弁護士 秋山亘のコラム

2017.04.10更新

滞納管理費の一部弁済と時効中断の範囲

 

<質問> 

私は、あるマンションの管理組合の理事長をしておりますが、ある区分所有者の方で管理費を4年11ヶ月間滞納している方がいます。管理費の時効期間である5年の経過を間近にして、強く督促したところ、その方は1ヶ月分だけ支払って来ました。

債務の一部弁済も時効の中断事由にあたると聞いておりますので、もうしばらく訴訟の提起を見合わせたいと思っております。

時効の点は大丈夫でしょうか。

<回答>

 本件で問題となっているマンションの管理費は、民法169条所定の定期給付債権に該当することから5年の時効期間に服します(最高裁判所平成16年4月23日判決)。

 ところで、マンションの管理費のように毎月定期的に発生する債務に関して、その1ヶ月分のみが支払われた場合において、債務の一部弁済として滞納期間全体(本件では4年11ヶ月分)の債務について時効中断の効力が及ぶのか、それとも個々の債務は別個独立の債務であることから残りの滞納期間の債務には時効中断の効力は及ばないと考えるのかが問題となります。

 この点、医師会に入会後規約に基づき毎月定期的に発生する医師会会費の時効が問題となったというマンション管理費の滞納と類似する事案において、判例(大判昭和16年2月28日)は、一年のうち4月分・5月分の会費を支払ったとしてもそのために同年度の他の未払会費の支払義務があることをも承認したものとは認定出来ない、として残りの滞納期間の債務には時効中断の効力が及ばない立場を明らかにしております。

 したがって、本件においても、1ヶ月分の管理費が支払われたからと言って、他の滞納期間の債務を承認したことにはならないと考えられます。

 そのため、本件において時効の成立を防ぐためには、①残りの滞納期間の債務について5年の時効期間が経過する前に訴訟を提起する(5年が経過する前に取りあえず内容証明郵便を送付して6ヶ月以内に提訴する場合も含む)、②残りの滞納期間の債務について滞納債務の総額と滞納期間を明示の上債務者がこれを承認する旨の債務承認書を債務者から取得する、或いは、③残りの滞納期間と滞納債務の総額を明示の上これを分割弁済する旨の分割弁済書を債務者から取得する、という方法によって時効中断の措置を取っておく必要があります。

 なお、②③について、しばしば口頭での遣り取りだけで済まされがちですが、口頭の遣り取りだけでは後に立証することが困難となりますので、書面の取り交わしは必須と言えます。

また、③の場合には、「期限の利益喪失約款」を付する場合がありますが、この場合には、「相手方の○回分の滞納により当然に期限の利益を喪失する」と記載されている場合には、相手方の○回分の滞納により期限の利益を喪失した時から5年間で、債務承認をした全体の残債務について時効になります。 

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.04.03更新

相続が開始したら相続財産・負債の調査を


 Aさんは平成二年一二月、夫のBさんと別居した。長男の一郎さんはその後もBさんと暮らしたが、平成三年四月、Bさんから「家を売るから出て行け」と言われ、他に移り住んだ。Bさんは家を売り、家族との音信は途絶えた。平成八年二月、突然警察から一郎さんへ、Bさんが亡くなったとの連絡があった。Aさんらは、警察に駆けつけたところ、Bさんは既に火葬にされ、遺骨と所持金二万円だけ受け取った。Bさんにはその他財産は全くなかった。Bさんが亡くなって二年半たった頃、ある信用保証協会が、Bさんに一〇〇万円の求償権があるので、相続人のAさんに支払えとの裁判を起こした。驚いたAさんは弁護士に相談した。弁護士の話は次のようなものであった。
①相続が開始されると、相続人は「自分のために相続の開始があったことを知ったとき」から三か月以内に単純承認・限定承認・相続放棄のいずれかを選択しなくてはならない。しかし、裁判上「相続の開始があったことを知ったとき」とは「被相続人の死亡を知ったとき」ではなく「相続財産の一部か負債の存在を知ったとき」と制限的に解釈される。
②Bさんは長い間音信不通で、AさんらはBさんの財産や負債など全く知らなかった。信用保証協会の提訴により初めて負債を知ったのだから相続放棄もまだ間に合う
というものであった。説明を補足すると、単純承認は、被相続人の財産も負債も全て引き継ぐことで、限定承認や相続放棄の手続をしなければ単純承認したものと扱われる。限定承認は、財産が負債より大きいときは残った財産を引き継ぐが、負債が大きい場合は財産を支払に充てればそれ以上責任は負わない。相続人にとって最も有利であるが、相続人全員が一致して、財産目録を作成の上、相続開始後(前記のように制限的に解されている)三か月以内に家庭裁判所に申し立てる必要がある。相続放棄は、財産も負債も引き継がない。これも三か月以内に家庭裁判所に申し立てる必要がある。因みに、Aさんはすぐに相続放棄をし、幸いにも支払を免れた。被相続人の死亡後何もしないでいると裁判に巻き込まれる危険性は高い。相続が始まったら、相続財産と負債につき慎重に調査することが必要である。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.03.27更新

