項があります。

・家主の要求があれば直ちに明け渡す旨の特約

このような条項は、借地借家法28条の正当事由(地主の自己使用の必要性に関わる正当事由)がなければ解約できないとの条項に違反します。

また、建物の立ち退きに当たっては一切立ち退き料を請求しない旨の条項 も、立ち退き料の提供は正当事由を補完するための重要な要素ですので、このような条項も実質的には借地借家法28条に反するものとして無効になります。

また、家主の療養中に限り賃貸する旨の条項なども実質的に借地借家法28条に反するとして無効とされております。

 ・賃借人が差し押さえを受け又は破産宣告の申し立てを受けた時には、家主は直ちに契約を解除することができる旨の条項

 差し押さえを受けたり、破産宣告の申し立てを受けただけで、家賃はきちんと支払い続けているという場合には、賃借人は何ら債務不履行(家賃の滞納)をしたことになりませんので、このような事項は借地借家法28条の正当事由にはなりません。

したがって、このような条項も無効になります(最高裁昭和43年11月21日民集22・12・2726)。

なお、賃借人の破産は、かつては民法上の賃貸借契約の解除事由とされていましたが、前記のような理由から合理性がない規定だとして民法の規定からも削除されています。

3 このように、賃貸借契約の終了事由に関わる条項の多くは、借地借家法28条の定めと実質的に反するという理由で無効とされておりますので、契約書の検討の際には特に注意が必要です。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.05.08更新

暴力団事務所と瑕疵担保責任

 

<質問>

 当社は、営業所の建設用地として、ある土地を購入しました。

 しかし、購入後、その土地の真向かいに暴力団事務所が存在することが判明しました。

 売買の目的土地の近隣に暴力団事務所が存在する場合、土地の買主は売主に対し、売買契約の解除等何らかの責任を問えるのでしょうか。

<回答>

 本件は、間に不動産仲介業者を入れない会社間の取引でありますので、不動産仲介業者の重要事項説明義務違反や消費者契約法による取消による仲介業者や売主の法的責任は問えません。

 そこで、本件では、売主に対する瑕疵担保責任に基づく売主の法的責任について解説したいと思います。

この点、東京地方裁判所(判例時報1560号 平成7年8月29日判決)は、本件と類似の事例で、瑕疵担保責任による売買価格の減額を認めました。

(1)事案

 原告甲及び被告乙はいずれも不動産の売買等を業とする会社で、甲と乙は平成4年3月30日、ある土地を代金9100万円で乙から甲に対し売り渡すという内容の売買契約を締結しました。甲は、同日売買代金のうち910万円を支払い、同年4月30日に残金8190万円を支払い、乙から土地の引き渡しを受けました。甲はその土地に事務所兼賃貸マンションを建設するつもりでした。ところが、その後、土地と交差点を隔てた対角線の位置にある建物(直線距離にして9メートル)には暴力団事務所があり、以前から暴力団の組事務所として存在していたことが判明しました。

  そこで、甲は乙に対し、

① 売買契約の詐欺による取り消し(民法96条)を理由とした代金返還請求(9100万円)

② 売買契約の錯誤による無効(民法95条)を理由とした代金返還請求(9100万円)

③ 売買契約の瑕疵担保責任による解除(民法570条)を理由とした代金返還請求(9100万円)

④ 売買契約の瑕疵担保責任による損害賠償請求として代金(9100万円)の75%相当の損害賠償

という内容で裁判を起こしました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は、甲の請求のうち①から③については認めませんでしたが、④については、

・本件土地は小規模店舗、事業所等が点在する地域に所在するところ、交差点を隔てて対角線の位置に本件暴力団事務所が存在することは、本件土地の宅地としての用途に支障を来たし、その価値を低下させることは明らかである。本件土地は宅地として通常保有すべき品質・性能を欠いているものであり、本件暴力団事務所の存在は本件土地の瑕疵に当たる→ 「暴力団事務所の瑕疵該当性」

・本件暴力団事務所のある建物は、契約時において、暴力団事務所としての存在を示すような物を掲げることもなく、暴力団事務所であることを示す外観はなかった。通常人が本件土地を購入しようとして現場を検分しても、暴力団事務所の存在を容易に知り得なかったであろう→ 「本件暴力団事務所の『隠れた瑕疵』該当性」

とした上で、本件土地の暴力団事務所の存在による減価割合を20%と認定し、これを損害としました。

(3) 本判決の意義

 本判決は、暴力団事務所が「売買の目的物である土地の中に」あるのではなく、「売買の目的物の土地の近隣に」ある事案において、「瑕疵」に当たるとしました。暴力団事務所の実態、社会に及ぼす危険性等暴力団事務所の害悪を適正に評価したと言えるでしょう。しかし、本判決は、通常人には暴力団事務所を容易に発見することはできないので、暴力団事務所の存在という瑕疵は「隠れた瑕疵」に当たると判断していますので、外観上暴力団の「組事務所」を示す標識などがあった様な場合には、瑕疵担保責任は問えないことになります(但し、この場合でも信義則上の売主の説明義務違反は別途問題になり得ます)。

