弁護士 秋山亘のコラム

2019.06.24更新

少額訴訟制度の利用法

 

1 少額訴訟制度の概要

(1) 近時、裁判の簡易・迅速化の要請がさけばれております。

   このような要請は、裁判を提起して時間をかけてまで回収すると、費用倒れになってしまうような請求額が比較的少額な事件においては、特にあてはまると思います。

 また、弁護士に依頼することなく、当事者本人でも訴訟を提起できるよう手続きの簡易さが必要な場合もあると思われます。

 そこで、今回は、裁判手続きの一種として、裁判の慎重さよりも簡易迅速さを重視し、また、当事者本人でも裁判を行えるよう簡易裁判所が種々の工夫をしている少額訴訟制度をご説明したいと思います。

(2)  少額訴訟は、原則として1回の期日で審理を終え、直ちに判決の言渡しがなされるという簡易・迅速な裁判手続きの一種です。

 従って、逆に、争点が多い事件、立証が難しい事件、複雑な事件を審理するのに少額訴訟は向いておりません。

    少額訴訟に適した事件としては、契約書等の証拠書類が揃っている貸金返還請求訴訟、滞納家賃の支払請求訴訟、敷金返還請求訴訟等であるといえます。

2 少額訴訟制度の手続・要件

(1)  少額訴訟における請求金額は金60万円以下でなければなりません。

     平成16年4月1日からこれまでの請求金額30万円以下という要件が上記60万円以下という要件に引き上げられました。 

     なお、ここにいう請求額とは遅延損害金を含まない元本金額を言います。

(2) 当事者は、原則として、第1回の期日までにすべての主張や証拠を裁判所に提出しなければなりません。また、証拠調べは、期日にすぐに取り調べることのできる証拠に限ってすることができます。

  従って、当事者は、裁判期日までにきちんと契約書や領収書などの証  拠書類や証人などの準備を整えていなければなりません。

(3) 被告が少額訴訟での裁判に同意しない場合には、通常訴訟に移行します。

  また、被告が判決に異議を申立てたときも通常訴訟に移行します。

 前記のように、この訴訟は原則1回の裁判で審理を終えますから、きちんとした反論をしたいが準備が整わないといった被告の立場では、第1回の裁判期日で通常訴訟への移行を主張するべきでしょう。

(4)  裁判所は、被告の支払能力・資力等を考慮して、一括払いではなく分割払いの支払を命ずる判決を言い渡すことができます。原告は、この分割払いの判決に対する異議は申立てられません。

(5) 少額訴訟の訴訟費用は、訴状に貼る若干の印紙代(請求額30万円の訴訟でも3,000円)と若干の郵便金手代がかかるのみです。

  従って、訴訟の提起自体は、低額の費用ですることが可能です。

3少額訴訟に必要な準備

(1) 少額訴訟といっても、訴状の提出や証拠書類の収集・提出は、当事者本人の責任で行う必要があります。その意味では通常の訴訟とは異なるものではありません。

  それも、原則1回の審理で終る裁判期日までに全ての証拠書類を整理して提出しなければなりませんので、周到な準備が必要なことは言うまでもありません。

(2) 例えば、賃貸人が賃借人に対し滞納家賃30万円の支払を求めて訴訟を提起する場合には、①賃料が月額何円であったか、②賃料の支払日は毎月いつになっていたか、③賃借人は何月分から何月分までの家賃を滞納しているのかを訴状において特定して主張しなければなりません。 

  また、①②の主張を立証するために賃貸借契約書が必要です。

  これに対し、③の家賃滞納の事実については、むしろ賃借人の方が賃料を弁済したという事実を領収書等によって立証する責任がありますので、賃貸人側が賃借人の滞納の事実を積極的に証明する必要はありません。

(3) また、賃借人からの敷金返還請求訴訟では、原状回復費用の敷金からの控除をめぐって紛争になるケースが多くあります。

  このような原状回復費用の控除の主張については、賃貸人側が主張・立証する責任があります。

  従って、賃貸人は、まず、原状回復工事・費用の明細書、領収書等を提出するなどして、原状回復費用の金額を立証しなければなりません。

また、住居用の賃貸アパートの場合には、たとえ賃貸借契約書に「原状回復費用を賃借人の負担とする」旨の条項があったとしても、原状回復費用を賃借人に負担させることができるのは「賃借人の故意・過失による毀損」の場合でなければなりません。

部屋の損耗・毀損状況が通常の使用により生ずるような自然損耗による場合には、いままでに支払われてきた賃料の中で賃貸人側が負担すべきものとされます(詳しくは、本稿第2回及び第18回の原稿を参照して下さい)。

そこで、部屋の毀損状況が通常の使用によるものではなく、「賃借人側の故意・過失」によることを立証するために、退去時の部屋の状況を写した写真を提出するなどして立証する必要があります。

(4)  次に、訴状の書き方ですが、貸金返還請求訴訟や滞納家賃の支払請求訴訟などの場合には、訴状の定型書式が簡易裁判所に置いてありますので、これを利用すると良いでしょう。

 また、訴状の書き方や提出が必要な証拠書類などについても、簡易裁判所の書記官が指導してくれますので、事前に簡易裁判所に赴き相談すると良いでしょう。

 もっとも、裁判所書記官は、公正な第三者的な立場での指導にとどまりますので、訴訟に勝つための方策の相談については、弁護士に相談されるのがいいでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.06.17更新

賃貸アパートにおけるペット飼育の法律問題

 

(質問)

1 賃借人が賃貸人に無断で犬を3匹も飼っています。しつけも悪く、アパートの内外で糞尿の汚れもひどく、夜鳴きもうるさいなど同じアパートの人たちからも苦情が来ています。