借地権の相続の法律問題

 

<質問>

 父は、10年前から土地を借りて、借地上に店舗を建設し、洋品店を経営しておりました。しかし、昨年急逝したため、父の店は、相続人である私が引き継いで、経営を引き継ぐことになりました。そこで、地主に挨拶に行ったところ、借地契約の名義書換をしてくれなければ困ると言われ、名義書換料として地代の1年分を請求されました。

    地主が言うように名義書換料の支払いに応じなければならないのでしょうか?
 (1)の事例で、借地契約には「当該借地契約は借地人一代一限りで失効する」という特約が付されていました。

     この場合、借地契約は上記特約により終了するのでしょうか?

<回答>

(1) 賃借権の相続と名義書換料支払いの必要性

借地人が死亡した場合、相続が開始し、借地権はその時から当然に相続人に移転します(民法882条・896条)。

この場合、賃借権だけでなく、これに付随する一切の賃貸借上の権利義務関係ないし地位が相続人に移りますから、地主と借地人との契約関係も法律上当然に相続人に承継されます。

 そして、借地権の相続によって、その権利の持ち主の名義に変更が生じますが、この名義の変更は、賃借権の第三者への譲渡等とは異なり、地主の承諾を得る必要がなく、法律上当然に生ずるものです。

したがって、賃借権の名義変更による承諾料としての名義書換料を支払う必要はありません。

実際上、本問のように地主から賃貸借契約の名義書換や更新の申出を受けることもあります。

名義書換をしておいた方が権利関係を明確にするという意味では望ましいことですが、従前の借地契約が法律上当然に承継されますので、多額の名義書換料を支払ってまでして名義書換をする必要性は余りないのではないかと思われます。

(2) 契約期間を「一代限り」とする特約の効力

 「賃借人が死亡したときには契約が終了し土地を明け渡す」旨のいわゆる賃借人一代限りの特約を結ぶ例もまれに見受けられます。この特約の法的性質は、不確定期限を付した合意解除契約といえます。

しかし、借地借家法(旧借地法)では、法の定める借地権の存続期間(借地借家法では30年)に反する特約は、無効とされています(借地借家法3条、9条)。賃借人一代限りとする特約は、借地契約後30年未満に賃借人が亡くなった場合にはその時点で賃貸借契約の期間が満了するという特約ですので、借地権の存続期間を最低でも30年とする借地借家法の規定に反することになります。

この点、裁判例(東京高判昭48・11・28/判時726・44)においても、賃借人一代限りとする特約は、借地法の定める存続期間に反する結果となり、借地人に不利なものとして無効である判示しています。

したがって、本件でもこのような特約は原則として無効と理解してよいと考えられます。

そして、この場合の存続期間は、期限の定めのない借地契約ということになるため、借地借家法3条の定める存続期間である30年と見なされることになります(最判昭44年11月26日/民集23・11・2221)。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.03.13更新

マンションの申込証拠金は返ってこないのでしょうか

 

(質問)

 私は、あるマンションの展示販売会に行きました。気に入った部屋が見つかったのですが、販売業者から「このマンションは人気があるから、いまのうちに申し込みをしないと他の人に取られてしまいますよ。取りあえず10万円を申込証拠金としてお預け頂ければ、あなたの為に確保しておくことも可能ですが。」と言われたため、販売業者に即金で10万円を預けました。しかし、この時、申込証拠金とはどういう性格のものか、後になって返ってくるものか、何も説明を受けませんでした。

 後日になって、マンションを購入するには、いろいろと資金面で大変だということが分かり、マンションの購入は見送ることにしました。

 先の販売業者にそのことを告げて、申込証拠の返還を求めたところ、販売業者は、申込証拠金は手付け金と同じなので、マンションを購入しない以上返すことはできないと言われました。

