弁護士 秋山亘のコラム

2016.06.13更新

交通事故の示談交渉~その2

 

(質問)

 交通事故の示談金はどのように算定されるのでしょうか。

(回答)

 交通事故に遭ったとき、加害者側の保険会社との間で、交通事故による損害に関する示談金について交渉をすることがあると思います。

 その際には、以下の項目毎に損害額を算定し、示談金総額を決めることになります。

 下記項目の具体的な算定基準は、「赤い本」と呼ばれている「民事交通事故訴訟・損害賠償算定基準」(東京三弁護士会交通事故処理委員会・(財)日弁連交通事故相談センター編)に記載されています。

上記基準は、保険会社の基準よりも各種の損害額が概ね高く設定されており、裁判所も上記基準を採用しております。

 なお、損害金として認められるのは以下の項目に限定されるわけではありません。

原則として、事故に起因する損害はとりあえず全て請求してもよろしいと思いますが、それが裁判上認められるかどうか、上記基準によると具体的にいくらになるのか、或いは、示談の場合には譲歩した方が得策かどうかは、お近くの弁護士にご相談された方がよろしいでしょう。

治療費

自分で支払った治療費は原則として全て請求できます。

但し、温泉療法や特殊の治療法を行う場合には当該治療が必要であるという医師の診断書が必要です。
入院雑費

入院期間中に支払ったテレビ代・書籍代・洗濯代などの諸雑費です。

裁判所基準では1日に付き一律1500円として算定されます。
通院交通費

通院に要した交通費です。足の怪我などでタクシーを利用した場合には領収書を保管してください。
付添看護費

医師の指示書がある場合、その他受傷の程度、被害者の年齢等により付添看護が必要と認められれば支給されます。

職業付添人の場合には実費全額、近親者の付添人の場合には1日につき6500円程度として算定されます。
休業損失

(交通事故前3ヶ月間又は1年間の1日あたり平均収入)×(事故日から職場復帰するまでの期間の休業日数)で算定されます。

主婦など現実に収入がない場合にも、家事労働に従事できなかった期間は一定の割合で支給されまます。
入通院慰謝料

入院期間と通院期間により算定されます。

例えば、裁判所基準では、20日入院、通院期間2ヶ月(実通院日数16日)の場合、入院1ヶ月・通院2ヶ月として算定して

122万円となります。
後遺症による慰謝料

後遺症として等級認定されれば、認定等級に応じて、上記⑥の通院慰謝料とは別に後遺症そのものに対する慰謝料が支給されます。
後遺症による逸失利益

後遺症として等級認定されれば、当該等級、労働能力喪失率、事故時の平均収入、今後の就労可能年数に応じて、算定されます。
物損

修理可能な場合には修理費用、全損で修理不能な場合又は修理費用の方が再購入費用よりも高くつく場合には、同等の中古車の再取得費用を請求できます。

その他レッカー代、代車費用、高級車の修理評価損なども請求できます。
遅延損害金・弁護士費用

裁判所基準によると、遅延損害金は、損害額に対し事故日から損害金の支払日まで年5%の割合による遅延損害金が、弁護士費用は、損害額合計に対し1割程度が認定されます。

但し、裁判外の示談や和解の場合には、支給されない場合の方が多いです。
過失相殺

当該事故発生について、被害者側にも落ち度がある場合には、当該落ち度に応じて、損害賠償金額が何割という一定割合で減殺されます。

事故態様・事故パターンに応じた裁判所の基準があります。

損害賠償金に大きく影響するので過失相殺の割合は重要です。
損益相殺・既払金控除

労災支給の休業損害金や自賠責保険からの保険金など既に支払い済みの損害賠償金は控除されます。

被害者が自ら傷害保険に加入していた場合の保険金は控除されません。

 

損害の項目として挙げられるものは概ね以上の通りです。

なお、上記のうち、通院慰謝料、後遺症慰謝料、後遺症による逸失利益など損害額は、数百万円から数千万円と高額になる場合があります。   

人身事故の場合には、示談をする前に少なくとも一度は、示談金額が相当なものかをお近くの弁護士に相談されることをおすすめします。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.06.06更新

中途解約の場合の賃料支払義務

 

<質問>

私は、会社を経営するため、ビルの一室を会社の事務所として月額20万円で賃借しました。契約書では、契約期間が3年間とされており、中途解約に関する条項はなく、「期間満了前に解約する場合は、違約金として、解約日から期間満了日までの賃料を支払う」旨の条項がありました。