賃貸借契約書には「賃借人は、猛獣、爬虫類、犬、猫等の動物を飼育してはならない」との条項があります。

このような場合賃貸借契約を解除することができるでしょうか。

2 また、上記のような条項がない場合にも賃貸借契約を解除することができるでしょうか。

 

(回答)

1 質問1について

  (1) ペット飼育禁止特約の有効性

裁判例はこのようなペット飼育禁止特約の有効性を認めております。 確かに、個人の空間で他人に迷惑をかけずにぺットの飼育をするならば問題はないようにも思えますが、たとえその飼育マナーが良い場合でも、共同住宅においてはペットの飼育そのものに嫌悪感を抱く方もいること、ペットの飼育それ自体により建物の傷み具合が進行すること、飼主にとっては気にならない鳴き声・抜け毛など有形無形の迷惑が生じている場合も往々にして認められることなどから、一律に犬・猫等のペット飼育の禁止をうたう特約も有効とされています。

(2) 契約解除の可否

 次に、ペット飼育特約が有効であり、それに違反してペットの飼育が為された場合に直ちに契約解除までできるかというと、必ずしもそうではありません。

裁判例は、賃貸借契約を解除するには、客観的に見て、賃貸人と賃借人との間の信頼関係が破壊されたと言えるような場合でなければならないとしております。

たとえば、ペットの飼育により本件のような迷惑行為が現に行われている場合、賃貸人がペットの飼育をやめるよう再々に渡り催告したにもかかわらずこれをやめない場合には、信頼関係が客観的に見て破壊されたと言えるでしょう。

逆に、ペットを飼育していることが判明したが、近隣への目立った迷惑行為もみられず、建物のペットによる損耗も預け入れ敷金による補修費の控除で十分に賄える程度の軽度の損耗しか認められない場合においては、賃貸人の催告によって賃借人が速やかにペットの飼育をやめれば、契約解除まで認めるのは難しいでしょう。

 

2  質問2

 (1) ペット飼育の可否

ペット飼育禁止特約がない場合には、猛獣や毒蛇等の危険動物の飼育は別として、犬猫等の動物の飼育それ自体は原則として禁止されるものではありません。

契約後に賃貸人が一方的に犬猫の飼育を禁止することはできません。

(2) 用法遵守義務

しかしながら、賃借人は、特約がなくとも、「契約又はその目的物の性質に因りて定まりたる用法に従いその物の使用及び収益を為す」という義務(民法594条、616条)、すなわち「用法遵守義務」があります。

したがって、この用法遵守義務がから、賃借人であるペット飼育者にも、ペットの飼育をするにしても守らなければならない一般的な社会的ルールの履行が求められます。

具体的には、飼主には、糞尿の始末をきちんとする、ペットが夜鳴きなどをしないようしつけをきちんと施す、場合によっては動物病院で治療やその他の夜鳴き防止の処置をするなど、ペットの飼育により近隣に迷惑を及ぼさない義務、建物に通常の使用を超えるような損耗をさせない義務があります。

 そして、この義務に違反し、その義務違反の程度も、本設例のように著しい場合には、賃借人の用法遵守義務違反が認められるでしょうし、また、その義務違反により賃貸人との信頼関係も破壊されたとして、契約解除が認められるでしょう。

 なお、裁判例(東京地判昭和62年3月2日・判時1262号117頁)においても、ペット飼育により著しい迷惑行為があった事案では、ペット飼育禁止特約が設定されていない場合でも、上記の用法遵守義務違反と信頼関係の破壊を認定し、契約解除を認めたものがあります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.06.10更新

通行地役権の対抗問題

 

<質問>

 私は、袋地Xを所有しており、そこに建物を建てて住んでおります。袋地ですので、隣地の所有者Aからは、玄関から公道までの通路Yに対し、通行地役権の設定を受け、長らく使用してきました。

 ところが、隣地の所有者が亡くなり、遺産相続が行われ、その土地が第三者Bに譲渡されてしまいました。譲渡された土地には、通行地役権が設定されている前記の通路Yも含まれております。

その後、土地を譲り受けたBから通路部分の明け渡しを求められました。私は「前所有者Aから通行地役権の設定を受けている。」と主張しましたが、Bからは「通路Yの土地も含め、所有権移転登記を受けている。あなたは通行地役権の登記をしていないから、通行地役権を第三者の私には対抗できない。」と主張されてしまいました。

私としては、こんなことになるとは思ってもいませんでしたので、確かに通行地役権の登記はしていませんでした。Bからの通路の明け渡し請求には応じなければならないのでしょうか。

<回答>

1 通行地役権は、当事者間の合意によって設定することができる物権の一つですので、登記をすることができ、登記をした場合には第三者に対抗することができます(この点において、当事者間の合意により、通路の使用を認める債権的な合意としての通行権とは異なります)。

 したがって、原則としては、登記をしていない以上、通行地役権が設定された通路部分Yの新所有者Bに対して、通行地役権の主張をすることはできません。

2 しかし、通行地役権については、日本の現状として登記までは行われていない場合が多々あり、また、現地を見分すれば通路として利用されていることが容易に分かる場合がほとんどです。そして、土地が狭い日本においては、登記がないという理由だけで、通行地役権を対抗できないとすると、建物所有者の生活の場が奪われるなど理不尽ともいえる混乱が生じてしまいます。

 そこで、最高裁平成10年2月13日(判時1633号74頁)は「譲渡の時に、右承役地(本件では通路Y)が要役地(本件では袋地X)の所有者によって継続的に通路として使用されていることがその位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ、譲受人がそのことを認識していたか、または認識することが可能であったときは、譲受人は、通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても、特段の事情がない限り、地役権設定登記の欠缺を主張することについて正当な第三者に当たらない」と判示して、新所有者は通路部分の明け渡しを求めることが出来ないとしました。なお、民法上は、通行に供される通路部分Yを「承役地」、通行の利益を受ける袋地X部分を「要役地」といいます。