 その半月後にも同じように問い合わせをしたのですが、答えは同じでした。なお、私が購入しようとした部屋は、この時には他の方と無事に契約成立ができていたようでした。

 申込証拠金は返ってこないのでしょうか。

(回答)

1 マンション、建売住宅、造成宅地の分譲等、購入申込の受付に際して、分譲業者が購入希望者から「申込証拠拠金」として、一定の金額を受領することが行われています。

売買契約が成立すれば、手付けの一部として又は売買代金の一部として充当されるため特に問題は生じないのですが、買い主がその後当該物件を購入しなかった場合には、この申込証拠金を返還するべきか問題となります。

2 申込証拠金の法的性質

 申込証拠金は、基本的には、その内容を決めるのは、当事者間の合意内容と言うことになります。

しかしながら、実際の授受の際には、いかなる内容のものとして申込証拠金が受領されるのか、返還義務があるのか等は曖昧なまま受領されております。

今回の販売業者は、「手付金」ということを主張しておりますが、手付金とは、売買契約の成立時に交付する金銭ですので、本件のように売買契約の成立以前に交付される金銭は、当事者間に特段の明確な合意がない限り、手付金とはいいません。

3 返還義務

では、申込証拠金の法的性格は手付金ではないとしても、申込証拠金を渡した後に、契約の申込意思を撤回した場合、申込証拠金の返還を求めることはできないのでしょうか。この点、学説上は、肯定説と否定説に別れております。

肯定説は、申込証拠金の授受の目的は、取引の順位確保、購入意思の真摯性の確保を目的にしているに過ぎず、契約交渉に入る前の金銭の交付であることから手付金とも性格が異なるとして、申込証拠金の返還義務に関して当事者間で「明確な取り決め」が為されていない限り、販売業者の返還義務を肯定すべきだとしています。

これに対し、否定説は、申込証拠金は、申込意思撤回の場合には違約金として販売業者がこれを受領する権限があるとして販売業者の返還義務は否定されるとする説などがあります。

この点、取引実務においては、上記の返還肯定説の見解に従い購入希望者が申込意思を喪失した場合は、申込証拠金を全額返還するという処理が多く為されているようです。

また、各都道府県の不動産指導部でも、契約不成立の場合には全額返還するよう指導しているようです(昭和48年2月26日付建設省不動産室長通達も同旨)。

4 本件ではどうか。

  本件では、申込証拠金について、少なくとも、販売業者は、契約不成立の場合には返還しないことを明確に説明しておりません。

  従って、本件では、手付金や違約金と同様に捉えて、申込証拠金の販売業者の返還義務を否定することは困難だと思いますので、肯定説に従って、返還義務が認められる可能性が高いと思われます。

また、本件では、購入意思撤回の告知後、約半月後には他の方と無事契約の成立に至っております。

従って、販売業者としては、あなたからの購入意思の撤回によっても、特段の損害は生じていないと考えられます。

そうすると、仮に、本件の申込証拠金の性質を前記の違約金として考え返還義務を否定する見解にたっても、消費者契約書第9条1項(事業者に生ずる平均的損害を越える侵害を違約金として定める契約条項の無効)若しくは消費者契約法第10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)によって、販売業者は、申込証拠金の返還義務を免れないものと思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.03.06更新

寄与分について教えてください

(質問)

 私は、20年間、夫の農業経営を手伝いながら長年連れ添ってきました。夫が5年前に脳梗塞で倒れたあとは、農業経営は私が主に行ってきました。また、夫が脳梗塞で倒れた後は、私が右半身不随の夫を家で介護して参りました。

 先月、その夫も亡くなったのですが、夫には、私と結婚する前に前妻との間で設けた子が2人おり、その子が法定相続分として、夫の資産(夫名義の預金・株券等の合計額金3000万円)の4分の1ずつをそれぞれ主張してきました。

 前妻の子にも法定相続分があるというのはわかるのですが、私はこれまでに農業経営を手伝ってきたり、夫を一生懸命介護してきたのに、前妻の子は、夫が倒れた後も何もしてくれませんでした。

 このような場合でも、法定相続分は、そのまま支払わなければならないのでしょうか。

(回答)