その後、会社経営がうまくいかないため、契約日から半年後に賃貸人に賃貸借契約の解約を申し込んだところ、賃貸人から残りの契約期間である2年6か月分の賃料を違約金として請求されました。

このような多額の違約金の請求は認められるのでしょうか。

 

<回答>

1 賃貸借契約においては、多くの場合、契約書に中途解約に関する条項が設けられていますが、中途解約は、当然に認められるものではなく、原則としてその旨の合意を契約書等でしておかなければなりません。また、中途解約の合意がある場合でも、中途解約の予告期間が定められることが多く、その期間に満たない解約をするときは、予告期間に相当する期間の賃料を支払う義務があります。

契約書の中には、中途解約に関する条項が設けられておらず、そのような場合には、中途解約が認められず、契約期間満了までの賃料の支払い義務を免れないのが原則です。

2 しかし、中途解約に関する契約書の条項がなく、中途解約ができない場合でも、残りの契約期間があまにも長く、違約金として支払う賃料があまりにも多額になる場合には、そのような違約金条項が暴利行為として公序良俗違反(民法90条)により一部無効になる場合があります。

東京地判平成8年8月22日(判例タイムズ933号155頁)は、①契約期間満了までの賃料を違約金として支払う旨の違約金条項をそのまま適用すると、賃借人が賃料の約3年2カ月分を損害金として支払う事になりあまりにも高額すぎること、②当該建物において、賃借人の明渡後賃貸人は通常数ヶ月程度で新たな賃借人を確保してきており、1年以上を要した例がないことを理由にして、1年間の賃料相当額に限り有効とし、それを超える部分は暴利行為にあたり公序良俗違反として無効としました。

 賃借人が中途解約した場合の違約金条項は、賃貸人が新たな賃借人を確保するまでの間、建物を有効利用できないことによる損害を補填するための条項ですので、次の賃借人が決まるまでに通常かかるであろう期間を補填するための条項であり、そのような入居待ち期間を最大限見てもそれを超えるような期間の違約金は、暴利行為として無効とみなされるという判決です。

3 なお、本件においては、会社経営のためのビルの一室の賃借ですので、賃借人は消費者契約法上の「消費者」には該当しませんが、仮に、賃借人が通常の住居のために賃借したというのであれば、賃借人は消費者契約法上の「消費者」であり、貸主が賃貸業者の場合には消費者契約法上の「事業者」になりますので、消費者契約法の適用があります。

この場合、本件のような違約金条項は、消費者契約法第9条により、「平均的損害の額」を超える部分について無効とされます。

賃貸借契約の中途解約の場合の損害についは、次の入居者が決まるまでに要する期間の賃料が損害ですので、入居待ちの平均的な期間に相当する賃料額を超える違約金については無効になります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.05.30更新

ツイッター上の発言と法律問題

 

<質問>

 近時、著名人のAさんがTwitter上で「あ~B殺してえ。」などと、ある著名人Bさんを名指しで攻撃するツイートを繰り返したことで問題になりました。

このようなツイッター上の発言を理由に、Bさんの立場として、Aさんに対し、民事上の損害賠償請求や刑事上の脅迫罪、名誉毀損罪の刑事罰を求めることは可能でしょうか。

 

<回答>

1 本件のような事案では、仮にBさんがAさんを訴えようとした場合には、民事上の不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求をすることが可能と考えられます。

たとえツイッターというインターネット上の発言であっても、ある人物を特定した上で「殺してえ」という発言をすることは、社会的に許容される発言の範囲を大きく逸脱しておりますし、名指しで発言された本人においても、このような不当な発言をされたことを受忍しなければならないような理由はありません。

インターネットというのは不特定多数の人が見る「公的な広場」という側面がありますので、そのような場で上記のような発言を一方的にされた場合には、その人の名誉感情を著しく害することは明らかであると言えます。

ツイッターという場は、ついつい日常の会話と同じように発言しがちですが、その発言内容は全て記録に残っているものであり、一般の人にも公開されている発言ですので、そのことを十分に肝に銘じておく必要があると思います。

以上ご説明しましたとおり、本件については名誉感情の侵害による民事上の損害賠償請求は可能と考えられます。

 

