弁護士 秋山亘のコラム

2016.04.04更新

賃借人の行方不明と建物明渡

 

<質問>

私は、アパートのオーナーをしておりますが、アパートの賃借人が半年前から行方不明になり、賃料も滞納しています。

このような場合、どのような方法をもって部屋の明渡を受ければよいでしょうか。

なお、賃貸借契約では賃借人の父親が連帯保証人となっています。

また、賃貸借契約書には、「契約終了後に賃借人が部屋の明け渡しに応じない場合には、賃貸人は、鍵の変更及び残置物の処分をすることが出来る」と書かれております。

 

<回答>

1 賃貸借契約解除・建物明渡の方法

 本件では、賃料の滞納を理由に賃貸借契約を解除した上で、建物の明け渡しを求めることになりますが、賃借人が行方不明の場合には、契約解除の意思表示をどのような方法で行うかが問題となります。

 というのも、民法97条1項により、契約解除などの意思表示は相手方に到達して初めて、効力を持つのですが(通常、配達記録付きの内容証明郵便で通知をするのもこの為です。)、本件のように相手方が行方不明の場合にはどのようにして解除の意思表示を相手方に到達させるかが問題になるのです。

この点、民事訴訟法の改正に伴い、訴状に意思表示が記載されているときは、訴状の「公示送達」で契約解除の意思表示を相手方に通知することもできるようになりました(民訴法113条)。そのため、現在は、訴状に解約解除の意思表示を記載した上で、訴状の送達を「公示送達」の手続きによってすることになります。

公示送達とは、訴状の送達は、本来は、郵便局員が被告の居住地に赴き被告本人若又は被告の同居人若しくは被告の勤務先の従業員に手渡しをすることによって行われるのが原則ですが、被告の居住地や勤務先が調査を試みても不明な場合には、裁判所にその旨の調査報告書を提出することによって、裁判所の掲示板に呼び出し状を貼り、その日から2週間経過した時に訴状の送達があったものと見なされる手続きです。

ただし、公示送達のための調査は、被告の住民票上の住所に赴き、近隣者等に聞き込み調査をしたり、郵便受けの状況、表札の状況、電気ガスメーターの状況などを調査したり、或いは、連絡の取れる親族に聞き込みをしたりしなければならないため、なかなか手間がかかる作業となります。

2 連帯保証人の明渡義務について

 このように、行方不明になった賃借人本人には、訴訟を通じて明け渡しを求めることが出来ますが、例えば、連絡のつく連帯保証人に対し、建物の明け渡し求めることは出来ないのでしょうか。

しかし、この点、大阪地判昭和51・3・12は、「建物明渡義務は、賃借人の一身専属的な義務であり、保証人が代わって実現することはできない。建物明渡について保証債務は、明渡の不履行により、この義務が損害賠償義務に変ずることを停止条件として効力を生じる」ものとしています。

したがって、この立場からは、連帯保証人は、建物明渡義務それ自体は負担しないことになります。

 もっとも、連帯保証人は、賃貸借契約上の賃借人の一切の債務を連帯保証するのが通常ですから、明け渡し自体は求められなくとも、明け渡し完了時までの賃料相当損害金や明け渡しに要する執行費用など金銭請求については求めることが出来ます。

 そこで、このままでは連帯保証人が支払わなければならない保証債務が膨れあがることを説明し、連帯保証人である父親の手で建物の明け渡しを実施してもらうことが現実的な解決方法でしょう。

3 残存動産を処分するための法的手段

 明渡の判決を得て強制執行に及んだとしても、それをもって、建物の内部に残された動産を当然に処分することはできません。

そこで、建物明渡を求める訴えを起こす際、同時に滞納家賃を支払えとの判決を求める訴えも起こして、その判決に基づいて残された動産の差押競売をなし、滞納家賃の一部に充当することにより、残置動産を処分するという方法が必要になります。

近時の民事執行法の改正で、資産価値の高い重要な動産を除き、明け渡しの断行当日に即時競売が出来るようになりましたので、賃料債権をもって動産類を差押えするなどして、建物明け渡しの執行費用を抑えることが大切です。

建物明け渡しの強制執行の時に、資産価値がある動産が残っていると、倉庫を借りて一定期間保管しなければならず、その保管料、運搬料、運び出し人夫の費用などがかかってしまいます。