1 遺産の範囲の確定

 本件は、まず、夫の遺産の範囲を確定する必要があります。

 夫婦で預金をためてきたと言う場兄は、夫名義の預金と言っても、婚姻期間中に蓄えられた預金については、妻と夫の事実上共有財産となっている預金もあると思われます。

 従って、本件では、夫名義の資産でも、婚姻期間中に形成されたものとして、夫婦の共有財産となったものはないかを検討する必要があります。共有財産であれば、妻の持ち分については、相続の対象になりませんので、これを控除したものが夫の遺産として相続の対象になります。

2 寄与分の主張

 次に、あなたが夫の資産形成やその維持に寄与した場合、寄与分の主張が認められます。

 寄与分とは、被相続人の資産に関してその増額及び維持に寄与した相続人に、法定相続分とは別に特別の取り分を与えるという制度です。

 本件では、①夫の農業経営を20年間手伝ってきたこと、②脳梗塞で夫が右半身不随になった後も介護してきたことなどの事情が認められますので、裁判所での審判でも夫の遺産の30%程度(900万円=3000万円×0.3)が寄与分として認められる可能性が高いと思います。

 そうすると、本件では、下記の計算によって、今回のあなたの具体的な相続分が決まると思われます。

(具体的相続分)

=(3000万円-900万円)×1/2+900万円

=1950万円

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.02.27更新

共有物分割の方法

 

(質問)

 私たちは、兄弟3人で、あるマンションを共有しております。

 しかし、このマンションは、兄が一人で使用しているため、私は共有持ち分をもっているだけで、何の利益にもなっておりません。

共有状態を解消して、私の共有持分を現金に変える方法はないものでしょうか。

(回答)

1 はじめに 

  共有状態のマンションを売却処分したい場合や共有状態の土地を分割・分筆した上で売却処分したい場合には、共有物分割手続きを知っておく必要があります。

そこで、今回は土地や建物の共有者が共有状態を解消したい場合、どのような方法があるのかご説明したいと思います。

2 共有物分割協議

共有物分割の協議(共有者全員の合意)が成立すれば、共有関係をいつでも解消できます。この場合に共有関係を解消する方法としては、以下の3つの方法が考えられます。

①現物分割

 例えば土地を3筆の土地に分割するように、共有物そのものを分割するやり方です。

 しかし、建物の現物分割は事実上不可能ですし、土地上に建物が目一杯建っているという場合にも土地の現物分割は困難でしょう。

②代金分割(換価分割)

 これは、土地やマンションを売却し、その売却代金を持分に従って分割するものです。現物分割が困難な場合にはこれによることが多いです。

③価格賠償

 価格賠償とは、例えば、共有物を一人の共有者の単独所有にする代わりに、他の共有者には共有持分相当分の金銭を支払って、共有物を分割する方法です(これを「全面的価格賠償」といいます)。

 また、この方法によれば、ABCと共有者がいる場合に、共有者Aのみを廃除したい場合には、Aのみに価格賠償をして、BCは共有状態のままにしておくこともできます。

 また、現物分割をした場合には、土地の現物分割ですと、土地面積を3等分したとしても土地をどのように分割するかで必ずしも平等な分割ができない場合があります(例えば、ある土地をA地B地C地に三等分した場合にも、A地のみが角地で道路に面しており好立地の場合は、B地C地を配分されるものは面積が同じでも納得できない場合もあるでしょう)。

 このような場合、各土地の実際上の価値を調整する為に、前記のA地を配分されたものが、B地C地を配分されたものに調整金を支払うという方法が取られます(これを「部分的価格賠償」といいます)。

3 共有物分割の裁判

では、共有者間に合意が成立しない場合にはどうすればよいのでしょうか。

この場合、共有物分割の裁判を請求できます(民法288条1項)。

共有物分割協議の場合、前記①から③の方法のいずれを採用するのも自由ですが、共有物分割請求の裁判の場合には、現物分割が原則です。

代金分割は、現物分割だと目的物が毀損したり、その価値が著しく減少したりする場合にのみ認められます(例;マンション1室の共有)。この場合は、裁判所の競売手続によって目的物を現金に換価した上、代金分割をします。(民法288条2項)

なお、共有物分割請求の裁判の場合に、代金分割ではなく価格賠償と言う方法が認められるかについては、民法には明確な規定がないのですが、判例上一定の要件のもと認められています(最判H8,10,31は、全面的価格賠償については、①共有物の性質等の事情を総合考慮し全面的価格賠償の方法が不公平とならないこと、②持分価格が適正に評価されていること、③取得者(賠償者)に支払い能力があることを条件に認めています)。