2 もっとも、「殺してえ」という発言について、刑事上の脅迫罪や名誉毀損罪に問えるかというと、そこまでは言えないように考えられます。

(1) まず、脅迫罪における「脅迫」とは、人の生命、身体、名誉等に対する害悪を告知することでるが、本件の発言については、あくまでもツイッターという公開されたインターネット上の発言であり、また、Aさんという著名人が身分を明かした上での発言ですので、このような発言をする方も又受け止める方も実際に「殺される危険がある」とは感じないのが通常でしょう。本件のような場合における「殺してえ」の発言の真意は、「実際に殺したい」という意味ではなく、「そのように思うくらいBさんのことが気に入らない」という意味と捉えられるからです。

ただし、ツイッター上の発言であっても、受け止める方において「実際に殺される危険がある」と受け取られるような態様で発言をすれば、発言者において実際には殺すつもりなど全くなくても脅迫罪に問われる可能性は十分にありますので、注意が必要です。本件はAさんとBさんという著名人の間の発言ですので、むしろ例外的な場合と考えた方がよいでしょう。

(2) 次に、名誉毀損罪における「名誉毀損」とは、①不特定多数の人に対し、②事実を摘示することによって、③人の社会的評価を低下させる行為を言います。

本件については、「殺してえ」というAさんの心情を述べたに過ぎませんので、Bさんの「社会的評価を低下させるような事実」を示したものではありません。

(3) したがって、本件のような事件であっても、刑事上の脅迫罪や名誉毀損罪には問うことはできないと考えられます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.05.27更新

性格の不一致でも離婚は認められますか

 

<質問>

 妻との離婚を考えています。理由は「性格の不一致」です。妻にも離婚の事は話しましたが、妻は子供がいるからと言って離婚については消極的です。

子供と言っても高校三年生の一人息子がいるだけで来年には大学に進学しますので、大学への進学を期に、妻との離婚調停を申し立ててみようと思っています。

ただ、性格の不一致と言った理由だけで離婚ができるのかが心配です。私のような理由で離婚調停を申し立てる人はいるのでしょうか?

 

<回答>

1 離婚調停の申し立て理由として一番多いのは、以下の司法統計のとおり、男女ともに性格の不一致です。

      夫               妻

1位  性格の不一致 61.3%     1位  性格の不一致 43.1% 

2位  異性関係 19.3%     2位  暴力 29.6% 

3位  家族・親族との不和 17.6%  3位  異性関係 27.3% 

<平成15年 全国家庭裁判所離婚調停申立事由>

2 性格の不一致による離婚で、その原因がどちらにあるともいえないケースでも、離婚をすること自体についてお互いが同意しているケースでは、あとは財産分与、慰謝料、親権に関する争いになりますので、離婚自体は認められることになります。 

 しかし、他方の配偶者が離婚にどうしても同意しない場合には、直ちに離婚は認められません。

離婚についての同意が得られない場合には、裁判所が離婚を認めるかを裁判で判断することになりますが、この場合には、

①性格の不一致の原因としてどちらに有責性があるのか、その有責性の程度、

②夫婦の婚姻関係は修復が可能か否か、婚姻関係の修復のための努力をしてきたか、別居期間はどの程度か、

③未成年の子の有無やその年齢

などの事情を総合考慮した上で、判決で離婚の是非が判断されます。

3 もっとも、このような裁判離婚による解決をする前に、調停委員という専門家が間に立って、まずは当事者間の話し合いによる解決を促してくれるのが調停制度です。

そのため、直ちには裁判離婚が認められるのが難しい事案でも調停離婚が成立するケースは決してめずらしくありません。

 ただし、決定的な離婚理由がなく、相手方も離婚に応じていないケースでは、通常の慰謝料、財産分与に加えて、離婚自体に同意する代わりに、一定額の解決金の上乗せがなされるケースもまた多いと言えます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.05.16更新

