弁護士 秋山亘のコラム

2019.01.28更新

袋地の通行権にはどのようなものがありますか

 

<質問>

私は、土地付の中古建物を購入しました。その物件は、建物からから公道に出ることができる唯一の通路部分は、隣接地の地主が所有している土地なのですが、自由に行き来できるので問題ないと売主Aから説明を受けていました。

しかし、購入後、しばらくすると、その地主が当該通路部分に植木や花壇を造り、公道に出れないようにされてしまいました。

通路部分の地主に植木等を撤去するように言っても、自分の土地だから何をしようと自由だと言って話に応じてくれません。

どうしたらよいのでしょうか。売主に責任追及すべきでしょうか。それとも、まずは、地主に植木の撤去を請求すべきでしょうか。

 

<回答>

1 この種の事案では、まず、当該通路部分にどのような通行権が設定されているのかを、売主から詳しく事情を聞くことが肝心です。といいますのも、これまで通路として利用できたという場合には、多くのケースで、地主の封鎖行為が違法な場合が多いからです。

 そこで、まずは、通行権の種類についてご説明します。

① 通行地役権(物権的通行権)

 これは売主と当該通路部分の地主との間において、売主の土地の便益のために、当該通路部分の土地を通行目的のために利用するという内容の地役権設定契約(民法280条)が締結されていた場合に生ずる権利です。

明確な地役権設定契約がなくても、10年以上にわたり、通路としての公然と使用し続けている場合には、通行地役権設定の時効取得が認められる場合もあります。

また、例えば、かつて袋地だった土地を地主が売主に分譲したという経緯がある場合には、公道まで通じる部分を通路として利用することを黙示に設定していたとして、通行地役権が認められる場合もあります。

通行地役権は、土地に登記することが認められる権利であって、登記がされていれば、たとえ通路部分の所有者が変わったとしても、その者に対し、通行地役権を主張できます。

② 通路利用契約(債権的通行権)

 当該通路所有者との間において、通行を目的とする当該通路の利用契約が結ばれている場合にも通行権が発生します。

 通行の対価を伴うものであれば、賃貸借契約ないしこれに類似した債権契約と考えられ、無償利用であれば、使用貸借契約ないしこれに類似した債権契約と考えられます。

債権的通行権の場合には、通行地役権と異なり、契約当事者間のみにおいて拘束力があるにすぎません。

したがって、債権的通行権の場合には、事前に、売主が買主に通行権を承継することを地主に申出て地主から承諾を取っておくことが必要になります。

したがって、債権的通行権の場合には、本問のように土地の売買が為されても、当然に、買主は売主が有していたこの種の通行権を主張することはできません。

④ 囲繞地(いぎょうち)通行権

 購入した土地が他人の土地(囲繞地)に囲まれて公路に通じていない袋地である場合は、民法211条の囲繞地(いぎょうち)通行権として、その他人の土地を通行することができます。ただし、通行の場所および方法は、通行権者のために必要にして囲繞地のために最も損害の少ない経路でなければなりません。

 したがって、本問においても、当該通路が当然囲繞地通行権の認められる通行部分であれば、すなわち、「通行権者のために必要にして囲繞地のために最も損害の少ない経路」であれば、囲繞地通行権が認められます。

他の囲繞地も含めて公道へ通じるより短い適当な通路があるようであれば、その通路の方に通行権が認めら、本件の当該通路には囲繞地通行権は認められません。

なお、建築基準法上、建物を立てるには敷地が原則として幅員4メートル以上の道路に2メートル以上接していなければなりません(42条、43条)が、囲繞地通行権による通路の幅員としては、必ずしも2メートル以上の幅員が確保されているわけではありませんので、注意が必要です。

また、購入した土地が従前袋地でなかった場合は、分割されて袋地になったときの分割者の土地のみを通行できるだけです(民法213条)。

また、購入した土地の隣地が元々買主の土地であり、その土地が公道に面している場合にも、買主は、自分の土地を通行すればよいわけですので、囲繞地通行権は認められません。

⑤ 建築基準法上の位置指定道路・みなし道路

また、建築基準法上の位置指定道路或いはみなし道路として認められているケースも多くあります。

建築基準法上、建物を立てるには敷地が原則として幅員4メートル以上の道路に2メートル以上接していなければなりません(42条、43条)。

建物建築のための接道要件といわれるものですが、それを満たすために、当該土地所有者等が特定行政庁に対し、この道路位置指定を申請し、これによって認められた道路が位置指定道路です。

 また、4メートル幅以上の道路でないにしても、昭和25年11月以前という古い時期から現に建築物が建ち並んでおり、通路として使用されていたところは、特定行政庁が建築基準法上の道路とみなしている場合が多く、それをみなし道路(2項道路ともいいます)と呼んでいます。

 このように当該通路部分が位置指定道路やみなし道路だとすると、そこに建築物を築造することはできず、本件の買主は当該通路を自由に通行できます。

2 本件では、まずは、上記のいずれの通行権が存在するのかについて、売主Aから詳しく事情を聞き、建物の建築確認申請時の資料を取り寄せたり、或いは、登記簿謄本、公図、地積図、旧土地台帳、航空写真などを取り寄せる、区役所の細街路課に問い合わせるなどによって、調査する必要があります。

