弁護士 秋山亘のコラム

2019.11.11更新

賃料自動改定特約(その1)

 

 

1 賃料自動改定特約

 賃貸借契約の中で、賃料が自動的に改定されるという趣旨の特約が定められていることがあります。特にバブルの時期には、このような特約が定められたことがよくありました。特約のタイプとしては

①物価変動自動改定特約

②定額自動改定特約

③定率自動改定特約

④路線価変動自動改定特約

⑤固定資産税変動自動改定特約

などが挙げられます。

 このような特約は借地借家法第11条・32条(旧借地法第12条・旧借家法第7条)との関係で無効ではないかという問題が生じます。と申しますのは、これらの規定は賃料増減額の要件を定めたもので強行規定(規定違反の行為の効力を失わせる規定)と解されているところ、特約は、賃料増額の要件を定めた法の趣旨を没するものとも考えられるからです。

2 裁判例

 賃料自動改定特約についての裁判所の考え方はどの様なものでしょうか。

 裁判所は、自動改定特約だからといって当然に無効とはせずに、当該特約を個々の事例にあてはめた結果、賃借人に著しく不利益であるなどという特段の事情がない限り特約は有効と考えている様です。

 この様に特約の効力は「当該賃借人に著しく不利益かどうか」という個々の事情により判断されますので、特約を定めるにあたり、借地借家法11条32条の趣旨に反しないように工夫する必要があります。少なくとも、値上げ後の賃料が近隣相場に比べて相当に高くなってしまうという様な特約は避けるべきでしょう。

 最高裁判所昭和44年9月25日は「固定資産税変動自動改定特約」について、特約条項としては有効であると認めつつ、「当事者の意思は、契約当時存在した事情と著しく異なる場合にも、その基準によるという意思ではない」として、特約の適用を制限しました。右の裁判例は、「賃料」の相当性を判断する際に、個々の事案において「具体的に考える」という裁判所の基本的姿勢を示したものと思われます。

  裁判所は、バブルの時期に定めた基準を機械的に当てはめることはせず、契約で定めた基準を適用して妥当なものについて、自動改訂条項を認めているものと言えるでしょう。

  したがって、このような賃料の自動改訂条項があっても、新賃料が著しく高額となり妥当とは思われないような場合は、貸主と交渉をしてみる必要があるでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.11.05更新

賃貸人の民事再生と賃借人の相殺権について

 

 

(事例)

  Xはその所有ビルを家賃1ヶ月10万円、敷金50万円でAに賃貸していたが、賃貸人Xは民事再生の開始決定を受けた。

(1) このような事例でAの敷金返還請求権は保護されるのか?

(2) AがXに対し売掛金債権100万円を有していた場合、賃料の支払い義 務と売掛金債権との相殺を賃貸人Xに対し主張することができるか。

(回答)

1 (1)賃借人の敷金返還請求権の保護について

賃借人の敷金返還請求権は、民事再生手続き上でも、賃貸借契約が終了し明け渡しが完了することを条件に発生する停止条件付きの再生債権となるのが原則です。

したがって、賃借人は、賃貸借契約が終了し明け渡しが完了する前には、敷金返還請求権と賃料の支払い義務の相殺を主張することではできません(この点は、前回の賃貸人破産の場合と同様です)。

よって、再生債権となりますので、民事再生計画の認可によって、将来の敷金返還請求権は権利変更されることになります(すなわち、再生計画に従い、他の債権と同様に敷金返還請求権も債権額が圧縮されます)。

しかし、今回の民事再生法の改正により、賃借人が以下の条件を満たしている場合には、敷金返還請求権を共益債権とすることができるようになりました(改正民事再生法92条3項)(すなわち、再生計画に関わらず共益債権として権利変更の対象にならないことになります)。

① 民事再生手続の開始後に弁済期が到来する賃料債務について、手続開始後その弁済期までに弁済していること

② 手続開始時の賃料の6ヶ月分相当額の範囲内で、かつ、当該弁済額の限度内のものを、共益債権とする。

 したがって、民事再生手続の開始後に発生する賃料債務について、各弁済期までに、賃料債務を6回分現実に弁済した場合(後記(2)のように賃料債務と売掛金債権と相殺をした場合は上記要件の弁済したことにはなりません)には、賃料の6ヶ月分相当の敷金返還請求権が共益債権になります。6ヶ月分を超える敷金返還請求権は共益債権にはなりません。また、弁済期までに弁済しなかった賃料についても、たとえ弁済しても上記の6回分にはカウントされませんので注意してください。

2 (2)売掛金債権との相殺権について

本件のような事例で、賃貸人破産のケースでは、賃借人は、賃貸人への売掛金債権と賃料支払義務を無制限に相殺できるので、100万円の売掛金と10回分の賃料支払義務の相殺を賃貸人Xに対抗できることは前回説明しました。

これに対し、民事再生法では、賃借人は、無制限に相殺を主張できるのではなく、以下の条件を満たしている場合にのみ相殺ができるので、注意が必要です(民事再生法92条)。