借地権譲渡と承諾料


(質問)
 この度、借地権を第三者に譲渡することになりました。
 この場合、どのような手続きを取ったらよいのでしょうか。
(回答)
1 地主の事前承諾が必要
 借地権を譲渡したり、転貸するには、事前に地主の承諾を得なければなりません。
なぜなら、民法612条で貸主に無断で賃借権を譲渡・転貸した場合は賃貸借契約を解除できると規定されているからです。
但し、判例では、借地権を無断で譲渡・転貸することによって地主との信頼関係を破壊すると認めるに足りない特段の事情のある場合は、賃貸借契約を解除はできないとしています。
なお、借地上の建物を譲渡すると借地権も譲渡したものとみなされますので、この場合も地主の承諾が必要です。
2 地主が承諾しない場合
-借地非訟手続きによる許可の審判
 このように、借地権の譲渡を考えている場合には事前に地主の承諾を得なくてはならないのですが、①借地権者が借地上の建物を第三者に譲渡しようとする場合で、②第三者が借地権を取得しても地主に不利となるおそれがないにもかかわらず、地主が承諾しないときは、借地権者は裁判所に承諾に代わる許可の裁判を求めることができます(借地借家法19条)。
 借地権の譲受人が資力に問題があって地代を支払えない人の場合や暴力団員などであれば、借地権譲渡によって地主に不利となるおそれがある場合と言えるでしょうが、そのような事情のない場合、裁判所の借地非訟事件手続によって承諾に代わる許可の裁判を得ることが可能です。
借地非訟事件の手続は、借地の所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所(合意のある場合)に書面をもって申し立てます。
裁判所は、鑑定委員に鑑定意見を提出させるなどの審理をし、許可を与えるかどうかを判断します。その際、譲渡する借地人に財産上の給付(いわゆる名義書換料の支払)を命じることがあります。
3 名義書換料(承諾料)
 この名義書換料の相場ですが、借地権価格の10%程度となっています。借地権価格は、借地の場所によって異なりますが、7割前後が一般的です。借地権価格は路線価を参考にしてください。
 このように、新しい借地人に特段の不信事由がない場合には、借地非訟事件の手続上、借地権価格の10%の承諾料をもって許可の審判が出ることから、借地権を譲渡する場合には、地主との間で借地権価格の10%の承諾料を支払って借地権の譲渡の承諾を得るのが一般的でしょう。
4 底地(そこち)の買い取り 
なお、この他に、地主から当該借地権付きの所有権(底地といいます)を買い取ってしまうという手段も考えられます。
 これには、地主と土地の売買契約を結ばなければならないので、地主の合意を得なければできません。この場合の買い取り価格は、当該土地の時価から上記の借地権価格を差し引いた金額が目安になります。
しかし、前記の借地非訟手続きでは少なからず地主と対立関係が生じてしまいますので、今後の地主との煩わしい関係(地代の値上げ要求や更新時の更新拒絶の問題)を清算したいという場合には、借地非訟手続きよりもむしろこの方法がお勧めです。
また、借地非訟手続きでは、地主から建物を相当の対価(建物価格+借地権価格-譲渡承諾料相当額)をもって買い取ることを請求されるリスクもあります。 これは「介入権」といい、この介入権を行使されると、借地人はこれを拒むことができないのです。
 以上が借地の場合ですが、借家の場合には、承諾に代わる許可の裁判という制度はありません。従って、飲食店を居抜きで売ろうという場合は原則として貸主の承諾を得なければなりません。
 但し、借家権を無断で譲渡しても、大家との信頼関係を破壊していないと判断される場合には大家の契約解除は無効となります。しかし、借家の場合、借主の建物の使い方が人によって異なるなど借主の個性が大切ですから、無断で譲渡した以上は信頼関係を破壊していると判断されてしまうおそれが高いでしょう。

 

 

 

 

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.05.09更新

息子に自宅を無断売却されてしまいました

 

<質問>

 私(X)が病気で入院している間に、自宅にあった私の実印などを使って、息子が無断で自宅を譲渡してしまいました。後に、息子に問いただしたところ、譲渡した相手は、息子の知り合いの不動産業者Aで、私に無断で勝手に印鑑や権利証を使っていることも知っているとのことでした。しかし、その不動産業者が善意の第三者と称する別の不動産業者Bに自宅を譲渡し、移転登記まで済ませてしまったとのことです。

 息子が自宅を無断で譲渡したことは、委任状の筆跡や不動産業者Aとの会話の録音テープなどから証明できそうですが、Bは、善意の第三者であることを理由に仮にX-A間の売買契約が無効でも、民法94条2項の類推適用によって保護されるから自宅の返還には応じられないと主張しております。

 このような場合、自宅の返還は認められないのでしょうか。

<回答>

 本件の場合、X→A間の売買契約は、Xの息子がXに無断で行ったものであるため、無権代理により無効です。Aについては、Xの息子が無断で売買したことを知っていたのですから法的に保護さる余地がないのは当然ですが、BについてはX→A間の売買が無効であることを知らずに不動産を購入した場合には、取引の安全上、保護される余地もあるように思えます。