 その上で、通行権が存在する場合には、当該通路部分の地主に対し、構築物撤去を求める裁判を提起することができます。

 仮に、調査の結果、通行権というものが認められなかった場合や訴訟をしても通行権の主張が認められなかった場合には、売主Aに対して、瑕疵担保責任に基づく契約解除、錯誤無効による契約の無効主張をすることになります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.01.22更新

相続の発生と自己株式の取得

 

 <質問>

 私は,不動産業を営む株式会社を経営しており,自社の株式も多数保有しています。私にもしものことがあった場合には,息子に後を継いでもらうつもりですが,会社は多数の不動産を保有しているため株式の時価も相当高額になると思われますので、相続税が高額になってしまうことから,果たして息子が相続税を支払えるか心配です。ところで,最近,商法の改正で会社の自己株式の取得が可能になったということを聞きました。

そこで,息子が相続した株式の一部を会社が買い取り,その売却代金で相続税を支払うということができないかと考えているのですが,どうでしょうか。

 

<回答>

1 自己株式の取得

 会社が自社の発行した株式を取得することを,「自己株式の取得」といいます。自己株式の取得は,平成13年6月改正までは原則として禁止されていましたが,同改正により手続・方法・財源の規制のもとで認められ,会社法もこれを引き継ぎ,規制を合理化しています。

 会社が自己株式を取得できる場合としては,いくつかありますが,本件のような場合に考えられるのは,「株主総会の特別決議による取得」であると思われます。

2 株主総会決議に基づく取得

 この場合の取得手続規制としては,以下のものがあります。

(1)株主総会の特別決議

 会社が特定の株主から自己株式を買い取る場合,株主総会の特別決議(当該株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し,出席した株主の議決権の3分の2以上にわたる多数をもって行う決議)が必要になります(会社法156条1項,160条1項,309条2項)。

この株主総会では,原則として,会社から株式を買い取ってもらう株主は議決権を行使できません(同法160条4項)。

そこで,他の株主の賛成が得られないと,会社に買い取ってもらうことは困難です。

(2)売主追加請求権

売主以外の他の株主は,会社に対し,自分も売主に加えることを請求することができます(同法160条2項,3項)。会社は,株式を買い取ろうとした相手の株主以外の株主からも株式を買い取らなくてはならなくなるので,前記の規定は,会社が特定の株主からのみ株式を買い取ろうとする場合,大きな障害になる可能性があります。

しかし,株式会社が株主の相続人から相続により取得した当該株式を取得する場合には,前記の売主追加請求権の規定は適用されません(同法162条)。もっとも、①株式会社が公開会社である場合、②当該相続人が株主総会等で当該株式を株式会社が自己取得することに関して議決権を行使している場合には,原則どおり,前記の規定の適用があります。

なお,公開会社とは,その発行する全部又は一部の株式の内容として譲渡による当該株式の取得について株式会社の承認を要する旨の定款の定めを設けていない会社をいいます。すなわち,譲渡制限株式(譲渡による当該株式の取得について株式会社の承認を要する株式)を発行している会社は,公開会社ではありませんから,他の株主の売主追加請求は認められず,会社はその相続人からのみ株式を買い取ることができます。

なお,株式会社は,会社法160条2項,3項の適用(他の株主の売主追加請求権)を,定款をもって排除することも可能です(同法164条1項)。もっとも,会社成立後に当該定款変更を行う場合には,株主全員の同意を要することになり(同法164条2項),会社が成立した後でこのような定款に改めることは困難な場合もあります。

3 財源規制

 会社が自己株式を有償取得する場合には,会社から金銭が流出することになり,会社の債権者が害されるおそれがあります。そこで,取得の際に株主に交付する金銭等は,分配可能額を超えることはできません(同法461条,157条1項,176条1項)。すなわち,自己株式を取得するためには,会社が取得のため資金を有している必要があります。

 最近では,このように会社が後継者(相続人)の相続した株式を一部買い取り,相続人の相続税納税資金準備を行うための生命保険も現れています。すなわち,社長を被保険者とし,会社を契約者かつ死亡保険金受取人として,生命保険契約を締結しておき,社長が死亡した場合には,会社に生命保険金が下り,会社はその保険金で相続人から自己株式を取得することができ,相続人は,その売却代金で相続税を支払うというわけです。また,役員を被保険者とする積み立て式の厚生保険は保険料を一部損金として計上することができる場合もあるため,節税対策の一つとして,このような保険に加入するのも検討に値するのではないかと思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.01.15更新

私道の通行妨害に関する法律問題

 

<質問>

 ある土地を購入して、駐車場経営をしようと考えております。しかし、その土地は、公道には面しておらず、第三者が所有する建築基準法42条2項のみなし道路に指定されている私道にしか通じていません。そこで、この私道の所有者に「上記の土地を購入して駐車場を作りたい」旨の挨拶に行ったところ、「私道なので車の通行は許さない」と言われてしまいました。

