弁護士 秋山亘のコラム

2019.09.02更新

詐欺の被害に遭わないために

 

 はじめに

 近時様々な手口の詐欺事件や詐欺的商法による被害が報告されています。このような事件では実際に被害にあってしまうと、加害者の所在不明や資力の欠如のため被害回復は困難な場合があります。

 そこで、今回は、詐欺的商法の被害に遭わないための予防策として、これら詐欺事件・詐欺的商法の事例をご紹介します。今回ご紹介するケースと少しでも似ているなと思われた場合には相当慎重な対応が必要がであると思われます。

1 極度額一杯まで保証責任が及ぶ根保証だが~根保証に対する無知を利用して、保証金額を知らないうちに拡大~

近時「根保証」(ねほしょう)制度の濫用による思いもかけない保証責任を強いられる事例が報告されています。

 例えば、A社が、金融機関から百万円を借り入れたとします。その時に保証人が必要になり、友人のB社長に連帯保証人を頼むとする。B社長は、A社長が「借りるのは100万円だけだから」と懇願するので、100万円ならばあげたものと思って保証人になってもいいだろうと思い、判子を捺す。しかし、B社長の保証責任は100万円ではすまないこともあるのです。

 それが、根保証契約の場合です。根保証とは極度額(きょくどがく)に至るまでA社長が借り入れた債務や利息・遅延損害金の一切を保証するという契約です。契約書が根保証契約となっていて、1000万円となっている極度額を確認しないで判子を捺すと、後で、B社長が知らないうちにA社長が900万円を借りて支払い不能になった場合でも、B社長は1000万円の保証義務を免れることは基本的にできないのです。

 また、本物の詐欺の事件としては、A社長と貸手の自称金融機関Xが集団詐欺師である事例もあります。これは、A社長が最初は300万円の保証人になってくれれば、お礼として20万円をお渡しする、直ぐに返済できる当てがあるので絶対に迷惑をかけないと言うのでB社長が保証人になる、300万円はA社長の言うとおり返済されるが、次は、500万円の保証人になって欲しい、お礼は30万円出しますと言われ、前回の300万円の返済で信用してしまったB社長は500万円の保証人となる、その後500万円の返済が為された後、A社長は、最後の詐欺に取りかかるのである。A社長は、実際に借りるのは500万円だけだが、書面上だけ2000万円の根保証人をお願いしたい、お礼は50万円をお支払いしますと言われ、2000万円の根保証人になる。その後、A社長は夜逃げし、A社長に2000万円を融資したという自称金融機関Xから2000万円の根保証責任を追及されるのである。金融機関Xが本物の金融機関でちゃんとお金を貸している場合もあるし、実際にはお金を貸しておらずA社長と共犯の場合もあるでしょう。いずれにしても、根保証契約書やA社長にお金を貸した形跡のある領収書・預金通帳などをそろえられれば、B社長が根保証人の責任を免れるのは難しいと思われます。B社長は100万円の小金を得たものの結局は2000万円の根保証責任を果たすため、持ち家を売却せざるを得なくなったのです。

 A社長に「100万円しか絶対に迷惑をかけないから」などと言われてそれを信じたとしてもそのような主張はお金を貸した第三者には通用しません。このような契約の場合は、特に契約上の文章をよく読み、少しでも疑問点があれば質問をする、専門家の意見を聞くことが大切でしょう。根保証をするのであれば、極度額一杯の保証をするつもりでないと(多くのケースでは根保証人に通知が行くときには既に極度額一杯まで融資されている)根保証はすべきではないでしょう。

 なお、平成17年4月1日から改正民法が施行され、極度額の定めのない包括的根保証が無効となるなどの改正がなされました(本稿第41回参照)。

2 古典的な詐欺の手口ながら被害件数の多いのは取りこみ詐欺

~少額の信用取引を積み重ね、信用獲得後は、取引額を一気に跳ね上げ商品を手に入れたら突然ドロン~

 信用取引を利用して最初から騙すつもりで商品を購入し、それを横流しして現金化するのが取りこみ詐欺の手口でです。

 しかし、まったく取引のなかった会社と最初から3000万円の信用取引を行うところはないでしょう。最初は少額の10万円程度の取引を開始し、ある程度継続して徐々に取引額を上げていくのです。もちろん、この間の商取引は、代金も正常に振り込まれます。その間、取り込み詐欺を企んでいる会社は、あの手この手を使って、さりげなく自分の会社は信用できる会社だということをアピールしてきます。

 ところが、ある程度信用をつけたところで、「今度、取引先の大手企業の新商品として使ってもらう話になった」などとそれらしい話をして、一気に取引額を10倍に引き上げるのです。そして、商品を信用取引で購入したら、ある日突然姿を消してしまいます。

これが、取りこみ詐欺の典型的な手口です。取り込んだ商品は二束三文でバッタ屋などに売られ現金化されます。

商業登記簿謄本を取り寄せてそれなりに調査したつもりでも、世の中にはペーパーカンパニーが何万と存在します。詐欺師は、それらペーパーカンパニーのうち歴史のある古い会社を選び買い取って、信用できる会社に仕立てて取引を持ち込むのです。もちろん、商業登記簿謄本上の代表取締役などは、名前を貸しただけで事情は何も知らず、詐欺被害の被害賠償をする資力がないような倒産した会社の元社長だったりします。

また、この手の詐欺師は、名刺にロゴマークを入れたり、所在地を一等地に置くなど、いろいろなテクニックを駆使して見せかけの信用を築いているのも特徴です。中には、大手企業の子会社だと称して、大手企業に類似した商号を使用して取引を持ちかける会社もあります。

最後に、取り込み詐欺に遭わないためには、これが一番大事なことなのですが、急に注文額が大きくなったとき、シメシメと思わず、どういう会社で、どういう社長なのか、どういう理由で取引額が増えたのか、例えば前記の新商品としての取り扱いの話は本当かなどを確認するため取引先だという大手企業に直接問い合わせてみる、一度挨拶に伺うなど、調べられることはきちんと調べて取引を行わなければならないということです。 

場合によっては、胡散臭さがどうしても拭えないと思ったら、おいしい話かもしれないが、痛手を負うリスクを避ける為に、取引額が多額なだけに然るべき担保や現金取引でないと応じられないとお断りした方がよい場合もあるでしょう。

これらを怠ったがために、最初から会社すら存在しないという典型的な取りこみ詐欺の被害に遭ったり、多額の取り込み詐欺に遭い、その損失を補填できず倒産に追い込まれるというケースもよく耳にします。  