 上記最高裁判例は、要するに、通路部分の土地を買った第三者は、通行地役権の登記がなされておらず、また、当該通路部分に通行地役権が設定されていることを知らなかったとしても、当該通路の形状等から継続的に通路として使用されている状況が客観的に容易に分かる場合には、通路部分の明け渡しを求めることはできないとしたものです。

3 したがって、本件においても、通路部分Yが袋地Xのための通路として継続的に使用されており、そのことが通路の形状等から容易に分かる場合には、Bからの明け渡し請求に応じる必要はないことになります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.06.03更新

宅建業者の報酬請求権

 

1 質問

(1)不動産の仲介を依頼した依頼者が、宅建業者が紹介した者と直接契約をした場合に、宅建業者は依頼者に対して報酬請求できるのでしょうか。できるとしていかなる根拠に基づいてできるのでしょうか。

(2)また、依頼者が自ら若しくは他の宅建業者を通じて契約を結んでしまった場合に、依頼を受けた宅建業者が自己の仲介行為に対して報酬を請求できる場合はあるのでしょうか。

(3)中間業者として不動産仲介に関与したのですが、元付業者が報酬を支払ってくれません。元付業者の依頼者には直接手数料を請求できますか。

2 (1)宅建業者が紹介した者と依頼者が直接取引した場合

 不動産業者と依頼者が行う媒介契約は、

 ①不動産業者の仲介に因り、

 ②その紹介した者と依頼者が契約を締結したこと、

 を条件に報酬請求権が発生するもので、民法上の停止条件付きの報酬支払契約に該当します。

 従って、依頼者が手数料の支払いを免れるために不動産業者との媒介契

約を解約し、その後直接取引をした場合には、故意に条件成就を妨げたこ

とになりますので、民法130条により、条件が成就したとみなして報酬

請求ができます。

 但し、業者の交渉が全くの失敗に終わっていたが、その後依頼者が直接交渉をしたことに因って直接契約がうまくいったという場合には、不動産業者の仲介と契約締結との間に因果関係が欠けるとして、報酬請求権が発生しない場合もあるでしょう。上記因果関係が欠けるか否かは、不動産業者が行っていた交渉の内容と依頼者が直接取引をした契約内容を比較して、両者に契約の本質的内容に大差がないかどうかを中心に、その他不動産業者が行った契約交渉の期間、依頼者が当該不動産業者を廃除した経緯、理由等を加味して判断することになります。               なお、不動産業者が依頼者と媒介契約を締結したが(宅建業法34条の2で書面化が必要)、不動産業者の報酬請求権について、明確な取り決めが為されない場合があります。

 このような場合にも、商法512条を根拠に報酬請求権は発生しますが、この場合に報酬を訴訟で請求する場合には、必ずしも宅建業者の報酬の上限金額(400万円超が3%等)がそのまま認められるわけではありません。これを上限として不動産業者の貢献度に応じた客観的相当額を裁判所が認定することになりますから、宅建業者の貢献度によっては思った以上に低い金額になる場合もあります。

3 (2)依頼者が自ら若しくは他の宅建業者を通じて契約締結をした場合     不動産媒介契約には、①依頼者が他の業者にも媒介を重ねて依頼できる一般媒介契約、②他の業者には媒介依頼を禁ずる専任媒介契約、③専任媒介契約には、更に依頼者が自分で取引相手を見つけて取引することを許さない特約を設けた専属専任媒介契約の3種類の契約があります。このうち②③の形態は、依頼者に対して厳格な説明義務があり、これを怠ると契約自体が無効になる可能性があります。

  さて、質問の件ですが、②の専任媒介契約を締結した場合には、依頼者は他の業者へ依頼することはできず、他の業者が紹介した者と契約締結をしても、依頼者は専任媒介契約をした不動産業者に対して媒介契約上の報酬を別途支払わなければなりません。ただし、不動産業者が行っていた媒介行為の程度によっては報酬金額は減額される場合もあります。

  また、③の専属専任媒契約をした場合にも、自らが見つけた者とも契約締結できず、その者と契約締結しても媒介契約上の報酬を別途支払わなければなりません。

  これらに対して①の一般媒介の場合は、依頼者が買主を自ら見つけて契約締結ををすることは禁止されません。

  もっとも、不動産業者の努力によって売買契約成立の一歩手前まで来ていたのに、売り主が第三者と直接取引してしまった場合に、売主の行為は信義則に反するとして、前記の民法130条ないし民法648条3項に基づき報酬請求権の一部を支払を命じた裁判例もあります。

4 (3)中間業者の報酬請求権                      元付業者に情報提供をするなど中間業者として不動産仲介に関与した場合には、元付業者の依頼者(以下「依頼者」といいます)と直接的には媒介契約を締結しておりません。

  従って、依頼者に対して直接に報酬を請求できないのが原則です。そして、この場合中間業者は、元付業者との契約(この場合にも中間業者の報酬金額を書面で明記しないと紛争の元になるでしょう)に基づいて元付業者に対して報酬請求をするしかありません。        

  もっとも、中間業者が仲介行為に積極的に関与しており売買契約成立への貢献度が特に高いと認められる場合には、商法512条を根拠に依頼者に対する直接的な報酬請求権を認めた裁判例もありますが、極例外的なケースに限られると考えてよいでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.05.27更新

定期借家権

 