私としては、私道であっても道路である以上、車の通行を許さないなどという理屈は通用しないと思います。現にその私道には近隣住宅の所有者の自動車が通行しております。

 上記の土地を購入して駐車場を作っても問題はないでしょうか。

<回答>

 結論から申し上げますと本件のような場合には、私道の所有者から通行権(通行地役権等)を設定してもらい、当該私道部分における駐車場の車の通行を認めてもらった上でなければ、購入は中止した方がよいと考えられます。

 といいますのは、私道の所有者等による私道の通行妨害があった場合に、そのような通行妨害を禁止するよう請求するための要件として、最判平成5年11月26日(判時1502号89頁)、最判平成9年12月18日(民集51巻10号4241頁)、最判平成12年1月27日(判時1703号131頁)は、①当該私道が建築基準法上の私道であること、②通路が現実に開設されていること、③通行が日常生活上不可欠であること、④私道所有者が通行を受忍することによって通行者の通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情がないこと、という4つの要件を全て満たす必要があるとしています。

 上記要件の中で特に注意が必要なのが、③の「通行が日常生活上不可欠であること」という要件です。

本件のような場合には、駐車場を建設して、駐車場収入を得るといういわば「営利的な目的」による私道の通行ですので、このような場合には私道の通行が「日常生活上不可欠」とは言えないと判断されます。

前掲最判平成12年1月27日も上記のような理由で、私道に対する通行妨害の排除の請求を棄却しております。最高裁判決のいう「日常生活上の不可欠の利益」とは、私道だけに通じる土地に自宅を所有する者が生活のためにやむを得ず通行する利益のことですので、商業上の利益は含まれないことになります。

なお、自宅の駐車場に止めてある車を通行させることに関してはどうかという点ですが、例えば、高齢や障害のため車での外出が不可欠などの事情があれば、「日常生活上の不可欠の利益」と言えると思います。しかし、単に自宅に車の駐車場があると便利であるという理由だけで「日常生活上の不可欠の利益」があると言えるかについてはかなり微妙な問題があります。

 最高裁が上記③の要件を設けたことに関しては、私道上には構築物を設置することを禁止する行政上の規制違反を結果的に容認することになるなどの学説上の批判があるところですが、平成12年の最高裁判決ですので、上記③の要件は今後も当分の間は維持されると考えられます。

 したがって、私道の所有者の意向を無視して駐車場を建設しても、私道の所有者が私道上にポールを設置するなどして通行を妨害した場合には、そのような通行妨害の禁止を求めることはできないと考えられますので、私道所有者との間で通行権の設定に関する合意が成立しない場合には、土地の購入は中止しておいた方がよいと考えられます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2019.01.07更新

借地権の相続の法律問題

 

<質問>

 父は、10年前から土地を借りて、借地上に店舗を建設し、洋品店を経営しておりました。しかし、昨年急逝したため、父の店は、相続人である私が引き継いで、経営を引き継ぐことになりました。そこで、地主に挨拶に行ったところ、借地契約の名義書換をしてくれなければ困ると言われ、名義書換料として地代の1年分を請求されました。

地主が言うように名義書換料の支払いに応じなければならないのでしょうか?
(1)の事例で、借地契約には「当該借地契約は借地人一代一限りで失効する」という特約が付されていました。

この場合、借地契約は上記特約により終了するのでしょうか?

<回答>

(1) 賃借権の相続と名義書換料支払いの必要性

借地人が死亡した場合、相続が開始し、借地権はその時から当然に相続人に移転します(民法882条・896条)。

この場合、賃借権だけでなく、これに付随する一切の賃貸借上の権利義務関係ないし地位が相続人に移りますから、地主と借地人との契約関係も法律上当然に相続人に承継されます。

 そして、借地権の相続によって、その権利の持ち主の名義に変更が生じますが、この名義の変更は、賃借権の第三者への譲渡等とは異なり、地主の承諾を得る必要がなく、法律上当然に生ずるものです。

したがって、賃借権の名義変更による承諾料としての名義書換料を支払う必要はありません。

実際上、本問のように地主から賃貸借契約の名義書換や更新の申出を受けることもあります。

名義書換をしておいた方が権利関係を明確にするという意味では望ましいことですが、従前の借地契約が法律上当然に承継されますので、多額の名義書換料を支払ってまでして名義書換をする必要性は余りないのではないかと思われます。

(2) 契約期間を「一代限り」とする特約の効力

 「賃借人が死亡したときには契約が終了し土地を明け渡す」旨のいわゆる賃借人一代限りの特約を結ぶ例もまれに見受けられます。この特約の法的性質は、不確定期限を付した合意解除契約といえます。

しかし、借地借家法(旧借地法)では、法の定める借地権の存続期間(借地借家法では30年)に反する特約は、無効とされています(借地借家法3条、9条)。賃借人一代限りとする特約は、借地契約後30年未満に賃借人が亡くなった場合にはその時点で賃貸借契約の期間が満了するという特約ですので、借地権の存続期間を最低でも30年とする借地借家法の規定に反することになります。

この点、裁判例(東京高判昭48・11・28/判時726・44)においても、賃借人一代限りとする特約は、借地法の定める存続期間に反する結果となり、借地人に不利なものとして無効である判示しています。