この費用は、荷物の量にもよりますが1回の建物明け渡しで50万円程度かかると言われております。

4 残置動産放棄条項の有効性

 このように、明渡の判決を得て強制執行をするにしても、その執行費用は結構な金額になります。

それを回避するために、賃貸借契約書には「契約終了後に賃借人が部屋の明け渡しに応じない場合には、賃借人は、残置動産を放棄し、賃貸人は、鍵の変更及び残置物の処分をすることが出来る」といった条項が書かれている場合があります。

しかし、東京高判平成3・1・29は、このような条項の有効性について「本件建物についての賃借人の占有に対する侵害を伴わない態様における搬出・処分のみを認めるものと解するのが合理的」と認定し、賃借人の占有が残っている建物への立ち入り搬出・処分は違法な自力救済に該当し、許されないと判示しております。

したがって、仮に、賃貸人がこのような賃貸借契約書の条項が存在するとして、契約解除後に改めて賃借人から同意書を取り付けることなく、賃借人の建物内に入り、賃借人の荷物を持ち出したり、処分する行為は、民事上の損害賠償請求をされるおそれがあるほか、住居侵入罪や窃盗罪として処罰されるおそれがあります。

そこで、賃貸人としては、出来るだけ契約解除後、改めて賃借人と連絡を取り、鍵の引き渡しと共に残置物放棄の書面を取り付けなければなりません。

もしくは、このような明け渡しの作業については賃貸人本人が行うのではなく、連帯保証人である父親を説得して、父親の責任で行ってもらう、それが出来なければ、訴訟を提起した上で強制執行の手続きをもって行うことが必要です。

 

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.03.28更新

相続財産の調査方法

 

(質問)

 父は相当額の財産を残して亡くなったのですが、兄がその財産を一人占めしており、どのような財産を残してくれたのか私たち弟には何も開示してくれない為、相続財産がどれだけあるのか分かりません。

 どのように調べたらよいのでしょうか。

(回答)

 遺産分割をするには、被相続人にどのような相続財産や負債があったのかを調査し、被相続人に帰属する相続財産や負債の範囲を特定しなければなりません。

 法定相続人は、法的には被相続人の「包括承継人」という地位が認められますので、法定相続人であれば、本人と同じ立場で、関係連絡先に相続財産に関する記録の閲覧を請求できます。

 相続財産だけでなく、特別受益や遺留分減殺請求に影響する生前贈与の有無も下記の調査方法により同様に調査することが出来ます。

 相続財産の調査とその特定は、専門の弁護士等に相談し慎重に調査されることをお勧めいたしますが、以下では法定相続人でも調査可能な方法をご説明します。

1 不動産の調査方法

 不動産の固定資産税を取り扱っている市区町村の固定資産税課では「名寄帳」を作成しています。不動産所があると思われる市役所の固定資産税課に相談してみるとよいでしょう。

2 被相続人の負債状況を確認したいと き

 全国銀行協会の「信用情報閲覧サービス」を利用すると、負債の状況を調査することができます。

 ただし、連帯保証債務など同サービスではその存在を確認できない債務もあります。

3 公正証書遺言の有無

 公証役場には遺言書の謄写申請を行うことが出来ます。

 公正証書遺言をしたなどと被相続人から聞いている場合又はその可能性がある場合には被相続人の住所地近くの公証役場に問い合わせてみるとよいでしょう。

4 税務申告書類の調査

  税務申告書類から被相続人の財産状況が判明することはよくあることです。

 税務署では、過去3年間の納税証明書を発行してもらうことができます。

 また、相続税の申告書などの記録は、運転免許証など本人確認書類と相続人であることを証明する戸籍謄本があれば、閲覧することができます。

 なお、税務申告書類の記録の保管期間は5~7年となっています。

5 預金の取引履歴の開示  

 銀行では、預金通帳の記録に相当する取引履歴を開示してもらうことが出来ます。

 この取引履歴の開示によって相続財産である預金を相続人の1人が無断で抜き出ししていたことや生前贈与があったことなどが発覚することもあります。

 なお、一部の相続人に勝手に引き出されてしまう恐れがある場合は、銀行に対して、①被相続人が死亡して相続が発生していること、②一部の相続人のみから解約の請求があっても応じてもらいたくないことを内容証明通知書で通知しておくとよいでしょう。銀行は、口座名義人が死亡し相続が発生したことを知った場合、原則として、法定相続人全員の印鑑証明書付きの払い渡し請求書でないと応じない扱いをしております。