1 はじめに

 既に存知の方も多いとは思いますが、平成11年12月、「良好な賃貸住宅等の供給の促進」を目的とし、借地借家法が一部改正され(平成12年3月1日施行)、新たに「定期借家権」という制度が成立しました。

 従来は、一度建物を賃貸すると、家主は、借地借家法上の「正当事由」がないと更新拒絶ができないとされ、また、その「正当事由」の認定も多くのケースで立退料が必要であるなど大変な厳格な要件であった為、建物を貸すことをためらわれる家主が多くおりました。

 特に、「期限を限定してその期間だけ貸した後は無条件で建物を返してもらいたい」という家主にとって、従来の借地借家法はいくぶん借家人保護に厚すぎたた面があったため、使い勝手の悪い法律になっていたと言えます。

 今回の改正法は、「賃貸期間の経過後は無条件で建物を返してもらいたい」という家主でも、ためらうことなく建物を貸し出すことができ、結果的に、「良好な賃貸住宅等の供給が促進」されることを期待して制定された法律です。

 ただし、借家人にとっては、更新ができない、途中解約が制限されるというデメリットもありますから、借家人側の仲介をするときは、このれらの点についての十分な説明が必要です。

 そこで、今回は、今後ますます利用されるであろう定期借家契約について、不動産業者として最低限押さえておくべきことをご説明したいと思います。

2 定期借家契約の形式と手続き

  定期借家契約では、借主保護の要請から以下の3つの手続きをふむをことを貸主に義務付けています。これらの手続きを一部でも怠ると更新可能な通常の借家契約となったり(後記①②)、直ちには契約終了が認められなかったり(後記③)するので注意が必要になります。

①書面によって契約をかわすこと

  定期借家契約では、契約時に「公正証書等の書面」によって契約をすることが必要です。

  この契約書には、「期間の満了とともに契約が終了し、更新をしないこと」を明記する必要があります。

 なお、契約書の形式ですが、「公正証書」というのは例示にすぎませんので、通常の契約書を交わすだけでもかまいません。

 ただし、強制執行受諾文言付き公正証書によることで、将来賃借人が賃料を滞納した場合、裁判をして判決を得ずに滞納賃料に対して強制執行の手続きをとることができます。ただ、この場合にも、賃貸借契約を解除して明渡しを求めるときは、判決等を得なければなりません。

②定期借家権の内容について書面を交付して説明すること

  貸主は、契約締結前に「本賃貸借契約では期間の満了をとともに契約が終了し、更新ができないこと」を書面をもって、説明しなければなりません。このような書面の交付による説明を怠った場合も、更新可能な通常の借家契約になります。

 なお、上記説明をしたことを証拠に残しておく為に、説明後、借主から説明を受けたことの署名・捺印を得ておくべきでしょう。

③定期借家契約の終了時の通知

 期間が満了すれば、それだけで契約が終了するわけではありません。貸主は、期間満了前の6ヶ月前から1年前の間に、「○月○日で期間満了につき本賃貸借契約は終了し、更新はできない」旨を改めて通知しておかなければなりません。

    万一、契約終了6ヶ月前の通知を忘れた場合は、通知を出したときから6ヶ月経過後が契約終了時になります。

 なお、契約期間が1年未満の借家契約については、上記のような通知は不要です。

3 定期借家契約の効用(主に家主の観点から)

 ①契約終了時期の予測可能性

 貸主にとっては、契約終了時がはっきりしているわけですから、契約終了後の借家の利用を予測して行動できます。

 例えば、転勤の間だけ家を貸したい、留学の間だけ家を貸したい、3年後に建物を取り壊す予定だから3年間だけ家を貸したいと言う場合です。

    また、商業地の事業用のテナントの場合などには、10年間だけ貸すことを前提に権利金の額を決めることができるなど、利用期間にあわせた権利金の設定が可能になります。

 ②  長期の定期借家契約も可能

 定期借家契約は、民法上の契約期間の上限である20年を超える契約期間でも、もちろん設定可能です(借地借家法29条2項)。今回改正された定期借家権は短期の借家契約だけに限られていませんので、契約期間は自由に設定することができます。

 ③  賃料改定の特約

 通常の借地借家契約では、賃料増減額請求権が認められておりますので、例え賃料の改定の条項を設けていたとしても、借家人から上記賃料増減額請求権を行使されれば、調停や裁判を経て賃料を減額されるおそれがありました。

 しかし、定期借家契約では、賃料の改定の特約を設けたけた場合、この特約を優先させることとし、賃料増減額請求権を認めないことにしました。 従って、家主も借家人も、従来の取決めに沿って賃料の改定を行えるようになりました。ただし、これらの特約は、一度決めた以上拘束力を持ちますので、家主にも不利に働く可能性はあります。特に長期の定期借家契約の場合には、将来の地価高騰やインフレなども十分予測して慎重に決めなければなりません。

 もっとも、高ければそれでいいと言うわけではなく、著しく高すぎる法外な賃料改定の特約は、消費者保護法や公序良俗違反、事情変更の法理等でその特約自体が無効とされる恐れがありますので、賃料の増額幅もある程度合理的な範囲内にしなければなりません。

4   その他留意事項

 ①  借家人からの中途解約権

 定期借家契約では、家主からも借主からも解約権を認めないのが原則です。従って、途中解約ができない以上、残存期間の賃料については、使用しても使用しなくても支払わなければなりません。

 しかし、借主保護の観点から、「床面積が200平方メートル未満の居住用建物の借家契約」においては、「転勤・療養・親族の介護そのたやむを得ない理由があって、借主が生活の本拠として使用することが困難となった場合」には、借主からの解約権が認められます。