3 地面師

 不動産取引にかかわる詐欺の典型ともいえるのが地面師です。

 地面師とは、不動産登記簿を偽造するなどして、他人名義の不動産をその人になりすました上で勝手に所有名義を書き換えては、その不動産を担保に多額の融資を受けたり、第三者に売却するなどしてお金を持ち逃げする輩のことです。

 地面師による手口としては、登記所に赴き登記簿原本を閲覧している時に偽造した偽の登記簿と該当ページごとすり替えてしまったり、本人の委任状を偽造するなどして住民票を無断で移転し、移転先の住所で登記所から本人確認のために送られてきた書類を受領し、不動産の名義変更を完了させてしてしまうなどの手口がよく使われます。

 地面師対策ですが、これは当たり前のことではありますが、必ず現地を見て、誰がどのようにして住んでいる土地なのか、どのように使われている土地なのかを確認することです。

 現に住んでいる人に話を聞くだけで、登記簿が偽造されていたことが発覚するケースは多いです。また、不動産登記簿謄本を見た場合、短期間のうちに何人もの人が間に入って売買を繰り返されていたり、前所有者の住所表示が売買の直前に移転している場合には要注意が必要です。

4 結びに

 甘い話には乗ってはいけないと十分認識していたはずでも、「この人ならば間違いないだろう」と思ってしまい、お金を渡してしまう詐欺の被害は後を絶たないのが現状です。

詐欺師は、人を騙すため、というより見せかけの信用を作るためには労力やお金を惜しみません。例えば、打ち合わせの最中に、あたかも財務省の高級官僚から携帯電話があったかのようにして電話に出てみたり、大企業の社長から偶々もらった名刺をさも懇意にしているかのように見せてみたり、一度しかあったことがない弁護士の名刺を見せては相談に乗ってもらうならこの人を紹介するなどと言ってみたり、さりげなく自分が信用のある人間だと言うことを見せかけるのである。

「詐欺師は紳士の顔でやってくる」と言われますが、まさにその通りで、物腰の柔らかな接し方、法律や金融に関する詳しい知識、そして、紳士的な雰囲気など、その人が装っている雰囲気や知性にまずダマされてしまうのです。

また、詐欺師は、より大きいお金を引き出すため人を信用させるためならば、少々の費用は惜しみません。前記の通り、一等地に事務所を設けたり、お金のかかったホームページを作成したり、会社のロゴマーク入りの名刺を作ったり、時には、高級ホテルのスウィートルームを面談場所に指定したりもします。このようなお金のかかった演出にはダマされるなと言う方が無理なのかもしれません。

 このように詐欺師による人を信用させる為の工作は極めて巧妙です。

したがって、詐欺の被害に遭わない方法としては、第一に、詐欺師の外見や雰囲気だけにとらわれて判断しないこと、第二に、実際の取引内容を冷静に分析し・見極め、あまりにうますぎる話であれば必ず裏があると思った方がよいこと、第三に、これは逆説的でありますが、その相手方自身からもたらされたものではない情報や第三者の評価を重視することです。例えば、自分の足でその会社の本社に赴いて調べてみたり、親会社だという有名企業の総務部に問い合わせて見たり、時には興信所を使って第三者の評判を聞いてみたりすることです。

商売を成功させる為には、ある程度のリスクは覚悟して、千載一遇のチャンス掴まなければならない場合もあるでしょう。しかし、そのチャンスとは決しておいしい話、うますぎる話ばかりではないのではないでしょうか。

本稿を読んでいただくことで、詐欺師とはどのような人達なのか、詐欺にはどのような手口があるのかを実際に認識していただき、少しでも、詐欺の被害に遭わない為の予備知識として頂ければ幸いです。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.08.26更新

公正証書、即決和解の利用法

 


(質問)
 1 賃貸借契約を公正証書で行う場合のメリットを教えてください。
 2 ある物件の建物賃貸借契約における賃料不払いによる契約解除に関し、賃貸人・賃借人の間でもめていたのですが、この度、両者の協議によって、滞納賃料の分割払いを条件に建物の明渡し時期を1年間猶予することで話し合いが纏まりました。
もっとも、賃借人が万一明渡し期限にも建物を明渡さない場合に備えて、法的にはどのような手続きをとっておいた方がいいのでしょうか。
(回答) 
 1 賃貸借契約を公正証書で行うメリット(質問1のご回答)
 公正証書とは、契約当事者双方が公証人役場に出向いた上(代理人でも可)、契約内容を公証人の面前で確認し、公証人がその確認された契約内容を書面化したものです。
 公正証書による場合、一定額の公証人手数料を支払いを要しますが、例えば、月額10万円で2年間の賃貸借契約の場合の公証人手数料は1万1千円ですので、それ程費用がかかるものではありません。
 公正証書によって契約をすることで、一般的には、①偽造、変造がない、②万一公正証書をなくしても公証人役場に原本が保管されている、③公証人のチェックにより確実な契約が出来る、④裁判の場合、公正証書が証拠として提出されると、裁判所は原則として当事者間では書かれた内容の合意はなされたものとして取り扱う(「そんな文書に印鑑を押したことがない」「そんな条項が入っていたとは知らなかった」と主張しても、まず通らない)、⑤金銭債務の支払義務に関し裁判を経ることなく債務名義となる、などの利点があります。
 この中で、賃貸借契約上の賃料が万一滞納された場合における滞納賃料の簡易・迅速な回収と言う観点では、⑤債務名義となる点が特に着目すべき点です。
 債務名義とは、権利の存在を明らかにし強制執行をするための根拠となる文書のことです。この債務名義が存在して初めて、給与、銀行預金、不動産等の財産を差し押さたり、建物の明渡しの強制執行をすることができます。
 債務名義の典型例としては、判決、支払命令、裁判上の和解調書、調停調書などのことです。
 一般に債務名義というと、裁判手続きの中で裁判所の関与によって得ることができるというイメージをもたれるかもしれませんが、賃料の支払義務や売買代金など金銭の支払義務の場合には、強制執行認諾文言付公正証書であれば、裁判を経ることなく公正証書が直ちに債務名義となります(強制執行認諾文言付公正証書とは、「公正証書上の債務を履行しない場合には、直ちに強制執行をされることにも同意します」という債務者の同意が付された公正証書のことです)。
 従いまして、万一、賃料が滞納されたという場合に賃借人や連帯保証人の給与や預貯金債権を差し押さえることによって、賃料を簡易・迅速に回収したいという場合には、賃貸借契約書を公正証書にすることのメリットは大きいものと思われます。
 2 明渡しの強制執行に備えて(質問2のご回答)
本件のようなケースでは、万一、賃借人が明渡しに任意に応じない場合にも、裁判を経ることなく、直ちに、執行官による明渡しの強制執行をすることができるように手続きをきちんととっておくことが有効だと思われます。
このような手続きとっておくことで、実際に費用をかけて執行官による強制執行を断行する場合はもちろん、賃借人にもその旨の認識を得させることによって、居直りの防止や任意の退去をより確実なものにすることができるからです。
 もっとも、上記に説明しました公正証書が債務名義となるという点は、「金銭の支払義務」の場合に限られますので、公正証書では建物明渡しの強制執行の債務名義にはなりません。
 このようなケースでは、簡易裁判所で行う「即決和解」(訴え提起前の和解)が有効です。
 即決和解とは、当事者間で話し合った合意内容(和解内容)を予め簡易裁判所に申立てた上、裁判所から指定された期日に当事者双方が出席し、裁判官の面前でその合意内容を確認することで、合意内容が裁判上の和解調書として文書化される手続きです。合意内容が和解調書となるわけですから、当然、債務名義になりますし、公正証書のように金銭債務に限定されません。
 本件での合意内容(和解内容)としては、①賃貸借契約の解除の有効性に関する確認条項、②明渡期限における建物明渡しの履行に関する条項、③明渡し期限までの賃料相当損害金の支払い及び滞納賃料の分割金の支払いに関する条項、④万一③の不履行があった場合には直ちに建物を明渡すことに関する条項等を要点にした和解をするが考えられます。
 ただし、個々和解条項の書きかたには、権利の確認条項(「毎月末日金○○円の支払い義務を認める。」「○月○日までに本件建物の明渡し義務がある。」)では強制執行ができず、必ず給付条項(「毎月末日までに金○○円を支払う。」「○月○日までに本件建物を明渡す。」)にしなければならないなど細かい決まりもありますので、和解条項の書きかたについては、事前に専門家に相談しておくことをお勧めします。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.08.20更新