4 共有物不分割特約がある場合

共有者は、5年以内の期間で共有物を分割しないという共有物不分割特約をすることができます(民256条)。この特約がある場合は、共有物分割請求の裁判もできません。

共有状態を確保しておきたい場合には、この特約を結ぶ必要がありますが、5年を越える特約をしても、その超える部分は無効になります。但し、共有者は、5年ごとに不分割特約の更新をすることができます。

5 共有持分に抵当権設定登記がある場合

  共有持分に抵当権が設定されている共有者(抵当債務者)が共有物を現物分割する場合には、抵当権の移転登記をするなどその共有者(抵当債務者)が取得する物件に抵当権を集中させなければなりません。

  この場合、抵当権者の利益を保護するため、原則として抵当権者の同意を得なければならないというのが裁判実務です。

  もっとも、このような実務慣行に対しては、抵当権の集中を認めたとしても必ずしも抵当権者の利益を害することにはならないとの批判もあり、例外を認めた裁判例(大阪地裁H4,4,24)もあります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.02.20更新

蒸発した夫名義の不動産を処分する方法

 

(ご質問)

 私の夫は蒸発して3年になります。その間、八方手を尽くして探したのですが、夫とは何も連絡がつきませんでした。

 夫が蒸発してからは夫は生活費の送金もしてくれないので、現在ある預貯金も底をついてきました。

 そこで、夫が親から相続した夫名義の土地を処分して、その売買代金を生活費に充てたいと思うのですが、夫不在のままでは売却することもできません。

 法的には何とかならないのでしょうか。

(ご回答)

 他人所有の不動産を当該他人に無断で処分することができないことは言うまでもありません。

 これは、夫名義の不動産を妻が処分する場合であっても同様です。特に、本件の不動産は、夫が相続によって親から相続した土地ですので、夫の特有財産として、離婚をしても、夫に対する財産分与として妻の持ち分を請求できない性質のものです。

 このような夫所有の財産を妻が勝手に売却処分しても、夫が帰来後当該処分行為を追認しない限り、当該売買契約は無効になりますし、場合によっては、夫に無断で処分をした妻は、詐欺罪・私文書偽造罪などの罪に問われる可能性があります。

 そこで、本件のようなケースでは、家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申立てることを勧めます。

 不在者の財産管理人制度とは、本件のように蒸発して容易に帰来する見込みのない者の財産を適正に管理・保存することで、不在者の財産状況の維持を図ると共に、残留財産に利害関係を有する者を保護する制度です。

 不在者の財産管理人に選任された管理人は、不在者の財産の保存行為(例えば、不在者の債権を取り立てること、弁済期の到来し遅延損害金が発生する債務の支払いをすることなど)をすることの他、裁判所の許可の審判を得た上で、不在者の財産を売却処分することもできます。

 不在者の財産管理人の申立は不在者に対して債権を有する者など利害関係人が行うことができます。

 なお、本件のように申立人と不在者との間で利害関係が対立する可能性のある事案では家庭裁判所の方で弁護士などの適任者を適宜不在者の財産管理人に選任してもらう方がよいでしょう。

 本件のような場合では、夫は妻子に対し扶養義務があり毎月一定額の生活費を支払う具体的な義務があります。

 従って、妻は、「利害関係人」として、夫の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に不在者の財産管理人の選任を申し立てることができます。

 なお、家庭裁判所が、不動産の売却処分を許可するのは、当該財産について所有権を有する不在者の権利保護の要請もありますので、当該不動産を処分しなければならない特段の必要性と不動産の売却処分をしても不在者に不利とならない事情を主張する必要があると思われます。 

本件のように、妻や子が経済的に困窮していて夫から生活費が支払われなければならない必要性が高く、他方、夫の生活費支払い義務を根拠に審判を経て夫の不動産の競売を申し立てるよりも任意売却をした方が不動産を高く処分できるため不在者である夫にとっても有利であると認められる場合には、家庭裁判所も、不動産の売却処分を許可するものと思われます。なお、この場合、当該不動産の時価を明らかにするため、不動産鑑定士の鑑定書や複数の仲介業者の見積書の提出を求められます。

 