 本件でBが主張している民法94条2項とは、たとえばX→A間の売買契約が通謀虚偽表示(契約の当事者双方が売買の意思がないにもかかわらず売買契約を仮装するなどして内容虚偽の法律行為をすること)により無効であっても、善意の第三者Bに対しては、そのことを主張できないという規定です。このような場合、Xとしても真実の権利関係と異なる外観を作出したこと(売買契約の仮装)について責められても仕方がない事情(帰責性)がありますし、Cとしても取り引きの安全の見地からX→A間を売買契約を信じたことを保護する必要があります。そこで、民法94条2項は、Xは、XA間の売買契約の無効をBに主張できないことを定めたものです。

 このような民法94条2項の趣旨から、判例は、Xが虚偽の不動産登記の作出に積極的に関与した場合だけでなく、虚偽の登記の外観が存在することを知りながら長期にわたってこれを放置していた場合(X→A)においても、民法94条2項を類推適用することによって、善意の第三者を保護してきました(最判昭和45年9月22日民集24-10-1424)。

 しかし、判例が民法94条2項の類推適用によって善意の第三者を保護を優先したのは、虚偽の権利の外観を作出したことに対して真の権利者であるXにも帰責性が認められる場合です。Xにおいて、帰責性が認められない場合には、民法94条2項の類推適用は認められません。

 本件については、Xとしては病気で入院している間に、息子に無断で実印や権利証を使われて売買されてしまったというものですので、基本的には、Xには帰責性がなく94条2項の類推適用は認められないでしょう。もっとも、Xが息子による無断売買の事実を知りながら直ちに法的対応をすることなく、Aに登記が移転された状態を長期に渡り放置していたというのであれば、Xにも虚偽の権利の外観を作出したことに関して帰責性が認められる場合もあるでしょう。

 したがって、Xとしては、弁護士に依頼の上、直ちにBに対して自宅に関する各所有権移転登記の抹消を求めるべきでしょう。

 また、Bから更に違う第三者に所有権移転登記が為されないよう、Bに対して処分禁止の仮処分の申立も検討すべきでしょう。

                    

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.05.02更新

中途解約の場合の賃料支払義務

 

<質問>

私は、会社を経営するため、ビルの一室を会社の事務所として月額20万円で賃借しました。契約書では、契約期間が3年間とされており、中途解約に関する条項はなく、「期間満了前に解約する場合は、違約金として、解約日から期間満了日までの賃料を支払う」旨の条項がありました。

その後、会社経営がうまくいかないため、契約日から半年後に賃貸人に賃貸借契約の解約を申し込んだところ、賃貸人から残りの契約期間である2年6か月分の賃料を違約金として請求されました。

このような多額の違約金の請求は認められるのでしょうか。

 

<回答>

1 賃貸借契約においては、多くの場合、契約書に中途解約に関する条項が設けられていますが、中途解約は、当然に認められるものではなく、原則としてその旨の合意を契約書等でしておかなければなりません。また、中途解約の合意がある場合でも、中途解約の予告期間が定められることが多く、その期間に満たない解約をするときは、予告期間に相当する期間の賃料を支払う義務があります。

契約書の中には、中途解約に関する条項が設けられておらず、そのような場合には、中途解約が認められず、契約期間満了までの賃料の支払い義務を免れないのが原則です。

2 しかし、中途解約に関する契約書の条項がなく、中途解約ができない場合でも、残りの契約期間があまにも長く、違約金として支払う賃料があまりにも多額になる場合には、そのような違約金条項が暴利行為として公序良俗違反(民法90条)により一部無効になる場合があります。

 東京地判平成8年8月22日(判例タイムズ933号155頁)は、①契約期間満了までの賃料を違約金として支払い旨の違約金条項をそのまま適用すると、賃借人が賃料の約3年2カ月分を損害金として支払う事になりあまりにも高額すぎること、②当該建物において、賃借人の明渡後賃貸人は通常数ヶ月程度で新たな賃借人を確保してきており、1年以上を要した例がないことを理由にして、1年間の賃料相当額に限り有効とし、それを超える部分は暴利行為にあたり公序良俗違反として無効としました。