建設共同企業体(JV)の法律関係

 

第1 問題の所在

 建設共同企業体(「JV」)は、複数の企業が共同して大型の土木・建築工事を行う事業方式として広く利用されています。JVの協定では、代表者(「親企業」)を定めた上、親企業(代表者)に自己の名で請負代金の請求・受領及びJVに属する財産の管理を行う等の権限を与え、取引口座について親企業(代表者)名義で開設された別口の預金口座を使用する旨を定める例も多いと思われます。

 親企業(代表者)名義の別口預金口座にJVとしての請負代金が振り込まれて預金債権となっている状態で、親企業(代表者)につき破産などの手続が開始された場合、他のJV構成員は右預金債権について、「自分の取得分が含まれている」として優先的な権利(取戻権など)を主張できるのでしょうか、それとも、他の一般債権者と同様の権利(破産債権など)しか主張できないのでしょうか。親企業(代表者)名義の別口預金口座に振り込まれた請負代金(預金債権)は、JVと親企業(代表者)のいずれに帰属するのでしょうか。

 これは、JVの代表者が、その業務執行権限に基づき遂行した法律行為の効果の帰属の問題であり、前提としてJVの法的性質やその業務執行・財産管理に関する法律関係が問題となります。

第2 考え方

1 JVの法的性質については、一般に民法上の「組合」と解されています。民法上の「組合」では、各組合員が業務執行権を有することを基本的な建前としつつ、組合契約または組合員の過半数による決定で、一部の組合員または第三者に業務執行を委任することが出来ます(民法670条)。この、業務執行権を委任された組合員を「業務執行組合員」といいます。そして、業務執行組合が組合業務の執行として財産取得を目的とする法律行為を行った場合、その効果が総組合員に直接帰属するものであれば、当該財産は、組合財産として総組合員の「共有」(民法668条)となり、そうでなければ当該業務執行組合員の個人財産ということになります。

2 業務執行組合員が「自己の名による方式」で法律行為を行った場合には、直ちに当該法律行為の効果が総組合員に直接帰属するとは考えられていません。学説や裁判所は、代表者の権限や財産管理等に関する組合員間の合意の内容や、これまでの運用などの具体的な事情を総合的に考慮した上で、当該業務執行組合員の法律行為の効果が直接総組合員(組合財産)に帰属すると考えるのが宜しいのか、或いは、一旦は当該業務執行組合員に帰属した後に、組合への移転行為を経ることにより組合財産となると考えるのが宜しいのかを判断しているようです。

 これに対し、業務執行組合員の対外的な法律行為が「代理による方式」でなされた場合は、当該法律行為の効果が総組合員に直接帰属すると評価されることが多いと思われます。

3 そこで、JV構成員の、JVの親企業名義の別口預金(請負代金)に対する権利につきましても、JVの共同企業体の協定の内容やこれに基づく財産管理状況がどのようなものであるのかにより異なるものと思われます。

 最高裁判所は、

① XとAがJVを結成し、代表者をAとした

② 協定で、「代表者Aに自己の名義で請負代金を請求・受領し、企業体に属する財産を管理する権限を与える」、「請負代金を受領したときは、代表者Aの経理機構による精算及び運営委員会の承認を得て、すみやかにXに分配する」、「取引口座としてA名義で開設した別口預金口座を使用する」と定めた

③ 実際の財産管理も②の協定のとおり行われていた

という事例で、A名義の別口預金口座の預金債権はAのものであると判断しました(最高裁平成11年4月16日判決)

 いわゆるゼネコン企業の倒産が十分に予想されるのが現在の状況です。親企業以外のJV構成員の権利を保全するという観点から、今後、JVを進める場合には、少なくとも、協定で

① 親企業の対外的な法律行為は全て、「共同企業体名」や「共同企業体代表者(の肩書)」を示すなどの「代理方式」で行うこと

② 預金口座も、「共同企業体名」や「共同企業体代表者(の肩書)」で開設すること

を定め、、実際の運用もこれに基づいて行うのが望ましいと思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.08.13更新

賃借人の債務不履行による賃貸借解除と転貸借との関係

 

1 問題の所在

     賃貸借関係(以下「基本賃貸借」といいます)の他に、「賃貸人の承諾のある転貸借関係」(以下「適法な転貸借」といいます)があるという状況を想定します。この様な状況で、賃借人の債務不履行による解除により基本賃貸借が終了した場合、転貸借関係は当然に終了するのでしょうか、当然に転借料債務も消滅するのでしょうか。