6 保険会社・証券会社への問い合わせ

 被相続人が生命保険をかけていた、証券取引をしていたという場合には、その保険会社・証券会社をご存知であれば、保険会社や証券会社に取引履歴の開示を請求すると良いでしょう。

 保険会社や証券会社の連絡先などは、被相続人の住所地へ送付された各種郵便物、本人が生活上使用していた銀行口座の取引履歴・通帳履歴などから分かることがあります。

7  勤務先への問い合わせ

 被相続人が勤務していた会社に問い合わせることで、退職金支給明細や給与の源泉徴収票の写し、これららの支払先口座を開示してもらえる場合があります。

8 年金支払先口座の調査

  被相続人が年金暮らしをしていた場合には、国民年金課やその他各種年金の取扱機関に問い合わせることで、年金の送金先口座など被相続人が生活資金として使用していた銀行口座がわかることもあります。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.03.23更新

交通事故の示談交渉

 

(質問)先週主人が歩行中自動車にはねられるという交通事故にあいました。加害者側の保険会社から示談をしたいという連絡がありましたが、示談交渉の際どのような点に注意したらよいでしょうか。

 なお、主人は、今回の事故で左足を複雑骨折をしたのですが、担当の医者からは、治療をしても左足は思うように動かなくなる可能性があると言われています。

(回答)示談交渉の際に留意すべき点は以下の事項です。

①正当な示談金額

 これは、裁判をした場合に判決で認められる賠償金額にできる限り近い金額で示談ができるかと言う問題です。

 加害者が任意保険に加入している場合には、任意保険会社の社員が示談を代行するのが通常ですが、この場合保険会社が提示する賠償金額は、裁判所で認められる賠償金額に比べて低くなるケースが多いのが現状です。

 特に後遺障害が残った場合の慰謝料金額や逸失利益の金額の場合には裁判所基準と保険会社基準では比較的大きな開きが出てきます。

 しかし、だからといって直ちに裁判をして損害賠償請求をする方がよいとは限りません。示談には、事故被害の早期回復(賠償金を早く受領できる)という大きなメリットもありますし、弁護士を立てて裁判をする場合には相応の弁護士費用がかかります。

 これとの兼ね合いで、賠償金の総額が比較的少な物損事故や軽傷の人身事故の場合はご自分で示談交渉された方がよいかもしれません。逆に、後遺障害が残る傷害の交通事故や死亡事故などの場合は、場合によっては裁判所基準と保険会社基準で数百万円から1千万円単位での違いが出てきますので、お近くの弁護士に相談されて、裁判所基準での示談の交渉をしてもらうか(弁護士が強く交渉すれば保険会社も裁判所基準に近い金額で示談に応じる場合もあります)、それでも示談がまとまらない場合には損害賠償請求の訴訟を提起するのがよいでしょう。保険会社も判決が出ればそれに従うのです。

②示談交渉の時期

 示談交渉の時期は、一般に傷が治って職場復帰が可能になった後になると思われます。その時期にならないと、治療費や休業損害の算定ができないからです。

 また、後遺症が残る可能性がある場合には、担当医から後遺症の診断が出てからになります。それまでは治療に専念してください。なお、後遺障害とは、医学的にこれ以上治療を続けても傷が治らないと認められた状態のことです。

 これ対して、事故直後の混乱期に乗じて示談を迫ってくる者もいますが、これは眉唾ものです。混乱期には冷静な判断ができませんし、一体いくらの賠償金が妥当なのかも分かりません。500万円の札束を目の前に出されたのでその場で示談したが、その後正しい知識に基づいて計算すると正当な賠償金は数千万円にもなったという例もあります。一度示談すると、その後に治療が長引いてもその分の治療費、慰謝料、休業損害などは原則として請求できなくなります。また、判例上は、既に示談をしていてもその後に発覚した後遺症に関しては別途損害賠償ができることになっておりますが、一度示談をしてしまうとこれを争って新たに損害賠償の請求をするのはなかなかに大変です。事故直後に安易に示談に応ずるのは避けた方がよいでしょう。