 床面積200以上の建物や事業用の借家契約の場合には、途中解約権が認められませんので注意が必要です。中途解約権を留保したい場合は、契約書にその旨明記しておかなければなりません。

 ②  定期借家契約終了後の再契約の場合

 定期借家契約終了後に再び定期借家契約を締結しなければならない場合は、また初めから定期借家契約を締結しなおさなければならず、改めて前記2の①②の手続きを踏まなければなりません。また、定期借家契約には「合意による更新」という概念もありません。

     一度定期借家契約を締結しているからといって、上記手続きを怠ると、通常の更新可能な借家契約になってしまいますので注意が必要です。

 ③通常の借家契約から定期借家契約への切り替えの可否

     本改正法施工後、「当分の間」は、通常の借家契約から定期借家契約への切り替えはできないことになっています。これは、借家人保護のための規定です。但し、例外的に、事業用借家契約については、借家人保護の観点は不要ですので、定期借家契約への切り替えも可能です。

   「当分の間」とは、条文では明確に何年とは指定しておりませんが、国民一般の間に定期借家権制度が浸透するまでと考えられています。いずれ、この点についての政令ないし附則が出るでしょう。

④定期借地権との違い

 以上、定期借家権について説明しましたが、定期借地権については、定期借家権の取り扱いとは必ずしも同じではありませんので注意して下さい。定期借地権については、定期借地権についての条文(借地借家法22条から25条)や参考書を参照してください。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.05.20更新

賃料減額請求権と契約解除

 

 賃貸借契約の更新を重ねるうちに、当初の賃料が、ある時点の相場からすると必ずしも相当ではないという場合があります。(当初の賃料が安いという場合はあまりないかと思いますが)賃借人が賃貸人に対し、「当初定めた賃料は現在では高すぎる。値下げをして欲しい。」という要求をするものの、これに賃貸人が応じないということで、「賃料の額」自体が紛争となるケースが昨今増えているようです。

 賃借人が賃料の減額を希望するが賃貸人はこれに応じないという場合、最終的には、裁判により「相当な金額」を確定しなければなりません。

1 借地借家法第32条(借賃増減請求権)

 借地借家法第32条によると、

 賃借人から賃料減額請求を受けた賃貸人は、賃貸人が相当と思う金額を請求できる。賃借人は裁判確定までその額を支払わなければならない。

ということになります。要するに、裁判が確定するまでは、賃貸人主導で賃料の相当性を判断できるということです。

2 賃料未払と契約解除

 では賃借人が賃貸人の請求に関わらず、賃借人が相当と思う金額を支払ってきた場合(これは、賃借人が勝手に賃料の一部を支払わないというもので、債務不履行にあたります)、賃貸人は債務不履行を理由に賃貸借契約を解除することができるのでしょうか。

 この点につき、判例は、解除を肯定するものと、否定するものがあり、裁判になった場合にどのように判断されるかは個々のケースによると言わざるを得ません。しかし、裁判所の考え方につき大まかに申しますと、直ちに契約解除を認めるのではなく、未払の額(差額)が著しく、賃借人に解除されても已むを得ないような事由がある場合に解除を認めているようです。 

解除否定例

 東京地方裁判所平成9年10月29日判決は、

①平成8年7月以降は賃借人が401,710円に減額して支払い続けた

②裁判所は平成8年7月以降の相当賃料として、412,000円と認定した

という事例で、賃貸人の解除を否定しました。当該裁判所が解除を否定した理由としては諸々の事情があると思われますが、賃借人が支払った賃料と相当賃料との差額がわずか2.5%程度であったこと、不足分の合計(判決言渡時までの合計)が相当賃料の3分の1にも満たないものであったということが一つのポイントであったと思います。

解除肯定例

 東京地方裁判所平成6年10月20日判決は

①平成5年2月までは173万円(坪38,000円)

②平成5年3月以降 

  賃貸人の要求は坪35,000円 賃借人の支払は坪15,000円

③平成6年1月以降 

  賃貸人の要求は坪35,000円 賃借人の支払は坪10,000円

④(共益費は従前は4,000円であったところ)

 平成5年3月以降 

  賃貸人の要求は4,200円 賃借人の支払は3,500円

⑤平成6年2月までに滞納賃料及び滞納共益費が1,169万円となった

という事例で、賃貸人の解除を肯定しました。賃借人が支払った賃料が賃貸人の請求額(裁判所は、賃貸人の請求した金額である坪35,000円が本件では「相当賃料」であると考えているようです)に比べて著しく低額で、かつ、滞納賃料及び滞納共益費の合計も10,000,000円を超えるものであったということが解除を認めた大きな理由と思われます。なお、本裁判所は、共益費については、新たな合意が成立するまでは、賃貸人及び賃借人双方が、従前の共益費に拘束されると判断したことを付け加えます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.05.13更新

借家の更新料について

 

 借家契約の中で「更新料」について規定していることが多いと思いますが、更新料を巡る問題も少なからず見られます。そこで、よく問題となりうると思われる2,3の点について以下ではご説明致します。

1 更新料の性質について

 借家の場合の更新料について、借家は借地と異なり短期間であると言う理由から、更新料の経済的合理性自体を否定する考えもあります。しかし、現在では、更新料の経済的合理性自体は肯定する考えが主流と言えます。ただ、肯定する場合でも、その根拠は様々で、①更新承諾料説(異議権放棄対価説)②差額家賃前払説③家賃前払プラス安心料説などに分かれます。

2 法定更新への適用について

 借家契約の更新料の約定は、借家契約がいわゆる法定更新された場合にも、適用されるのでしょうか。裁判例としては、肯定したもの(例えば、東京地方裁判所平成9年6月5日判決)と否定したもの(例えば、東京地方裁判所平成9年1月28日判決)の両方が見受けられますが、肯定したものがやや多いかと思います。しかし、肯定する場合でも、更新料の定めが「合理的範囲を超える場合」は、超える部分については無効とされるでしょう。