 なお、本判決は、原告の「契約の取消・契約無効・契約解除」という主張については認めませんでした。これは、原告は一般の購入者ではなく不動産業者であることから、価格を安く抑えて転売することによって契約の目的を達成し得ること、代金も完済し物件の引渡しも済んでいることなどから可能な限り契約を維持するのが相当と考えたのだと思います。

いわゆる暴力団対策法施行の影響で外観上暴力団事務所と分からない建物が増加しているようですので、本件の事案のような裁判は増えることが予想されますが、「契約の取消・無効、契約解除」まではなかなか認められないと思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.05.01更新

蒸発した夫名義の不動産を処分する方法

 

(ご質問)
 私の夫は蒸発して3年になります。その間、八方手を尽くして探したのですが、夫とは何も連絡がつきませんでした。
 夫が蒸発してからは夫は生活費の送金もしてくれないので、現在ある預貯金も底をついてきました。
 そこで、夫が親から相続した夫名義の土地を処分して、その売買代金を生活費に充てたいと思うのですが、夫不在のままでは売却することもできません。
 法的には何とかならないのでしょうか。
(ご回答)
 他人所有の不動産を当該他人に無断で処分することができないことは言うまでもありません。
 これは、夫名義の不動産を妻が処分するで場合であっても同様です。特に、本件の不動産は、夫が相続によって親から相続した土地ですので、夫の特有財産として、離婚をしても、夫に対する財産分与として妻の持ち分を請求できない性質のものです。
 このような夫所有の財産を妻が勝手に売却処分しても、夫が帰来後当該処分行為を追認しない限り、当該売買契約は無効になりますし、場合によっては、夫に無断で処分をした妻は、詐欺罪・私文書偽造罪などの罪に問われる可能性があります。
 そこで、本件のようなケースでは、家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申立てることを勧めます。
 不在者の財産管理人制度とは、本件のように蒸発して容易に帰来する見込みのない者の財産を適正に管理・保存することで、不在者の財産状況の維持を図ると共に、残留財産に利害関係を有する者を保護する制度です。
 不在者の財産管理人に選任された管理人は、不在者の財産の保存行為(例えば、不在者の債権を取り立てること、弁済期の到来し遅延損害金が発生する債務の支払いをすることなど)をすることの他、裁判所の許可の審判を得た上で、不在者の財産を売却処分することもできます。
 不在者の財産管理人の申立は不在者に対して債権を有する者など利害関係人が行うことができます。
 なお、本件のように申立人と不在者との間で利害関係が対立する可能性のある事案では家庭裁判所の方で弁護士などの適任者を適宜不在者の財産管理人に選任してもらう方がよいでしょう。
 本件のような場合では、夫は妻子に対し扶養義務があり毎月一定額の生活費を支払う具体的な義務があります。
 従って、妻は、「利害関係人」として、夫の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に不在者の財産管理人の選任を申し立てることができます。
 なお、家庭裁判所が、不動産の売却処分を許可するのは、当該財産について所有権を有する不在者の権利保護の要請もありますので、当該不動産を処分しなければならない特段の必要性と不動産の売却処分をしても不在者に不利とならない事情を主張する必要があると思われます。 本件のように、妻や子が経済的に困窮していて夫から生活費が支払われなければならない必要性が高く、他方、夫の生活費支払い義務を根拠に審判を経て夫の不動産の競売を申し立てるよりも任意売却をした方が不動産を高く処分できるため不在者である夫にとっても有利であると認められる場合には、家庭裁判所も、不動産の売却処分を許可するものと思われます。なお、この場合、当該不動産の時価を明らかにするため、不動産鑑定士の鑑定書や複数の仲介業者の見積書の提出を求められます。
         

 