 但し、どうしても、一時金として賠償金が欲しいと言う場合は、受領した金額は一時金であること、示談金の総額はその後の交渉によること等を明示して賠償金を受け取って下さい。保険会社によっては、一時金の支払いに応じてくれるところもあります。

③損害賠償請求の消滅時効

 交通事故などの不法行為による損害賠償請求は、事故発生時から3年です。後遺症による損害賠償は、後遺症の診断書が出たときから3年です。

 なお、自賠責保険の被害者請求は事故発生時(後遺症の場合は診断書が出たとき)から2年です。

 ただし、時効完成前に治療費の一部の支払いを受ける、交通事故の損害賠償請求権について承認書を書いてもらうなどすれば時効は完成しません。 

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.03.16更新

隣地越境物による所有権侵害

<事例> 

隣家の「木の枝」が伸びてきて、私の敷地に入ってきたため、毎年秋になると大量の落葉が私の家の屋根に落ちてきます。

そのため、腐敗した落葉により屋根の劣化が激しなる、雨樋が詰まってしまうなどの被害が出ています。

このような場合、どのように対応したらよいでしょうか。

また、隣家の「木の根」が越境して私の土地に入ってきたときはどうでしょうか。

(回答)

1 竹木の「枝の越境」による被害の場合

民法は越境に関して、枝と根で異なる規定の仕方をしています。

民法233条1項は、①隣家の竹木の枝が境界線を越える場合には、②竹木の「所有者」に対して、③枝を切除するよう「申し入れることができる」と規定しております。

民法では、それだけの規定しかありませんが、単に竹木の枝が「境界線を越え」たというだけで切除を請求できるのか、それとも竹木の枝の侵入を受けた隣地所有者が、それにより「何らかの具体的な被害」を被ったり、被るおそれのある場合に限るのかということが問題となります。

この点について、新潟地判昭和39年12月22日(下民集15巻12号3027頁)は、枝の越境により枝の切除を請求できる要件として、単に枝が越境しているだけではなく、それに加えて、枝の越境により、落葉被害が生じている或いは生じる恐れがあるなど、何らかの被害を被っていたり、被る虞があることを求めております。

本来「お隣りさん同士」である相隣関係は相互の協力・受忍関係のもと円満に物事を解決することが大切であり、民法もそのような関係を前提に条文が作成されているため、形式的な法律論で自己の法的な権利主張をするのではなく、実際の被害の有無という側面で、物事を解決すべきだと言っているように考えられます。

本件の場合には「毎年秋になると大量の落葉が私の家の屋根に落ちてくる」「腐敗した落葉により屋根の劣化が激しなる、雨樋が詰まってしまう」などの実際の被害が出ておりますので、隣家の樹木の所有者に対し、木の枝を切除するよう請求できます。

また、このような場合には、建物の屋根に対しての深刻な被害が予想されますので、木枝が必ずしも越境をしていない場合でも、建物の「妨害排除権」として、木の枝から大量の落葉が舞い込んでくることのないよう、枝の切除も含めて適切に枝を管理するよう隣家に対して求めることが出来ます。

なお、この場合、木の所有者に対して、あくまでも切除の「請求権」があるだけですので、こちら側で勝手に枝を切除することはできません。

相手方が任意にこれに応じない場合には、落ち葉被害による損害賠償の請求も含めて、枝の切除を請求する裁判を提起する必要があります。 また、民法233条1項による木の切除を請求できる相手方は、土地の所有者ではなく「木の所有者」ですので、隣地が借地の場合には、実際に木を植えた人に対してのみ請求できます。従って、土地の所有者が植えた植木ではなく、借地人が植えた植木である場合には切除請求の相手方は借地人になります。

2 竹木の「根の越境」による被害の場合

これに対して、根の越境の場合には民法233条2項は「隣地の竹木の根が彊界線を踰えるとき之を裁取することを得」と規定しており、根が境界線を越えてきた場合には、その越境部分に関して竹木の所有者の承諾なしに切ることができるとされています。

 よく、隣家の柿の木の枝が越境してもその柿の実は勝手に取れないが、竹林から越境して生えてきたタケノコは、勝手に取ってもよいとされるのは、上記規定によるものです。

 但し、先の新潟地裁の判例の趣旨からすると、根を切ることで隣家の樹木が枯れてしまうような場合には、単に根が越境していると言うだけではなく、何らかの「具体的な被害」を被っているか、または被る虞のある場合に限られ、勝手に根を切って木を枯らしてしまった場合、権利の濫用として損害賠償の責任を負うことも考えられますので注意が必要です。