したがって、本件でもこのような特約は原則として無効と理解してよいと考えられます。

そして、この場合の存続期間は、期限の定めのない借地契約ということになるため、借地借家法3条の定める存続期間である30年と見なされることになります(最判昭44年11月26日/民集23・11・2221)。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.12.25更新

建物の賃貸借と敷地の利用権

 

<質問>

1 私は一軒家を自宅として借りて住んでおります。家の前には、車2台分のスペースの空き地があったため、その空き地を庭にして小さな家庭菜園に利用しておりました。

そうしたところ、貸主から、敷地は契約書上賃貸借の目的物にはなっていから、今後は駐車場にして第三者に貸したいので、庭部分の敷地を返して欲しいと言ってきました。

貸主の主張は正しいものなのでしょうか。

2 私は、ある貸ビルの1室を飲食店利用の目的で借り、レストランを開いております。営業時間中は店の前のビル敷地部分に可動式の看板を置きたいと思いますが、貸主は認めてくれません。どうしても看板を出したいならば看板料を支払うよう言われております。

 なお、賃貸借契約書では、店の前に看板を出すことは禁止されておらず、また、看板もよくある飲食店用の小さな立て看板で特に通行の障害になるようなものでもありません。

 貸主の言うとおり看板を出すことはできないのでしょうか。

<回答>

1 質問1について

借家人は、敷地を利用せずに建物に居住することは不可能ですので、一般には、「住宅に使用するための家屋の賃貸借において、その家屋に居住し、これを利用するため必要な限度で、その敷地の通常の方法による使用が随伴することは当然である」(東京高判昭三四・四・二三下民一〇・四・八〇四)と考えられています。

したがって、建物の賃貸借契約書に賃借物の範囲が明記されていなくても、「建物の通常の利用に必要な範囲内での敷地の通常の方法による使用」は、建物の賃借権に含まれていると解されます。

もっとも、どの程度の敷地利用が「建物の通常の利用に必要な範囲内での敷地の通常の方法による使用」といえるかは、いちがいには言えません。契約の目的、趣旨、賃料の決め方、貸した当時の建物や敷地の形状、賃貸人が黙認していた賃借人の利用方法などの事情を総合考慮して決められることになると思われます。

質問1のように、住宅用の一軒家の賃貸においては、駐車場2台分程度のスペースを、庭として或いは駐車場として、借家人が使用することは、当然、「建物の通常の利用に必要な範囲内での敷地の通常の方法による使用」といえます。

したがって、前記の敷地部分も建物の賃借権の範囲に含まれていると解せますので、貸主の主張は誤っていると言えます。

 これに対し、仮に、建物の前の空き地スペースが建物と同じくらいの広さで、駐車場10台分もある場合には、当該部分の敷地面積を考慮して建物賃料を決めたなどの特段の事情がない限り、その全部が「建物の通常の利用に必要な範囲内での敷地の通常の方法による使用」とは言えないと思われます。「建物の通常の利用に必要な範囲内での敷地の通常の方法による使用」と言えるのは、庭としてのスペース部分(駐車場1台分程度)及び家庭用自動車の駐車場1、2台部分に限られるでしょう。

2 質問2について

質問2の問題についても、「建物の通常の利用に必要な範囲内での敷地の通常の方法による使用」と言えるかがポイントになります。

基本的には、飲食店を開いて営業している以上、客を呼び寄せるために店の前の入口に看板を出すことは必要不可欠のこととも考えられます。

したがって、営業時間内に可動式の看板を出すことは「建物の通常の利用に必要な範囲内での敷地の利用」にあたり、看板を出すことは建物の賃借権の範囲内と言える可能性が高いでしょう。まずはこの点を貸主に十分説明して話し合うことが肝心です。

 但し、賃貸借契約書で看板を出すことを明確に禁止している場合、看板を置く場所が避難通路に指定されているなどして消防法上看板を置くことが違法になる場合には、看板を出すことは出来ませんので、注意が必要です。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.12.17更新

借家契約において無効となる条項

 

<質問>

 借家契約では契約書で家主に有利な規定を設けても無効になる場合があると聞きます。どのような条項が無効になるのでしょうか。

<回答>

1 借地借家法では、一定の事項については仮に契約書等で賃貸人に有利な条項を定めても無効になる旨を定めております。これを強行規定といいます。

 借地契約については借地借家法9条が、借家契約については借地借家法30条がこれに当たります。

 具体的には借家契約の場合で、借地借家法28条(賃貸人は正当な事由がなければ更新を拒絶しまたは解約の申し入れをすることができない)、同法26条1項(期間満了前1年~6カ月の間に更新拒絶の通知をしないと契約は自動的に更新されたものと見なされる)、同法26条2項(期間満了前の26条1項の通知をした場合であっても、賃借人が期間満了後も建物の使用を継続している場合には賃貸人が遅滞なく異議を述べないと自動的に更新されたものと見なされる)、同法29条(1年未満の契約をした場合には期間の定めがない契約と見なされる)などの規定が強行規定にあたります。