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.04.24更新

死因贈与契約の活用


 Sさんは父親Fさんと長らく家業を続けてきましたが、Fさんも一線を退く年齢となりました。現在の家業はFさんが借家をして始めましたが、その後家業で利益を上げ、Fさんは土地・建物を買い取りました。商売による利益で購入したのですからSさんも土地・建物の取得に寄与しているのですが、名義はFさんのみになっていました。Sさんは長男で弟と妹がいます。Sさんは商売の後継ぎとして若い頃から同業者の見習いに行くなど大変苦労してきましたが、弟や妹はSさんの様な苦労をすることもなく育ちました。SさんはFさんが亡くなったら当然土地・建物を自分が相続するのだろうと考えていました。しかし、Sさんは友人Nさんが相続でもめているという話を聞きました。NさんはSさんと似たような境遇でしたので、Sさんは不安になって弁護士に相談に行きました。
 弁護士は①最近の傾向だが、親は自分が死んだら相続財産について兄弟で話し合い長男が主に相続するだろうと考えて遺言しない。他方子の方は相続は兄弟皆平等と考えている一方で親の面倒は長男がみるべきだと都合良く考える。親と子の意識の差により色々な問題が生じる②相続に伴う問題を回避するために遺言という制度があるが、なかなか有効利用されない。また、遺言はいつでも遺言者が撤回できるし、万一、Sさんと父親Fさんとの間で心の行き違いがあればSさんにとって不利に変更されることもあり得る③本件は死因贈与契約を作成することが宜しいと思うとアドバイスし、具体的には、①SさんはFさんの面倒を責任をもってみる。また一定額の月々の小遣いも渡し自由に使って貰う②①の代わりにFさんが亡くなったときは店舗兼自宅の土地建物をSさんに贈与する③FさんはSさんが①の約束を破らない限り死因贈与契約を取り消さないという契約条項を提案しました(死因贈与契約も原則として取り消しが可能です。しかし③の条項が入っていればFさんは勝手に取り消すことが出来ないので、SさんにとってもFさんにとっても安心です)。ただし、「全財産をSさんにあげる」という内容の遺言や死因贈与がされても、Sさんの兄弟には遺留分がありますので、兄弟が遺留分を主張しますと、その限度において遺言や死因贈与契約の効力が失われることになります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.04.19更新

相続と保険金の受給の法律問題

          
(問)
(1) 私の夫は会社を経営していたのですが、莫大な借金をかかえて亡くなりました。相続財産より借金の方が多いのは明らかなので、相続放棄をしようと思うのですが、相続放棄をすると夫の保険金の受給権までは喪失してしまうのでしょうか。
(2) 父が亡くなったので父の財産(1200万円)を私と兄、弟の3人兄弟で相続することになりました。ところが、保険金の受取人が兄になっていた為、私の兄だけが父の保険金(3000万円)を受給することになりました。しかし、これでは相続人間で兄だけが取りすぎなような気がします。法律的にはどうなのでしょうか。
(答え)
(1)について
 上記のケースでは、保険金の受取人名義が誰になるのかで、結論が異なります。すなわち、保険金受給権それ自体は、相続により承継するものではないので、直ちに相続財産になるわけではありません。相続財産ではなく、受取人の固有の権利ということになれば、相続放棄とは関係なく受け取ることが出来るのです。
① 受取人名義が妻(私)の名義な っている場合
 この場合には、妻の固有の受給権となりますので、相続とは関係ありません。従って、受給できます。
② 受取人名義が「相続人」と書か れている場合                  この場合には、一見、保険金は相続財産として構成され、相続人に相続されるようにも思えます。
 しかし、判例はこの場合にも、保険金受給権者が「相続人」であることを注意的に記載したものにすぎず、保険金は、相続人それぞれが法定相続分に従って受給する固有の受給権であるとしています。
 従って、受給できます。
③ 受取人名義が被保険者名義(死 亡した夫)になっている場合
 この場合には、一旦は夫の財産となり、これを相続したことになります。
 従って、受給できません。
 なお、遺族年金や公務員の死亡給付金が支給される場合についても、これらは相続財産とは関係なく遺族の固有の権利と解されていますので、相続放棄と関係なく受給できます。
(2)について
 (1)で説明しましたように、保険金の受取人名義が特定されている場合はその人の固有の財産になります。従って、兄は相続とは関係なく保険金を受け取ることができます。
 しかし、これではご指摘のように兄にだけが多く取りすぎとなり相続人間で不公平のように思われます。
 そこで、法は「特別受益」の制度を設けました。これは、特定の相続人が生前に被相続人(父)から特別の利益を与えられた場合には、これをその人の法定相続分から差し引きくこと(特別受益分を相続財産に加えて法定相続分を算定し、特別受益者についてはその法定相続分から特別受益分を控除する)で相続人間の平等を図る制度です。
 本件では、保険金がこの特別受益に該当するかが問題になります。裁判例は、これを否定したものと肯定したものと分かれております。また肯定説にたったとしても受益の範囲をどこまでにするのか(死亡時までに父が支払っていた保険料の総額にする説、死亡時の解約返戻金額とする説等)についても見解が分かれています。
 ここでは、仮に、父の死亡時までに父が支払っていた保険料の総額が特別受益とする見解にたち、その金額が300万円だったとします。
 そうすると各相続人の相続分は以下の通りになります。
<通常の法定相続分の場合>
  私、兄、弟の相続分=400万円
  1200÷3=400 
<特別受益を考慮した場合>
  兄の相続分=200万円
 (1200+300)÷3=500
  500-300=200
 私、弟の相続分=500万円
  (1200+300)÷3=500

投稿者: 弁護士 秋山亘

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