2 判例の傾向

   大審院昭和10年11月18日は

        ① 基本賃貸借が終了しても、適法な転貸借は当然には失効しない

        ② 賃貸人から返還請求があれば、転借人はこれを拒否する理由がなく、このため転貸人としての義務を履行することが不能となる結果、転貸借は終了する

    としました。

     また、最高裁昭和36年12月21日も、

        基本賃貸借の賃借人がその債務の不履行により賃貸人から基本賃貸借契約を解除されたときは、基本賃貸借の終了と同時に転貸借も履行不能により当然に終了する

    としています。

     このように、判例は、

        ① 適法な転貸借は基本賃貸借の終了により当然には終了しない

        ② 適法な転貸借は転貸人の転借人に対する債務が履行不能となったときに終了する

    と考えています。

   では、「転貸借が履行不能となった」という時点とは何時なのでしょうか。「基本賃貸借契約が解除された」時なのでしょうか、「転借人が基本賃貸借の賃貸人から返還請求された」時なのでしょうか。

     この点につき、最高裁平成9年2月25日は、

        基本賃貸借が賃借人の債務不履行を理由とする解除により終了した場合、転貸借は、原則として、賃貸人が転借人に対し目的物の返還を請求したときに転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了する

    としました。要するに「転借人が賃貸人から返還請求された」時点を転貸借の終了時としたのです。

   したがいまして、基本賃貸借の賃貸人から転借人が返還請求をされた時点以降は、転借人は転借料を支払う義務はなく、逆に、基本賃貸借が終了しても賃貸人から返還請求されない限り、転借料を支払う義務があることになります(なお、この場合の転借料の支払先ですが、転貸借関係が継続している以上、転貸人に支払うことになると思われます)。 

     なお、賃貸人としては、基本賃貸借終了後は、速やかに、転借人に対し返還請求をすることが大切です。基本賃貸借を解除したことに安心し、転借人に返還請求するのを失念していますと、転借料を取り損ねることになりますので注意が必要です。

3 その他

    基本賃貸借が債務不履行解除により終了し、賃貸人が転借人に対し返還請求した場合、「返還請求時」から「目的物の現実の返還時」までには、多少の時間の経過があるのが通常です。この場合の賃料相当損害金の支払関係について、前記の判決では、賃貸人が転借人に対し請求できるとしています。そこで、転借人としては転借料相当損害金を賃貸人に支払うことになります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.08.05更新

借地の無断転貸に関する法律相談

 

<質問>

 私(以下「A」)は、ある借地に私名義の建物を建てて、以後十数年にわたり呉服店を営んで来ました。その後、数年前に、税金対策のため、個人で営業をしていた呉服店を株式会社(以下「B社」)に組織変更し、建物の名義も会社名義にしました。なお、会社の株式は80%を私が出資し、残りの20%の株式は妻と子の名義にしました。3名の会社役員については、私が代表取締役になり、妻と弟に名義だけを借りることにしました。

 そうしたところ、先日、地主から内容証明郵便が届き、建物の名義が個人から会社に代わっていることから、借地権の無断譲渡にあたるという理由で、借地契約の解除と土地の明け渡を求められました。

 このような場合、借地権の無断譲渡に当たってしまうのでしょうか。

<回答>

1 第三者に無断で借地権を譲渡することは借地契約の解除事由(民法612条2項)とされております。

 したがって、借地権を譲渡するには事前に地主の承諾を得なければなりません。地主の承諾を得ることが困難な場合には、裁判所に対し、地主の承諾に代わる許可の審判を申し立て、裁判所の許可を得てから譲渡することになります(借地借家法19条)。

2 本件のように、借地上の建物所有権の名義を個人から法人に変更(譲渡)した場合には、これに伴い借地権も当然に譲渡したと見なされると言う法理がありますので、これにより本件の借地権も法人に譲渡したものと見なされます。

 そうすると本件のような事案では、借地権の無断譲渡があったものとして、地主に借地契約の解除権が発生するようにも思えます。

3 しかし、最高裁昭和28年9月25日判決(民集7・9・979)は、建物の無断転貸の事例で、「賃借人が賃貸人の承諾なく、第三者をして建物の使用収益を為さしめた場合においても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信行為と認めるに足らない特段の事情がある場合には、賃貸人の解除権は発生しない」旨判示しております。 

そして、上記判例を受けて、最高裁昭和38年10月15日判決(民集17・9・1202)は、借地上にあった僧侶個人名義の建物所有権が宗教法人の名義へ地主に無断で変更されたという事案で、「借地の利用関係に実質的な変化はない」という理由で、背信行為なしとして地主の解除権を否定しております。

4 本件においては、①B社の代表取締役が元借地人のAであり、他の取締役もAの親族であること、②B社の株主も80%がAであり、残りの20%もAの家族であること、③B社の営業内容もAが長年行っていた呉服店であることからすれば、呉服店を法人化した後も当該借地の利用形態に実質的な変化はなかったものと考えられます。

したがって、本件のような事案では地主の解除権は否定されるものと考えられます。

最高裁昭和43年9月17日判決(判時536・50)も、本件と類似の事案において「借地人と地主との信頼関係を破壊するような背信行為とは言えない」という理由で、地主の解除権を否定しております。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.29更新

賃貸人の破産と賃借人の相殺権について

 

(事例)

  Xはその所有ビルを家賃1ヶ月10万円、敷金50万円でAに賃貸していたが、賃貸人Xは破産をし、破産管財人が選任された。

(1) このような事例で、Aは、預け入れ敷金と今後の賃料の支払い義務と   を相殺することができるか。

(2) また、Aが敷金とは別に、Xに対し売掛金債権100万円を有していた  場合、賃料の支払い義務と相殺することを破産管財人に対し主張すること  ができるか。

(3) 破産管財人は、破産法上、賃貸借契約を一方的に解除することが認められているか。    

(4) (2)のケースで、抵当権者が物上代位権に基づいて、賃貸人の賃料債権を差し押さえてきた場合に、賃借人は、(2)の相殺を差押債権者(抵当権者)に対しても主張できるか。

 

(回答)

 この度、破産法と民事再生法が大きく改正され、その結果、賃貸人や賃借人が破産・民事再生した場合における、賃貸借契約法上の法律関係も大きく変わりました。

 そこで、今回は、賃貸人が破産した場合における賃借人の相殺権、そして、敷金返還請求権の保護の制度について、ご説明します。なお、賃貸人が民事再生した場合については、破産をした場合とは異なる法律関係となり、また、異なる賃借人保護の手続き取られておりますので、次回にご説明致します。