 したがって、これらの規定に反する条項で賃貸人に有利な条項は無効とされています(借地借家法30条)。

2 具体的に問題となった例としては以下のような条項があります。

・家主の要求があれば直ちに明け渡す旨の特約

このような条項は、借地借家法28条の正当事由(地主の自己使用の必要性に関わる正当事由)がなければ解約できないとの条項に違反します。

また、建物の立ち退きに当たっては一切立ち退き料を請求しない旨の条項 も、立ち退き料の提供は正当事由を補完するための重要な要素ですので、このような条項も実質的には借地借家法28条に反するものとして無効になります。

また、家主の療養中に限り賃貸する旨の条項なども実質的に借地借家法28条に反するとして無効とされております(ただし、ここで述べているのは、療養が終わっても当然に借家契約が終了しないという意味ですので、療養が終わり家主が当該借家を自己使用する必要性が高いという事情は、借家契約の更新拒否の正当事由の一つとして考慮されます)。

なお、一定の期間に限り賃貸に出したいという場合には、借地借家法38条の各要件を備えることにより成立する定期借家契約という方法がありますので、この方法を検討するべきでしょう。

 ・賃借人が差し押さえを受け又は破産宣告の申し立てを受けた時には、家主は直ちに契約を解除することができる旨の条項

 差し押さえを受けたり、破産宣告の申し立てを受けただけで、家賃はきちんと支払い続けているという場合には、賃借人は何ら債務不履行(家賃の滞納)をしたことになりませんので、このような事項は借地借家法28条の正当事由にはなりません。

したがって、このような条項も無効になります(最高裁昭和43年11月21日民集22・12・2726)。

なお、賃借人の破産は、かつては民法上の賃貸借契約の解除事由とされていましたが、前記のような理由から合理性がない規定だとして民法の規定からも削除されています。

3 このように、賃貸借契約の終了事由に関わる条項の多くは、借地借家法28条の定めと実質的に反するという理由で無効とされておりますので、契約書の検討の際には特に注意が必要です。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.12.10更新

滞納管理費の一部弁済と時効中断の範囲 

 

<質問> 

私は、あるマンションの管理組合の理事長をしておりますが、ある区分所有者の方で管理費を4年11ヶ月間滞納している方がいます。管理費の時効期間である5年の経過を間近にして、強く督促したところ、その方は1ヶ月分だけ支払って来ました。

債務の一部弁済も時効の中断事由にあたると聞いておりますので、もうしばらく訴訟の提起を見合わせたいと思っております。

時効の点は大丈夫でしょうか。

<回答>

 本件で問題となっているマンションの管理費は、民法169条所定の定期給付債権に該当することから5年の時効期間に服します(最高裁判所平成16年4月23日判決)。

 ところで、マンションの管理費のように毎月定期的に発生する債務に関して、その1ヶ月分のみが支払われた場合において、債務の一部弁済として滞納期間全体(本件では4年11ヶ月分)の債務について時効中断の効力が及ぶのか、それとも個々の債務は別個独立の債務であることから残りの滞納期間の債務には時効中断の効力は及ばないと考えるのかが問題となります。

 この点、医師会に入会後規約に基づき毎月定期的に発生する医師会会費の時効が問題となったというマンション管理費の滞納と類似する事案において、判例(大審院昭和16年2月28日判決)は、一年のうち4月分・5月分の会費を支払ったとしてもそのために同年度の他の未払会費の支払義務があることをも承認したものとは認定出来ない、として残りの滞納期間の債務には時効中断の効力が及ばない立場を明らかにしております。

 したがって、本件においても、1ヶ月分の管理費が支払われたからと言って、他の滞納期間の債務を承認したことにはならないと考えられます。

 そのため、本件において時効の成立を防ぐためには、①残りの滞納期間の債務について5年の時効期間が経過する前に訴訟を提起する(5年が経過する前に取りあえず内容証明郵便を送付して6ヶ月以内に提訴する場合も含む)、②残りの滞納期間の債務について滞納債務の総額と滞納期間を明示の上債務者がこれを承認する旨の債務承認書を債務者から取得する、或いは、③残りの滞納期間と滞納債務の総額を明示の上これを分割弁済する旨の分割弁済書を債務者から取得する、という方法によって時効中断の措置を取っておく必要があります。

 なお、②③について、しばしば口頭での遣り取りだけで済まされがちですが、口頭の遣り取りだけでは後に立証することが困難となりますので、書面の取り交わしは必須と言えます。

また、③の場合には、「期限の利益喪失約款」を付する場合がありますが、この場合には、「相手方の○回分の滞納により当然に期限の利益を喪失する」と記載されている場合には、相手方の○回分の滞納により期限の利益を喪失した時から5年間で、債務承認をした全体の残債務について時効になります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.12.03更新

遺留分の放棄に関する法律相談

 

 

<質問>

 私は、ある不動産賃貸業の会社を経営しており、いくつかの不動産を保有しております。

 妻は既に他界しておりますが、子どもが二人おります。長男は会社の経営を手伝い、次男は海外で悠々自適に暮らしている状況です。

 長男に会社を引き継がせるため、次男には一定額の預金を渡すことで、会社の株式とそのほかの不動産等の財産については、長男に相続させることを考えております。

 幸いにして次男もその考え方に了解してくれています。しかし、将来のことを考えると、次男にしても考えが変わるとも限りませんので、きちんとした法的な手続きを取っておきたいと思います。