① 民事再生手続開始後に弁済期が到来すべき賃料債務のうち、手続開始時の賃料の6ヶ月分相当額の限度額のものを受動債権とすること

② 債権届出期間の満了時までに、売掛金債権の弁済期が到来するなど相殺適状(売掛金の支払い義務が現に生じている状態のこと)となること

③ 債権届出期間の満了時までに相殺の意思表示をしていること

したがって、本件では、上記①~③を満たしている限り、賃料の6か月分である60万円分の売掛金債権については賃料支払義務との相殺が可能となります。

なお、相殺の意思表示は、上記③のとおり、債権届出期間の満了時までに行わなければなりませんので、この期限を過ぎないよう注意が必要です。また、相殺の意思表示は内容証明郵便などで行っておくべきでしょう。

 また、民事再生手続開始後に弁済期が到来すべき賃料債務との相殺については上記①のとおり、6か月分という量的制限がありますが、手続き開始前に弁済期が到来している未払賃料との相殺は、上記①のような量的制限なく行うことができます。したがって、民事再生開始決定までに、4か月分の賃料を未払いとしていた場合には、上記①による60万円分の相殺とは別に、4か月分の未払賃料にあたる40万円との相殺もできます。

 なお、上記は、担保権者が物上代位権により賃料の差し押さえ手続きをしていない場合についての取り扱いです。担保権者が賃料債権を差し押さえてきた場合には、前回の賃貸人破産の場合の説明と同様に、賃借人の売掛金の取得時期が担保権設定登記の時よりも後の場合には、相殺の主張を差し押さえ担保権者に対抗できません。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.10.28更新

賃貸住宅の原状回復について

 

 

1 原状回復義務の内容

 使用開始当時の状態に復することではない。

 社会通念上通常の使用方法に従って使用した場合、経年変化・通常損耗による損耗したそのままの状態で返還すればよい

2 特約の効力

原状回復義務を超えた修繕義務等を賃借人に負わせた特約(例:クリーニング代)は、通常単に賃貸人の修繕義務を免除する意味しか有せず、特段の事情がない限り原状回復義務義務以上の義務を課するものではないとされている。

 特段の事情=特約の必要性、暴利的でないこと、賃借人が通常の原状回復義務以上の義務を負うことを認識していること

3  問題点

① 通常の使用により生ずる損耗に当たるのか、それとも賃借人の故意過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超える使用かどうかの認定

・家具の設置跡、電気ヤケ、たばこヤケやたばこのヤニ、コーヒーをこぼした跡

②通常使用により発生し、その後の管理等が悪く発生・拡大した損耗をどう考えるか

③ グレードアップの問題(賃借人に補修等をさせた場合、「原状」よりよくなり賃貸人が不当利得をすることにならないか。耐用年数と残存価値)

・フローリングの一部補修、襖紙・障子紙・畳表

④  毀損部分と補修箇所にギャップがある場合、どの範囲まで補修をするのか

・壁等のクロス

4 紛争予防・・・・契約時のチェックリストの作成

5 参考文献   『賃貸住宅の原状回復を巡るトラブル事例とガイドライー敷金返還と原状回復義務ー』(財)不動産適正取引推進機構著(大成出版)

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.10.21更新

賃貸借契約の解除と無催告解除特約・失権約款

 

 

<質問>

 賃貸借契約書に「1ヶ月分の家賃の滞納があった場合には、賃貸人は直ちに契約を解除することができる」(無催告解除特約)或いは「1ヶ月分の家賃の滞納があった場合には、当然に契約が解除される」(失権約款)がある場合に、このような規定に基づいて、賃借人の1ヶ月分の家賃の滞納を理由に賃貸人が契約を解除することは可能でしょうか。

<回答>

1 賃貸借契約解除の要件と手続き

一般に、契約を解除するには、相手方に債務の履行を催告し、その催告期間内に債務の履行がない場合に解除できるのが原則です。具体的には、配達証明付内容証明郵便などで「本書面到達後、5日以内に滞納賃料○○円を支払って下さい。万一、支払いがなければ上記催告期間の経過をもって、本契約を当然に解除します。」と通知するのが一般的です。

また、賃貸借契約のように継続的な法律関係を前提とする場合、契約の解除をするには、単に軽微な契約違反があるというだけでは足りず、当事者間の信頼関係が破壊していると見られる客観的な事情が必要(信頼関係破壊の法理)とされています。具体的には、1~2ヶ月分の賃料の滞納があったというだけでは足りず、3ヶ月分以上の賃料の滞納が必要と考えられ、また、一度はその支払いを催告しても支払いが全くなされないという事情が必要でしょう。

2 無催告解除特約

 ご質問の無催告解除特約は、上記の原則に対して、賃借人に対し、一定期間内に債務を履行するよう催告する手続きを要せずに、直ちに契約を解除することができるという特約です。失権約款との違いは、催告は不要でも解除通知は必要になりますので、解除通知が賃借人に到達するまでは賃貸借契約は終了しません。