 このように、裁判例は、まちまちですので、どのような場合が肯定され、どのような場合が否定されるか、明確な基準は立てにくいのが現状です。しかし、裁判所としては、賃料の金額、賃貸の期間、更新料の金額、更新をめぐる貸主及び借主間の交渉の経緯等諸々の事情を考慮して、当該法定更新につき更新料の約定を適用することが合理的か否かを判断していると思います。

3 更新料の未払を理由とする解除の有効性について

 更新料の合意があるのにかかわらず、借主が更新料を支払わなかった場合、貸主は解除ができるのでしょうか。この点についても裁判例は、肯定したものと、否定したものとに分かれます。

 肯定する裁判例は、

①更新料の支払の約束は賃貸借契約の内容そのものではないが、密接な関係にある

②したがって、更新料の不払の場合、賃料の不払いと同様に、信頼関係を破壊しないという特段の事情がない限り、解除原因となる

と考えるようです(東京地方裁判所昭和57年10月20日判決、最高裁判所昭和59年4月20日判決など)

 これに対し、否定した裁判例としては、

①更新料の支払いの約束は賃貸借契約の内容そのものではない

②更新料は、異議権の放棄の対価(前述の更新料の性質①)にすぎないから、賃貸借契約の債務不履行にあたらない

③不払いには金銭債務の執行をすれば足りる

としたものがあります(東京地方裁判所昭和50年9月27日判決)。

 この点も裁判例はまちまちですので、更新料の不払いが解除の理由になるか否かは、ケースによるとしか言えないのが現状です。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.05.07更新

借地権譲渡・借地条件変更・増改築の方法とその承諾料 

 

1 借地権譲渡の方法

 借地権を譲渡したり、転貸するには、事前に地主の承諾を得なければなりません。なぜなら、民法612条で貸主に無断で賃借権を譲渡・転貸した場合は賃貸借契約を解除できると規定されているからです。但し、判例では、借地権を無断で譲渡・転貸することによって地主との信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情のある場合は、賃貸借契約を解除はできないとしています。なお、借地上の建物を譲渡すると借地権も譲渡したものとみなされますので、この場合も地主の承諾が必要です。

 このように、借地権の譲渡を考えている場合には事前に地主の承諾を得なくてはならないのですが、①借地権者が借地上の建物を第三者に譲渡しようとする場合で、②第三者が借地権を取得しても地主に不利となるおそれがないにもかかわらず地主が承諾しないときは、借地権者は裁判所に承諾に代わる許可の裁判を求めることができます(借地借家法19条)。

 借地権の譲受人が資力に問題があって地代を支払えない人の場合や暴力団員などであれば、借地権譲渡によって地主に不利となるおそれがある場合と言えるでしょうが、そのような事情のない場合、裁判所の借地非訟事件手続によって承諾に代わる許可の裁判を得ることが可能です。借地非訟事件の手続は、借地の所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所(合意のある場合)に書面をもって申し立てます。裁判所は、鑑定委員に鑑定意見を提出させるなどの審理をし、許可を与えるかどうかを判断します。その際、譲渡する借地人に財産上の給付(いわゆる名義書換料の支払)を命じることがあります。

 この名義書換料の相場ですが、借地権価格の10パーセント程度となっています。

 なお、この他に、地主から当該借地をで買い取ってしまうという手段も考えられます。これには、地主と土地の売買契約を結ばなければならないので、地主の合意を得なければできません。しかし、前記の借地非訟手続きでは少なからず地主と対立してしまいますので、今後の地主との煩わしい関係(地代の値上げ要求や更新時の更新拒絶の問題)を清算したいという場合には、借地非訟手続きよりもむしろこの方法がお勧めです。また、借地非訟手続きでは、地主から建物を相当の対価(建物価格+借地権価格-譲渡承諾料相当額)をもって買い取ることを請求されるリスクもあります。これは「介入権」といい、この介入権を行使されると、借地人はこれを拒むことができないのです。

 以上が借地の場合ですが、借家の場合には、承諾に代わる許可の裁判という制度はありません。従って、飲食店を居抜きで売ろうという場合は原則として貸主の承諾を得なければなりません。

 但し、借家権を無断で譲渡しても、大家との信頼関係を破壊していないと判断される場合には大家の契約解除は無効となります。しかし、借家の場合、借主の建物の使い方が人によって異なるなど借主の個性が大切ですから、無断で譲渡した以上は信頼関係を破壊していると判断されてしまうおそれが高いでしょう。

2 借地条件変更の方法

 借地借家法施行前(平成4年8月1日)に設定された土地賃貸借契約では、借地条件として「非堅固建物所有目的」を掲げているものがあります。これは、土地の上に木造家屋といった非堅固建物を建設することは許可するが、鉄筋コンクリート造等の堅固建物を建設することは許可しないという内容の借地条件です。これに反して無断で堅固建物を建てると契約違反となり賃貸借契約を解除されることがあります。しかし、時の経過と共に木造建物は老朽化しますし、次に建物を建替えるときは、付近の建物にあわせて鉄筋造の堅固なビルにしたいという借地権者もいることでしょう。

 このような場合、まずは地主と協議して、借地条件の変更の承諾を得なければなりません。この際相当の承諾料を払わなければならないでしょう。

 しかし、それでも地主との協議がつかない場合は、裁判所へ借地条件変更の許可の裁判を求めることができます(借地借家法17条1項)。なお、旧法では、この借地条件変更の許可の裁判ができる対象が、非堅固建物所有目的から堅固建物所有目的に限られていましたが、新法では、「建物の種類、構造、規模又は用途を制限する旨の借地条件がある場合」に対象を拡張しています。もっとも、実際に問題になるケースは非堅固建物から堅固建物への変更が多いようです。