 (1) 敷金返還請求権と賃料債務との相殺の可否

 破産法上、債権者は、破産開始の時において、破産者に対して債務を負担している場合には、破産者に対し有している債権と相殺をすることができます(新破産法67条1項)。

破産者に対し有する債権は、弁済期が未到来の期限付きの債権や解除条件付き債権(未確定の一定の条件が発生しない限り有効な債権)でもよいとされておりますが、停止条件付きの債権(未確定の一定の条件の成就をもって初めて発生する債権)の場合には、破産開始時までに条件の成就がなされていない限り相殺することができないとされています(新法67条2項)。

そこで、賃借人が賃貸人に対して有する将来の敷金返還請求権がここに言う相殺をなし得る債権に当たるかが問題になります。

しかし、最高裁判例(昭和48年2月2日)は、敷金債権の法的性格は、建物明け渡し時までの一切の賃料債権、賃料相当損害金、原状回復費用等を担保するものであるから、これらの一切の賃貸人の賃借人に対する債権を控除した上、残金があれば、建物の明け渡しの完了が為されたときに初めて発生する債権であるとして、停止条件付き債権であると判示しており、賃借人の破産者(賃貸人)に対する相殺権を否定しております。この点は、改正破産法においても変更はないところです。

したがって、賃借人は、破産管財人の賃料の支払い請求に対して、破産開始後も、将来の敷金返還請求権と今後の賃料の支払い義務とを相殺することはできません。

もっとも、このような取扱に対しては、賃借人は一方的に賃料の支払いを請求され支払わなければならないのに敷金返還の保証がないのは不合理だとする批判がありました。

そこで、改正産法は、将来賃借人が明け渡しを完了したときに発生する敷金返還請求権を確保するために、破産管財人に対する賃借人の賃料の寄託請求の制度を設けました。

これは、賃借人が賃料を支払うときに、破産管財人に対し、預け入れ敷金額の限度内で弁済した賃料を破産管財人が預かるよう寄託を請求した場合には、破産手続きが終了して最後配当が為されるまでの期間までに、賃借人が賃貸借契約を解約するなどして建物明け渡しを完了させた場合には、破産管財人は、寄託を受けた金額の範囲内で返還義務のある敷金を賃借人に返還しなければならないと言う制度です。これにより、賃借人の敷金返還請求権が保護されるよう配慮されました。なお、破産手続開始後から最後配当が為されるまでの期間については、破産事件の規模や複雑生にもよりますので一概にはいえませんが、早ければ半年程度、長い場合には2年以上かかる複雑な事件もあります。

もっとも、この寄託請求の制度によっても、最後配当の時までに敷金返還請求権が現実化しなかったとき(具体的には、当該不動産に担保価値を超える多額の抵当権が設定されており任意売却も纏まらないなどの理由で破産管財人が破産財団から当該不動産の所有権を放棄したが、それまでに、賃借人も賃貸借契約の解約・明け渡しを行わなかった時などが想定されます)には、寄託した金額は結局は一般債権者に対する配当に回されて、破産手続きが終了しますので、寄託金も返還されないことになります。

なお、賃貸人が破産をしても、当該不動産が抵当権者の競売手続きによらずに破産管財人によって任意売却されたときには(破産事件のうち大多数は抵当権者による競売手続きよりも任意売却により不動産の処分がなされます)、新賃貸人に敷金返還請求義務が承継されます。もっとも、敷金や保証金名目で賃料の何十ヶ月分も預けている場合には、預け入れている金銭の全額が承継されるのではなく、実質的な敷金相当部分に限定されて承継されます(実務的には特殊なケースは別として事業用の通常の賃貸借のケースでは家賃の1年分相当額が敷金相当部分として承継が認められる部分の上限かと思われます)。

また、抵当権者の競売手続きによった場合でも、抵当権設定前に契約した賃借人など賃借権を抵当権者に対抗できる場合には、競落人に対し、敷金返還請求権を主張できます。

したがって、破産管財人への寄託請求の制度の実益があるのは、賃貸人破産のケースでは、ある程度限られた場面になるでしょう。

(2) 売掛金との相殺権

 改正前破産法の下では、賃借人が賃料支払い債務を受動債権として賃貸人に対する債権とを無制限に相殺できるのかについては、旧法103条1項前段の解釈をめぐり、見解が別れておりました。

 しかし、改正破産法では、賃借人の相殺に対する期待を保護すべきとの考え方から、賃借人の相殺対象の債権を「破産宣告月及び翌月の賃料について相殺できる」とする旧法103条が削除された結果、賃借人の賃料を受動債権とする相殺は無制限に認められることになりました。

 したがって、本件では、賃借人は10ヶ月分の賃料債務と100万円の売掛金債権を相殺することで、10ヶ月分の家賃を支払わずに本物件を賃借することができます(11ヶ月目から3ヶ月分は敷金返還請求権を確保すべく破産管財人に賃料を弁済する際に寄託請求をすることになります)。

(3) 破産管財人による契約解除について

 (2)のような場合、破産管財人の方からは、賃料が入らないという理由で、賃貸借契約を解除されるのではとの疑問を考えられるかもしれません。

 この点、確かに、旧破産法では、破産管財人による賃貸借契約の一方的な解除権が認められておりました(旧法59条)。

 しかし、改正破産法では、賃借人が第三者に対する対抗力を具えている場合(建物賃貸借であれば建物の引渡が為されている場合、土地賃貸借であれば借地上の建物登記がある場合がそれぞれ第三者対抗要件を具えている場合にあたります)には、破産管財人は、賃借人に対して、一方的な解除権を行使することができないとされました(新法56条1項)。

(4) 抵当権者の物上代位権による賃料差押えと相殺主張

 以上のように、賃借人の相殺権は、新法下では大幅に保護されることとなりましたが、この相殺の主張が許されるのは、あくまでも賃借人と破産管財人との法律関係についてです。

 (4)のケースのように、抵当権者が物上代位権に基づいて、賃貸人の賃料債権を差し押さえてきた場合に、賃借人が売掛金と賃料との相殺の主張を抵当権者に対しても主張できるかについては、賃借人の売掛金の取得時期が抵当権の設定よりも前か後かによることになります。

 すなわち、売掛金の取得が抵当権の設定後であれば、賃借人は相殺の主張を差押債権者(抵当権者)に対して対抗できない(最判平成13年3月13日・判時1745号69頁)のに対し、抵当権の設定前であれば対抗できます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.23更新