 このような無催告解除特約の有効性に関して、判例は、前記の信頼関係破壊の法理を準用して当然に有効とはせず、「催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合」にのみ有効としております(最判昭和43年11月21、民集22・12・2741)。したがって、例えば、1ヶ月の滞納で無催告解除が出来るとされている場合でも3ヶ月分以上の家賃の滞納がある場合、又は、1ヶ月~2ヶ月の滞納を頻繁に繰り返しており、賃貸人からもそれなりの解除に向けた警告が発せられている場合に無催告解除が有効になると考えられます。

3 失権約款

 上記の無催告解除特約をさらに推し進めて、一定の解除事由の発生をもって解除通知さえ要せず当然に契約が終了するというのが失権約款です。

 この失権約款の有効性に関して、判例は、上記の無催告解除特約よりも更に要件を厳しくして「当事者間の信頼関係が賃貸借契約の当然解除を相当するまで破壊された場合にのみ有効」としております(最判昭和51年12月17日民集30・11・1036)。

 したがって、失権約款が認められるのは、例えば、1ヶ月分の賃料の滞納があるだけでは足りず、例えば、賃料の滞納が半年~1年とある程度長期に渡るなどの場合に限られます。

そのため、賃貸人としては、失権約款は、あくまでも、賃借人に対し「家賃を1ヶ月でも滞納すると当然に解除されるかもしれない」という心理的効果を与えるための条項として理解し、実際に契約を解除する場合には、通常通り、家賃の支払いを最低一度は催告して、それでも支払いがない場合に解除通知を出すという手続きを踏んだ方が無難だと考えられます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.10.15更新

申込証拠金の法的性質と返還義務

 

 

1  はじめに

 マンション、建売住宅、造成宅地の分譲等、購入申込の受付に際して、分譲業者が購入希望者から「申込証拠拠金」として、一定の金額を受領することが行われている。

売買契約が成立すれば、手付けの一部として又は売買代金の一部として充当されるため特に問題は生じないが、買い主がその後当該物件を購入しなかった場合には、この申込証拠金を返還するべきか問題となる。

2 申込証拠金の法的性質

(1)申込証拠金は、実定法上の概念ではなく、取引慣行として行われているもに過ぎない。

従って、基本的には、その内容を決めるのは、本来当事者間の合意内容と言うことになる。

しかしながら、実際の授受の際には、いかなる内容のものとして申込証拠金が受領されるのか、返還義務があるのか等は曖昧なまま受領されている。

(2)ただし、取引慣行に従えば、申込証拠金に共通するものとして、以下に述べる特徴がある。

 ① 授受の目的は、申込順位の確保と購入意思の真摯性の証明にあると言われる。

  ② 授受の時期は、具体的な売買契約の交渉が始まる直前に授受されることが多い。従って、申込証拠金の授受の段階では、契約成立に至っていないことが通例である。

③ 授受の金額は、3万円から30万円程度の幅があり一律ではないが、10万円程度の金額が多い。

④ 授受の名目は、申込証拠金のほかに申込金、予約金、売止金等と呼ばれている。

(3)なお、申込証拠金は、個々の取引事例における授受の目的、金額、時期によっては、手付けと解される余地は皆無ではないが、通常、売買契約の締結前に授受されるものであるから、いわゆる手付金とは異なる。

(4)法的性質に関する見解

このように申込証拠金については、実際の取り決め内容が曖昧であり実定法上の概念でもないため、その法的性質に関しても以下のように見解が分かれている。

① 申込証拠金は、解約手付けあるいは違約手付けとすることはできないが、その効力は、解約手付けに関する民法557条の規定を類推して、買主は差し入れた証拠金を放棄して自由に申込み意思を撤回できるとする見解(今西上祥郎監修『実例による不動産トラブル解決法』86頁)

② 申込証拠金は、予約契約の手付けと呼ばれる見解(幾代・山本『不動産相談』132頁)

③ 申込証拠金は、違約手付と見るべきとする見解(北川善太郎・及川昭伍『消費者保護法の基礎』256頁)

④ 申込証拠金は、特約のない限り、手付けと言うよりは、申込みを一時担保し優先順位を確保するための金銭であり、契約締結に至らないときは売主である宅建業者は返還する必要があるというもの(明石三郎ほか『詳解宅地建物取引業法』316頁、山岸ほか『ケース取引』4頁)

このうち、①から③の見解は返還義務を否定し、④は返還義務を肯定するものと解される。

3 返還義務

では、申込証拠金を授受し、契約不成立に至った場合、返還しなければならないのだろうか。

この点、取引実務においては、上記④の見解に従い購入希望者が申込意思を喪失した場合は、申込証拠金を全額返還するという処理が多く為されている。

また、各都道府県の不動産指導部でも、契約不成立の場合には全額返還するよう指導しているようである(昭和48年2月26日付建設省不動産室長通達も同旨)。

このような取引実務及び申込証拠金の授受の目的(順位確保、購入意思の真摯性)からすれば、申込証拠金の返還義務について特段の合意が為されていない場合は、上記④説のような全額返還説に従った処理が妥当だと思われる。

なお、以上に対して、申込証拠金の受領証などに、例えば「契約が成立しない場合には申込証拠金は返還しない」旨の特約を設けていた場合には、返還しないという処理ができる。