したがって、まずは、竹木の所有者に対し、竹木を植え替えてくれるよう申し入れるなどするほうがよいでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.03.07更新

賃料の自動増額条項の有効性

 

(質問)

私がバブル時代に締結した土地の賃貸借契約書には「賃料は3年毎に改定され、改定毎に賃料は20%ずつ増額する」という条項があります。

 このような賃料の自動増額条項で賃料を改定していくと、近隣の時代相場に比べてもの凄い高額の賃料となってしまい、とても賃料を払い続けることはできません。

 私としては、現在の賃料は、このような自動増額条項によって、近隣相場と比較して高すぎると思うので、むしろ賃料の減額をお願いしたいくらいです。

何とかならないでしょうか。

(回答)

1 賃料自動改定特約

 賃貸借契約には、賃料が自動的に改定されるという趣旨の特約が定められていることがあります。    

特約のタイプとしては

①物価変動自動改定特約

②定額自動改定特約

③定率自動改定特約

④路線価変動自動改定特約

⑤固定資産税変動自動改定特約

などが挙げられます。

 この点、借地借家法第11条1項(旧借地法第12条)は、土地に対する租税その他の公課の増減、土地の価格の増減、当該地代が近隣類似の土地の地代に比較して不相当となった時など、経済事情の変動があった場合を「要件」に、当事者は将来に向かって地代等の額の増額を請求できると規定し、地代の増額請求権の要件を定めております。

ところで、一方、借地借家法第9条では、借地借家法は強行規定であり、借地権者に不利な内容の特約は無効であると規定しております。

 そこで、本件の自動増額条項のように、借地借家法第11条に定める要件を確認せずに当然に地代が増額するという内容の特約は、地代の増額請求ができる場合の要件を定めている借地借家法第11条1項に反し無効ではないかという問題が生じてきます。

 なお、上記の問題は、借家の場合にも、家賃の増額請求の要件を定めた借地借家法第32条(旧借家法7条)がありますので、同様に生じます。

2 裁判所の考え方

 賃料自動改定特約についての裁判所の考え方はどの様なものでしょうか。

 裁判所は、自動改定特約だからといって当然に無効とはせずに、当該特約を個々の事例にあてはめた結果、賃借人に著しく不利益であるという特段の事情の有無によって特約の有効性を判断しています。

 この様に特約の効力は「当該賃借人に著しく不利益かどうか」という個々の事情により判断されます。

最高裁判所昭和44年9月25日は「固定資産税変動自動改定特約」について、特約条項としては有効であると認めつつ、「当事者の意思は、契約当時存在した事情と著しく異なる場合にも、その基準によるという意思ではない」として、特約の適用を制限しました。右の裁判例は、「賃料」の相当性を判断する際に、個々の事案において「具体的に考える」という裁判所の基本的姿勢を示したものと思われます。

よって、裁判所は、バブルの時期に定めた基準を機械的に当てはめることはせず、契約で定めた基準を適用して妥当なものについて、自動改訂条項を認めているものと言えるでしょう。

したがって、賃料の自動改訂条項があっても、新賃料が著しく高額となり妥当とは思われないような場合は、貸主と交渉をしてみる必要があるでしょう。

 本件でも、バブル期に締結された賃料を更に3年ごとに20%も増額するという特約ですので、元々の賃料を特に安く定めていたというような事情がない限り、自動増額条項に従った賃料増額は認められない可能性が高いでしょう。

3 賃料減額請求の可否

では、賃料の自動増額条項がある場合には、賃借人が賃料を逆に下げて欲しいと請求することは一切出来ないのでしょうか。

 この点も、自動増額条項が存在しても、借地借家法11条、32条による賃料減額請求権を一切排除することはできません。仮に、賃借人の借地借家法11条、32条に基づく賃料減額請求を一切認めないという条項があれば、それは無効です。

 実際の裁判例でも、賃貸人が自動増額条項に基づいて賃料増額請求をしたのに対し、賃借人が賃料減額請求の反訴をした事例で、賃借人の方の賃料減額請求が一部認容されているものがあります。