 どのような手続きを取ればいいのでしょうか。今のうちに、次男から相続放棄の書面に署名・捺印をもらっておけばよいのでしょうか。

なお、これまでに長男・次男に生前贈与したことはありません。

<回答>

1 被相続人の生前に相続人が相続放棄の書面を作成していたとしても、生前の相続放棄は無効とされております。

 そのため、本件のように被相続人の生前において相続財産の分配方法を確定しておきたい場合には、あらかじめ遺言書を作成しておいて、相続財産の分配方法を具体的に定めた上で(例えば、預金Xは次男に、その他の遺産は全て長男に相続させる)、次男においては遺留分放棄の許可の申立(民法1043条)を家庭裁判所にして、家庭裁判所から許可の審判を得ておく必要があります。

家庭裁判所は、次男において遺留分の放棄の意思表示が真意に基づくものか、その他遺留分放棄に至った事情を考慮して、許可の審判をします。

2 もっとも、生前における遺留分の放棄が意味をなすのは、遺言による相続財産の分配方法が遺留分を侵害する場合です。本件における次男の遺留分は、これまでに生前贈与をしたことはないとのことですので、相続財産から相続時の負債額を差し引いた金額の4分の1(=1/2×1/2)です。

したがって、遺言によって次男に渡す予定の預金額がこの遺留分額を下回らなければ、遺留分を侵害することはないので、遺言書を書くだけで足ります。

本件のように不動産を多数お持ちの場合には、不動産の価値がかなり高額となる場合が多いでしょうから、一定額の預金を渡してもなお遺留分を侵害するとされるケースが多いでしょう。生前における遺留分の放棄の許可の手続きを取るべきか否かは、この点を考慮して決めることになります。

3 このほかに「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」では、会社の事業承継にあたって、後継者が議決権の過半数を確保することできるよう、株式等の生前贈与が行われた場合の遺留分に関する民法の特例が設けられております。

これは、一定の要件を満たす中小企業においては、旧代表者の推定相続人全員の合意により、旧代表者から後継者に生前贈与された株式等を①推定相続人の遺留分算定の基礎財産から除外する、または、②後継者が贈与を受けた株式等の評価額を一定額に固定する合意がなされ、その合意内容について家庭裁判所の許可を受けることにより、当該生前贈与を受けた株式等に対する遺留分の行使を制限できるというものです。

②は、株式等の生前贈与が為された後、後継者の経営努力によって株式の価値が上昇したという場合に、遺留分算定の際の株式の評価額は相続開始時を基準とされていることの不公平さをなくすための制度でもあります。

民法の制度は、遺留分の放棄という制度であり、遺留分権者にとってはオールオアナッシングの制度のため、かえって使いにくいという難点がありましたが、上記制度は、事業承継に必要な株式に関してのみ適用される制度ですので、遺留分を全部放棄してしまう民法の制度に比べて中間的な方法として利用が期待できます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.11.26更新

借地借家法の改正と定期借地権制度の概要

  

<質問>

 借地借家法が改正され事業用定期借地権の制度が利用しやすくなったと聞きました。どのような点が改正されたのでしょうか。

 また,借地借家法で定めのある定期借地権制度の概要を教えてください。

<回答>

1 平成19年の借地借家法の改正について

借地借家法の一部を改正する法律(平成19年法律第132号)が公布され,事業用定期借地権を設定する場合の存続期間がこれまでの「10年以上20年以下」から「10年以上50年未満」に改正され,上限が引き上げられました。施行期日は平成20年1月1日です。

これまで事業用定期借地権は存続期間10年以上20年以下の範囲でしか設定できませんでした。

しかし,建物の税法上の減価償却期間は20年を超えるものが多く,これに見合った条件で定期借地権を設定できるようにしてほしいという要望が多く寄せられたため,今回の改正により,存続期間10年以上50年未満の範囲で事業用定期借地権を設定できるようになりました。

なお,存続期間が50年以上の借地権を設定する場合には,その建物所有の目的が事業用であるか居住用であるかを問わず,一般定期借地権(借地借家法第22条)によることができます。

したがって,改正後は,事業用の建物の所有を目的とする借地権については,一般定期借地権と事業用定期借地権を適宜選択することにより,存続期間10年以上の範囲で自由に設定することが可能になりました。

2 借地借家法上の定期借地権制度

 借地借家法では,一般定期借地権,建物譲渡特約付借地権,事業用借地権の3種類の制度が定められております。

以下では,誌面の関係もありますので,この3つの制度の概要及び契約上の注意点に関する項目を挙げておきます。

(1)一般定期借地権

  一般定期借地権は以下のような特徴をもった契約です。

 ①契約の更新がなく契約上の存続期間が経過すれば確定的に終了

 ②建物買取請求権がない,建物の再築による期間の延長がない

 ③書面によることが必要

 ④存続期間は50年以上

 ⑤契約上の留意点

  ・原状回義務の範囲を明確にする。

  ・権利金若しくは保証金の性格を明確にしておく。

    ・分譲マンションでは借地権譲渡に地主の同意が不要な地上権方式を利用する。

  ・定期借地権消滅後の建物賃借人の扱い

   →借地借家法35条の建物賃借人の1年間の明け渡し猶予,38条の一般の定期借家権制度の利用,39条により建物賃貸借契約で終期を明記することで建物の取り壊し時に建物賃貸借契約が終了する特約などによって,定期借地権の消滅時若しくはそれから1年以内の間に建物賃借人は建物からの退去義務が生じる。