ただし、近年施行された消費者保護法からすれば、こうした条項も無効とされる可能性はある。特に、申込証拠金の金額が、通例に比して高額である場合には「全額返還しない」旨の条項は、無効とされる可能性は十分にあることに留意する必要がある。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.10.07更新

消費者契約法第10条の適用により原状回復義務を賃借人負担とする特約を無効とした裁判例

 

 

(事案)

 Xは、平成10年7月、Yとの間で共同住宅の一室の賃貸借契約を結んだ。 同賃貸借契約には、自然損耗および通常の使用による損耗について賃借人が原状回復義務を負担すること及び賃借人が原状回復義務を負担する場合の回復費用の具体的な単価が記載されていた。

 同契約は、消費者契約法が施行された平成13年4月1日のあとである同年7月7日に更新の合意がなされた。

 その後、賃貸借契約は解除されたが、Yは、上記特約により、原状回復費用を敷金から控除すると返還される敷金はないと回答したため、Xは、預け入れ敷金20万円の返還を求めてYに提訴した。

 以上のような事案で、京都地裁平成16年3月16日判決(最高裁ホームページ掲載)は、

 ① 消費者契約法施行前に締結された賃貸借契約にも、同法施行後に賃貸  借契約が合意により更新された場合には、更新後の契約に同法の適用が  ある、

 ② 消費者契約法第10条により、自然損耗および通常の使用による損耗  に関する原状回復義務を賃借人に負担させる旨の本件特約は無効である、

 と判示し、賃貸人Yに敷金全額の20万円の返還を命じました。

(解説)

1 消費者契約法の施行時期と賃貸借契約の更新

消費者契約法の施行時期は平成13年4月1日です。

法律には不遡及の原則がありますから、法施行日以前に締結された契約には、法の適用がないのが原則です。

しかし、本裁判例は、「消費者契約法の施行後である平成13年7月7日に締結された本件合意更新によって、同月1日をもって改めて本件建物の賃貸借契約が成立したから、更新後の賃貸借契約には消費者契約法の適用がある」としております。

その理由として、裁判例は「実質的に考えても、契約の更新がされるのは賃貸借契約のような継続的契約であるが、契約が同法施行前に締結されている限り、更新により同法施行後にいくら契約関係が存続しても同法の適用がないとすることは、同法の適用を受けることになる事業者の不利益を考慮しても、同法の制定経緯および同法1条の規定する目的にかんがみて不合理である」と判示しており、賃貸借契約の継続性という特殊性に照らして、消費者保護法の趣旨は、更新後の契約にも及ぼすべきだと解釈しております。

本事例は、消費者契約法の施行後に合意更新が為されたケースですが、上記判断理由によりますと、法定更新のように合意によらない更新のケースでも、消費者保護法を適用すべきとの判断を下しているように思われます。この点は、法律の不遡及の原則からすれば、だいぶ思い切った解釈のように思われ、学説上は賛否が分かれるところかもしれませんが、消費者契約法の趣旨を現行の賃貸借契約に反映させる点を特に重視した判決例と言えます。

2 消費者契約法第10条の適用

 これまで、事業者と消費者の間には交渉力と情報に大きな格差があるため、消費者が不当な契約を強いられるといった批判がありました。消費者契約法は、この格差を是正し、消費者を不当な契約から守る目的で定められた法律です(消費者契約法の詳細は、本誌第17回で詳しく説明しております)。消費者契約法は、契約当事者の一方が「事業者」で他方が「消費者」である契約に適用されます。

そして、消費者契約法第10条では「消費者の権利を制限し、又は、義務を加重する消費者契約条項であって、民法第1条2項(信義誠実の原則)に反して、消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする」と定めております。

 本裁判例では、本事例に消費者契約法第10条を適用した理由として、

①賃借人が、賃貸借契約の締結に当たって、明け渡し時に負担しなければならない自然損耗等による原状回復費用を予想することは困難であること(したがって、本件のように賃料には原状回復費用は含まれないと定められていても、そうでない場合に比べて賃料がどの程度安いのか判断することは困難であること)

②本件の契約書では、原状回復費用の単価は契約書に明示してあるが、建物明け渡し時に具体的にどの部分のどのような面積を原状回復しなければならないのか予測が困難であること、

③よって、賃借人は、賃貸借契約締結の意思決定に当たっての十分な情報を有していないこと、

④本件のような集合住宅の賃貸借において、入居申込者は、賃貸人または管理会社の作成した賃貸借契約書の契約条項の変更を求めるような交渉力は有していないから、賃貸人の提示する契約条件をすべて承諾して契約を締結するか、あるいは契約しないかのどちらかの選択しかできないこと、

  ⑤これに対し、賃貸人は将来の自然損耗等による原状回復費用を予想することは可能であるから、これを賃料に含めて賃料額を決定し、あるいは賃貸借契約締結時に賃貸期間に応じて定額の原状回復費用を定め、その負担を契約条件とすることは可能であり、また、このような方法をとることによって、賃借人は、原状回複費用の高い安いを賃貸借契約締結の判断材料とすることができること