 本件でも、裁判で減額される見込みまであるかは別として、賃貸人と減額の交渉をしてみる価値は十分にあるでしょう。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.02.29更新

建物内の自殺と不動産取引

 

1 はじめに

 近年不況に伴い自殺者数が急増しております。また、老化社会に伴い一人住まいのお年寄りの自然死も増えています。

 そこで、今回は、このような物件であることが後に買主に判明した場合に、買主は売買契約を解除し又は損害賠償請求をできるのか、についてご説明したいと思います。

2 買主による契約解除、損害賠償請求の可否

(1)瑕疵担保責任について

 買主が当該物件の売買について解除、損害賠償請求をする場合の法的根拠としては、瑕疵担保責任(民法570条)が考えられます。

 瑕疵担保責任とは、

 ①「瑕疵」(目的物が通常有している性能を欠く状態)が契約成立前から存し、かつ②その「瑕疵」が「隠れたる」(契約時に通常の注意義務を尽くしてもその瑕疵を発見できない場合)ものであるときに、生ずる責任です。例えば、売買目的の建売住宅が欠陥住宅で、かつ売買時にも外見上はその欠陥が分らなかった場合が典型例です。

 責任の内容としては、その瑕疵による目的物の価値の減少分については、損害賠償請求でき、また、瑕疵によって契約の目的を達成できない場合には契約を解除することもできます。

(2)「瑕疵」にあたるか

 本件で問題となるのは、まず、上記欠陥住宅例のような物理的欠陥は誰の目から見ても瑕疵にあたることは明らかですが、本件のような自殺・病死の例については、これを気にしない人もいれば気にする人もいます。そこで、このように人の感じ方によって瑕疵となるか瑕疵とならないかが違ってくるようなケース(「心理的瑕疵」といいます。)でも、瑕疵担保責任の「瑕疵」に該当するのかという点です(なお、ここにいう心理的瑕疵のケースでは、建物での死体の発見が遅れたので建物から死臭が取れない等の「物理的瑕疵」がない場合をいいます。物理的瑕疵については当然「瑕疵」にあたります。)。

 この点、判例は、自殺・殺人事件があったという心理的瑕疵も「瑕疵」にあたり得ると判示しています(ケースバイケースですのでもちろん「瑕疵」にあたらないと判断された場合もあります。)。

他方、単なる自然死、病死については一般に瑕疵にあたらないとしています。

 判例は、「瑕疵」にあたるかの判断基準について、心理的瑕疵の場合は、買主の個人的感情といった主観的事情ではなく、客観的に建物が通常有する「住み心地の良さ」を欠いている状態にあたるかで判断すべきだとしています。そして、建物が通常有する「住み心地の良さ」を欠くか状態か否かは、以下の事情を総合評価して、「人の死亡にまつわる忌わしさが当該物件から相当程度薄らいでいるか」で判断されるものとしています。

(ア)死体の数、死体の状況

  死体の数が多いほど、また死体の発見状況が、首吊り自殺、割腹自殺又は一家惨殺殺人事件であったり、死体発見が相当程度遅れていた場合等、死体発見の状態が忌わしいほど瑕疵該当性は肯定され易くなります。

 逆に、自殺が睡眠薬の服用であったり、自殺後直ぐに病院へ運ばれた場合等の場合は肯定され難くなります。

 前記病死や自然死が一般に否定されるのもその「忌わしさ」が低いからです。

(イ)死体の存在した場所

  死体の存在した場所が、寝室やリビング等の人の日常生活空間であれば肯定され易くなります。

 逆に、複数人が出入りするマンションの階段・廊下については通常否定されるでしょう。離れの物置等についても居室等よりは否定され易くなります。

(ウ)死体発見時からの期間の経過

 年数が経過すればするほど過去の事実となってその忌わしさも軽減されます。事案にもよりますが判例は6・7年経過した物件について忌わしさを軽減する一事情としています。

  また、いったん他の人に貸してその間大過なく過ごして引っ越したのならば、これも忌わしさを軽減する要素になります。逆に、当該自殺等の事情にまつわる嫌悪感から引っ越したのであれば忌わしさを肯定する事情になってしまいます。