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.02.13更新

借地契約の更新料


 AさんはBさんから、昭和五〇年四月に二〇年間の契約で一五〇坪ほどの土地を借りてきましたが、期間満了の一か月前に、Bさんは更新料として六〇〇万円支払って欲しいと行ってきました。Aさんは二〇年前にも同じように更新料を要求され、そのときは金額が大したことはなかったので支払いましたが、今回は金額が多額であり、Bさんの要求にそのまま応じることはできないと思いました。AさんはBさんと話し合いをしましたが、Bさんは「更新料を支払って貰えないのなら、法定更新にせざるを得ません」と言い出しました。Aさんは更新料を支払わないと自分が不利になるのではと不安になり弁護士に相談しに行きました。
 弁護士の話では
①更新料は法律上必ず支払わなければならないものではない
②更新料を支払う義務がないのでこれを支払わなかったからと言って契約が解除されることはない
③「法定更新」とは、借地期間は堅固な建物で三〇年で、それ以外の建物で二〇年となる。この期間内に建物が朽廃すればその時点で契約が終了する。「合意更新」の場合は、右期間より長い借地期間を定めることができ、その期間内に建物が朽廃しても借地権は消滅せず、期間満了まで借地権は存続する
④借地期間が満了しても特別のことがない限り土地の使用権はそのまま認められ、借地人が永遠に土地を使い続けることができるに等しい
とのことでした。
 Aさんは安心しましたが、Bさんとまずい関係になるのも嫌でしたので、自分で妥当と思う金額を更新料として支払うと申し出ましたが、結局折り合いがつかず支払いませんでした。
 以上は借主の立場からの対処ですが、では地主の側に立ち更新料を取得できるようにするにはどの様にしたらよいのでしょうか。とりあえず借地契約に更新料の条項を入れておくことでしょう。注意すべきは、法律上はこのような条項も借地人に不利な条項として、認められない可能性が高いということです。しかし、更新料を契約の条項に入れておきますと、借地人も地主から要求されればスムーズに支払う可能性が高いと思われます。なお、平成八年四月一日以降に設定された借地契約には改正された「借地借家法」が適用されますが、基本的な考え方は従前の「借地法」と同じです。
   

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.02.07更新

管理監督者と残業代請求


<質問>
当社では、2つの店舗で不動産仲介業を行っております。近時、あるファーストフードチェーン店の店長が労働基準法上の管理監督者ではないとして残業代を請求した事案で、裁判所は会社に対し残業代の支払いを命じたと聞きました。
当社の場合でも2つの店舗の各店長には残業代を支払わなければならないのでしょうか。

<回答>
1 労働基準法41条2号では、「監督若しくは管理の地位にある者」に関しては、労基法の労働時間、休憩、休日の規定が適用されず、残業代の支払義務がないとされております。
この「管理監督者」とは、「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者」を指すものと解されており、一般の大企業で言うならば、部長、課長クラス、工場長クラスがこれに当たりますが、形式的な役職の名称に関わらず、「管理監督者」に該当するか否かは労働実態に即して具体的に判断されます。
2 そして、その具体的な判断基準は、①職務内容や職務遂行上、使用者と一体的な地位にあるといえるほどの権限を有し、これに伴う責任を負担していること、②出退勤について裁量があり、時間拘束が弱いこと(例えば、タイムカードで出退勤を管理され、遅刻や欠勤に対し賃金控除されるような労働者はこれに該当しない)、③基本給、役付手当、ボーナスの額において、一般の労働者に比べ優遇され、その責任と権限にふさわしい待遇を受けていること、という各要件を満たしているかを総合考慮して判断されます。
 そして、店長、営業所長という肩書が付いている場合であっても、上記のような各要件を満たしている者は一部の者に限られるのが一般的でしょう。
 前記のファーストフード店の店長の事案で東京地判平成20年1月28日(判時1998-149)は、「ファーストフード店の店長の職務と権限は店舗限りのもので、経営者と一体となって本法の労働時間規制の枠を超えて事業活動することが必要なものではなく、また、管理監督者としての待遇がなされていたわけでもない」として、管理監督者該当性を否定しております。上記の事案は、全国に多数の店舗を持つファーストフードチェーン店の場合には、店長と言ってもその地位や権限は、当該店舗内に限られ、本社の正社員(平社員)よりも高いとは言えないという実情に照らし、上記②の要件は満たしていても、上記①③の要件について否定的に解した為、管理監督者の該当性を否定した事案と言えます。
3 本件については、前記のようなファーストフードチェーン店とは異なり、わずか2店舗しかない店舗の店長ですので、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体となって従業員を管理する必要性は必ずしも否定されるものではありません。
したがって、前記①~③の各要件を満たせば、管理監督者として認められる可能性は十分にあるでしょう。