  ・特約がなければ借地人は期間満了まで中途解約はできない。

  ・建物無償譲渡特約の有無

(2)建物譲渡特約付借地権

建物譲渡特約付借地権とは,通常の借地契約に,設定後30年を経過した日以降に借地上の建物を借地権設定者に相当の対価で譲渡する旨の特約を定めた契約です。例えば,契約期間40年の普通借地契約に30年を経過した時から期間満了時までに地主の申し出によって建物が譲渡される特約を付けた契約です。

 更新なく借地権が消滅するという点で地主の利益に適い,建物譲渡による投下資本の回収ができ,原状回復義務がないという点で借地人の利益に適うが,実際に契約をするとなると以下のような問題点があり,複雑な契約関係になるため,現在ではあまり利用はされていないようです。

 ①相当の対価の額をめぐり将来紛争になる可能性がある(契約書では相当な対価をどのように算定すべきかを明確にすることが望ましい。契約書に明確な売買金額を定めておく,複数の不動産鑑定士の鑑定結果によるなど。)

 ②相当の対価に借地上の「場所的・環境的利益」を考慮するのか否かは見解が分かれるところである(契約書でも上記の点を明らかした方が望ましい。なお,建物買取請求権の場合,借地権価格は含まれないが「場所的・環境的利益」を考慮するというのが判例である)

 ③無償で譲渡する旨の特約は「相当の対価」との条項に違反し無効

 ④建物所有権移転登記を保全するための仮登記を設定する必要がある(地主は,譲渡特約に反して第三者に建物が譲渡される或いは建物が競売されると,建物を優先的に譲り受けることによって借地権を消滅させることができなくなる。そのため,譲渡特約による建物所有権移転登記を保全するため第1順位の所有権移転の仮登記を設定する必要がある)

 ⑤地主による建物譲渡の申出期間の設定の制限の定め(借地人が長期間不安定な地位におかれることを防ぐため)

⑥建物賃借人の扱い

・建物譲渡特約に基づく地主の所有権保全の仮登記前に建物が第三者に賃貸され引き渡された場合で,建物が第三者に賃貸され現に第三者に使用されている場合には,法31条により建物の賃借権が地主が取得する建物所有権に対抗可能となる。そのため、建物賃借人は建物賃借権を従前の借地人に対するのと同様に地主に対し主張することが可能になる。

・建物譲渡特約に基づく地主の所有権保全の仮登記後に建物が第三者に賃貸され引き渡された場合若しくは借地人自身が建物を使用している場合で,借地権の消滅時点において借地人又は建物の賃借人が借地上の建物を現に使用している場合には,法24条2項により,同人らの請求によって地主との間で「期限の定めのない建物賃貸借契約」が成立したものとみなされる。ただし,借地権者と建物賃借人との間で38条1項の定期借家契約が締結されている場合には,それによる契約終了が優先する(24条3項)。「期限の定めのない建物賃貸借」は,貸主からいつでも解約申出ができ,解約申し出時から6ヶ月の経過をもって賃貸借契約は終了するが,解約申し出には「正当事由」が必要になるため,一般の賃貸借契約と同じように貸主側の自己仕使用の必要性と借主側の必要性及び立退料の提供の有無などを総合考慮して判断される。もっとも,貸主側の正当事由として,建物の借地がもともと24条の建物譲渡特約付借地権であったことが考慮されるので,一般の賃貸借契約の場合に比べ正当事由は具備される易くなる(一定期間の立ち退きの猶予若しくは通常よりも少額の立退料の提供で正当事由を具備すると判断される可能性が高い)。

(3)事業用定期借地権

 ①契約の更新がなく契約上の存続期間が経過すれば確定的に終了

 ②建物買取請求権がない,建物の再築による期間の延長がない

 ③専ら事業の用に供する建物(居住の用に供するものを除く)を所有する目的で設定される借地権

 ④存続期間は10年以上50年未満と拡大された

 ⑤公正証書による契約が必要

 ⑥定期借地権消滅後の建物賃借人の扱いは,法35条により建物賃借人が借地権消滅を知った時から1年間明け渡し義務が猶予される。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2018.11.19更新

賃借人の行方不明と明け渡し

 

<質問>

私は、アパートのオーナーをしておりますが、アパートの賃借人が半年前から行方不明になり、賃料も滞納しています。

このような場合、どのような方法をもって部屋の明渡を受ければよいでしょうか。

なお、賃貸借契約では賃借人の父親が連帯保証人となっています。

また、賃貸借契約書には、「契約終了後に賃借人が部屋の明け渡しに応じない場合には、賃貸人は、鍵の変更及び残置物の処分をすることが出来る」と書かれております。

 

<回答>

1 賃貸借契約解除・建物明渡の方法

 本件では、賃料の滞納を理由に賃貸借契約を解除した上で、建物の明け渡しを求めることになりますが、賃借人が行方不明の場合には、契約解除の意思表示をどのような方法で行うかが問題となります。