中古マンションを購入する際の注意点~その2

 

(質問)

 当社は、中古マンションを購入することになりました。前の所有者は、自己破産をして免責を得た後、抵当権者主導で任意売却をした物件です。そして、前の所有者は、管理費と修繕積立金を過去7年間支払っていなかったようです。

 このようなケースでは、管理費・修繕積立金は時効にかかっているのでしょうか。

 また、前の所有者が自己破産をして免責を得た以上、当社は前の所有者の管理費を支払わなくてよいのでしょうか。

(回答)

1 管理費・修繕積立金の時効

これまで、管理費・修繕積立金の時効期間は、民法167条1項の一般債権であるという10年説と、民法169条の定期給付債権(典型例としては家賃がこれに当たります)に当たるという5年説に分かれておりましたが、近時の下級審裁判例(東京高裁平成13年10月31日、東京地裁平成9年8月29日)では10年説を採用するものが出ておりました。

しかし、最高裁判所は、管理費等の時効期間について、平成16年4月23日最高裁判所第二小法廷判決において、5年説を採用することを明らかにしました。

したがって、今後は、5年説に基づいて実務運用がされることになります。

本件では、2年分の管理費・修繕積立金については時効消滅を主張できることになります。

もっとも、時効消滅を主張できるのは、前の所有者とマンションの管理組合との間で時効の中断事由がない場合です。

前の所有者が管理費等の滞納期間を明示して滞納を認める念書を管理組合に差し入れている場合や管理組合が滞納者に対し訴訟を提起し勝訴判決を得ている場合には、時効は中断されています。

したがって、念書を差し入れている場合には念書の作成日から5年間、勝訴判決の場合には判決確定時から10年間は時効消滅の主張はできません。

なお、時効中断の方法としては、以上の他に、催告書・請求書等で請求する方法も挙げられます。しかし、この裁判外での請求では、請求をした日から6ヶ月以内に正式な裁判を提起しないと時効中断としての効力は認められません。したがって、たとえば、4年11ヶ月目に管理組合が内容証明郵便等で裁判外の請求をしていれば、請求後6ヶ月間は時効の完成を暫定的に止めることができますが、6ヶ月を過ぎるまでに訴訟を提起していないと、時効中断との関係では内容証明郵便による請求は何の意味もなくなります。

以上のように、発生日から5年を経過した管理費等は必ずしも時効消滅しているとは限りませんので、そのような物件を購入する際には、事前に管理会社や管理組合に問い合わせる等して時効中断事由の有無を調査しておくべきでしょう。

2 前の所有者が自己破産した場合の管理費の支払義務

前の所有者が自己破産をし免責決定を得た場合、破産決定日を堺に破産決定日までの管理費・修繕積立金については、管理組合は当該破産者に対して請求できません。破産決定日以降の管理費・修繕積立金については、管理組合は当該破産者に対しても請求できます。

では、中古マンションの新しい所有者は、前の所有者との関係では既に免責されている破産決定日までの管理費・修繕積立金についても、管理組合に支払う義務があるのでしょうか。

この点に関しては法も明確な規定をおいておらず、また、裁判例もいまだ出ていないようです。

この点、免責決定を得たことで、債務者に対しては強制的に請求できない債務を前の所有者から区分所有法8条により承継したに過ぎないと考えれば、新しい所有者は管理組合に対し支払う法的な義務はない(破産免責の効力を承継する)という考え方もあるでしょう。

しかし、以下のような理由から、前の所有者の下で破産免責された管理費等でも、新しい所有者との関係では管理組合に対し支払義務を負う可能性が高いと思われます。

 ① 管理費・修繕積立金の支払義務についての前所有者と新所有者との関係ですが、連帯債務又は連帯保証債務の関係にあるという説が有力です。これによると、連帯債務者又は主債務者の1人が免責を得たとしても、他の連帯債務者又は連帯保障人には免責の効力は及ばないことになりますので、前所有者が破産しても、前の所有者とは連帯債務の関係にある新所有者についても、免責の効力は及ばないとするのが理論的な帰結となります。

 ② 管理費・修繕積立金は、当該マンションの価値を維持する為に不可欠なものですが、新しい所有者が、従前適正に管理されることで維持され、又は、修繕積立金によって修繕されたマンションの価値を享受できるのも、これまでに他の区分所有者によって管理費や修繕積立金が毎月きちんと支払われてきた蓄積があるからです。しかし、新しい所有者のみがこのようなマンション維持・管理の利益を享受しながら、偶々前の所有者が破産免責されたという理由で新所有者はマンションの管理費・修繕積立金の支払義務を免れ、他方で、マンションの維持・管理の利益、そして、マンション修繕の利益を享受出来るというのは、極めて不公平な結果となります。その為、管理費・修繕積立金は、単に前の所有者の債務を引き継ぐというものではなく、区分所有権と一体となって承継される債務と解されます。そうすると、前の所有者が偶々破産をして破産免責を受けたかどうかに関わりなく、新しい所有者は、前の所有者から区分所有権を承継した以上、管理費等の支払い義務を負うべきことになります。

 ③ 一般に、破産免責された債務は、免責により消滅するのではなく、自然債務として存続はすると解されています。自然債務とは、債務者の方から任意に支払えば債務の弁済として有効となるが、債権者は債務者に対し強制的には支払を求めることはできない債務のことです。このように破産免責された債務は消滅するわけではないので、破産免責の効力が及ばない者に対しては、通常の債務として債権者からの請求に強制力が認められることになります。そして、破産法は、破産者の資力や破産者の社会経済的更生を企図して特別に破産者の為に認めた制度が破産免責の制度ですから、破産法の趣旨から考えても、この免責の効力を破産者ではなくマンションの新しい所有者にまで拡張して認める合理性はないことになります。

  以上のような理由から、いまだ裁判例が出ている事案ではありませんが、前の所有者との関係で免責を受けた管理費・修繕積立金でも、新所有者が支払義務を負う可能性は高いと思われます。

  従って、破産者が所有していた中古マンションを購入される場合にも、管理費等の滞納の事実があるかどうか十分調査した上で、購入する必要があると思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.16更新

中古マンションを購入する際の注意点

 

(質問)

  (1)  この度、中古マンション取引の仲介を行うこととなりましたが、その中古マンションにおいては、管理費・修繕積立金等の滞納があるそうです。このような中古マンションの購入に際して、注意すべき点を教えてください。