 賃借人が中途解約した場合の違約金条項は、賃貸人が新たな賃借人を確保するまでの間、建物を有効利用できないことによる損害を補填するための条項ですので、次の賃借人が決まるまでに通常かかるであろう期間を補填するための条項であり、そのような入居待ち期間を最大限見てもそれを超えるような期間の違約金は、暴利行為として無効とみなされるという判決です。

3 なお、本件においては、会社経営のためのビルの一室の賃借ですので、賃借人は消費者契約法上の「消費者」には該当しませんが、仮に、賃借人が通常の住居のために賃借したというのであれば、賃借人は消費者契約法上の「消費者」であり、貸主が賃貸業者の場合には消費者契約法上の「事業者」になりますので、消費者契約法の適用があります。

この場合、本件のような違約金条項は、消費者契約法第9条により、「平均的損害の額」を超える部分について無効とされます。

賃貸借契約の中途解約の場合の損害についは、次の入居者が決まるまでに要する期間の賃料が損害ですので、入居待ちの平均的な期間に相当する賃料額を超える違約金については無効になります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.04.27更新

 重要な事実を告げなかった場合の不動産業者の責任 

 

(事例)

 ある不動産業者は「海がよく見えるマンション」という売り出し文句で広告を出していた。そこで、海がよく見えるという点が気に入った買い主は、そのマンションの9階1部屋を不動産業者から購入した。

 しかし、その6ヶ月後には当該マンションの直ぐ隣に13階建てのマンションが完成し、購入者の9階の部屋からは海が全く見えなくなりました。

 このような場合不動産業者にはどのような責任が生じるのでしょうか。

(回答)

1 錯誤無効による契約無効

  民法95条の錯誤無効とは、例えば買主がA物件を買おうと思っていたが勘違いしていてB物件を買ってしまった場合や代金100万円だと思って契約書にサインしたがそれは勘違いで契約書100万ドルとなっていた場合等、契約条項は正しいのだけれども自分が勘違いしていたためその物件やその代金で買うつもりはなかった場合に、その勘違いに重大な過失がない場合には、契約を無効に出来るというものです。

  この点、「海がよく見える」というのは契約を締結した動機でありますので、このような動機の錯誤では、原則としては、錯誤無効の主張はできません。

  しかし、このような契約の動機が契約上表示されている場合には、錯誤無効の主張ができます。

  本件では、「海がよく見えるマンション」が売り出し文句として広告されています。従って、海がよく見えるから購入したという契約の動機は、契約上明示的若しくは黙示的に表示されていると解釈されると思われます。

  そうすると、民法95条による錯誤無効の主張も可能になります。

  契約が無効になりますと、不動産業者は、売買代金を全額購入者に返還することになります。購入者は、「現に利益を受ける限度」において当該マンションを返還すれば足りますので、当該不動産を既に何ヶ月か利用していても、そのままの状態で不動産業者に返還すればよいことになります。

2 消費者契約法第4条1項又は同条2項による契約取消

  消費者契約法第4条1項は「重要な事項について事実と異なることを告げた」場合、又、同条2項は「重要な事項について当事者の不利益となる事実を故意に告げなかった場合」には、契約を取り消すことができるとしております。

  本件では、購入後6ヶ月しか経っていないのに隣にマンションができて海が見えなくなるということは重要な事項で、かつ、消費者に不利益な事項ですので、このようなマンション建設計画を不動産業者が故意に告げなかった場合には、同条2項による契約取り消しの対象になります(なお、裁判例はまだ出ておりませんが、同条の趣旨からすれば、本件のマンション建設計画のように、不動産業者が当然に調査すべき事項であり、調査をすれば容易に知ることができた事実については、「故意に告げなかった」場合だけでなく「重要な不利益事実の調査に重大な過失があり、これにより当該重要な不利益事実を告げなかった」場合にも同条が類推適用される可能性が高いと思われます)。

  また、「海がよく見えるマンション」であることは契約上「重要な事項」にあたりますので、これが6ヶ月後に隣にマンションができて海が見えなくなったならば事実と異なることを告げたとも評価されるものと思われます。従って、消費者契約法第4条1項に言う「重要な事項について事実と異なることを告げた」にも該当すると思われます。 

  なお、民法95条による錯誤無効の場合、不動産業者としては、「広告ではうたっていたとしても、そのことは契約書上では表示されていないから動機の表示は為されていない」と反論することや、又、購入当時としては海が見えることを売り物にしていたとしても、購入後も永遠に海が見えることまでを保証してうたっていたわけではないと反論することが考えられます。