(エ)建物の物理的状況

 建物内に血痕や髪の毛等死体の痕跡が残っていると、忌わしさを肯定する重大な要素になってしまいます。逆に、当該建物を一度更地にし、建て直した等の事情があれば、原則として、心理的瑕疵には該当しないでしょう。

(オ)購入目的

 購入目的が居住目的ではなく営業目的、事務所目的、倉庫目的であれば瑕疵該当製は否定され易くなります。

(カ)売買価格

  売買価格が低く抑えられており、自殺等の事情がきちんと価格に反映されていれば瑕疵該当性は否定され易くなります。

(キ)地域

  当該地域が人の出入りが多い都市であれば、自殺等の噂も比較的早くなくなるでしょう。逆に、出入りがほとんどない田舎であったりするとその噂もなかなかなくなるものではありません。このような理由で、判例は当該地域の人の出入りの多さや地域社会の密接度等も考慮しています。

               

 

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.02.22更新

借家の立退料

 

<質問>

 私は、あるビルの一室を借りて美容室を経営しております。ある日、突然、ビルのオーナーさんから立ち退きを求められ、次の契約更新はしないと言われました。オーナーさんは、ビルが古くなったので取り壊して、新しくマンションを建てるそうです。
 私は、新しい物件が決まるまでのある程度の猶予期間と相当額の立ち退き料をもらえれば立ち退きに応じてもよいと思うのですが、すぐに立ち退きに応じなければいけないでしょうか。

また、通常の立ち退き料は、どのように算定したらよいのでしょうか。

<回答>

1 近時における不動産価格の上昇と建物の老朽化を背景に借家の立ち退きに関する紛争と相談例が多くなっております。

  そこで、今回は借家の立退料についてご説明したいと思います。

2 借地借家法上、貸主が契約の更新を拒絶するためには「正当事由」が必要です。

この「正当事由」は、借家を貸主側が自己使用しなければならない必要性と借主側の借家利用の必要性を比較衡量して判断されますが、裁判では、「改築のため」「売却のため」と言った貸主側の都合だけで「正当事由」が認められる場合は殆どなく、相当額の立退料の支払いと引き換えに正当事由が認められる、或いは、いくら立退料を積んでも正当事由が具備されないと判断される場合が多いです。

したがって、借家人としては、「契約更新をしない」と言われても動揺することなく、立ち退きに応じるべきか否か、応じるとしてどの程度の猶予期間と立ち退き料が必要かを冷静に検討すればよいと思われます。

3 次に、どの程度の立ち退き料が相当な金額か、立ち退きの裁判になった場合どの程度の立ち退き料が認められるのかについてですが、これは、正当事由の具備の程度、退去後におけるビルオーナー側の当該ビルの利用目的、土地の時価・立地条件、借主の利用態様(自宅用か営業用か)などによって数百万円から数千万円、億単位になる場合もあるなど、事案によってかなりの幅があります。

  また、交渉によって立ち退き料を決める場合にも、交渉のやり方や相手方次第でだいぶ金額に幅が生じて来ることも確かです。

したがって、立ち退きに関する話し合いに入る前に、正当事由がどの程度具備される事案かも含めて、お近くの弁護士に相談し、あるいは、交渉を含めて依頼をされることをお勧めします。

4 交渉をする際、借主側の初回提示案としては、考え得る最大限の請求をすることになりますので、以下では立ち退き料の算定の際に積算し得る項目を挙げておきます。もっとも、これらの項目のうちどれが認められるかについては、貸主側の正当事由の程度によってだいぶ異なりますので、あくまでも交渉の材料程度にお考えください。

(1) 借家権価格

これを定める明確な基準はありませんが、借家権価格に関する不動産鑑定をすると、借地権価格(路線価の7割前後)の30%(住宅地)から40~50%(商業地)と出る場合が多いようです。

(2) 移転費用

①新店舗の設備費用

②入居費用(相当期間の差額家賃の補償)

③新店舗移転の案内状作成等の広告費用

④その他移転雑費

(3)  営業補償

移転工事期間の収入の補償、移転によって減収が予想される場合には相当期間に対して減収分の営業補償をする。

(4)  慰謝料

  上記(1)から(3)の補償では賄えない移転に伴う生活上の不便、その他精神的損害を補償するものです。

投稿者: 弁護士 秋山亘

2016.01.21更新

宜しくお願い致します。

投稿者: 弁護士 秋山亘

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