を挙げ、自然損耗等による原状回復費用を賃借人に負担させることは、契約締結に当たっての情報力および交渉力に劣る賃借人の利益を一方的に害するものといえ、本件原状回復特約は消費者契約法10条により無効であると判示しております。

 本裁判例では、特に、建物明け渡し時の原状回復費用がいくらかかるのか、賃借人には、具体的に予測困難であることを重視し、同法の適用を認めているようです。

  これまでの裁判例でも、通常の居住用建物の事例における原状回復義務の特約条項(「契約時の原状に復旧」等の文言を使用)の解釈として、原状回復の義務付けられた損害に自然損耗等が含まれないとし、契約条項の制限解釈をした裁判例は、川口簡易裁判所平成9年2月18日判決(消費者法ニュース32号80ページ)、大阪高等裁判所平成12年8月22日判決(判例タイムズ1067号209ページ)他多数があり、裁判例の一般的な傾向にあると言えました。

 しかし、本事例のように、明文の条項をもって、自然損耗等についての原状回復義務を賃借人に負担させている場合、契約条項の解釈論としては限界がありました。本裁判例は、そのような中で消費者契約法の適用により正面から「自然損耗等についての原状回復義務を賃借人に負担させる」条項を無効とした点で、注目される裁判例です。

3 本裁判例の意義及び賃貸人としての今後の対応

 あくまで下級審レベルでの裁判例であり、最高裁判例とは異なります。 もっとも、最高裁のホームページでも紹介されているところを見ると、実務上は先例としての意義はそれなりに大きいと思われます。

 今後、賃貸人側としては、通常損耗や自然損耗について契約書の条文で賃借人負担とすることを明記しても、消費者との賃貸借契約では無効とされる可能性が十分にあることを考えなければなりません。

 したがって、賃貸人としは、通常損耗や自然損耗のリフォーム費用については毎月の家賃からの費用回収を前提に家賃設定をすることなどを考えなければならなくなる時代になったと言えるでしょう。

 あるいは、上記裁判例の理由⑤で示されているように、消費者契約法第10条が適用されないような契約書の記載方法としては、例えば、通常損耗分等として賃借人が負担する原状回復義務の履行費用を、居住年数に応じて「使用期間1年の場合金○○円」とするなど契約書上明記しておく方法が考えられます。このように負担金額が明記されていれば、消費者は退去時の費用負担を具体的に予測して契約を締結できることになりますから、上記裁判例で強調している①②の理由は当てはまらなくなりますし、上記裁判例でも、このような契約方法であれば、消費者契約法第10条の適用を避けられることを示しているように思われます。

 したがって、上記のような方法で退去時の費用負担額を具体的に明示していること、賃借人の負担金額も不合理ではない控え目な金額に止めていること、退去時の費用負担について分かり易い丁寧な説明を履行し確認書を別途取っておくこと、などの契約手続きをとっていれば、消費者契約法第10条により無効とされることもないと思われます。また、退去時のトラブルを避けるという意味でも有意義ではないかと思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.09.30更新

重要事項を告げなかった場合の宅建業者の責任

 

 

(事例)

 ある不動産業者は「海がよく見えるマンション」という売り出し文句で広告を出していた。そこで、海がよく見えるという点が気に入った買い主は、そのマンションの9階1部屋を不動産業者から購入した。

 しかし、その6ヶ月後には当該マンションの直ぐ隣に13階建てのマンションが完成し、購入者の9階の部屋からは海が全く見えなくなりました。

 このような場合不動産業者にはどのような責任が生じるのでしょうか。

(回答)

1 錯誤無効による契約無効

  民法95条の錯誤無効とは、例えば買主がA物件を買おうと思っていたが勘違いしていてB物件を買ってしまった場合や代金100万円だと思って契約書にサインしたがそれは勘違いで契約書100万ドルとなっていた場合等、契約条項は正しいのだけれども自分が勘違いしていたためその物件やその代金で買うつもりはなかった場合に、その勘違いに重大な過失がない場合には、契約を無効に出来るというものです。

  この点、「海がよく見える」というのは契約を締結した動機でありますので、このような動機の錯誤では、原則としては、錯誤無効の主張はできません。

  しかし、このような契約の動機が契約上表示されている場合には、錯誤無効の主張ができます。

  本件では、「海がよく見えるマンション」が売り出し文句として広告されています。従って、海がよく見えるから購入したという契約の動機は、契約上明示的若しくは黙示的に表示されていると解釈されると思われます。

  そうすると、民法95条による錯誤無効の主張も可能になります。

  契約が無効になりますと、不動産業者は、売買代金を全額購入者に返還することになります。購入者は、「現に利益を受ける限度」において当該マンションを返還すれば足りますので、当該不動産を既に何ヶ月か利用していても、そのままの状態で不動産業者に返還すればよいことになります。

2 消費者契約法第4条1項又は同条2項による契約取消

  消費者契約法第4条1項は「重要な事項について事実と異なることを告げた」場合、又、同条2項は「重要な事項について当事者の不利益となる事実を故意に告げなかった場合」には、契約を取り消すことができるとしております。