  しかし、消費者契約法によると、上記のような反論は成り立ち難くなるでしょう。

     ただし、消費者契約法による取り消し権の行使期間は、契約の追認をすることができる時(本件では13階建てのマンション建設を知ったとき)から6ヶ月以内と法定されていますので、取り消し権の行使期間には注意が必要です。

3 重要事項説明義務違反による損害賠償責任

    宅建業法35条は、宅建業者に重要事項の説明義務を課しておりますが、同法35条に掲げられている重要事項は例示列挙でありますので、この他にも当該不動産取引において説明すべき重要な事項がある場合にはこれを調査し説明する義務があります。

  本件では、「海がよく見えるマンション」を売り物にしていた以上、当該マンション前の土地で13階建てのマンション建設工事が計画されているという点はまさに重要事項ですから、宅建業者はこの事実の有無を積極的に調査した上これを購入者に説明する義務があります。

  従って、これを怠った宅建業者は、消費者から契約の取り消しや無効までもが主張されなくとも、重要事項の説明義務違反として、損害賠償の責任を負います(なお、購入したマンションの前の平屋建ての建物が取り壊され2階建ての建物が建設されたことでマンションの1階、2階の区分所有者に日照等の被害が生じた事例で、販売業者の説明義務違反が認められた裁判例として東京地裁平成13年11月8日があります)。

  次に、本件の場合の損害額としては、財産的価値が客観的に減少した分の損害として、海が見えるマンションであった場合の評価額と海が見えないマンションであった場合の評価額の差額が考えられます。

  この他に、購入者が海が見えなくなったことによる精神的苦痛を慰謝料として請求できるかという問題もあります。

  この点、通常の不動産取引における説明義務違反事例では、客観的な財産的価値の減少の損害の他に慰謝料までが損害として認められるかというと、不動産業者の当該説明義務違反の程度や当該説明義務違反の悪質性にもよりますが、慰謝料までは認められないか、仮に、認められても少額にとどまるというケースが一般的であると思われます。

  しかし、本件のように海が見えるマンションを売り物にしており、購入者もこの点が特に気に入って購入したという事例の場合には、本来であれば契約取り消しや契約無効の主張までもが可能な事例ですので、この点も考慮すると、慰謝料の支払いも認められる可能性が高いでしょう。

4 以上のように、専門業者の責任は重く、消費者の保護は厚くというのが近時の法律や裁判例の流れとなっております。

不動産業者としても、このような流れを踏まえて、消費者への説明責任には十分に配慮することに注意を払う必要があると思われます。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.04.18更新

マンションでの店舗営業と営業差止

 

<質問>

(1)私のマンションでは、管理規約において「専有部分を営業のために使用できない」との規定があります。

しかし、ある区分所有者がマンションの一室を利用して宅配料理の営業を始めました。

宅配業であっても、マンションの一室で料理店を開くとなると、衛生上問題でありますし、夏場などはゴキブリなどの害虫も増えるとして、住民間で問題になっております。

このような場合、管理組合としてはどのような対処ができるのでしょうか。

(2) 私のマンションでは、管理規約において、「専有部分を事務所として使用することを禁止する」との規約が存在します。

 しかし、この管理規約は、現在では有名無実化しており、半数近くの区分所有者が専有部分を事務所として使用しております。私もここ5年以上の間、会社の事務所として使用しています。

 ところが、ある理事会の席で、私とある区分所有者が不仲になり、それを切欠に、その区分所有者から、私が専有部分を事務所として使用している点を捉えて「管理規約に違反することから、専有部分を事務所として利用するな」と執拗に迫られるようになりました。また、近く管理組合の総会で、専有部分を事務所として使用するのを差し止める裁判を提起することが決議される状況です。

 このような場合、事務所としての使用差し止めは認められるのでしょうか。

<回答>

1 質問(1)について

(1)マンションの管理規約に、「専有部分を営業のために使用できない」「専有部分は住居としての利用に限定する」「専有部分を事務所に使用することはできない」と定めがある場合、このような管理規約の規定も、住居用マンションとしての生活環境の維持を図るため合理性が認められる規約ですので、有効な規定といえます。

 そして、上記のような規約違反の行為によって、他の区分所有者に悪影響を及ぼし、区分所有者の共同の利益にも反すると言える場合には、管理組合(原告となるのは区分所有法上の「管理者」である管理組合の理事長個人)は、総会の決議を経た上で、区分所有法57条1項に基づき、共同の利益に反する行為の差止めを請求することができます。