  (2) (1)の滞納管理費等ですが、滞納期間が7年を経過しております。管理費等の支払い義務に対しては、時効が成立しているのではないでしょうか。

 (3) また、上記の事例で、滞納期間が長期に渡っており遅延損害金も相当多額にのぼっているのですが、このような遅延損害金も、購入者は支払わなければならないのでしょうか。

  (4) また、管理費等の滞納がある中古マンションを当方が一旦購入し、それを転売するという方式を採った場合、転売後も、購入者が滞納管理費等を支払わない場合、当方の管理費等支払い義務は免れないのでしょうか。

 

(回答)

1  (1)の回答

  中古マンションの購入に際してしばしば問題となるのは、滞納管理費等の支払いに関してです。

 滞納管理費等がかさんでいる中古マンションを競売により落札する場合も、任意売却により購入する場合も、購入者は、区分所有法第8条の「特定承継人」として、滞納管理費等の支払い義務があります。

 従って、仲介人としては、当該マンションにいくらの滞納金があるのかを、マンションの管理会社に問い合わせるなどして調査し、購入者に説明しなければなりません。

 この説明義務を怠ると、仲介業者は、重要事項説明義務違反による損害賠償を請求される場合があります。

2 (2)の回答 

  また、滞納管理費等が長期間に亘り滞納をしている場合には、滞納管理費の支払い義務が時効により消滅している場合があります。

  この時効が成立する期間ですが、これまでは下級審の裁判例として、5年説と10年説に分かれておりました。本件でも、5年説に立てば、過去から遡って2年分の管理費等については、時効により消滅しているとも考えられます

  但し、5年を経過しないうちに、①訴訟が提起されている、②滞納者本人が管理費等の滞納を承認をしている、③滞納管理費等の一部を支払っている、といったケースでは、時効は中断しておりますので、時効は成立しておりません。

  しかし、近時は、10年説に立つ裁判例が相次いでおります(東京高裁平成13年10月31日、東京地裁平成9年8月29日、但し、最高裁判例はありません)。

  従って、この点が争点になり訴訟になった場合には、10年説にたつ判決がでる可能性が高いものと思われます。

3 (3)の回答

  滞納管理費等に対する遅延損害金ですが、これも法律上は購入者が全額支払わなければなりません。

  ただし、購入者が任意に支払うことを条件として遅延損害金の全額免除、一部免除若しくは6%等の低率の遅延損害金への引き直しを求め、管理組合と交渉をするというケースはよくあります。

  管理組合としても、訴訟費用をかけてまで遅延損害金を回収するよりは、低金利の経済情勢を背景にして、遅延損害金の支払いについては、免除に応ずるケースも多くあります。

4 (4)の回答

 本件は、マンションがA→B→Cと譲渡され、Aが所有していた期間の管理費等を滞納していたというケースす。

 当該マンションがAからBへ譲渡されCへ転売される以前の時点では、Bが特定承継人にあたり滞納管理費等の支払い義務を負うのは当然です。

 本件は、その後BからCへ当該マンションが譲渡転売されたことにより、Bは一旦負担した滞納管理費の支払い義務を免れるのか、それとも、Cと共に連帯して滞納管理費の支払い義務を負うのかという問題です。

 この点、大阪地裁昭和62年6月23日は、上記のような事案ではBには支払い義務がないとしています。これを受けて、実務上でも、Bには特定承継人としての支払い義務はないという取扱が一般的となっております。

 もっとも、この点についての最高裁判例は未だ出ておらず、上記大阪地裁判決に対する批判も強い(マンション紛争の上手な対処法・日本マンション学会法律実務研究会編・205頁)ことから、今後最高裁判決が出た場合に異なる判断が下される可能性がある点は付言しておきます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.08更新

消費者契約法と宅地建物取引

 

1 はじめに 

 平成13年4月1日から消費者契約法が施行されました。これまで、事業者と消費者の間には交渉力と情報に大きな格差があるため、消費者が不当な契約を強いられるといった批判がありました。消費者契約法は、この格差を是正し、消費者を不当な契約から守る目的で定められた法律です。消費者契約法は、適用範囲が広い上、民法の特則として消費者保護にとって強力な保護規定を設けております。そこで、今回は宅地建物の取引においても注意して頂きたい消費者契約法についてご説明します。

2 消費者契約法の適用範囲 

 消費者契約法は、「事業者」と「消費者」との間の契約に広く適用されますので、宅建業者が「消費者」と契約する場合や「事業者」に該当する貸主と「消費者」に該当する借主間の契約を仲介をする場合等は、この消費者契約法が適用されるということを念頭に入れて契約を締結しなければなりません。

 「事業者」とは、何度も繰り返し同じ内容の業務をやっている者のことです。会社でなく個人でも、また営利団体でなく学校・宗教法人などの非営利団体でも適用があります。

 「消費者」とは、「事業者」以外の者で、原則として個人の非事業者に限られ、団体は含まれません。但し、実質は個人と同視できる個人企業の場合には、通常の業務と全く関連しない分野での契約でしたら、「消費者」とみなされる場合もあります。

 なお、消費者契約法は、平成13年4月1日以降に契約締結されたもののみが適用される為、これ以前に締結された契約には適用はありません。

3 消費者契約法の内容

(1)重要な情報の虚偽告知・不提供による契約の取消し

 事業者が品物・権利・サービスの質や価格等について、真実と異なることを告げたり、又は、ことさらに消費者にとって不利益な事実を告げなかった場合で、そのため、消費者が嘘の事実が存在すると信じたり、不利益な事実は存在しないものと信じてしまった場合に、消費者は当該契約を取消すことができます。建物売買においては、重要な事項については、メリットだけでなく、デメリットも告げないと取り消される可能性があるのです。

(2)困惑行為による契約取消し

 消費者が退去すべき旨を事業者に表明したのに、事業者が消費者の住所や勤務先に居座ったため、消費者が困惑し、契約締結してしまった契約も、消費者は取消可能になりました。

(3)事業者の損害賠償責任を免除する条項の無効

・瑕疵担保責任の免責条項は原則無効になります。

 従いまして、例えば、建物の賃貸・売買における建物の欠陥、宅地の賃貸・売買における土地利用権の制限(地役権の設定、建築基準法の制限規定)等において瑕疵担保責任の免責条項を入れても無効になります。

・「事業者側による債務不履行によって生じた損害はこれを全額を免除する」との条項も無効になります。また、事業者の故意・重過失によって生じた損害については一部免除の条項も無効になります。