  本件では、購入後6ヶ月しか経っていないのに隣にマンションができて海が見えなくなるということは重要な事項で、かつ、消費者に不利益な事項ですので、このようなマンション建設計画を不動産業者が故意に告げなかった場合には、同条2項による契約取り消しの対象になります(なお、裁判例はまだ出ておりませんが、同条の趣旨からすれば、本件のマンション建設計画のように不動産業者が当然に調査し知り得べき事実については、「故意に告げなかった」場合だけでなく「重要な不利益事実の調査に重大な過失があり、これにより当該重要な不利益事実を告げなかった」場合にも同条が類推適用される可能性が高いと思われます)。

  また、「海がよく見えるマンション」であることは契約上「重要な事項」にあたりますので、これが6ヶ月後に隣にマンションができて海が見えなくなったならば事実と異なることを告げたとも評価されるものと思われます。従って、消費者契約法第4条1項に言う「重要な事項について事実と異なることを告げた」にも該当すると思われます。 

  なお、民法95条による錯誤無効の場合、不動産業者としては、「広告ではうたっていたとしても、そのことは契約書上では表示されていないから動機の表示は為されていない」と反論することや、又、購入当時としては海が見えることを売り物にしていたとしても、購入後も永遠に海が見えることまでを保証してうたっていたわけではないと反論することが考えられます。

  しかし、消費者契約法によると、上記のような反論は成り立ち難くなるでしょう。

     ただし、消費者契約法による取り消し権の行使期間は、契約の追認をすることができる時(本件では13階建てのマンション建設を知ったとき)から6ヶ月以内と法定されていますので、取り消し権の行使期間には注意が必要です。

3 重要事項説明義務違反による損害賠償責任

    宅建業法35条は、宅建業者に重要事項の説明義務を課しておりますが、同法35条に掲げられている重要事項は例示列挙でありますので、この他にも当該不動産取引において説明すべき重要な事項がある場合にはこれを調査し説明する義務があります。

  本件では、「海がよく見えるマンション」を売り物にしていた以上、当該マンション前の土地で13階建てのマンション建設工事が計画されているという点はまさに重要事項ですから、宅建業者はこの事実の有無を積極的に調査した上これを購入者に説明する義務があります。

  従って、これを怠った宅建業者は、消費者から契約の取り消しや無効までもが主張されなくとも、重要事項の説明義務違反として、損害賠償の責任を負います(なお、購入したマンションの前の平屋建ての建物が取り壊され2階建ての建物が建設されたことでマンションの1階、2階の区分所有者に日照等の被害が生じた事例で、販売業者の説明義務違反が認められた裁判例として東京地裁平成13年11月8日があります)。

  次に、本件の場合の損害額としては、財産的価値が客観的に減少した分の損害として、海が見えるマンションであった場合の評価額と海が見えないマンションであった場合の評価額の差額が考えられます。

  この他に、購入者が海が見えなくなったことによる精神的苦痛を慰謝料として請求できるかという問題もあります。

  この点、通常の不動産取引における説明義務違反事例では、客観的な財産的価値の減少の損害の他に慰謝料までが損害として認められるかというと、不動産業者の当該説明義務違反の程度や当該説明義務違反の悪質性にもよりますが、慰謝料までは認められないか、仮に、認められても少額にとどまるというケースが一般的であると思われます。

  しかし、本件のように海が見えるマンションを売り物にしており、購入者もこの点が特に気に入って購入したという事例の場合には、本来であれば契約取り消しや契約無効の主張までもが可能な事例ですので、この点も考慮すると、慰謝料の支払いも認められる可能性が高いでしょう。

4 以上のように、専門業者の責任は重く、消費者の保護は厚くというのが近時の法律や裁判例の流れとなっております。

  不動産業者としても、このような流れを踏まえて、消費者への説明責任には十分に配慮することに注意を払う必要があると思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.09.24更新

借地人の借地権譲渡に対する地主の対抗手段

 

 

(質問)

 この度、借地人Xから借地権を譲渡したいので承諾して欲しいとの申し入れを受けました。借地権の譲受人は、現在、借地上の建物をXから借りて住んでいるYです。

 しかし、借地人Xは、かねてから地代の滞納を繰り返していた人物なので信用できません。Yも近所の評判も芳しくなく、いわゆるフリーターで定職に就いていないと言う話ですので、地代をきちんと支払ってもらえるか心配です。

 そこで、私は、借地権の譲渡には承諾できないとXの申し入れをお断りしたのですが、Xは「裁判所に申し出れば、少々の承諾料を支払えば、借地権譲渡は許可される」と言って強気です。

 私としては、この借地権譲渡にはどうしても反対で、できることならば、この際、借地権をXから買い取り、現在の借地を私の完全な所有(更地)にした上で、売却したいと考えております。

 このような場合、地主側としては、どのような対抗手段があるのでしょうか。

 

(回答)