(2)本件でも、マンションの一室で宅配料理業を開業する行為は、「専有部分を営業のために使用できない」という管理規約に違反する行為であり、また、マンションの一室で料理店を開くとなると、衛生上問題が生じるほか、夏場などはゴキブリなどの害虫も増える恐れがあることから、共同の利益に反する行為と言えます。

 したがって、裁判を提起すれば、専有部分を宅配業として使用するのを差し止める請求は認められるでしょう。

なお、勝訴判決を経たにもかかわらず、相手方が判決に従わず営業を継続した場合には、「相手方が営業を辞めるまで一日当たり○○円の損害金を管理組合に支払う」ことを命ずる間接強制の申立が可能です。

(3)このように、裁判によって最終的に解決することも可能ですが、できれば訴訟に至る前に相手方において自ら営業を辞めるようにして欲しいものです。

このように、紛争解決のために裁判の提起まで要するのを事前に予防するためには、管理規約において「管理組合の警告にもかかわらず、違反行為を辞めない場合には一日当たり○○円の違約金を支払う」という条項を入れておくことをお勧めします。

金銭という明確な形で違約金が発生することを明記しておけば、相手方も営業を辞めるのに時間をかければかけただけ違約金の金額が増える訳ですから、任意に営業を辞める可能性が高くなります。

2 質問(2)について

  管理規約における事務所としての使用禁止条項が有名無実化しながら、管理組合がこれに対し、警告等の措置を講じず、長年放置していたという場合で、また、事務所としての利用によって特段の支障が生じていないといえる場合には、管理組合の使用差し止めの訴えは、権利の濫用にあたるとして棄却される場合もあります。

裁判例としても、東京地判平成17年6月27日判例タイムズ1205-207)は、管理規約に違反してエステティックサロンとして専有部分を使用していた事例において、「原告が、住戸部分を事務所として使用している大多数の用途違反を長期間放置し、かつ、現在に至るも何らの警告も発しないでおきながら、他方で、事務所と治療院とは使用態様が多少異なるとはいえ、特に合理的な理由もなく、しかも、多数の用途違反を行っている区分所有者である組合員の賛成により、被告に対して、治療院としての使用の禁止を求める原告の行為は、クリーン・ハンズの原則に反し,権利の濫用といわざるを得ない。」と判示しております。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.04.12更新

物損事故の損害賠償はどのように計算するのでしょうか。

(質問)

A車とB車が交差点で衝突事故を起こしました。幸いにも人身事故にはならず物損事故として処理することになったのですが、A車の修理代は60万円、B車の修理代は80万円かかりました。なお、両車の過失割合は、B車の方が危険な運転をしたということで、A車40%、B車60%となりそうです。

この場合、どのようにして、それぞれの負担する賠償金を算定したらよいのでしょうか。

(回答)

物損事故においても、双方の事故車の過失割合によって、修理代の負担金が決まってきます。 過失割合は、それぞれの事故態様により類型化されており、「日弁連交通事故相談センター編・損害賠償額算定基準」の過失相殺表が基準になりますので、一度、専門家に当該事故の過失割合を相談することをお勧めします。

本件の過失割合は、A車40%、B車60%とのことですので、これをもとに、①A車の修理代としてAがBに請求できる金額、②B車の修理代としてBがAに請求できる金額を算定すると、下記の通りとなります。

      記

①Bが負担すべきA車の修理代

 36万円=60万円×60%

②Aが負担すべきB車の修理代

 32万円=80万円×40%

 従って、本件では、前記の過失割合を前提とすると、①AがBに対し36万円の修理代を請求し、②BがAに対し32万円の修理代を請求することになります。もっとも、実務上は上記のようなたすきがけの遣り取りでは煩瑣ですので、両者がそれぞれの請求額を相殺しその差額である金4万円をBがAに支払うという相殺合意によって処理しております。

 なお、物損事故の場合、修理代のほかにも、レッカー移動代、代車代、評価損(主に高級車などにおいて修理によって各落ちしたことによる損害)、営業者の休車損(会社が持っている他の営業車等で代替不能な場合に修理期間中に事故車を使用することができなかったことによる営業損害)などの項目があります。これらの項目も損害として認められれば、A又はBが負担すべき損害額として加算した上、前記の過失相殺によって処理をすることになります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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