(4)消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項の無効

・契約書において、消費者の債務不履行があった場合の損害額を「損害賠償の予定」「違約金」「迷惑料」等の名目で、予め通常生ずる損害より高額に定めている場合があります。しかし、このような取り決めた金額が、「同種の取引において生ずる平均的な損害額」より高額な金額である場合は、その超過分の損害額の定めについては無効になります。

 例えば、解除に伴う建物明渡し履行期日以降に借家人が居座った場合、通常賃料相当損害分の他に執行費用、事務手数料、迷惑料といった損害も通常生ずるでしょうから、賃料相当額よりも若干高めに設定することは、「平均的損害」を上回るとはいえないでしょう。しかし、通常賃料の3倍、4倍とする旨の約定の場合は、平均的損害を上回ることになるでしょう。どこまでが賃貸借契約という取引類型の解除の際生ずる「平均的な損害」であるかは、今後の裁判例の集積を待つしかないでしょうが、高くとも賃料の2倍までが限界ではないでしょうか。

・また、金銭支払義務の遅延損害金は、年率14.6パーセントに限定されます。それ以上の取決めをしても14.6パーセントまで減額されます。

(5)その他消費者の利益を一方的に害する条項

 上記の他にも消費者にとって一方的に不利な不当条項は無効になる可能性があります。

 例えば、事業者のみが契約内容を一方的に変更・決定できる条項、賃借人に畳み張り替え、クロス張替え、ハウスクリーニング等通常使用による損耗の回復義務も課した条項です(この点は従前から判例上は制限解釈されてきた〔99年11月号512頁参照〕が、消費者契約法によってより一層認め難くなりました)。

 この他にもいろいろな例が考えられますが、要は、契約書を結んだからといって、必ずしもこれに拘束力を持たせることはできなくなったということです。逆にいえば、今後は何でも事業者に有利な契約書を結べばそれでよいというのではなく、各条項が消費者にとってあまりに一方的で不当・不公平な条項にならないよう契約内容を工夫しないと、結局は裁判で無効にされてしまい元も子もなくなってしまうということです。その意味で、どうしても譲れない事業者(貸主の方)の契約条項であって、かつ、一見して消費者に一方的に不当な条項に該当すると思われるものについては、お近くの弁護士に相談すると良いでしょう。そのままでは不当条項にあたり無効になるものでも、条項の定め方を工夫したり、消費者の利益を少々配慮するなど条項の修整によっては、不当条項に該当しないように調整できる場合もあるからです。

 例えば、前記通常使用による損耗の回復義務にしても、①賃料が経年劣化による減損分を反映していない程度に低額であるとか、契約時に権利金等の一時金の授受がないとか、損耗回復の範囲がある程度限定されているとかなどの事情に照らして消費者に損耗回復義務を課すことが合理的である場合で、かつ②契約時に前記回復義務を消費者に具体的に説明し、単に契約書に記載があるだけでなく別途その承諾を取っている場合には、「消費者の利益を一方的に害するもの」とはいえず、かかる条項も有効になるでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.07.01更新

店舗賃貸借契約の中途解約と権利金の返還

 

<質問>

契約期間4年の店舗賃貸借契約を結ぶ際、かなり高額の権利金を支払いました。しかし、事業が思うようにいかなくなったため、賃貸借契約書における中途解約の条項に従い2年間の使用後に契約を解約しました(契約書では解約予告期間が半年前となっておりましたので、半年前に解約予告の通知をしました)。

このような場合、借家人は賃貸人に対し権利金の一部を返還請求することはできるのでしょうか。

 

<回答>

1 権利金の法的性質 

この問題を検討する前提として、権利金の法的性質について検討しておきたいと思います。

権利金の法的性質については、①営業上の利益の対価とする見解、②賃料の一部の一括前払いとする見解、③賃借権そのものの対価とする見解、④場所的利益に対する対価とする見解、⑤上記①から④のいずれの性質も有するとする見解、などに分かれております。

いずれの見解も一長一短ですので、当該物件の場所的環境や契約締結の経緯など具体的事情に照らして、①から⑤のいずれの性質かを判断する必要があると思います。

2 賃貸借契約の途中解約と権利金の返還請求

(1) 契約期間満了による終了の場合

権利金は、通常は、契約期間の満了により賃貸借契約が終了した場合には返還されない(すなわち貸主が権利金の全額を取得する)ことを予想して交付される金銭です。

したがって、特別の合意が存在しない限り、賃貸借契約が「期間満了」により終了した場合には、借家人が権利金の返還を求めることはできません。

(2) 契約期間の定めがある場合に中途解約がなされた場合

契約期間の定めのある場合には、その契約期間内は賃借物件を使用・収益することを前提として権利金の額が定められているのが通常であり、契約当事者の合理的意思だと考えられます。このことは、前記の権利金の性質に関する①ないし⑤のどの考え方に従っても同様の事だと思われます。

したがって、そのような契約期間の途中に賃貸借契約が終了した場合には、借家人は、権利金を支払った分をいまだ十分に利用することができなかったものであり、他方、賃貸人側は権利金の全額を受領するに足る十分な期間借家人に対し賃借物件を利用させていないのですから、未経過の契約期間に相当する権利金については、返金を認められても、損失はなく、むしろ返金を認めるのが公平と言えます。また、中途解約による貸主の損失についても、相当な解約予告期間を設けるなどして損失を回避することも可能です。

したがって、下級審の裁判例(東京地判昭42・5・29判時497・49等)の多くは、権利金の性質が、営業ないし営業上の利益の対価であれ、場所的利益に対する対価であれ、賃料の一部の一括払いの性質であれ、その他であれ、賃借期間と残存期間とを按分比して、不当利得として残存期間分に相応する金銭の返還請求を認めております。これは、借家人の都合による合意解約の場合や中途解約条項に基づく中途解約の場合にも認められます。

また、借家人の債務不履行による契約解除の場合など賃借人が自ら招いた契約解除でも、権利金の返金が認められるかについて争われた事案でも、裁判例(東京高判昭29・12・6東高民時報5・13・298)は、契約解除の原因はともあれ、賃借期間を十分利用することができなかったことには代わりはないとして、やはり、残存期間に相応する分の権利金の返還を認めております。もっとも、借家人の債務不履行による契約解除によって賃貸人が受けた損害とは差引きされますので、この点には留意が必要です。

以上のように、契約期間が満了する前に契約が中途解約された場合には、未経過の契約期間に按分して権利金の一部の返金が認められるというのが裁判例ですので、本件でも権利金のうち2分の1相当額の返金を求めることが出来ると考えられます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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