第1 借地権譲渡許可の申立

1 借地権は地主の承諾がないと譲渡できないのが原則です(民612条1項)。借地人による借地権の無断譲渡は契約の解除事由になります。

 しかし、地主が承諾しない場合でも、借地権者が借地権の目的である土地の上の建物及びその土地の借地権を第三者に譲渡しようとする場合、その第三者が借地権を取得しても地主に不利となるおそれがない場合には、借地権者は、裁判所に対し、地主の承諾に代わる許可の申立てをすることができます(借地借家法19条1項)。

2 「第三者が借地権を取得しても地主に不利となるおそれがない場合」とは、どのような場合かと言いますと、例えば、借地権の譲受人が暴力団員である場合、譲受人が産業廃棄物を扱う業者で借地に産業廃棄物を搬入し埋め立ててしまうことが予想される場合、地代の支払に不安が認められるような客観的な事由がある場合、などが挙げられます。

しかし、このような事情の立証は実際上は地主側が行わなければならず、その立証はかなり大変です。また、本件のように単にフリーターであると言うだけでは、地代の支払に不安が認められる「客観的な事由」があるとは必ずしも認められないでしょう。

3 第三者が借地権を取得しても地主に不利となるおそれがない場合には、譲渡承諾料の支払いと引き換えに、譲渡が認められてしまうことになります。

 この場合の譲渡承諾料は、借地権付建物の価格の10%程度です。建物が老朽化している場合には建物価格は0円に等しいと考えられますので、借地権価格(場所により異なるが更地価格の6割~7割)の10%程度と考えてよいでしょう。

第2 地主の介入権

 しかし、このように借地人から地主の承諾に代わる裁判所の許可の申立てがなされた場合は、地主は、建物及び借地権を優先的に自分が譲り受ける旨を裁判所に申し立てることができます(借地借家法19条3項)。これを介入権の行使と言います。

 この地主による介入権が行使されると、地主の譲受権が優先し、裁判所は、相当の対価を定めて地主に対する譲渡を命ずることになっています。

 そして、この相当の対価は、裁判所の選任した鑑定人で構成する鑑定委員会の意見に基づいて定められております。

 なお、介入権行使の対価は、借地権価格からその10%を差し引いた金額をもとに決められます。これは、借地権譲渡の承諾料は、前述のように借地権価格の約10%であり、第三者が借地権付建物を取得した場合、当然その承諾料は地主が取得できたはずであることから、借地権価格の10%を差し引いた金額とされているのです。

 以上のように、借地人による地主の承諾に代わる裁判所の許可の申立てがなされた場合には、地主が介入権を行使して借地権を自分で買い取ることができますので、本件でもXが裁判所に申し立てた場合、介入権の行使を対抗手段に取ることができます。

 なお、裁判所を介せず地主と借地人との交渉で、地主が借地人から建物を買い取る場合も、通常の借地権価格から借地権価格の10%を差し引いた金額を目安に買取金額を決めることになるでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.09.18更新

借地借家更新拒絶と正当事由

 

 

借地契約の契約期間の満了により地主から明け渡しを求められているのですが

(質問)

 私は、現在借りている土地に建物を建てて飲食店を経営しておりますが、先日、地主から借地の賃貸借契約の期間が満了するとして、土地の明け渡しを求められました。

地主は、明け渡しの理由として、当該土地を更地にして賃貸目的のビルを新たに建設する予定であると述べております。

私としては、相当額の補償があれば、立ち退きはやむを得ないと思っておりますが、地主側は、自己使用の必要性に基づく契約の更新拒否なので、立退料を支払う必要はない、多少の金額なら支払っても良いがそれも判子代程度に過ぎないと言っております。

法的にはどうなのでしょうか。

(回答)

 借地法4条、借地借家法5条では、賃借人が土地の使用を継続しているにも関わらず、賃貸人側が更新を拒否するには「正当な事由」がなければならないとしております。

 「正当な事由」とは、一般に、賃貸人側が借地を自己使用する必要性の程度と借地側の自己使用の必要性の程度の比較衡量を中心的な判断要素とし、補完的な判断要素として、賃貸借関係に関する従前の経緯(賃料の滞納の有無など信頼関係を傷つける事情があったか、権利金・更新料などの支払いの有無、これまで賃料額が相場からして低く押さえられていたかなど)、土地の利用状況(借地上の建物老朽化の程度、周囲の土地でも高層ビルが建設されるなど土地の有効利用がされているか)、財産的な給付の有無・その金額の相当性(立ち退き料の提供金額)などを総合考慮して、決められます。

 もっとも、殆どのケースでは、賃貸人が土地を自己使用する必要があるというだけでは正当事由ありとは認められず、相当額の立ち退き料の支払いと引き替えに、正当事由があると判断されます。

もちろん、賃貸人側の自己使用の必要性があまり高度とは言えないケースでは、いくら立ち退き料の支払いを提供しても正当理由がないと判断される場合もあります。

なお、当事者間で合意がまとまらない場合には、借地非訟事件手続きで、裁判所が正当事由の有無の判断や幾らの立ち退き料の支払いがあれば正当事由ありとして土地の明け渡しを認めるかを判断します。