(以上)

投稿者: 弁護士 秋山亘

2017.01.30更新

不動産業者に騙され自宅に根抵当権を設定されてしまいました

 

<質問>

 私の父は、2年前にある不動産業者から自宅を購入し、現在はその自宅で一人暮らしをしています。父は、ほんの僅かな預金を残している以外には財産はなく、自宅は父にとっては唯一自慢の財産です。

今年で83歳と高齢になりますが、ここ数年の間で少しづ痴呆が進行していました。

 先日、たまたま父の家に寄ったところ、見知らぬ不動産業者からの書類があったので、その書類に目を通したところ、それは、不動産業者Xを債務者、貸金業者Yを担保権者とする極度額5000万円の根抵当権を父の自宅に設定するという契約書で、父の署名捺印が為されておりました。

 父に問い質したところ、不動産業者Xは2年前に現在の自宅を購入した際の不動産業者で、どうしても経営が苦しいから200万円の連帯保証人になって欲しいと懇願された、自宅購入の時に200万円をまけてもらうなどお世話になった不動産業者だったので200万円ならしょうがないと思い仕方なくXの用意した書類に署名捺印したとのことでした。自宅への極度額5000万円の根抵当権の設定の話など一切聞いておらず、そのことを父に話すと大変な事をしてしまったと嘆いておりました。

 そこで、不動産業者Xに問い合わせたところ、現在、Yから4000万円を借り入れているが、まだ返済の目処がついていないとのことでした。高齢者の自宅にこのような根抵当権の設定登記をするなんて酷すぎると言って抗議したところ、Xは、「こっちはきちんと契約書を結んでるんだ!」と声を荒げて電話を切ってしまいました。

 どうしようかと困り果てていると、その約1ヶ月後に、裁判所から「競売開始決定」という通知が届きました。

 契約書に署名捺印をしてしまった以上、もうどうにもならないのでしょうか。

<回答>

1 これは、典型的な詐欺の一種だと思われます。しかも、契約書に署名捺印をしている上、根抵当権設定の登記までしているため、その無効を主張するのは容易なことではありません。

 しかし、だからといって、裁判所の救済が受けられないというものではありません。

2 本件では、民法第95条の錯誤無効の主張が考えられます。

 錯誤無効とは、例えば、契約書に署名捺印することで根抵当権の設定の意思表示をしたが、何らかの原因で、①本人が思い違いをしており、根抵当権設定の意思が欠いており、また、②その思い違いをしたことに重大な過失があったとは言えない場合に、根抵当権設定の意思表示を無効にできるという制度です。

3 お父様は極度額5000万円の根抵当権設定について一切説明を受けていないと話しているところ、確かに、通常の事案では、契約書の中身を理解せずに署名捺印などするはずがないとの推定が働きますので錯誤無効の主張は難しいところですが、本件では、お父様が唯一の財産である自宅に対し2年前に自宅を購入しただけの付き合いしかないXの為に5000万円もの根抵当権を設定する合理的理由は考えられないこと、お父様がかなり高齢でなおかつ痴呆も進んでいるということからして契約書の内容を理解しないで署名捺印をしてしまうという事態は十分考え得る事態であることからして、裁判所において錯誤無効が認められる可能性は十分あると考えられます。

 具体的には、まずは、競売手続が進行し、落札者が決定される前に、競売中止の仮処分を申請した上で(但し、裁判所が決定した金額の担保を供託しなければなりません)、裁判所に対し、根抵当権設定登記無効確認の訴えを提起することになります。

 なお、上記の錯誤無効の法律構成のほかに、消費者契約法4条の虚偽の不実告知による取り消し、民法96条の詐欺取り消しなどの主張が考えられます。ただし、消費者契約法は、契約を取り消すことが可能な時から6ヶ月で取り消し権が時効になります。詐欺については、不動産業者による「虚偽告知の事実」だけでなく「騙す意思の存在」などの立証まで必要になりますので、立証の面での難しさを否定出来ません。本件のような事案では、被害者側の「内心的効果意思の欠如」の立証で足りる錯誤無効の法律構成が一番相当なように思われます。

いずれにしても早急に信頼の出来る法律事務所に相談に行くべきでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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