 というのも、民法97条1項により、契約解除などの意思表示は相手方に到達して初めて、効力を持つのですが(通常、配達記録付きの内容証明郵便で通知をするのもこの為です。)、本件のように相手方が行方不明の場合にはどのようにして解除の意思表示を相手方に到達させるかが問題になるのです。

この点、民事訴訟法の改正に伴い、訴状に意思表示が記載されているときは、訴状の「公示送達」で契約解除の意思表示を相手方に通知することもできるようになりました(民訴法113条)。そのため、現在は、訴状に解約解除の意思表示を記載した上で、訴状の送達を「公示送達」の手続きによってすることになります。

公示送達とは、訴状の送達は、本来は、郵便局員が被告の居住地に赴き被告本人若又は被告の同居人若しくは被告の勤務先の従業員に手渡しをすることによって行われるのが原則ですが、被告の居住地や勤務先が調査を試みても不明な場合には、裁判所にその旨の調査報告書を提出することによって、裁判所の掲示板に呼び出し状を貼り、その日から2週間経過した時に訴状の送達があったものと見なされる手続きです。

ただし、公示送達のための調査は、被告の住民票上の住所に赴き、近隣者等に聞き込み調査をしたり、郵便受けの状況、表札の状況、電気ガスメーターの状況などを調査したり、或いは、連絡の取れる親族に聞き込みをしたりしなければならないため、なかなか手間がかかる作業となります。

2 連帯保証人の明渡義務について

 このように、行方不明になった賃借人本人には、訴訟を通じて明け渡しを求めることが出来ますが、例えば、連絡のつく連帯保証人に対し、建物の明け渡し求めることは出来ないのでしょうか。

しかし、この点、大阪地判昭和51・3・12は、「建物明渡義務は、賃借人の一身専属的な義務であり、保証人が代わって実現することはできない。建物明渡について保証債務は、明渡の不履行により、この義務が損害賠償義務に変ずることを停止条件として効力を生じる」ものとしています。

したがって、この立場からは、連帯保証人は、建物明渡義務それ自体は負担しないことになります。

 もっとも、連帯保証人は、賃貸借契約上の賃借人の一切の債務を連帯保証するのが通常ですから、明け渡し自体は求められなくとも、明け渡し完了時までの賃料相当損害金や明け渡しに要する執行費用など金銭請求については求めることが出来ます。

 そこで、このままでは連帯保証人が支払わなければならない保証債務が膨れあがることを説明し、連帯保証人である父親の手で建物の明け渡しを実施してもらうことが現実的な解決方法でしょう。

3 残存動産を処分するための法的手段

 明渡の判決を得て強制執行に及んだとしても、それをもって、建物の内部に残された動産を当然に処分することはできません。

そこで、建物明渡を求める訴えを起こす際、同時に滞納家賃を支払えとの判決を求める訴えも起こして、その判決に基づいて残された動産の差押競売をなし、滞納家賃の一部に充当することにより、残置動産を処分するという方法が必要になります。

近時の民事執行法の改正で、資産価値の高い重要な動産を除き、明け渡しの断行当日に即時競売が出来るようになりましたので、賃料債権をもって動産類を差押えするなどして、建物明け渡しの執行費用を抑えることが大切です。

建物明け渡しの強制執行の時に、資産価値がある動産が残っていると、倉庫を借りて一定期間保管しなければならず、その保管料、運搬料、運び出し人夫の費用などがかかってしまいます。

この費用は、荷物の量にもよりますが1回の建物明け渡しで50万円程度かかると言われております。

4 残置動産放棄条項の有効性

 このように、明渡の判決を得て強制執行をするにしても、その執行費用は結構な金額になります。

それを回避するために、賃貸借契約書には「契約終了後に賃借人が部屋の明け渡しに応じない場合には、賃借人は、残置動産を放棄し、賃貸人は、鍵の変更及び残置物の処分をすることが出来る」といった条項が書かれている場合があります。

しかし、東京高判平成3・1・29は、このような条項の有効性について「本件建物についての賃借人の占有に対する侵害を伴わない態様における搬出・処分のみを認めるものと解するのが合理的」と認定し、賃借人の占有が残っている建物への立ち入り搬出・処分は違法な自力救済に該当し、許されないと判示しております。

したがって、仮に、賃貸人がこのような賃貸借契約書の条項が存在するとして、契約解除後に改めて賃借人から同意書を取り付けることなく、賃借人の建物内に入り、賃借人の荷物を持ち出したり、処分する行為は、民事上の損害賠償請求をされるおそれがあるほか、住居侵入罪や窃盗罪として処罰されるおそれがあります。

そこで、賃貸人としては、出来るだけ契約解除後、改めて賃借人と連絡を取り、鍵の引き渡しと共に残置物放棄の書面を取り付けなければなりません。

もしくは、このような明け渡しの作業については賃貸人本人が行うのではなく、連帯保証人である父親を説得して、父親の責任で行ってもらう、それが出来なければ、訴訟を提起した上で強制執行の手続きをもって行うことが必要です。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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