 そこで、幾らをもって立ち退き料として相当な額と認められるのかですが、これは、前記のような事情を総合考慮して決められます。賃貸人側の自己使用の必要性が不可欠であり、賃借人側の必要性が乏しいとして立ち退き料がゼロとなるケースから、借地権価格相当額を立ち退き料とするケース、借地権価格の何割かを立ち退き料と認めるケース、他の代替地の購入相当資金を立ち退き料と認めるケースなど事案の性格に応じて個別的に判断されます。

例えば、賃借人側が借地の使用を継続する必要性としては、当該借地で長年事業を営んでおり他に土地を所有していない場合には、賃借人の使用の必要性は高いと言えるでしょう。これに対して、賃貸人側の事情としては、例えば、単に土地を有効利用して収益を上げたいという場合や相続税の支払い、物納に充てたいという場合には自己使用の必要性が高いとは言えないでしょう。従って、このような場合、過去の裁判例に照らすと、正当事由があると認められるとしても、借地権価格相当額(通常は更地価格の60%~80%)の立ち退き料の支払いと引き替えに土地の明け渡しが認められる場合が多いと思われます。

本件につきましても、相当額の立ち退き料が支払われてしかるべき事案ですので、専門の弁護士等に相談することをお勧めします。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.09.10更新

借家契約に際しての注意点

 

 借家契約の成立後に貸主と借主との間で生じる様々な問題の中には、契約当初予想し得なかったものもあるでしょう。しかし、ある程度予想し得たものも少なからずあると思われます。予想できるものについては、その対応策を予め借家契約に盛り込むことが必要と考えます。以下では対応策として有効と思われるものについてご説明致します。

1 賃料相当損害金について

 契約が終了した後も借主が退去しないという問題については、借家契約の中に、通常の賃料よりも高い「賃料相当損害金」を盛り込むことで、借主に対し、「退去が遅れると高い損害金を払わなければならなくなる」という意識を持たせることが可能となると思います。なお、損害金としては、(あまり高額ですと公序良俗に違反する可能性もありますので)賃料の3倍程度が宜しいかと思います。

2 契約終了時の残置物の処分について

 契約終了後、什器物、備品等を残したまま借主が出て行ってしまうことがあります。このようなケースでは、貸主は、一日も早く残置物を処分したいが、他方、処分すると旧借主から残置物の所有権侵害を理由に賠償請求等を主張されるのではないかという問題に直面します。そこで、残置物の処理で悩むケースについては、「賃貸借契約終了時に、賃貸物件内に残された什器、備品類等一切のものについては、賃借人はその所有権を放棄したものとみなす」などの「残置物の放棄条項」を盛り込むことが有効かと思います。

3 蒸発をした際の対応について

 借主が蒸発してしまった場合、貸主は、適当な時期に契約を解除して、新たな借主を探すことを希望するでしょうが、契約解除の通知方法等で迷うことががあります。

(1) このような「借主の蒸発」に対しては、契約解除がしやすくしておくのが宜しいかと思います。具体的には、

①借主が長期不在の場合にはその旨賃主に対し通知する義務を課し、通知せずに長期不在、かつ、家賃の滞納のある場合には貸主の借主に対する契約解除の通知義務を免除する

②通知せずに長期不在、かつ、家賃の滞納のあるの場合は、借主が借家権を放棄したものとみなすことができることにする

③契約解除の通知方法は「発信主義」をとる(民法の原則は「到達主義」です)

等の条項を盛り込むことがよいかと思います。なお、①②については、慎重な運用が必要と思われます。

(2) なお、所在不明の借主との契約について、裁判所で「解除」を認めて貰おうとする場合があります。

この場合、旧民事訴訟法では、①裁判を起こす前に、裁判外で「公示送達」による契約解除の意思表示をする②①を経た上で、裁判所に対し、契約解除を求める裁判をおこすという2段階の手続を経る必要がありました。

 しかし、新民事訴訟法(法113条)では、訴状で契約解除の意思を明らかにすれば(換言すると「裁判手続の中で契約解除の意思を明らかにする」ということです)、事前に裁判外で公示送達による契約解除の意思表示をしなくともよくなり、契約解除が迅速に行えるようになりました。

4 期間内解約について

 借主が契約後期間満了前に解約することにより、貸主側が物件に対する投資を回収できないことがあります。このような貸主の不利益に対する対応策としては、

①期間内解約自体を制限する

②期間内解約については違約金を徴収する

③解約予告期間を長期にする

等が考えられます。

5 その他

(1) 連帯保証人について

(後日の紛争を回避するために、念のため)連帯保証人は、契約更新後の債務についても、継続して連帯保証責任があることを明確にしておくことが宜しいと思います。

(2) 裁判について

  借主に対し賃料不払い等の裁判を起こした場合を想定して

①貸主の住所地を管轄する裁判所を、「専属的裁判管轄」或いは「追加的裁判管轄」に定めておく

②「弁護士報酬等訴訟費用については敗訴者の負担とする」等の弁護士費用敗訴者負担条項を定めておく

ことも有効なことではないかと思います。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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