 裁判所は、法令の規制の変更(新たに防火地域に指定された等)や近隣の土地の利用状況の変化(付近の土地上の建物では商業化に伴いほとんどが鉄筋の建物・高層のビルになっている)等のいわゆる「事情の変更」がある場合には、借地条件変更の許可の裁判をすることができます。

 但し、この借地条件変更の裁判の場合は、借地権譲渡の裁判と異なり、借地権の存続期間の延長を命ずる処分(通常は30年程度)がなされるなど(これは建物を保護する目的でなされます)、地主に対して不利な処分を伴いますので、前記借地権譲渡の許可の裁判と異なり、簡単にはでません。例えば、単に、家族が増えたからとか商業替えのための建て替えといった借地人の個人的事情だけでは、許可の裁判はでないのです。

 そして、許可の裁判がでる場合にも、裁判所は大抵の場合借地人に相当の承諾料の支払を命じます。その承諾料の相場は更地価格の10パーセント前後となっています。この更地価格の10パーセントというのは、前記の地主との事前交渉の際にも一つの目安となるでしょう。

3 建物増改築の方法

 建物の増改築についても、契約書上、建物の増改築禁止特約を結んでいる場合が通常です。

 従って、まずは地主の承諾を取り付ける努力をしてみるべきでしょう。それでも、承諾に応じない場合には、裁判所へ増改築の許可の裁判を求めることになります(借地借家法17条2項)。

 増改築許可の裁判の要件ですが、「土の通常の利用上相当であること」が要件となっていますので、例えば、増改築によって建築基準法違反になる場合、近隣の日照権侵害が生ずる場合、土地を地中深く掘り下げる工事をする等土地の造成そのものに大規模な変化を加えてしまう場合には、許可の裁判はおりません。また、近々借地権の存続期間が満了し(2年が一つの目安です)かつ更新拒絶の正当事由が認められる蓋然性が高い場合も許可の裁判は原則でません。

 この増改築許可の裁判も、承諾料の支払が命ぜられるのが殆どですが、その相場は更地価格の3パーセントから5パーセントとなっています。                                    

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.04.22更新

高齢者の不動産取引上の注意点

 

(質問)

 この度、私は、ある高齢者が所有されている不動産取引の仲介をすることになったのですが、その不動産の所有者ご本人は、痴呆が相当すすんでおり周囲の状況が全く理解できない様子のようです。

 今回の不動産売買の件は、その方の次男の方が全てを取り仕切ってやっている様ですが、この方のご長男の方は本件不動産取引に反対していると聞いております。

 このように、高齢のため所有者ご本に判断能力が全くないと思われるケースで、不動産取引を進めることは問題ないのでしょうか。

(回答)

1 民法上、法律行為(不動産の売買契約を締結したりすること)をするには「意思能力」が必要とされています。「意思能力」とは、自己の意思に基づいて判断し、行動する能力のことです。そして、「意思能力」が欠ける法律行為は、無効になります。

 本件では、所有者ご本人には意思能力がない状況と思われますので、所有者ご本人には法律上も不動産の売買契約をすることができないものと思われます。 また、所有者ご本人に意思能力がない場合には、代理人となる者との間で委任契約を締結することもできませんので、本人に判断能力があったときに作成された委任状が存在する場合は別として(この場合でも委任契約の効力の継続性に疑義が生ずる場合があります)、そうでない場合には、仮に、所有者ご本人のご子息でも法律行為を代理することはできません。

 そうすると、このまま不動産取引を進めると、後日、将来相続が生じた際に反対されていたご長男様との関係で、上記不動産の売買契約等の有効性について紛争になるおそれがあります。

2 後見制度とは

 従いまして、本件では、家庭裁判所に所有者ご本人の後見人開始の審判の申立をし、後見人が選任された後、後見人を通じて上記のような不動産売買契約等を行うべきだと思われます。

 「後見開始」の審判は、「精神上の障害により、事理を弁識する能力を欠く常況にある者」に対してできます。また、本人の判断能力の低下の程度に応じて、後見開始の状況には至らなくても、「事理を弁識する能力が著しく低下している者」に対しては「保佐」の制度、「事理を弁識する能力が不十分な者」に対しては「補助」の制度が適用されます。

 なお、後見開始の審判をするには、本人の判断能力の低下を調査する為に医師の鑑定を経なければなりません。その鑑定料も、従来は30万円程度かかりましたが、近時は書式を定型化するなど工夫をすることで10万円程度に抑えられております。

 また、申立をしてから後見人選任までの期間ですが、事案によって異なるものの、約3ヶ月程度かかるケースが多いです。

 このようにして、後見開始がなされ後見人が選任されると、後見人は、裁判所及び後見監督人の監督の下、本人の利益の為に財産管理行為と身上看護行為をします。 

 財産管理行為とは、例えば、高額の預金を引き出して本人の生活費に使う、不動産を売却して本人の生活費に充てる、不動産を賃貸に出して利益を挙げるなどして、本人所有の財産を管理することです。

 身上看護行為とは、後見人自らは実際に本人を介護する義務を負うものではないので(後見人が実際に介護をしてもかまわないのですが)、通常は、介護サービス契約の締結や病院・老人ホームへの入院契約の締結をして、介護士や医師といったその道の専門家を通じて本人の身上看護をすることです。

 後見人には、通常は信頼のできる親族や弁護士、司法書士、税理士などが選任されます。今回の法改正で複数の後見人の選任も認められるようになりましたので、不動産取引等の財産管理は弁護士等に、身上看護はご子息等に、それぞれ後見人の任務を振り分けて後見人を選任してもらうことも可能になりました。

 また、申立人の方で後見人に適した人物を見つけることができない場合には、家庭裁判所の方で信頼のできる弁護士等の専門家を紹介してもらえる場合もあります。

 なお、後見が開始されると、本人が一人で行った法律行為は、原則として当然に取り消せますので、万一、本人が、判断能力の低下から騙されて本人に不利な契約をしてしまっても、後見人によってその契約を取り消すことができます。

 従いまして、既に後見開始をしていると疑われる高齢者の方と取引をする場合は、その方の後見開始の有無を成年後見登記簿によって確認する必要があります。

 当面は、成年後見登記を扱っている法務局は、全国で東京法務局一カ所となりますので、ここで成年後記の登記事項証明書を取ります。但し、第三者ではこれを取り寄せることができませんので、本人か本人の親族に取り寄せてもらう必要があります。

 仮に、後見人が付いている場合は、後見人を相手に取引を進めなければなりません。

3 新しい成年後見制度について

 なお、近時新設された成年後見制度は、従来の禁治産制度を下記の点で改正し、より利用しやすい制度に改善されております。

 ①名称が「禁治産」から「成年後見」へ変更した。

 ②成年後見の開始の審判は、戸籍には表示されず、成年後見登記簿へ表   示されるようになった。

 ③成年後見人は1人ではなく、複数人を選任できるようになった。また、   配偶者でなくても後見人に選任できるようになった。

 ④本人が行う日常品の購入などについては、本人の自己決定権の尊重の   見地から、当然の取り消し権の対象にはしないことにした。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.04.15更新

借家の原状回復義務について 

 

1 問題点

 賃貸借契約が終了し借主が退去する際に、物件の汚れ・破損等を巡って、貸主または借主のどちらが修復費用を負担するか、言い換えると、「借主に原状回復義務があるのか」が問題となることが少なくないようです。具体的な修復箇所(費用)としては、カーペットの取り替え、壁紙(クロス)の張り替え・壁面の塗り替え、畳の表替え、柱や壁に空けた釘穴、室内の清掃(クリーニング)などが挙げられます。

2 基本的な考え方

(1)賃貸物件の経年変化によって生じた損耗・汚損(使用の有無にかかわらず生じるもの)や、通常の用法によって使用していた場合に生じる損耗・汚損は、借主の原状回復義務の対象外となります。借主には入居した時点と全く同一の状態に戻す義務はないのです。

 裁判所も、明け渡し時に①柱や壁に汚れがある②床に染みがある③クロスの一部が剥がれている④壁に釘穴がある⑤Pタイルに損傷箇所があるという事案で、

「これらの損耗・汚損はいずれも部分的なものであって、さほどの広範囲のものではなく、むしろ本件貸室を一年間程度使用すれば通常生じうるであろう軽微なものであるので、いずれも本件貸室の通常の使用によって生ずる程度を越える特別な損傷にあたらない」

として原状回復義務を否定しています(大阪高等裁判所平成6年12月13日=判例時報1540号)

 具体的なケースで個々の汚損につき借主に原状回復義務が課されるかは、汚損の程度をも考慮しなければなりませんが、一応の目安としては

①カーペットの取り替え 

  家具の重みによる凹み、お茶などによるシミ・・・含まれない

  たばこによる焦げ・・・含まれる

②壁紙の張り替え    

  日照などの自然現象による変色、電気焼け・・・含まれない

  子どもの落書き、結露の放置により広がったカビ・・・含まれる

③畳の表替え  

  お茶などによるシミ、擦り切れ・・・含まれない

  たばこによる焦げ・・・含まれる

④柱や壁に挙げた釘穴  含まれない

⑤室内のクリーニング  含まれない

ということになると思われます。

(2)それでは、賃貸借契約で、「カーペット・壁紙の張り替え、畳の表替え・・・に要する費用は、賃借人の負担とする」という様な特約を定められていた場合、賃借人はカーペットの張り替え等の原状回復をしなければならないのでしょうか。

 裁判所は、一定範囲の修繕を賃借人の負担で行うという特約について、(賃貸借関係が継続している間の)貸主の修繕義務を免除したものに過ぎず、積極的に借主に修繕義務を課したものではないと判断しました(最高裁判所昭和43年1月25日=判例時報513号)。

 右判決後も、借主の修繕特約や原状回復特約について、

①賃貸人の修繕義務を免除するに留まる

②賃借人の故意・過失、通常でない使用による損耗等に限定される

③特約自体が無効である

とする判決が数多く出されております。したがいまして、賃借人に負担を課す特約を定めたとしても、文言通り特約の効力が認められるとは限りません。

3 原状回復の範囲

 それでは、たとえば、賃借人に壁紙の張り替える義務がある場合、その範囲は、汚損された部分に限られるのでしょうか、それとも、それより広い範囲まで認められるのでしょうか。この点につきましては、基本的には、汚損された部分に限定され、具体的には補修工事が最低限可能な施工単位を基本とすることになると思われます。

4 その他

 賃借人に原状回復義務がある場合でも、当然に賃借人が修復費用全額を負担するとまでは言えません。物件の経年変化(減価償却)による損耗分があり、これらの修復費用まで賃借人に負担させることは妥当ではないでしょう。したがって、経年変化による損耗分を考慮に入れながら、修復費用の賃借人の負担割合を決めることになります。なお、当該修復部分が消耗品(たとえば畳・障子など)に近いものであれば減価償却になじまないので経過年数を考慮しないことになろうかと思います。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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